忌憚奇譚13
「ふうん。何だかちっちゃいですね」
直が言う。
六朗の話への感想だ。
まあこんなものだろう。事実だ。自分は小さいと六朗は自嘲する。こんなのは恥部以外の何ものでもない。六朗にとっては悩みでも、他人からしてみれば全く取るに足らないものなのだろう。
「そうなんだよ。ちっちゃいんだ。同級生にも哀れまれたし」
「でしょうね」
「直くんは僕と同じ無感動な人間だと思ったからさ。だから今日、待ち合わせをしてまで会おうと思ったんだよ」
出来るだけ事実をそのまま伝える。
「一緒にしないでください。僕は無感動な人間なんかじゃない」
直が反発する。しかしどうにも説得力がない。ここまで年齢に似合わぬ挙動を見せておいて、無感動ではないとは直自身も思っていないのではないだろうか。
それを直に伝える。
「僕は我慢しているだけです。だって妹がいるんです。僕が誰かに甘えるわけにはいかない」
「妹さんか。まあ確かにしっかりしなきゃとは思うよね」
納得は出来る。
「けどさ、ただ庇護したいってわけでもないんでしょ? 昨日言ってたよね、子供を騙してやりたいから怖い話やお伽噺を聞かせるんだって」
確かに直は言っていたはずである。妹を守らねばという純粋な使命感があったとしたら、あんな言葉は出てこないはずだ。だからそこに何かある。
「よく覚えてましたね。まあ、そうですね——」
直は俯き溜め息を吐く。
「妹は確かに守らなきゃいけないと思います。あの空間で、あいつの味方になれるのは僕だけだから。でもお察しの通り、ただ単に可愛いからってわけじゃありません。僕はね」
——あいつが怖いんです。
直は絞り出すように声を出す。
「あいつは飼い猫を苛めているんです。尻尾を持って宙吊りにしたり、首を締めたり、肛門に香辛料を塗ったり。それも楽しそうにやる。猫を苛めているときのあいつは心底楽しそうです。僕に苛めを目撃されても、ばつが悪そうにするようなことはなくて、それどころか一緒にやろうと誘ってくるんです。でもあいつは苛めが悪いことだと思っていないわけではないんですよね。だってお父さんがいる前では絶対に猫に近付かないんですから。あいつは猫を苛めることが悪いことだと判っているはずなんです。妹はしたたかです。僕なんかよりもずっと器用で残酷で、歳不相応に大人です。だから怖い。
でも、そんなあいつを僕が見限ったらどうなるでしょう? あいつは猫を殺すんじゃないかな。そんなことになったら、次は僕らがお父さんに殺されるんじゃないでしょうか? お父さんはそれくらいに何時も苛々しています。暴力こそ振るわないけれど、家にいるときは何時も苛々していますよ。だから妹の暴走は防がなくちゃいけない。僕がそばにいて、監視しなきゃいけないんだ。そうしてやっとあの家は血みどろを免れているんです」
直は一気に語る。何かを溜め込んでいる者は一度に語る。三菜子もそうだった。そして三菜子と同じように、直も虚ろな目をする。
不幸を吐き出して空っぽになったときに見せる空虚な目。何も解決していないのに、空っぽになったような気持ちになってしまうのだろう。
「なるほどね。だから君はお話を聞かせるのか。妹さんが何処まで子供なのか知る為に。果たして騙せるのかどうか試しているわけだね」
「まあ、そんなところです」
割と適当を言った六朗だが、的外れというわけではなかったようだ。
「共用トイレの花子さんと太郎くんって、直くんと妹さんがモデル? 花子さんはともかく太郎くんなんてマイナーなお化けだし、そうそう七不思議に入れようとは考えないと思うんだけど」
「そうですね、恥ずかしながら」
全く恥ずかしそうにしていない。
「感慨も何もあったものではないですが。妹はやっぱり喜んでくれましたよ。喜んだだけですけど。喜ぶ以外は反応なしです」
なるほど。やはりそれも妹の反応を見る為なのか。
「昨日、共用トイレの前にいたのはなんで?」
