鏡を疎む4-2
中学生になった海樹子。不登校は続いてた。約三年間にも及ぶ登校拒否。この頃にはもう海樹子は両親から失敗作の烙印を押されていた。
それでも海樹子の感心なところは勉学を怠らなかったことにある。図書館から参考書になりそうな本を探してきては勉強に勤しんだ。そしてその合間を縫って、ドッペルゲンガーについての研究も行った。その度に海樹子のドッペルゲンガーは無駄無駄と海樹子をせせら笑った。
母とはもうどれだけ口をきいていないか判らない。朝食、昼食、夕食、三食全てを海樹子は自分で賄い、決して母の手を借りようとはしなかった。そんなことは考えもしなかった。自分の味方は自分のみ。孤高を貫き通す女子中学生。見ように依っては健気に見えるのだろうが、それは普通に見ればただ親が育児を放棄しているだけだった。
それに、海樹子は決して強い精神を持っていた訳ではない。このままでは駄目になると夜な夜な枕を濡らしていた。自分は将来路頭に迷うのだろうという絶対的な確信があった。他人を受け入れず、両親すら許容せず、恋人さえ所有せず、友人も創造出来ず、どうしてまともに生きて行くことが出来るのだろう。人間失格だ。自分は人間失格だ。そんなことばかりを考える。
「そうそう。海樹子ちゃんは人間失格。失格したなら次は私の番だよ。ルールはちゃんと守ってよね」
何がルールだ。そんなものを設定した覚えはない。
「竜二くん……」
「そればっかり。まあ竜二くんを認めるのはいいけどさ。それだけじゃあ駄目だよ」
「うるさい……」
「そんなに好きなら会いに行けばいいのに」
竜二と海樹子は学区を考えれば同じ中学校である。顔を合わせようと思えば何時でも合わせられる。しかしどんな顔をして会いに行けというのだ。あれだけの啖呵を切っておきながら、どうして面と向かえるというのだろう。
「ずっとこのままこの部屋で調べ物するの? 海樹子ちゃんは怪奇研究家でも目指してるワケ?」
「黙ってよ……」
そんなものを目指している訳がない。自分はただこの憎たらしいドッペルゲンガーを消したいだけなのだ。
「私を消したいならママのことも認めなよ。今更ながらここから出て行って、私を愛して下さいって言いに行きなよ」
ご免だ。母に何かを請うなど絶対にご免だ。もう関係は修復不可能なのだから。懇願など徒労に終わるに決まっている。
「はぁ……仕方ないなあ。じゃあ特別にアドバイスしてあげる」
「え?」
ドッペルゲンガーが海樹子に助言をするなど始めてのことだ。
「竜二くんのことしか頭にないなら、竜二くんに会いに行こう。学校へ行く必要はないよ。偶然を装うワケ。街を徘徊して、竜二くんと偶然会うの。そうすれば話もしやすいでしょ?」
それは確かにいいアイディアかもしれないと海樹子は思った。思ってしまった。
「今回だけだよ。今回だけ、あなたの我が侭に付き合ってあげる。学校で顔を合わせるのが無理ならこういうやり方しかない。ま、無駄だとは思うけどね。竜二くんだけでは絶対に青木ヶ原海樹子は完成しないんだから」
「竜二くんのことだけは認めた方がいいって言ったくせに……!」
「順序ってもんがあるのよ。竜二くんを認めたら次はママ。当たり前でしょ? 結局どちらも認めなければ意味がない」
海樹子は歯噛みする。しかし、竜二には会いたかった。切実に会いたかった。最近ドッペルゲンガーの思考に流されている気がするのだ。今回にしたってそうだ。ドッペルゲンガーの案を受け入れている自分が居る。このままではどちらが自分なのか判らなくなってしまいそうなのだ。
「竜二くんに会う……」
偶然を装って。
目を瞑る。暗闇が広がり、海樹子はとんでもない孤独に苛まれた。そして根負けとばかりに竜二との邂逅を決定事項として承諾した。




