三十六話
ティリアの言葉に押し黙る僕たち。
あのアホの浩二さえも難しい顔を作って立ち尽くしていた。
「私だって伊達に長い間精霊やってないのよ。また精霊に戻って封印されるくらいどうって事ないわよ」
フンと鼻息混じりで髪をかきあげた彼女は、どうしても強がってるようにしか見えなかった。
「さあ早く。時間がないわ」
この提案に僕は人間に戻れる。
元の平穏な生活に戻れる。
でも……本当にいいのか?
誰かを犠牲にして自分が助かる。本当にそれで僕は満足なのか?
これで助かって本当に笑って過ごせるのか?
ケータイを取り出してみた。
魔力残量、6%。
もう一桁だ。つまり僕の死がもうそこまで来ているということ。
「アノー! 本当に他の方法はないのか⁉︎」
僕の口から出た言葉は、まだアノーにすがるようなものだった。
「うん。ないね」
無情にもアノーはさらりと返した。
ティリアが僕に呆れ顔をした。
「あんたね。さっきからこれしかないって言ってるでしょ? それにあなたはこの時代の人間。今を生きてるの。私は大昔の人間なんだから、この時代に生きるのはあんたに決まってるでしょ」
「そんなのどうだっていいんだ!」
僕は、自分でも驚くほどに感情的になっていた。
声は上ずりながらも、遣る瀬ない気持ちがにじみ出て怒声のように響く。
「イヤなんだよ! 誰かの犠牲の上に立つなんて! なんでみんなで笑って終われないんだよ!」
こんなこと言っても何にもならない。
子供の駄々と同じだ。
分かってる……分かってるけど。
「僕だけじゃない! 直接それを願わなきゃいけない雪菜さんだって、ここまで色々助けてくれた神子川だって、浩二だって、それでいいのかよ! みんなティリアの犠牲を胸の奥にしまって笑って過ごせるのかよ!」
全員が言葉を失った。
「やっぱり僕にはそんな事できない!」
その時だ。
ティリアが僕に駆け寄ってきた。
そしてパチンと乾いた音が響いて、僕の左頬に痛みが走る。
「あんたね……! 本当どこまでお人好しなのよ!」
頬を抑えながらティリアを見ると、彼女は大粒の涙を目に溜めていた。
初めて見るティリアの涙。
「私は良いって言ってるでしょ。さっさとやんなさいよ!」
罵声がスイッチとなったかのように、口を開いたティリアの目からは決壊寸前だった涙がついに溢れ出した。
死を前にしてすら言葉を紡げた僕は、ティリアの涙を前にしてついに閉口してしまった。
時間がない。
それでもこの沈黙の中、決断を下すことも、自分を鼓舞する言葉も出てこない。
「こんなの……ダメです」
神子川が下を向きながら呟いた。
「こんな風に終わるなんて、こんな運命、呪っても呪いきれません」
顔を上げた神子川の目には何やら強い意志が宿っていた。
そして一歩だけ前に出て僕を見た。
「そうだな。確かにティリアさんがこのまま封印されるなんて、折角面白くなってきたハイスクールライフが一気にバッドボーイだぜ」
浩二も一歩前に進むと神子川のように前に出る。
「誰かが犠牲になって終わるなんて、とんだバッドエンドですよ! ゲーマーとして、グッドエンドを目指すのは当然のことです!」
雪菜さんも強く拳を握りながら一歩進む。
「若いっていいですね。私は部外者ではありますが、ここまで一緒に来た以上、みなさんを支持しますよ」
ガチャンと音を立てて富岡さんも前に出た。
それぞれが僕を、そしてティリアを見ている。
本当にどこまでも頼もしい自慢の友人たち。
こんな仲間がいる事は僕の誇りだ。
と、その時だった。
屋敷の奥から酷い罵声が響いてきた。
「おいコラァ! なんじゃこの状況はボケェ!」
その声は徐々にこちらに近づいている。
「ひっ!」
今まで余裕の表情だったアノーの顔が引きつった。
そろそろと浩二の背後に隠れた。
なんだ一体……?
次の瞬間、図書室の扉が蹴破られて、煤まみれのおっさんが登場した。
「アノーおいコラ! 突然灰が降ってくるわ、コウモリが襲ってくるわ、どうなってんねん! って、ん……?」
僕と目があった。
「「あ」」
二人で目を合わせ、同時に言う。
「「あの時のおっさん(兄さん)!」」
「なんや兄さん、こんなとこまできてたんかいな」
「おっさんこそ!」
互いに固まる僕たちに、ティリアが噛み付いてきた。
「ちょっと、なんで京が十賦のこと知ってんのよ!?」
「いや、あの……」
「そんなことよりアノー!」
「ひいいい! ど、どうして十賦が⁉︎」
「どーなってんだ、神子川?」
「要するに、かくかくしかじか」
「へー」
「わ、分かりやすくお願いします……」
十賦の登場によりシリアスな雰囲気は一変し、所謂カオスな状態になってしまった。それを止めたのは、やはりというか、神子川だった。
「はいはい、そこまで!」
ぱんぱんと手を鳴らす神子川に、僕の襟元を掴んでいたリリアも、アノーにヘッドロックをかけていた十賦も、浩二の肩を持ってぐわんぐわん揺さぶっていた雪菜さんも止まった。
「はい、まずはあなた! こんな大事な時に急に現れた御都合主義全開のあなたは一体全体誰ですか?」
「俺の名前は十賦。 ランプ作ったど偉い師匠の弟子や。 てか御都合主義って言わんといてや! 俺は京君とすでに顔見知りやで?」
十賦の発言に、 皆の視線が僕に集まった。
「本当ですか、矢賀野君?」
「おいおい、聞いてないぞ!」
神子川達の反応を見て、十賦は溜息をついた。
「やっぱ兄ちゃんは甘々やなあ。 その分やったら、まだティリアを身代わりにする決心ついてないんやろ」
「京、知ってたの⁉︎」
「京君、知ってたんですか⁉︎」
ティリアの叫びに、僕は仕方なく頷いた。
「あんたって、本当に馬鹿じゃないの……?」
信じられない物を見たというような表情をするティリアに、僕は視線を逸らすしか無かった。




