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第99話 『帰還』フィルムの街で「いやん」と叫ぶ 

 若月がゼアス・ピオンを瞬殺し、笑顔で帰路に就いた日の翌日。

 丈二達は、野営で1泊をして、その日の朝方にはフィルムの街に到着する。


 事前に到着予定時刻を若月に伝えていたため、神殿及び冒険者組合の面々が列をなして彼等を待っていた。


 当然、その中には丈二と密かに思いあっているリリアも居て、半べそを掻きながら彼の帰りを待っている。


―――昔から伝わる『猫の危険察知』による危険危惧。

 

 彼女は、そのお伽噺を実例レベルで史実に基づき知り得る立場に居るわけであって、思い人がそれに立ち向かうということは、彼が死線に足を踏み入れることを覚悟していた。


「丈二さん……。」


 彼女は彼が無事であることを聞いていたため、「ホッ」とする儀式は既に済ませていた。

 だから、絶対に思いっきり抱き着くんだから! と、意気込んで迎え入れに来たつもりだったのだが……いざ彼の顔を見てしまうと、踏み出す足がいうことを聞かない。


「リリア!?」


 彼女の顔を見た丈二が、少しオドオドしながら一二もなく彼女の元に駆けていく。

 ぼろぼろと頬から零れている涙を、服の綺麗な場所を探して指をゴシゴシと擦って、その指で涙をたどる様に拭く。


「ふ……ふ……」

「ふええええええん!!」


 その仕草が嬉しくて、その仕草が彼の生命を感じさせてくれて、そして……何よりも愛おしくって。

 彼女は、我慢していた泣き声と共に、思いっきり丈二に飛びつく。


「うわっ!?」


 急に抱き着かれて、びっくりするやら恥ずかしいやらで、顔が真っ赤になる丈二に、遠征隊の面々がニヤニヤと笑いながら冷やかしの言葉を贈る。


「きゃぁ~。マスターさんが映画見たいに迎えられえしまいました!」


 その光景に今回の立役者である若月が、両手を口元で合わせてきゃーきゃー言っている。


「ただいま」

 丈二は恥ずかしい気持ちが限界ではあったが、素直に帰還を全身で表現してくれた彼女に笑顔でそう答え、抱き着かれたまま頭を優しく撫でる。


 ◇


「しかし……話を彼女から……というか、マリダ殿の黒猫から聞かされた時は肝を冷やしましたよ。」

 組合長が、カットレイにぽつりと言う。


「いやな? 彼女もうちのメンバーやねんな。で、鬼ツヨなの知ってたさかい、あれよあれよと若月ちゃんに任せようなってな。結果瞬殺で首刎ねとったねん。あの子うち等最強やで!?」


 組合長としても、昨日今日冒険者になった女の子が、ペットを連れて『あの』ゼアス・ピオンを倒してきたと言い出した時は、信じられない気持ちと、そんな初心者をあれにぶつけるという所作に、寒気を覚えた。


 それは、まったくその通りだよな……と、相変わらず苦労を重ねている彼の表情を見て思ったカットレイが、慰めも兼ねて若月の強さを簡単にアピールする。


「それは……。あの黒猫の”ゲロ”……いえ、吐き出したゼアス・ピオンの亡骸を見たときに悟りましたが、それよりあの子。その亡骸を見て、『この素材はこちらで買い取ってくれるのですか?』って満面の笑みで言うのですよ?」