「別に。ちょっと気になっただけですよ。今あいつは七不思議に夢中ですから、もしかしたら何かやらかすんじゃないかって思って出向いてみただけです」
外でも監視は怠らないらしい。気苦労の絶えない兄だ。
「へえ、そっか。試す為に七不思議をね。何か面白いね。でも僕だったら自分でオリジナルの妖怪を作ってみようと思うよ」
「既存の妖怪の方が伝わり易いと思ったんです。自分で設定を考えられるほど僕も想像力が豊かというわけではないので」
確かにオリジナルの妖怪を作るというのは結構な想像力を必要とするのかも知れない。それにきっと舌の滑りも悪くなるだろう。
「因に、六朗さんが考えるオリジナルの妖怪ってどういうのですか?」
訊かれて考える六朗。考えてはみるがやはり創造というのは難しい。なかなか思い浮かばない。
しばらくの間唸っていた六朗だが、遂に閃く。
「思いついたぞ。その名も妖怪食い障り」
「なんですか、それ」
「人の不幸を栄養にする妖怪だよ」
「自分がモデルですか」
「恥ずかしながら」
しかしいい線をいっているのではないかと自画自賛する六朗。自分にしては頑張った方であると思う。
「因に、食い下がりと掛かっているんだよ。しつこく不幸に食らいつく妖怪なんだ」
「自分がモデルなんですね」
「恥ずかしいなあ」
妖怪は人の心より出流もの。ならば自分をモデルにしたっていいはずだと六朗は開き直ってみる。
「まあなんだ。確かに話を聞けば直くんは僕とは違うってのも判ったよ。妹が怖い、ね。なるほど兄妹のいない僕とは違うのかもね」
「そもそも同じ人間なんていませんよ。六朗さんのやってることは正直不毛だと思います」
それはそうだ。同じ人格の人間も、同じ環境の人間もいるわけがない。
自分はやはり自分以外の何者でもないのである。
「僕は無感動なんかじゃない。お父さんのことは、正直嫌いです。けど、お父さんに好かれたいとは思いますよ。それは無感動なことですかね? 普通ではないですかね?」
「普通さ。感情的でもある。まあ、そうだね。君は普通だ。周りがそうじゃないってだけだよ」
これでは自分と正反対だと六朗は思う。自分が異常で家族がまとも。なんだか奇妙だ。だからこそ親近感を覚えたのだろうか。
鏡で自分を映したときのような感覚になったのかもしれない。
「そうですか。はあ……何か気が抜けました。じゃあ、そろそろ僕は帰ります。妹が待ってるんで」
「そう。まあ、頑張ってよ。破綻しない程度にさ」
適当に言葉を選ぶ。
一度は歩き始めた直だが、何か思い直したように背を返す。
「あ、そうそう。僕、六朗さんみたいな人が何て言うのか知っています」
「へえ。何ていうの?」
何の悪意もなく訊く六朗。
「中二病です」
言って直は去っていった。
やられたと思った。それは盲点だった。否、しかしそれならばひるまが激昂したのにも得心が行くというものだ。きっと心当たりがあったのだろう。自分の恥を思い出したのだと思う。
普通を忌避する性癖の人間。なるほど。とするならば、自分は薫のことが羨ましかったのかもしれない。奇人多大角薫。優等生の自分には眩し過ぎた。だから声をかけてしまった。是非とも友人になりたいと思ってしまった。
そして彼が奇妙な遺言を残してくれたおかげで、自分も変わった人間になることが出来た。それを悩み事のように見せかけていたのだ。そして自分でも悩みなのだと思い込んでいた。雪乃が胡散臭いというのはそういうことなのだろう。自分で自分に嘘を吐いて騙していたことを悟られていたと、なるほどそういうことなのかも知れない。
つまり六朗の本当の悩みとは自分がまとも過ぎることにあった。まとも過ぎて詰まらない。まとも過ぎて何処か引っ掛かる。だから奇人に身を落とした。鶴子が不器用と言うのはそれか。
なるほど中二病。言い得て妙である。
「あー。全てがどうでもよくなってきた」
項垂れる六朗。
真実は知ったところで失望するだけだった。
夕闇は妖怪食い障りを夜の闇に溶かそうと、西へ西へと沈んでいった。




