第十九話 高畠邸 上
翌日、ホノカとウツギ、それから黒鋼丸の二人と一匹は、高畠ソウジの屋敷を訪れていた。
彼の家を訪れたのは黒鋼丸の件以外にも理由がある。日向隊と月花隊の捜査で、間内キヨコの交友関係の中に彼の名前が挙がったのだ。
まぁ、交友関係と言っても白椿館の客と従業員のそれだが。どうやら高畠ソウジは白椿館によく通っていたそうで、それを知ったアカシが、
「は~。めちゃくちゃ高ぇあの店に何度もかぁ。金持ちは違うねぇ。羨ましいわ」
などと言ってヒビキから、
「は、は、破廉恥ですよ!?」
と怒られていた。もちろん月花隊の隊員達からの視線が冷ややかなものであったのは言うまでもない。
そういうわけでホノカ達は黒鋼丸も連れて高畠ソウジへ話を聞きにやって来たというわけである。
呼び鈴を鳴らすと彼の秘書を務める男性が現れて、直ぐに応接間へと案内してくれた。高級そうな調度品が並ぶその部屋で待っていた高畠は、ホノカ達の姿を確認するとにこりと微笑む。
「ようこそ、日向隊の御二方。初めまして、高畠ソウジと申します」
「初めまして、御桜ホノカと申します。こちらは隊員の嵐山ウツギです。この度は急な訪問を失礼いたしました」
「いえいえ、お気になさらず。こうして可愛らしい隊長さんにお会いできて光栄ですよ」
高畠はそう言うと、黒鋼丸を抱くホノカの片手を取って、その甲にそっと口付けた。内心、うわぁ、と思ったがホノカは顔には出さない。隣ではウツギが「き、キザ……」なんて呟いて引き気味の顔をしていたが。
(たぶん、外国の挨拶はこういう感じなんでしょうね)
輸入雑貨の社長である彼は、海外に滞在する事も多いらしい。なので向こうの挨拶としてそうするのが癖になっているのだろう。
なので一応理解は出来る。しかしホノカはそういう文化に触れていないので、初対面の相手から手の甲に口付けなんてされるのは正直ちょっと嫌だ。なので手が離れると、高畠の目が逸れた瞬間に背中の服で手の甲を拭いた。
それから二人は高畠に促されて、彼の向かい側のソファーに腰を下ろす。すると少しして先ほどここまで案内してくれた秘書が紅茶を出してくれた。
「それで、今日はキヨコさんの件でしたね。……彼女が切り裂き男に殺されたと聞いて、驚きました」
「切り裂き男というのは噂の段階なので、実際にどうかは捜査中です。なのでお電話でお伝えした通り、彼女の交友関係を当たって、犯人の手掛かりがないか調べているのです。その関係で高畠さんにもお話を伺いたくお邪魔しました」
悲痛な表情を浮かべる高畠の様子を注意深く観察しながら、ホノカはそう話す。
「ええ、もちろん構いませんよ。帝国守護隊に捜査に協力するのは帝都市民として当然ですから」
「ありがとうございます。それでは間内キヨコさんとの関係をお話いただけますか?」
「はい。……ご存じかと思いますが、彼女と私は白椿館で出会いましてね。と言っても、最初は友人の付き添いだったのです」
「付き添いですか?」
「友人が一人で行くのは勇気がいるから、と」
困った奴です、と高畠は苦笑して肩をすくめる。
「私はそちらの方にはまったく興味がありませんでしたが、友人が事を済ませるまで近くで時間を潰すのもちょっと……と思って、話し相手だけしてもらえないかと伝えたところ、彼女を紹介されたのです。たまに私のような要望をする客がいるらしくて、彼女はそういう客専門だったそうです」
「なるほど、お話相手」
「ええ。キヨコさんはとても聡明で、プライベート以外にも仕事や政治の話も出来る女性でした。話をしている内に、あっと言う間に時間が過ぎてしまって」
高畠は紅茶に視線を落としながら、懐かしむようにそう語る。
ふむ、とホノカは心の中で呟く。間内キヨコは間内呉服店の一人娘だ。あの家は教育や振る舞いには厳しい事で有名だ。きっと彼女もしっかりと学んでいたのだろう。
「友人の付き添いで来たはずが、私の方が彼女の事を気に入ってしまって。それで何度も通っては話し相手になってもらっていたのです。それが、こんな事になってしまうなんて……」
高畠はぐっと目を瞑り、膝の上に乗せた拳を強く握った。身体が微かに震えている。
「私は、彼女を助けてあげたかった……」
そして小さくそう呟いた。その声からは後悔の念が感じられる。
彼は少しの間そうやって俯いた後、顔を上げた。
「……すみません、少し感情的になってしまいました」
「いえ、大丈夫ですよ」
ホノカはそう返しながら高畠と被害者の関係について頭の中で整理する。
今の話から考えると高畠は間内キヨコに対して好意を抱いていたように感じられる。
――もっとも間内キヨコからどう思われていたのかは分からないが。
そんな事を考えながらホノカは膝の上で丸くなっている黒鋼丸を見た。黒猫はホノカを見上げて「にゃーん」と鳴いた。するとその声に高畠は思い出した様子で黒猫へ目を向ける。
「そう言えば先ほどから気になっていたのですが、そちらの猫ちゃんは?」
「少しの間、私が預かっている猫なんです。一緒に仕事をしてくれているのですよ」
「へぇ、それは立派な猫ちゃんですね。……ああ、そうだ。猫ちゃんにちょうど良いおやつがありますよ」
高畠はそう言って立ち上がると、部屋の棚から袋を取り出してきた。パッケージには魚の絵が印刷されている。
「それは?」
「煮干しです。私の仕事のおやつでもあります」
高畠はにっこりと笑って袋から煮干しを取り出した。そして手のひらにそれを乗せて黒鋼丸へ近付ける。
その時、急に黒鋼丸が「シャア!」と高畠を威嚇して、その手を引っ掻いた。
そしてホノカの膝の上から飛び降りると、興奮した様子で部屋を走り回り始める。
「黒鋼丸、大丈夫ですよ、落ち着いて!」
ホノカが名前を呼ぶが黒鋼丸は止まらない。
「社長様、どうされましたか?」
騒ぎをを聞いて高畠の秘書がドアを開ける。
すると黒鋼丸はドアの隙間にするりと身体を滑り込ませると、廊下へ飛び出してしまった。




