三十話
「君、結構かわいいねぇ。どう? 僕と結婚しない?」
「アンタ、ふざけてないでさっさと説明しなさいよ」
ティリアが雪菜を庇うようにして一歩前に出ながらアノーを睨みつけた。
「もう、そんな怒らないでよぉ。まあいいか。じゃあ早速。この書庫の中にある『我、燃えず』という本を探してくれたまえ」
「われもえず?」
確認するかのように本のタイトルを口に出す雪菜。その姿を見ながらアノーは雪菜を指差した。
「知ってると思うけど、この館はこの世に蔓延る死霊がうじゃうじゃいるんだけどさ、たまには生け贄が必要なんだよ。負けたら君が生け贄ってどう?」
突然のアノーの要求に二人は固まった。その姿を見てアノーはケラケラといたずら好きがするような笑い声を上げた。
「冗談だよ。えっとじゃあさぁ、君たちが負けたら……」
ブンと風を切る音すら置いてけぼりにして、アノーがティリアの目の前に高速で移動する。そして顔をぐっと近づけてティリアの目を見て言った。
「この屋敷の元主、虹新人がどこにいるか教えてもらおうかぁ……ぶへっ!」
「あ、ごめ……突然だったからついカウンターが」
「いきなり頬を引っ叩くなんて酷いじゃないか!」
アノーは今しがたティリアのビンタを受けた頬を撫でながら抗議の視線を送る。しかし、ティリアはアノーの言った条件を頭の中で反芻して大きな声を出した。
「あの人、まだ生きてるの!?」
ティリアの反応にアノーは意外そうな顔を浮かべた。既にさっきまで吹き荒れていた風は止んでいる。おそらくはビンタを喰らった時に止まったのだろう。
「まさか、神をも越えるような男が簡単に死ぬとなんて思ってるの?」
「だって、最後に会ってからもう100年以上も経ってるのよ!?」
「ティリアくん。君って本当に甘いよねぇ。確かに普通の人間ならきっととっくに死んでるだろうさ。でもね、あの男は虹新人だ。病気や寿命なんてものが彼を殺せるはずないだろう?」
ティリアは信じられない事を聞いて動揺していた。先ほど日記の中に詰まっていたような思い出が目紛しいスピードで脳内を駆け巡った。それは走馬灯のようでもある。
「でも……私、知らない」
ティリアの声は虚空に呟くうわ言のようにハッキリとしなかった。顔面蒼白である。アノーの出した条件は決して悪意は無かったのだが、ティリアにとっては一種の精神攻撃の一つだった。しかし、その時彼女の背中をどんと叩く者がいた。
「ティリアさん! しっかりです!」
「ゆ、雪菜?」
雪菜がティリアの前にずんと立った。何故か今まで見た事ないような表情を浮かべて人差し指をアノーの顔に突きつける。
「ええい! このフケツ妖精! ティリアさんをこんなにして、タダで済むと思うなよ!」
「あれ、えっと、君……キャラ違わない? あと、妖精じゃなくてせい……」
「うっさいわ! いいですか? このゲームの鬼、南方雪菜にゲームを仕掛けた事を徹底的に後悔させてやるんですから覚悟しなさい!」
「あ、そういえば雪菜の部屋、ゲームいっぱいあったわね」
さっきまでティリアの背後で小さくなっていた雪菜は、ティリアが混乱しているところ(仲間のピンチ)を目の当たりにして、ゲーマーのスイッチが入ってしまったのだ。
こうなった雪菜は、キャントストップである。
「ふっふっふ……。 ミッションは至ってシンプル。 数えきれない本の山から『我、燃えず』という本を探すこと」
「……十分以内にね」
完全に目が座ってしまった雪菜に、少々、いやドン引きしながらもティリアは情報を付け加えた。アノーが楽しそうに、正確には九分と十八秒以内だよーと言っているが気になど止めない。
「で、策はあるんでしょうね」
「ええ、勿論」
自信満々にそう言うと、雪菜はティリアに一つの質問をした。
「ティリアさんが先ほど調べて下さっていた部分に、『我、燃えず』という本はありましたか?」
「分かんないわよ、そんなの」
「なるほどなるほど」
顎に手を添え、思案気な顔をする雪菜。
「こういうゲームを解くには、出題者の意図を察するのが鉄則なんです。あの変態になりきるのは尺ですが、頑張って考えて見ましょう!」
変態じゃなくてアノーだよーという情けない声は当然耳には入らない。二人は顔を見合わせて頷くと、音が聞こえてきそうなぐらいに頭をフル回転させた。
「変態はどうして数ある本の中から『我、燃えず』を指定したのでしょうか」
「んー。 久しぶりに読みなくなったけど場所が分からなくなったから?」
「ありえますね。 馬鹿そうですから」
「馬鹿っぽいよね」
「酷いこと言うねぇ、本人を前にして」
「ですがここは、魔術のかかっている本であると仮定します」
雪菜は落ち着いた声で、エアーメガネくいっとあげながら言った。
「……何で?」
「考えても見てください。あの、自分は魔術をこんなに使えるんだと自慢したくて仕方がない鼻持ちならない性格。ここであえて、普通の本を指定するはずがありません」
「あ、なるほど」
「あれ? 何か」
ティリアは一旦納得したが、首をかしげて雪菜に待ったをかけた。
「でも雪菜。 私がこの部屋に来たとき、魔術のかけらも感じなかったわよ?」
「鋭いですね、ティリアさん!」
雪菜は待ってましたとばかりにティリアを見た。
「私が考えるに、その本は特定の条件下でしかその魔力を発さないのだと思います」
「特定の、条件下……?」
「本のタイトルは『我、燃えず』です」
何故か雪菜が燃えずの部分を強調する。
はっとなってティリアが雪菜を見た。
「まさかと思うけど、あんた……」
「そのまさかです」
雪菜はにっこりと笑顔を見せるとバックから安っぽいライターを取り出すのだった。




