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3-【契-約】

3-【契-約】





――翌日。


来たるバイト初出勤の日。






 

9時に来てねと店長さんから言われていた私だが、約束の30分前には事務所前に到着していた。




…緊張してて。

遅刻するよりええやろ。

 

 


相変わらず鳴り止まない夏の風物詩であるセミの声は、私が感じる暑さを倍増させる。




 


 


「…あつ」


 




  


その時、坂道をこちらへ向かって歩いてくる人影が見えた。


あのズンズンとした歩き方。

 

筋肉のついた太い腕、手、足、そして体格の良さ。

 

バスケ選手みたいな高身長。




 


「…店長さん、遠目からでも一撃で分かるわ」






店長さんは私を見つけるなりその大きな手を大きく振ってくれた。


…相変わらず印象の可愛い大男や。





  


「よっ、おはよう森崎ちゃん。随分早かったね」



「店長さん、おはようございます。ちょっとまあ、気合い入っちゃって」



「がはは、大いに結構!やる気ある子は大歓迎だからね!」





事務所の鍵を開けた店長さんは、入るなりすぐエアコンを起動し、腰に巻いていた小さなカバンを奥の机に置いた。





「まだ8時半なのになんでこんな暑いんだよ…困っちゃうよなぁ」


「ほんとですね」





冷蔵庫から2リットルサイズの緑茶を取り出して注いだ店長さんは、タンブラー1杯目を軽く飲み干して2杯目をすぐに注いだ。


すると奥の扉の向こうからもう1つタンブラーを持ってきては、私にも冷たいお茶を注いでくれた。


 



「はい、森崎も飲んでおきなよ。室内でも熱中症はなっちゃうからね」


「あぁ、ありがとうございます」




 


さっき自販機でお茶買ったんやけどな…と思いつつ、注がれたお茶が置かれた席に私は座る。




 

 

「そういえば、バイトって今何人で回してるんですか?」



「今は7人かな。キミが入ることで8人になるよ」





 

 

…言い方的に社員的立場なのは店長さんだけかな。




  


「7人…?意外といるんですね」



「どうしても人手が必要な日が出てくるからねぇ…、こうしないと個々の負担が増えちゃうんだ」





そう言った店長さんのタンブラーの中身は、既に氷だけになっていた。


…昨日も思ったけどめっちゃ飲むやんあんた。



 


「あ、今日森崎ちゃんにやってもらうのは…仕事で使う道具の手入れがメインかな。後は細かい仕事内容を教えていこうと思うよ」


 

「分かりました」


 

「まあ初日だし、やることやって…お昼までにはあがれるようにしようか」



「はい、お願いします」





そして少し休憩して9時を過ぎた頃、店長さんに連れられて私は2階の部屋へ移動した。


外階段を上ると、外廊下から通ってきた橋と御嵩駅がばっちり見えた。



 

 


「エアコン無いのに…意外と涼しい」



 

 


階段を上り1番手前の部屋に入った私たち。



 


部屋にある机や椅子はどれも手作りのようで、1階ミーティングルームとは全然雰囲気が違った。

  

部屋の窓は緑色の薄いカーテンで閉め切られているが、漏れて入る日光のおかげで十分部屋は明るい。


 


 




 

「じゃあ、まず軽くどういう仕事してるか説明しようか」






 

 

入ってすぐ目に入ったのは部屋の正面奥。

 

古い机とそこに立て掛けられた長めの竹刀。



 

その机の上には大きな弓らしきものと矢のような棒が数本。


机のすぐ下のダンボールには、何か細いベルトのような物が箱いっぱいに詰められているのが見える。






 

―――直感的には、色んな種類の部室をこの部屋に詰め込んだような雰囲気。








  


「…はい、お願いします」






  

 

 

私はズボンのポケットからメモ帳とボールペンを取り出す。







 


――しかし聞いた話の内容は、メモをとる必要すら無いほど衝撃的なものだった。


 





 


「よっこいせ。…ここのバイター達にやってもらってるのは、簡単に言えば…お掃除だ」




「簡単に言えば、お掃除…?」






 


店長さんは部屋奥にある木の椅子を持ってくると私の方へ向け、そこへ腰掛けた。

 

 

巨体に似合わない椅子はメキッと悲鳴を上げた。






 


 

