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あなたの願いを叶えましょう  作者: 白提粉連合
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『あなたの願いを叶えましょう』 三十八話

 気がつくと、薄暗い空間に1人で突っ立っていた。


 天国か? にしては暗いな。天使のお迎えも来なさそうだ。

 僕は最終的にどうなったんだっけ。力がなくなって死にました、ちゃんちゃん。いや、なにか違わないか。力を失ったら、どうなるんだっけ。確か、ランプに封印されるんじゃなかったか? あー、そうだ、そうだった。

 なんだ、あれだけ死ぬって言っといて、死んでないじゃないか。死ぬ死ぬ詐欺をしていたのか。


 でも、このランプからはそう簡単に出ることは出来ない。これから数十年、下手したら数百年はこの空間に閉じ込められるのだろう。

 現実世界にそんな長時間存在していないのであれば「死ぬ」こととあまり変わらない気がする。じゃあ、嘘ではなかったんだな。あはは……。


 つぅ、と頬に何かが流れた。そんなの一つしかないだろう。涙だ。

 あんなに自分で決めたことなのに、実際になってしまうと、虚しくて苦しくてたまらない。ポジティブになろうとも、目の前に広がるただただ広くて薄暗いこの空間が、そうさせてくれない。


「……ッ」


 誰に見られてるわけでもないのに、僕は声を枯らして泣いた。

 すると、遠くからコツンコツンと足音がする。

 前言撤回。誰かに見られていたようだ。

 涙を拭って、音のする方を見ると、数メートル先に人影があった。

 助けに来たのか! いや、そんな方法はない。あんなに言われたじゃないか。


 自問自答を繰り返しているうちに、その人影がはっきりしてきた。

 それは見知らぬ一人の男で、映画とかでよく見るアラビアの服装をしていた。


 男は僕の方を見て、うっすらと微笑んだ。

 僕は会ったこともないのに何故か、その男が何者か分かった。


「こんにちは、新しいランプの精くん」


 ランプを作った人物が僕の前に立っていた。

 虹新人。

 アラビアなカッコをしてるから、てっきり外人だと思ったけど、近くまで来ると丸っきり東洋人だった。

 だいぶ若く見える。二十代くらいだろうか。

 目鼻立ちはくっきりとしていて、優しそうな表情だがどこか威厳を感じさせるような不思議な男。

 あのおっさんの師匠にして、史上最強の魔法使い。

 でもどうしてこいつがここに?


「混乱してるみたいだね」


 はははと小さく笑いながら虹新人は僕を見た。

 まあ、混乱はしてる。

 これからこんな薄暗いところに何年も何十年も閉じ込められるっていう事実と向かい合うには、自分で決めた事とはいえ、今の僕にはそれを受け入れるだけの余裕がなかった。

 溢れ出した涙も、やりどころのない感情が流させたに違いなかった。

 そんな色んな感情がごちゃ混ぜになっている。


「あんたが虹新人か」


 僕の声は冷たかった。


「そう。僕が虹新人。このランプを作った張本人だ」


 そういうと、虹新人は手を差し伸べた。

 躊躇した。

 こいつは僕を封じたランプを作った人物。言い換えればこいつの作品がキッカケで僕は封印された。

 しかし、それでも僕は差し伸べられた手を取らないほど冷血にはなれなかった。

 僕の手は既に透明では無く、元通りの血の通った手に戻っている。


「さて。色々と聞きたい事があると思うけど、まずはお疲れ様と言っておこうか」


 頭に巻いたスカーフを取り払うと、虹新人の真っ黒な髪が顔を出す。


「まさか君がここに来るとはね」


 申し訳なさそうとも、憐れむともない抑揚で虹新人は言った。

 しかし、直ぐに腕を組んで「うーん」と唸りだしたのを見ると、さっきの語気には何か悩ましい問題を目の前に突きつけられた人独特の空気を孕んでいたようにも感じられる。


 しかし、こいつの都合は今の僕にはどうだっていい。

 今は現状確認が先決だ。


「おい。僕はどうなった?」


 虹新人は「まあまあ」と両手を広げて落ち着けのポーズを作って見せた。


「焦らないでまずは僕の話を聞いてくれるかい」

「この状態が焦らずにいられるとでも?」


 これから何十年も何百年もランプの中にいるんだから、時間はたっぷりあるってか?

 不可抗力でこんな風になったのに?

 僕の運命をめちゃくちゃにしたのに?


「なに。大したことじゃないさ」


 まるで僕の命なんてどうでもいいかのような言葉。

 ドクンと心臓が脈打つ度に怒りが血液に乗って頭に登った。

 衝動に四肢が奪われそうになった。


「お前は僕の運命を……」

「このランプの呪いはもう終わる」

「!」


 呪いは終わる。その言葉に僕は止まった。

 感情のボルテージというものはこんなに素早く鎮火するのか。

 今の僕はまさに豆鉄砲を食らった鳩のようだろう。


「このランプは罪人を捕らえる為に作った。でもランプの中では時間経過が無い。つまり罪人はランプの中では永遠に生きながらえることが出来る」


 虹新人は手を後ろに組みながら身を翻して語り始めた。


「始まりがあれば必ず終わりが来る。人も動物も、この地球だってそうだ。何にだって始まりがあって、終わりという絶対的運命がある。それを超越する事は世界の理から逸脱する事。それは神だけが持っている特権だろうね」


