『あなたの願いを叶えましょう』 三十九話
「おおおおっ! 京いいいいぃぃぃぃっ!」
突如として浩次が叫びながら突っ込んでくる。
「はっ? ちょっ……ぐほっ⁉︎」
「ちょ、ちょっと、何あんたあたしの上に乗ってるんのよ⁉︎」
「だって他に抱きつける場所がねぇんだから仕方ないだろ?」
「く、苦しい……っ!」
ティリアと浩次の二人にのしかかれて、肺が苦しくなる。
コイツは最後の最後まで……っ!
「浩次! 僕の事を心配してくれるのは嬉しいがふざけんな!」
「え? なんで? なんで俺、怒鳴られてるんだ?」
どうやら本気で自分が何をやらかしたか分かってないようで、浩次は首を傾げてる。
「横橋君……空気ってものを読みましょうよ……」
「流石は浩次君ですね。フラグブレイクを素でやってのけるとは……呪い殺します」
「ははっ、青春ですねー」
雪菜さん、神子川、富岡さんからも非難が殺到する。
雰囲気ぶち壊しだよ、畜生ッ!
「久しぶりだな、十賦——って、お前はどうしていきなり土下座をしているんだ⁉︎」
「すいませんすいませんすいません! 師匠様! ランプの管理を任されたというのにこないな事になった上に、その上、屋敷までこんなんな状態にしてたもうてええええぇぇぇぇっ‼︎」
「い、いや、別に構わないぞ。こうして僕はランプから出れたわけだし、十賦が気に病む必要は……」
「責任は是非、この命で!」
「待て待て待てっ! そのナイフでどうするつもりだ⁉︎ よせっ、十賦!」
「師匠! 頼みますから死なせてくださいいいいいぃぃぃぃっ!」
見るとあっちはあっちで凄い事になっていた。
なんだろうか良い結末になったはずだというのにエンディングを迎えた気がしないのは。
でも……こういうやり取りを見て、僕は生きてるんだと実感する事が出来る。
そう、僕はランプの呪いから解放されたのだった。
……と言っても、すべてがちゃんと終わってないことは確かで。
まずは、浩次を蹴り飛ばして、上体を起こした。浩次は飛ばされたのち、神子川達に説教されている。僕は、未だにぐずっているティリアの頭をポンポンと撫でた。すると、一瞬ティリアは訳の分からない顔をして、そして、急に真っ赤になる。
「な、何してんのよ!」
ティリアに強い力で突き飛ばされてしまった。
「いや、そこに頭があったから、うん」
「答えになってないわよ!」
こういう馬鹿みたいなやり取りがまた出来ていることが、物凄く嬉しい。いつまでもこの雰囲気に浸っていたい……が、そんなことしていられない。
「そういえば、ティリア。さっき、なんて言おうとしたんだ?」
「──っ、そ、それは……」
浩次を躾終えた神子川達の視線が集まる。
「……」
「……」
「……な」
「な?」
「……なんでもないわよ! バーカ! 告白だとでも思った? バーカバーカ!」
ある意味、予想通りというか、なんというか。
神子川と雪葉さんが、はあ、とため息をつくのが聞こえる。
「……ほんと、ティリアさんって……。ツンデレですよね」
発言が控えめな雪葉さんにもツンデレと認識されてしまっている。
「な、な、な! 雪葉まで! ツンデレじゃないんだからねっ⁉︎」
「その発言がいかにもギャルゲーのツンデレだと思うんだけ……ぐほっ!」
どこからか聞こえた変態の声は雪葉さんの放った浩次という武器によってかき消された。
「まあ、言いたくないならいいんだけどさ。それに、ティリア。他にも話したい人がいるだろ?」
「……」
ティリアがゆっくりと振り向く。
「……新人」
「久しぶりだな、ティリア」
虹新人は小さく笑みを浮かべた。ティリアはただ彼を見つめている。
「変わらないわね」
「君もね」
なんだこの、ドラマとかによくある感じの会話は。……とかツッコミを入れたくなるけどそういう状況じゃないのは分かっている。空気を読めない浩次は夢の国に行っているだろうから、邪魔する心配はないだろう。
二人の間には部外者には入れないような親密な空気が広がっている。
しかし、その空気は恋人たちの放つ甘ったるいものではなかった。
だから僕たちはこうして二人を見守ってやれた。
「会いたかったよ」
「……そう」
見つめ合う二人はぎこちない笑顔を浮かべた。
「そんなに驚かないんだな?」
「まあね、アンタとはまた会える気がしてたし」
見てわかるような信頼関係というやつだろう。二人は同じような微笑を浮かべた。
「それにしても出て来たところがこの屋敷とは。これもやはり彼が引き寄せた奇跡なんだろうな」
そう言いながら虹新人は僕にウインクする。それに少し面食らってしまった。
「ちょうどいい。それじゃ最後の魔法をかけようか」
「ちょ、ちょっと待ってください師匠!」
十賦のおっさんが慌てて一歩前に出た。
「本当にやるんですか⁉︎ そしたら師匠の魔力は失われて、もう二度と魔法が使えなく……」
「構わない」
「師匠……」
おっさんは少しだけ寂しそうな顔をして虹新人を見る。
「今までついてきてくれて本当にありがとう。これからはお前も魔法なんて忘れて自由に生きるんだ」
どうやら虹新人の最後の魔法とやらを使うと、二度と魔法が使えなくなるらしい。
それは長年魔法に没頭して生きてきた彼らの価値観からしたら、相当な決断だろう。
ただ僕はその様子を見守ることしか出来なかった。
僕自身、この騒動の中心人物なはずなのに、今の状況に至っては完全に蚊帳の外だ。
それもそうだろう。僕はすでにランプの呪いから解放されて、真っ当な人間に戻ったんだから。
でも、ランプを作った彼らはまだ事の渦中にいる。
「それじゃあアノー。本を」
「この本ですか?」
アノーではなく雪菜さんが手に持っていた本を虹新人に手渡した。
あの謎の空白の本だ。
ありがとうと頷いて受け取ると、虹はちらりとティリアの方に視線をやった。
「僕は魔法を失うけど、これからも君の隣人として生きていくさ」
その瞬間に本が激しい光を放ち、すべての音が消えた。
多分これが最後の魔法なんだろう。
光は部屋を包むなんてものじゃなくて、本を中心にして爆発するかのような光の濁流を放射していた。
そのせいで、僕にはティリアの顔がよく見えなかった。
いや、ティリアだけじゃない。
みんなの顔が見えなかった。
無音。真っ白の光の中虹新人が本を片手に印を組むシルエットが滲む。それだけがこの空間を作っていた。他には何もない。何も見えない。何も聞こえない。だけど……
「ありがとう、京」
ギュッと手を握られた気がした。
声が聞こえた気がした。
暖かさに身体が包まれた気がした。
「ありがとう」
今度はハッキリと聞こえた。
無音の中で、ティリアの声だけが僕に届いた。
何も見えないはずなのに、ティリアの泣き笑いの顔が脳裏に浮かんだ。
そのありふれた「ありがとう」は、魔法よりもずっと暖かくて、魔法よりもずっと魔法らしかった。




