第十六話 朝食 下
そうして始まった朝食は意外と和やかだった。
「……ありえない。ありえない光景ですわ……あ、お味噌汁美味しい」
「朝からお前らと顔つき合わせて食事とはなぁ……」
「あら、アカシさん。気に入らないなら、あなたが他所へ行ってくれて良いんですのよ?」
「ああん? そうは言ってねぇだろうが」
「ハイハイ、食事中なんだから喧嘩しないでね」
とは言え、ユリカとアカシが口喧嘩を始めそうになるたびに、ヒノカがやんわりとそれを止めていたおかげもあるのだが。
まぁ、それはともかくとして。会話を聞いたホノカは首を傾げる。
「食事の準備は一緒にしているのに、食事は皆で取ってらっしゃらないのですか?」
「いやぁ、その、食事は……時間をずらしたりとかあって……」
するとウツギがそう答えてくれた。ずいぶんと変な風にこじれているようだ。
ふむ、と思いながら隊員達の様子を眺めると、スギノとセツが目に留まった。二人はご飯のお代わりもして、朝からしっかりと食べていた。
スギノこと佐々木スギノ。日向隊所属の二十四歳の男性で、表情の変化も薄く口数も少ないので、どんな人物なのかはまだよく分からない。
彼の向かい側に座っているのが住良木セツだ。月花隊所属の十九歳の女性、ほんの少ししかやり取りをしていないが明るく元気な様子が好印象だった。
「うっうっ美味しい……今までで一番美味しいでありますう……」
「いや、今までのだって、別に泣くほど酷かないだろう」
「まぁセツさんは泣き上戸ですからねぇ……」
涙ぐみながら食事を進めるセツにスギノは少し呆れたように、トウノは苦笑してそう言った。それからトウノはホノカの方へ顔を向ける。
「でも本当に美味しいです! 手際も良かったですし、ホノカ隊長って料理がお上手なんですね!」
「ええ、無駄のない美しい動きでした。スギノさんなんて、まな板を切るくらい不器用なのに」
ヒビキも神妙な顔で頷いている。まな板を切るのはさすがに不器用という言葉では収まらないのではないかとホノカは訝しんだが。
「ちなにみホノカの得意料理はカレーです。ミロクさんとシノブさんのお墨付きだよ」
「ホントかッ!」
ヒノカの言葉に直ぐに反応したのはアカシだ。しかめっ面しか見ていなかった彼だが、今は目が輝いている。
「アカシさん、カレーがお好きですか?」
「おう、大好物だ! カレーか良いよなあ。久々に食べたくなってきた。みのり屋って蕎麦屋のカレーが最高でなぁ」
「ああ、蕎麦屋のカレーは良いものですねぇ」
そんな会話をしながら朝食時間は過ぎて行った。
そうして食事を終え、後片付けを済ませた後。せっかく全員が集まっているのだからと、その場で今日の仕事についてのミーティングをする事になった。
「今日は間内キヨコさんが殺害された事件の調査を行います」
「あれ、怪異因子が関わっているんですか?」
「確定はしていないけどね。ただ被害者の殺害方法が、ちょっと気になる手口でね」
ヒノカがそう言うと、アカシが少し考えた様子で、
「――港に通じる路地に、切り裂き男が出たんだってよ」
と言った。彼はその言葉の後、探るような目を自分達に向けて来る。
「その噂と関係があるのか?」
「あくまで可能性は、ですね。そのために私達も調査に加わる事になりました」
アカシの質問にホノカは答えると、それからヒノカへ顔を向けた。
ミロクから聞いた件を話して良いか少し迷ったので、その確認のためだ。切り裂き男は両隊にとっても因縁のある相手なので、感情的になり過ぎる可能性があったから。
するとヒノカは大丈夫と言うように頷いてくれた。ホノカも頷き返すと隊員達の方へ顔を戻した。
「まだ公にはされていませんが、つい先日、逮捕されていた切り裂き男が死亡した、との報告を受けました」
「え?」
「しかもただの死に方じゃない。尋問中に突然、頭が吹き飛んだそうだよ」
淡々と告げる二人の言葉に隊員達がぎょっと目を剥いた。
「頭って……」
「何だ、そりゃ。爆弾でも仕込んでいたのか?」
「いや、怪異因子という見方が強いみたいだね」
「だから私達が……」
なるほど、と隊員達が呟く声が聞こえる。ひとまず納得はしてくれたようだ。
「切り裂き男は常に何かに覚えていたらしい。そして昨日、帝都駅に現れた怪異因子が残した媒介は、切り裂き男が使用していたナイフと同じだった。――関わっている可能性がある」
ヒノカがそう言うと隊員達の雰囲気がスッと変わった。目的を見つけたような、そんな顔をしている。
そんな隊員達を見ながら双子は指示を出す。
「月花隊には被害者の実家である間内呉服店や、彼女の交友関係の調査をお願いします」
「日向隊には事件現場周辺の聞き込みと、霊力濃度を測りつつ見回りを。怪異因子と遭遇した場合は対処をお願いします」
すると隊員達から「はい」と素直な返事が返って来た。
◇ ◇ ◇
ミーティングを終えると、隊員達はそれぞれ準備に取り掛かった。
ウツギも蒸気装備や外套を取りに行くために歩き出すと、
「あ、ウツギさん、ちょっと良い?」
とヒノカから呼び止められた。立ち止まって振り返ると、ヒノカが自分の方へ近づいて来た。
それから彼は周囲の様子を少し気にしながら、
「悪いんだけど、今日さ。ホノカの事を気に掛けてやって欲しいんだ」
と言った。気に掛けて、とはどういう事だろうか。意味は分かるが意図が分からずウツギは首を傾げる。
「ホノカ隊長がどうかしたんですか?」
「んー……ちょっとねぇ」
ヒノカはそう言いながら、誰もいない台所へと目を向けた。
「ホノカが甘い卵焼きを作る時って、大体、何かあった時なんだよ」
「え?」
そう言われてウツギは目を丸くする。確か今日の朝食には甘い卵焼きが出ていたはずだ。
ヒノカは指で頬をかきながら、
「まぁ昨日今日で何かあった様子はないから、夢見が悪かったんだと思うけど……」
と続けた。
「夢ですか?」
「そう。昔から同じ夢でうなされる事があってね」
夢の内容についてはヒノカは言わなかった。だけれども、双子の弟の彼がこういうのだ。たぶん根深い問題なのだろう。断るような内容でもないし、ウツギは「分かりました」と頷く。
「気を付けて見ておきます」
「ありがとう。よろしくお願いします。それじゃあ、そっちも頑張って!」
ウツギの言葉にヒノカは表情をパッと明るくすると、両手を合わせてそう言うと、そのまま食堂を出て行った。
その後ろ姿を眺めながらウツギは「夢か……」とぽつりと呟いた。