「うん。普通に言うならそれは…化け物退治だ」





 





私は自らの耳を疑い、同時に店長さんも疑った。

 

この人は、こんなに真剣で真面目な雰囲気で冗談を言うような人なのか、と。


 






  



「化け物?ですか?」


「そう。化け物退治。バイトの子達には武器を持ってその化け物たちを駆除してもらってるんだ」








…何?何その、アニメとかゲームみたいな話。


 






「え、化け物ですか?クマとかイノシシとかの駆除ではなくて…?」


「うん、違うんだよねそれが。まぁ、1個ずつ細かく説明していこう。そこの椅子座っていいよ」





入ってきた出入口の横には、手作りの小さな木の椅子が置いてあった。


私は混乱しつつもそれを店長さんの前に置き、向かい合って腰を下ろした。






「いいかい。今から君に頼もうとしてることは、端的に言うと【この世界を守って欲しい】ということなんだ」


 

「…私に?ですか?」



「そう、森崎ちゃんにね」





あまりにも唐突で現実味が無く、夢でも見てるのではないかと一瞬私は思う。





「何から…守るんですか?」



「裏世界で生きる存在、通称【ウラビト】だね」





私は、必死に言葉を飲み込んでいく。





「【ウラビト】…?は何か、悪いことをしてる人達なんですか」



「彼らは今この瞬間も、こちらの表世界の人間に化け…少しずつ世の秩序を壊している」





私たちは…表世界の人間。


 

  


「…あぁ、宇宙人みたいな、そういう…?」



「まあ、今はそう思ってくれて構わない。大切なのは彼ら【ウラビト】がこれ以上この表世界に増えないようにすることだ」




 

「阻止するには、どうすれば?」




 

「…裏世界から表世界へ入り込もうとする【ウラビト】を、こっちへ来る前に出入口で叩いてしまおうって話さ」






聞いた話はまるで作り話。




 


私はそれと同時に、時給が高い理由と、出来高制という好条件の意味もしっかりと理解した。





 


「それって…下手すると私も死んじゃったり」


「…軽い気持ちで挑んだら、可能性はあるね」






 

 

やっぱり、危険な仕事なんや。






 


「店長さん、あの…私」



「もちろん、今の説明で気が滅入ってしまったのなら無理言ってやってもらうつもりは無いからね」 


 



  

これまでの人生で1番、夢であって欲しいと思う瞬間だった。






 

 

――店長さんの言葉が本当の話だとすれば。

 





  


これを断れば、少し前に1人辞めて減ったという【世界を守れる人間】というのが7人のままになる。





7人もいるのにまだバイトを募集している。


それに昨日の「8人でもカツカツ」という言葉。





 

 



(…人間は、手と手を取り合って、協力して助け合って生きていく生き物)



 



 


「…私でも、出来るんですかね。この仕事」



「現時点では出来るとは断言出来ないけど、僕自身から見れば、立派にこなせると思うよ」




 


――店長さんは私の目をしっかりと見て続ける。




 

 

「君には【助け合って生きていきたい】と思える明確な信念と優しさがある。残念ながらこれが…今の他のバイトの子達には全然無いんだ」



「…え、世界を守って戦ってるのに…ですか?」



「あぁ、個性を振り回して好き勝手進めていく子達ばっかりだ。そういう彼らを助けてやってほしい…という意味でも、森崎ちゃんという人間は、この場所に必要だと思うね」







 



…この人、ずるいよなほんま。 

断れへんやん、そんな言い方されたら。






 


 

まあでも、行けるところまで行くって言うたの、自分やし?


 

最悪まぁ一通りやってみてその後で、私にゃ荷が重いわぁって思ったら辞めて、次探すって手段も…無くはないし?


