三十七話
「話はもうええか? 俺はアノーに聞きたいことが山程あんねん」
「ひいっ」
がっちりと首を掴まれていたアノーは、それだけでびくっと肩を震わせた。
「お前を信頼して師匠の大切な屋敷を預けたのに、これはどういうこっちゃ?」
「そ、その……これには色々訳がありまして……」
「あちこち内装変わってしまってるんは大目に見たるわ。 でもまさか、大事な大事な書庫は手えつけて無いやろな?」
「……ま、ままままさか」
全身を小刻みに震わせているアノーの背中を見ながら、雪菜さんとティリアがひそひそと言葉を交わしていた。
「ど、どうしましょう。 書庫を燃やしちゃったなんて言ったら……」
「アノーのせいにしちゃえば大丈夫よ!」
こくりと頷く二人に、僕は今日がアノーの命日になることを悟った。
「あの書庫には師匠の日記もあるんやぞ! あれがどれだけ大切な物かお前も知ってるんやろ!」
「知ってます知ってます! だからそんなに怒らないで下さい!」
すっかり萎縮してペコペコ謝るアノー。
何だか哀れだな、と思ったところで突然、僕の膝の力がスッと抜けた。
「──え……?」
そのまま膝を地面につけてしまう僕。
なんだ。
何が起こってる?
一体、何が起こったのかまったく分からなかった。
膝に力がまったく入らず、ピクリとも動かない。
いや、膝だけじゃない。手までもが力がどんどん力が抜けるのが分かった。
「京! あんた、手が……!」
悲鳴に似たティリアの声。
見ると、僕の手はまるで幽霊か何かのように透けていた。
透けた箇所からは光の粒子のようなものがふわふわと浮き上がっていき、そのたびに僕の手の力が、感覚がなくなっていく。
ああ、そうか。
僕は悟った。
「兄さん。あんた、もう魔力が……」
十賦の言う通りだった。
僕にはもう、魔力がなかった。
生きるだけの魔力が。
崩れ落ちるように僕はうつ伏せに倒れる。
既に立つ力もないようだ。
ティリア達が再び騒ぎ出す。
近くの十賦が僕のそばに立った。
「どうしてそないなるまでにティリアを身代わりにしなかったんや? 命が惜しくないんか?」
「……惜しいに決まってますよ。だからここまでやってきたんじゃないですか。僕とティリア……両方の命が惜しかったから」
「アホ。自分は言ったで? そんな方法はないんやと」
「言われたからって納得しろって? そんなの……無理だ」
『雪菜! さっさと願いなさい! 京が死んでもいいの⁉︎』
『ティリアさん! 落ち着いて下さい!』
『わたしは……わたしは……!』
近くでティリア達が僕のために必死になって言い争っている。
不謹慎だけど、それが嬉しかった。
「それでも今、あんたは消えかかっとる。だから、あんたは選ばなくちゃあかん。二択や。ティリアを身代わりに──」
「僕が死ぬ」
十賦が言い切る前に僕は即答した。
僕は、死ぬ。
ティリアのために、死ぬ。
今さっき、そう決めた。
「……後悔はないんやな?」
「はい」
「そうか。それがあんたの答えなんやな」
十賦が僕の元を離れていく。
入れ替わるようにして、神子川と浩次が駆け寄ってきた。
ティリアと雪菜さんはまだ言い争っているのだろうか。
「矢賀野君、死んじゃダメです。呪います」
発されたのは神子川らしい言葉。でも、潤んだ瞳や震える声は神子川らしくなくて。返す言葉がなかなか見つからなかった。
「そんな事言われても、無理なんだよ」
「諦めるなよ」
どこの芸能人だよ、それとツッコミたくなる浩次の言葉。でも、それは狙っていってるんじゃないと分かっているし、心の底からの言葉だと分かっている。
「諦めてない、決めたんだ。無理やり言わされたんじゃない。自分で、決めたんだ」
神子川の、浩次の目をちゃんと見て。はっきりと言う。
僕の言葉が届いたんだろうか。神子川も浩次も1度開きかけた口をギュッと閉じた。
視界が霞む。泣いてるわけでもないので、原因は一つしかない。見えるものがだんだんと暗くなっていく。
ティリアや雪葉さん、神子川、浩次の慌てる声、泣き声が聞こえる。
近いはずの声が妙に遠く聞こえて、耳を塞がれたかのようにボヤけていく。
そして、何も感じなくなった。




