第三十二話 切り裂き男 上
ホノカがウツギとヒビキを連れて白椿館に到着したの帝都の空に月が見え始めた頃だった。
臙脂色の壁に白色の椿の花の彫刻が飾られている。店の名前に合わせたものだろうか、品の良い雰囲気が感じられた。
そんな白椿館だが、暗くなっていても灯り一つついていない。
「やっぱり霊力測定器の数値が高いですね」
周囲の霊力を計りながらヒビキは言う。
この場の霊力の数値が高い――つまり怪異因子が出現している可能性があるという事だ。ただ、それにしては暴れるような音が聞こえてこない。
そう考えていると月花隊のトウノから通信が入った。
『隊長、トウノです。白椿館内部に怪異因子らしき霊力の塊を発見しました。位置情報を送ります』
その言葉の後に、ピピッと、と音がして地図情報が届いた。
通信機を踏査して目の前に半透明な地図を表示する。白椿館には確かに一つ、大きな赤い光が灯っていた。
「ありがとうございます、トウノさん。引き続き監視をお願いします。それから万が一のために近隣住人の避難誘導も頼みます」
『了解です!』
そう指示を出していると、
「隊長。それではどうしますか?」
ウツギがそう聞いて来た。ホノカは一度目を閉じ、深呼吸をすると、
「突入します。何が起こるか分かりませんので、二人共十分に気を付けてください。四万十隊長が応援に来てくれますから、無理だと思ったら直ぐに撤退を」
「了解です!」
「了解しました!」
二人の返事を聞くと、ホノカ達は白椿館の中へと入った。
ギィ、と音を叩ててドアが開く。店の中はカーテンも閉め切られている事もあって、とても暗い。
「明かりを点けます」
ヒビキはそう言うと蒸気装備の軍刀を抜いてダイヤルを回した。そして軽く振るうと周囲にふわりとした光の玉が浮かび上がる。光源を作り出す技能効果の<灯>だ。おかげで周囲が良く見えるようになった。
和と洋をバランス良く取り入れた内装は、建物の外装と同じく品を感じられた。
その中をホノカ達は進み、月花隊からの位置情報を頼りに二階へと上がる。
「……静かですね。気配もない」
「そうですね、怪異因子どころか人の気配も感じられない。……もしかしたら」
ヒビキが不安げに呟いた。彼が何を言わんとしているか察したホノカは「いえ、大丈夫です」と返した。
「ここに潜んでいるのが本物の切り裂き男であれば、無意味に人を殺したりはしません」
「どういう事ですか?」
「あんな奴でもね、ルールがあるんですよ。切り裂き男が狙うのは、奴が『穢れている』と勝手に判断した相手だけです」
今までにその対象になったのは娼婦と、切り裂き男の捜査を積極的に続けていた者だ。白椿館の人間やヒノカ達はそれに該当する。
けれど幾ら該当したからと言って、切り裂き男は直ぐに殺害したりはしない。
「切り裂き男は自分の行動を、神聖な審判の時間と称しています」
「審判?」
「どの程度『穢れているか』を見極める時間、とでも言うでしょうか。調べて、調べて、その穢れの数を数えて――その数分をナイフで突き刺す」
「ッ」
思わずヒビキが息を呑んだ。
これは遺体の解剖をしていた担当者が、刺し傷があまりに綺麗だった事に疑問を抱き、調べた事で判明した事実だ。
衝動的な犯罪であったならば、刺し傷にも違いが出て来る。けれど切り裂き男によって殺害された被害者の遺体の傷は、どれも同じ深さだった。致命傷を避け、相手を出来るだけ長く苦しめるような――刺した数を相手に自覚させるような非道な手口だったのだ。
「クソ野郎……」
ウツギの声に怒りが滲む。その通りだとホノカは思う。
けれども、だからこそ。そんな非道なルールを持っている相手だからこそ、ヒノカ達はまだ大丈夫だ。
人間一人の人生を調べるなんて決して簡単な事ではない。しかも白椿館の人間を含めれば相当な人数になる。奴は直ぐには殺さない。殺せない。
「それに、恐らく切り裂き男は待っていると思いますからね」
「待つ?」
「ええ。六年前からずっと、私達を」
ホノカがそう言った時、
「――ァア、嬉しいよ、本当に!」
そんな声と共に、ホノカの背後から突然、何者かの両腕がぬっと伸びて来た。