 

バイトの募集要項には、経験豊富な先輩や仲間がフォローしてくれるって書いてたし。


 






…まぁ、なんとかなるやろ。

 

元より、そう思って東京来たし。 


  









 

「私、やります。このバイト」









 




そう私が言った後の店長さんは、少し驚いて、少し考えて、少し安心したような。


そんな顔をしていた。








「ありがとう。そう言ってくれると信じてたよ。後で契約書だけ、帰る前にサインして帰ってね」










 

「はい。私、頑張ります」












少し前に同じことを口にしたのを、その口が覚えていた。



 

その直後に憧れの先輩が姿を消した…という事実も、昨日の事のように覚えている。


 

 

いくら信頼ある人だとは言え、もしこれも何か騙されていたら…と心の底では不安が大きくあった。


 

両親が「東京の人間は信じるな」と口酸っぱく私に言い放っていたのを思い出す。





 



「…。」 




 




…別に、騙されてたらそれはそれでええんちゃう。


それなりに頑張った後で、笑い話に変えたるわ。








すると店長さんは「よっこらせ」と小さく呟きながら、その大きな腰をゆっくりと上げた。




 


「…そうそう、わざわざこの部屋に来たのは、バイトの子達が使う武器を見て欲しくてね」



「化け物を…竹刀でしばくんですか?」




 


店長さんが手に取ったのは、机に立て掛けてあった通常より一回りは大きいであろう竹刀。


一見、刀身が長いだけの普通の竹刀に見える。




 


「その通り。まあこれは市販のものじゃなくて、うち特製の改造された竹刀なんだけどね」


「普通の竹刀とは、何が違うんですか?」





 

「まあ…見てておくれよ」




 


店長さんはその竹刀を構え、まさに剣道を始める形をとった。





 

 

 

「シャス…トラバイエ」





 



―――私の体に電撃が駆け巡る。





 


「!?」





言葉が言い放たれたその瞬間、全身に鳥肌が走った。


心臓が警戒しろと脳に信号を送り、両足は震え始め、瞬く間に私は椅子から立てなくなった。



  


私は今、【命の危機】を確かに感じている。


 

 

 

竹刀はその刀身から、うっすらと揺らめく煙のような光を放ち、店長さん自身からは、これまでに感じたこともないような恐怖を感じた。



「動けば殺す」、実際言われてないのにそう言われてるような。





 

 


「…はっ…」






 

そして、震えは止まる。

  


 

 


「…不思議」



   

  

実際本能はそう思って無いのに、感情の表面だけが全力でそう感じて暴れているような感覚。





 


「…ふぅ、めっちゃ疲れるこれ。宮古ちゃんどんな精神力してんだ…」



「…こっわ。凄いですね。竹刀構えられただけで、私…立てなくなっちゃいました」




「うちの武器凄いでしょ。今のはただの【戦闘体勢】みたいなものだから、まだ全っ然…本領発揮してないけど、これが無いと戦えないってことは分かってくれたかな?」



「…はい。身に染みて…殺されると思いました」








 

「はっはっ。僕は、世界を守るみんなを守るのが役目だからねぇ。安心してくれていいよ」





 


 

 

部屋を少し見渡すと、先程も軽く見えた興味深い物がいくつもあった。




 

 


「…これは、腕時計…スマートウォッチ?ですか?」





 

気になったのは、ダンボールの箱いっぱいに入った細いベルト…に繋がる大量の電子腕時計だった。



 



「それはねぇ…【生存確認デバイス】だね」



「【生存確認デバイス】…?」



「【ウラビト】を叩いて動かなくなっても、絶命したかどうかはパッと見じゃ分からないんだ。それを奴らの心臓部にかざすことによって、息があるかないかを判断できる」


 


「そこまで徹底して…駆除するんですね」


 


「当然だよ。生き残りは逃げたら…またどこで子供を産むか分からないからね」





  


化け物なのに子供産むんや…

いや、あっちも生きてんなら当然か。




 

 


「ちなみにそれ、そのデバイスから半径5メートルくらいの範囲で【ウラビト】がどこにいるか反応が出て分かるようになるよ」





 


「なるほど…これで場所が分かることで、効率良く潰して回れると」




…壁の後ろとか、机の下とかに隠れててもすぐ分かるわけね。




 


 


「うん、その通り。任務に当たる時は必ず装着してから行くんだよ。【ウラビト】は赤、バイターは白で表示されて、バイターの場所も一目で分かるんだ」



「必須ですね…無いと困っちゃう…」






――その他にも、色んな武器があることを私は教えてもらった。




 


 


竹刀を使うのは剣道部の子だから。

 

弓を使うのは弓道部出身だから。

 

野球のバットが武器なのは野球が好きだから。



 

 

バイターそれぞれの得意分野にあった道具を改造して、店長さんは【ウラビト】を駆除する武器へと変えている。





そして、バイターは武器を持つ【武器型】と、武器を持たない【能力型】の2つに分けられる。





武器そのものに能力がある者と、自分自身の体そのものに能力がある者。

 


 

武器に能力がある人は、その武器で攻撃した時に【ウラビト】が少し怯むとか、動きを遅くするとか、そういう効果が攻撃に付与されるらしい。




逆に自分の体に能力がある人は、自分を強化したり、味方を強化したり…回復したり?