 得意そうな声色で虹新人は続ける。


「でもさ、このランプの中にいたら何百年も何千年も生きられるんだ。つまり終わりがない。それは世界の理から外れてる。外れることは外道を行く事になる。それはあってはならないんだ」

「だから呪いも終わるっていうのか?」

「そう。終わる。終わらないはずのランプの呪いの連鎖は終わりがある」


 話が見えてこない。


「僕は時間や体をコントロールして長らく生きた。おそらく神というものが存在するなら、僕はそれに近いだろうね。でも僕は人間だ」


 振り返った虹新人の目はどこか遠いところを見ていたようだった。


「神はさ、感情なんてないんだよ。善人にだって不幸を与えるし、悪人にだって幸福をもたらす。でも僕は違った」


 遠くを見ていた目はいつの間にか僕に向けられていた。


「僕は誰かをランプに封じて永遠に外道を進ます事は出来なかった」


「……」


 急に虹新人の目に炎が宿った気がして、僕は開きかけていた口を再び閉じた。


「ティリアに会いたい、その一身でランプの中に飛び込んだ僕は驚いたさ。 どうしてもティリアに会えなかったんだから!」

「……は?」


 ポカーンとする僕を放っておいて、虹新人は早口でまくし立てた。


「ランプの中は、空間が無時限に広がっているんだ。 僕がいた空間と、ティリアがいた空間は全く別の場所だった。 普通は一つの空間から別の空間に移動することは出来ないけど、僕には出来た。 だから当然彼女を探しに探したさ。 だけど、ようやく彼女の気配を掴んだ頃、彼女はこのランプから消えてしまった。 ——そう、君の元へ行ってしまったんだ。 これで僕の計画は全て狂ってしまった。 作り手であるはずの僕よりも強くなってしまったランプの呪いを跳ね返すには、僕と、僕自身が力を分け与えたティリアの力が必要不可欠だった。 だから僕がわざわざランプの中に飛び込んだのに、ナンセンスだろ? だとすれば次の手は——」

「ちょ、ちょ、ちょっと待った!」


 永遠に続きかねない虹新人の言葉に僕はどうにか割り込んだ。


「虹新人と、ティリアの力が合わさればランプの呪いは消せたってこと?」

「ああ、そうさ。 だから僕は、ティリアが戻ってくるのを待っていた。 ただ——その試みはまたしても、打ち砕かれてしまった。 今時、自分を犠牲にしてまで他人を守ろうとする人間がいるなんて考えてもいなかったからね」

「それって……。僕がティリアを身代わりにしていれば、全部上手くいってたってこと?」

「そういうことさ。 京君」


 あまりの衝撃に身動きすら取れなくなってしまった僕に、虹新人はまたつらつらと語っていく。


「そもそも君がランプを触ったことが、予想外だったんだ。 このランプは気紛れだから、たまに自分で場所を移動することがある。 僕がランプに入った一瞬の隙に、底抜けのお人よしが住んでいる部屋に移動するなんて誰が考えたと思う?」

「……」

「でも、そんなことはどうでもいい。 重要なのは、僕達がここから出られるということだ」

「……え?」

「君は何の力も持たない一般人だけど、僕の、いやランプ想像を遥かに超えて見せた。 これはもう、奇跡なんだ」


 そういうと虹新人は、頭上を指差して笑った。


「ほら。 ランプの呪いが、奇跡に反応して解けかかっている」

「え⁉︎」


 僕は確かに、壁に無数の亀裂が入っていくのを見た。


「さあ、日常に戻る準備は出来たかい?」

「……こんな……簡単なことで……」

「簡単なんかじゃない。 君だから出来た奇跡さ」


 虹新人がそう言って、かっこよくウインクを決めた瞬間。ランプは白煙を上げながらついに爆発した。


 気がつくと、そこは先程までいた屋敷の中だった。

 見渡せば全員が全員、驚きに満ちた表情で僕達を見ていた。


「も、戻れたのか……?」


 隣にいる虹新人が穏やかに微笑む。

 瞬間、前方に強い衝撃。

 硬い石の床に思い切り背中を打ち付けてしまう。


「——っ、何をするんだティ」

「京! 京! 京!」


 ティリアが僕の胸に顔を押し付けながら何度も僕の名前を呼ぶ。

 何度も、何度も。僕がそこにいるか確認するかのように。


「生きてるのね⁉︎ ランプの中に封印何てされてないのよね⁉︎ 大丈夫よね⁉︎」

「あ、ああ。生きてるし、封印もされてないし……僕はここにいるよ、ティリア」


 優しくティリアの頭を撫でてやる。

 ぽたぽたと零れ落とすようにティリアは涙を流した。


「よかった……本当によかった……京があたしの代わりに封印されるかと……」


 胸がティリアの涙で濡れる。

 でも僕は何も言わなかった。ただ黙ってティリアの頭を撫で続けた。

 安心させるように、僕がここにいると証明するかのように。


 ティリアが涙でグチャグチャになった顔を上げ、僕の顔をじっと見つめる。


「京……あたしね——!」


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