「あー、そこは触れたらあかんやつや。」


 若月の『歪』なことを全て話しても良かったのだが、この長髪のエルフが剥げて落ち武者になっても詰まらんと、カットレイは詳しい説明を避けた。


「ところで……なんやけど?」


 彼女はニヤニヤと笑いながら、人差し指と親指で「〇」を作って、組合長を見る。


「あ、はい。分かってますよ。分かってますとも! 彼女もチーム「みたらし団子」のメンバーだから報酬を弾めって言っているのですよね?」


「いえ~す♡」

 カットレイは、作った〇を頬っぺた当て体を大きく揺らす。


「はぁ……。いずれにせよこれで、ピオン家の呪縛は終わったのですね。」

「そうゆーこっちゃな。親……というかあっちの貴族の方は大丈夫なんやろ?」


「ええ。王国の方から近々査察が入り、息子二人について異議を唱えた場合は、御家断絶となるそうです。」


「ほな、変な逆恨みもあらへんのやな?」

「ええ……そちらに手を出したら王国に手を出したと同じ意味を持ちますからね。それに、彼らの父親は思いのほかまともな領主と聞いていますし、そこは大丈夫でしょう。」


「ほうか。」


 彼女はそうひとこと言うと、思い思いに帰還の瞬間を楽しむ仲間達を見て、二カッと笑うのであった。




 ※ ※ ※


「……丈二さん。これで少しはゆっくり?」

 リリアがシーツに体を包み、横になる丈二の胸元に抱き着きながら心配そうに聞く。


「ん? 大丈夫だよ。ちょっと本腰を上げてあれを作ろうと思ってね。そっちに集中するから。」

「ん……」


 胸元からリリアの顔を自分の左手に載せ替えて腕枕をして、丈二はそう言うと、優しく彼女の上唇を自身の唇で挟む。


「でも……。ん……」

 リリアは心配そうな声を上げながらも、彼の唇を挟み返し舌を絡める。


「安心して。君とのこの時間を蔑ろにはしないから。暫くは……約束する。」

「う……ん……あっ……」


 前回の遠征といい、今回の遠征といい。

 リリアは組合の職員として、その危険性を十二分に理解せざる得ない立場にいて、そんな死地に彼を職員として送り出した立場であった。


 だからこそ、当事者以上に心配をしていて……切なくて、何度も涙で枕を濡らしていたのを丈二は感じている。


 正直、疲れはマックスであった。

 ぐっすりと寝ることを何よりも優先したい気持ちではあったのだが、こちらの世界で知り合い自分に恋い焦がれてくれたこの女性を、今日の出迎えで、より愛しく思えていて……。


 彼女を安心させるため……いや、自分自身のときめく思いに正直に。彼は彼女と肌を重ねる。


 お互い欲望の向くまま、何度も何度も、朝まで何度も。

 ふたりは、お互いを確かめ合うように、何度も何度も体を重ねる。



 ※ ※ ※


―――ちゅんちゅんちゅん。ちゅんちゅんちゅんったらちゅんちゅんちゅん。


「おはよう……ごじゃいます。」

 リリアが先に起きていた丈二の背中に抱き着く。


「ダメ……朝から襲っちゃいたい気分……です。」

 そう言い彼の背中を舌でなぞるのだが、丈二は何も反応しない。


 (あれだけ敏感だったのに、もう!)と、少しむくれて彼の前に立ちキスをしようとした瞬間―――。


「ひゃああ!?」

 リリアは、小さな悲鳴を上げてしまう。


 そこには、真っ白な灰となり、聞こえない声でぶつぶつ言っている彼の姿が。


「ど……どうしたんですか!?」


 彼女のその問いに、丈二は少しだけ『帰って』来てぶつぶつを聞こえるように言う。


「リリア……すまんな。昨晩の熱帯夜……全部あっちの世界で、友人と堕女神が見てたらしい……。のぞかれた……盗撮だ……訴えてやる……ぶつぶつぶつ」


「え!? あっ……いいじゃないですか。減るもんじゃないし。」

「ふぇ?」

「そりゃ恥ずかしいですけど、人間だれしも男と女は致すものですし。」

 

 あ……、そうだった。

 『三つ葉』のローズヒップにも襲われそうになった時に言ってたように、この世界の性の常識はかなりオープンだった。冒険の野営で、仲間の横でやりまくるなんてことも日常らしいし、見られた程度では動じないんだな。


 でも……でもおおおお!!!


「……いやん。」


 友人と天敵にふたりの恥ずかしい姿と、恥ずかしい言葉を余すことなく見られた男子(じょうじ)は、ぶつぶつ灰色の世界から帰還を果たすも、脳がより活性化して恥ずかしさの頂点を迎えてしまい、まるで少女のような安い悲鳴をあげる。



 異世界で得た権能『万科辞典』。

 その権能は、優秀な協力者により魔改造されスマホを使ったスーパー端末と化している。


 使い勝手は最強でこちらの世界ではチート級の通信設備を備えるものなのだが……地球にいる協力者の友人のキーボードを叩く指からは逃れることのできない、プライベートなんてあったものではない恐ろしい代物。


―――後生のお願いだから、こちらから『OFF』にできる機能を付けてくれ……。

 と、切にお願いを続ける丈二が、安心して彼女を抱けるようになったのは、それから10日あまり後のこと。


 八木達は、その狼狽する丈二の姿が面白くって、引き延ばし引き延ばしていて。

 それを付けてくれるまで、丈二が生きた心地してない様を八木と女神ケレースは、地球の八木の家のディスプレイの前で爆笑しながら、楽しんだのであった。


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