第二十話 高畠邸 下
「申し訳ありません、高畠さん。あの子、いつもは大人しい子なんですが……傷は大丈夫ですか?」
「ええ、ちょっと引っかかれただけですから。慣れない私が急に近付いたから、驚かせてしまったのでしょうね」
ホノカが謝ると高畠はそう言ってにこりと微笑んだ。それから彼は扉の方へ目を向ける。
「ですが走って行ってしまいましたね。外へは出ていないと思いますが……」
「そうだと良いのですが……。高畠さん、大変申し訳ないのですが、あの子を探す許可を頂けないでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。私も手伝いましょう」
ホノカの頼みを高畠はあっさりと快諾してくれた。
断られるかもしれないと思っていたが、思ったよりも簡単に許可が出てホノカは驚く。
帝国守護隊が捜査にやって来たと聞けば、少しでも後ろ暗い事があれば警戒するのが普通なのだ。この様子から考えると見られても困るものはないという事だろうか。
まぁ、それはともかくだ。ひとまず家主の許可を得られたので、ホノカはウツギと協力して黒鋼丸を探す事にした。
「隊長、少しゆっくり調べますか?」
歩き出すと、隣に並んだウツギが小声でそう聞いて来た。
アクシデントとは言え、これはこれで探りを入れる良いチャンスだ。
「そうしましょう。ですが怪しまれない程度に、こっそりとでお願いしますね」
「了解です。得意ですとも」
するとウツギはニッと笑って胸を叩く。果たして得意だと胸を張っても良いものだろうかとホノカは一瞬思ったが、とりあえず聞くのはやめておいた。
彼は桜花寮の中ではトウノと同じく落ち着いて真っ当そうな印象だったのだが、何かしらあるのかもしれない。人間とは実に複雑な存在である。
そんな感想を抱きながらホノカはウツギと手分けして黒鋼丸を探し始めた。
(それにしても綺麗な建物ですねぇ)
最初に応接間へ案内された時は、周囲を観察する時間がなかったが、こうしてじっくりと見ていると品が良く美しい内装をしている。
ドアや柱、怪談の柵には花の彫刻が施され、カーテンや絨毯も品の良いデザインをしている。まるて建物自体が一つの芸術作品のようにも思えた。
そんな屋敷内をホノカは黒鋼丸の名を呼びながら歩く。
(……あら?)
そうして進んでいくと、廊下の突き当りにある部屋のドアが少し開いている事に気が付いた。
他の部屋のドアはすべて鍵がかかっていたため、そこだけ開いているのは少々違和感を感じる。
近付いてそっと部屋の中を覗いてみると、どうやらそこはコレクションルームのようだった。ガラスケースの中に、珍しい形をした海外の雑貨や宝飾品が幾つも並んでいる。
素人目にも高級そうに見えるものが置いてあるのに、ドアが開いているのはやはり少々妙である。
そんな事を考えていると、部屋の中から「みゃうー」と猫の声が聞こえて来た。おや、と思って中へ入り姿を探すと、部屋の奥の方で黒鋼丸がお行儀よく座っている。
ホノカはほっとしながら黒鋼丸へ近付いた。
「良かった、見つけましたよ、黒鋼丸。急に飛び出したから心配しましたよ」
そう話し掛けながらホノカは黒鋼丸を抱き上げる。黒鋼丸はホノカの腕の中に収まると、すり、と頬を摺り寄せてきた。すっかり落ち着きを取り戻している。
良かったと思いながらホノカは立ち上がった。
その時、あるものが目に飛び込んで来た。
ちょうど黒鋼丸がいた場所の向こうだ。荷物に隠れて見え辛い位置に、あるはずのないものが置かれていた。
桜の花の意匠が施された白い鞘に入った機械仕掛けの太刀だ。
蒸気装備にしては珍しく真っ白なそれを見てホノカは目を見開いた。
(――これ、は)
それを見たとたん、ホノカの心臓が早鐘を打ち始める。