  

「ってこれ…まんまゲームみたいなんですけど」


 

「ところがどっこい現実なんだ。能力は人によって適性が出るから、仕方ないんだよ」





話を真剣に聞いているが、私はどこか信用出来ない部分も多々あった。


そもそも【ウラビト】を見たことがないからだ。


どのような容姿で、どんな生態で、どこに現れるのかを知らない。





  



「…説明聞いたのに、全然実感湧かないです」

 


「よしじゃあ、次の出勤は先輩について実際に任務に行ってもらおう。頼れる先輩の背中、よく見ておくんだよ」


 

「…はい」






  


…頼れる先輩、どんな人やろか。








そして私は【生存確認デバイス】と武器の手入れの仕方を教えてもらった。


 

早く任務が終わったり、補欠要員として出勤した際に率先してやってね、とのこと。

   


ちなみに得体の知れない【生存確認デバイス】はType-Cで充電出来るみたいです…うん、便利。







そして私と店長さんは1階へ降り、ミーティングルームへと戻って、正式なバイト契約を結ぶこととなる。




 


「えーっと…給料の振込先とかは、履歴書と一緒に貰ってるから大丈夫だね?」


 


「はい。送った口座で大丈夫です」


 


「じゃあ、後は覚悟を決めるだけだね」


 


「…。」

 





 


まあさっき決めたし。

あかんかったら次や、次。


普通じゃないバイトとか、リスクはあるけど聞いた話はぶっちゃけ楽しそうやん。


命懸けで稼ぐ仕事、しかもそれは世界を守るという役目を持った大役。

 

うち世界守ってんねんとかって自慢出来るやん。




  




「あぁ…堅苦しいこと書いてるけど、書面で必要なだけだから許してね」

 



 


 

まぁ…誰かに言うても、それこそこんな話信じてくれなさそうやけど。





 

「覚悟が決まったら、ここの欄にフルネームで名前を書いてね。このペンのインク絶対消えないからね」



「…はい。覚悟の上です」







机に置かれたのは【勤務雇用契約書】。


見ていると数週間前の前職を思い出すような、漢字ばかりの文がぎっしり並べられている。 




 

店長さんの名前…平山って言うんだ。



 

 

契約書の下の方には、雇用責任者の欄に店長さんの判子が押印されていた。

 



 


契約の項目のひとつに【業務内容に関して、社外への口外を一切固く禁ずる】と書かれてあった。


その下には【雇用責任者が認める場合、雇用者は即日解雇となる場合もあり】とも書かれている。





  


…残念。自慢は出来ないか。

そりゃそうよねこんな仕事。



 





「森崎…美乃里(みのり)。」





私は紙と一緒に置かれたペンを手に取り、慎重に自らの名前をそこへ書き記した。



 


「…うん、おっけー。あとはこっちで処理するね」



「はい。お願いしま……ぇ」







――その時一瞬だけ、私の体温が急激に跳ね上がった気がした。


今心臓から、確かに質の違う新しい血液が、全身を流れていく感覚をしっかりと感じている。







「…森崎ちゃんの能力は、自分や他の子を1人選んで、攻撃の威力を底上げする能力型だ。そしてそれは、君自身がピンチを感じるほど効果が強くなる。


【笙磬同音】(しょうけいどうおん)。

 

これが君の能力を解放する言葉だよ。

 

その効果を誰にどのように使うかは…戦況と君次第だし、可能性は無限大だ。

 

 

仲間をたくさん…助けてやってくれ。

  

改めてこれから、よろしく頼むよ」





気付かぬうちに、机の上の契約書には【笙磬同音】という文字が、焼き付いたように大きく印字されていた。


  


店長さんは、安心した表情を私にしっかり見せた。





  

…この人の、この顔好きや。


期待に応えて、頑張らなあかんって思える。


 

 






 


 

「…こちらこそよろしくお願いします。そしてこれから、お世話になります」

 




 


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