「どうしてこれが……」
目を見開きながらふらふらと太刀に近付きかけた時、
「ホノカ隊長、こちらですか?」
とウツギの声が聞こえた。ハッとして振り返ると、入り口のところにウツギと高畠の姿がある。
――危ないところだった。
ホノカは動揺を隠しつつ、くるりと向きを変えて二人の方へと向かった。
「おや、猫ちゃん見つかったのですね。良かったです」
「はい、お騒がせしました。勝手に入って申し訳ありません」
「いえいえ。さっき入ったから施錠が出来ていなかったんだな……。私こそ失礼いたしました。この部屋は趣味で集めているものばかりでしてね。綺麗でしょう?」
高畠は自慢するように言う。ホノカは曖昧に笑って「そうですね」と言葉を濁した。
これだけ高級そうなものが置かれている部屋を、うっかりで施錠し忘れる事なんてあるだろうか。ホノカの中で高畠への不信感が大きくなる。
そんなホノカの心境など高畠は気付かず、ゆっくりとこちらへ近付いて来て、
「……ですが、どんな品物よりも、あなたの方がずっとお美しいですが」
そう言って指でホノカの髪に触れた。
「――――」
その一瞬、その手が、あの夢で見たホノカ達の仇敵と重なる。
反射的にホノカは高畠の手を、音が聞こえるくらいに思い切り振り払っていた。片手に抱えられた黒鋼丸も毛を逆立てて高畠を威嚇している。
「ッ」
これには高畠も驚いた様子で目を丸くしている。
一拍置いて、ホノカは自分が高畠の手を思い切り叩いた事を理解して謝罪する。
「……申し訳ありません、驚いてしまって、反射的に。少々強く叩き過ぎました」
「ああ、いえ。私こそ失礼を。女性に対して、みだりに触れるものではありませんでした。申し訳ありません」
「――隊長。黒鋼丸も興奮しいているようですし、今日は一度戻った方が良いかと思います」
その時ウツギがホノカと高畠の間にスッと入ってそう言った。
自分を振り返って「ね」と笑いかけるウツギの顔を見て、ざわざわしていた心が少し落ち着いて来る。ホノカは「そうですね」と頷いて高畠を見上げた。
「高畠さん、今日はありがとうございました。それから本当に申し訳ありません。その、お怪我の方は」
「大丈夫です。御心配、ありがとうございます。また何かありましたら、いつでもどうぞ。お仕事でも、プライベートでも。ホノカさんなら歓迎しますよ」
すると高畠は懲りない調子でそう言うと微笑んだ。
ホノカは曖昧に笑って頭を下げると、そのままウツギと共に高畠邸を後にした。
「…………」
その時ちょうど、正午を知らせる帝都の鐘が鳴り響いた。
「いや、思った以上にキザでしたねぇ。ヒビキがいたら破廉恥ですよって言っている所です」
「ええ……」
「……隊長、大丈夫ですか? 先ほどから、あまり顔色が良くないですよ」
ウツギが心配そうにホノカの顔を覗き込む。
大丈夫かどうかと問われれば、正直なところ大丈夫ではなかった。
白い蒸気装備の太刀を高畠邸で見たせいだ。
「ウツギさんは、私達の父の――御桜ミハヤが使っていた蒸気装備を覚えていますか?」
「もちろんです。白い美しい太刀ですよね。ミハヤさん専用に作られた特別製の蒸気装備<天照>。あれ、本当に格好良いですもん」
ウツギは懐かしそうにそう言いながら、腰に下げた自身の太刀に触れた。
蒸気装備<天照>――この世に二本と存在しない特別なもの。そしてその蒸気装備はミハヤが殺害された時に失われている。
その蒸気装備を高畠ソウジが何故所有しているのか。
(……もしかしたら、わざと見せた?)
開かれていたドアの事を思い出し、ホノカは目を細くする。
「ウツギさん。気になる事があります。至急、桜花寮へ戻りましょう」
ホノカはそう言うと、桜花寮へ向かって足早に歩き出した。




