第8話
「ここに母上が……」
「はい。知り合いの近衛に確認したところ、陛下は毎年合同慰霊祭の翌日に丸一日かけ、お忍びでこの村を訪問しているそうです」
ユーリは村の入口に立ちぐるりと周囲を見渡す。山間の小さな村だ。恐らく人口は100から200の間。特にこれと言って何があるようには見えなかった。
王都から西北西に馬で半日ほど。決して気楽に訪れることのできる場所ではない。女王として日々政務に追われているオフェーリアが忙しい合間を縫ってこの寒村を訪れる理由。
「ここに私の……」
本当の父親が眠っているかもしれない──その言葉は声にならずユーリの喉の奥で溶けた。
「……村の名前は?」
「確かザクセンです」
聞いたことのない名だ。
「──……」
「殿下……殿下」
「っ! すまない。ボーっとしていた」
手がかりを前にして怖気づいているのかもしれない。謝罪するユーリに、エランは苦笑してかぶりを横に振った。
「いえ、僕の方こそ呼び方が違いましたね──ユーリ、しっかりしてくれよ?」
「ふふっ、そうだなエラン」
王子であるユーリが碌に護衛も連れずこんな場所を訪れているというのは世間体がよろしくない。その為今日の彼らは王子とその従者という身分を隠し、一般の旅人を装って行動していた。
もっとも本人たちは真面目に変装しているつもりでも、ちょっとした所作など品の良さは隠しきれず、見る者が見れば貴族の子弟であることは一目瞭然だった。
「それで、ここからどうします──じゃない、どうする? 住民に話を聞いて回るか?」
「いや、いきなり外から来た人間が話しかけても怪しまれるだけだろう。先に墓地を見てみよう。毎年母上が来ているのだとすれば、何か手がかりが残っているかもしれない」
そう言って二人が歩き出す、と──
「──アレン!?」
突然声をかけられ、二人はギョッとして立ち止まる。振り返ると40歳前後の男が目を丸くしてユーリを凝視していた。
「な、何でお前が──え? うぇ……?」
男はユーリの姿に目に見えて狼狽し、混乱していた。
「あの……?」
「あっ、いや……すまねぇ。知り合いと見間違えた」
おずおずとユーリに話しかけられ、男はハッと我に返る。
「……よく考えりゃ、あいつがこんな若いわけがねぇ」
男は勝手に納得するが、しかしユーリたちはそうはいかなかった。
「えっと、そのアレンっていうのは……?」
「ああ。昔この村に住んでた俺の幼馴染の名だよ。てっきりそいつが帰ってきたのかと思ったんだ」
『…………』
その言葉にユーリとエランは顔を見合わせる。父アレンがこの村の出身だった? ユーリは自分とアレンがそれほど似ているは思わないが、ユーリはずっとアレンに憧れその所作を真似してきた。男はそういう雰囲気なりを見間違えたのだろうか?
いやそんなことよりも、アレンがこの村の出身だとすれば話が全く違ってくる。
──この村が父上の故郷だとすれば、母上がここを訪れていたのは父上の縁者を弔うためか?
わざわざお忍びで訪れていた理由はともかく、訪問理由自体はそれで説明がついてしまう。ここに実の父親が眠っているわけではなかったのか? 張り詰めていた緊張が緩んでどっと肩の力が抜けた。
「それで、あんたらは? 見ない顔だがこんな辺鄙な村に何の用だい?」
一転、訝し気な視線をユーリたちに向ける男。それにエランは予め用意していたカバーストーリーを語った。
「僕たちは王都のベルモンド商会に雇われた使用人です。実は僕たちの主人が医者から余命宣告を受けたんですが、亡くなる前に今までお世話になった方に挨拶をしたいと言い出しまして。その一人がこの村に眠っているらしいんですけど、本人はとても王都を離れられる状態ではないので僕らが代わりにお参りだけでもと」
ちなみにベルモンド商会とはエランの養家が経営する実在の商会で、商会長である養祖父は今もエランより若い少女たちを口説いてピンピンしている。
「ほ~ん。それでこんな辺鄙な村まで来たのかい。その世話になった方ってのの名前は何てぇんだい?」
男の言葉にエランは苦笑いを浮かべた。
「それが……実は本人がボケちゃってよく分からないんですよ」
「分からない? 墓参りなんだろう?」
「ええ。なので取り敢えず、お墓というか墓地に花だけ供えてお参りを済ませたってことにしようかと」
そう言ってエランは予め準備していた小さな白百合の花束を見せる。
男はそれに納得とも呆れともつかない苦笑を浮かべた。
「なるほどなぁ。あんたらも大変だねぇ。どれ、折角だから墓地まで案内してやるよ」
「いいんですか? えっと──」
「ポップだ。どうせ暇してたし構わねぇよ」
そう言ってポップと名乗った男はユーリとエランを先導して歩き出した。
道すがらポップはエランと取り留めもない雑談を交わしていたが、その視線はチラチラとユーリを窺っている。
「……そんなに似てますか? その、アレンさんって方に」
身分を隠してこの場にいる以上、自分が勇者アレンの息子だとは名乗れない。血は繋がっていない筈だし、そんなに似ている筈がないだろうとユーリは皮肉交じりにそんなことを口にしていた。
けれどポップの反応はユーリの予想とまるで異なるものだった。
「おお、瓜二つだ! 若い頃のあいつと見間違えたぜ──ああいや、知らない奴に似てるなんて言われても困るか?」
「……いえ」
たとえ雰囲気の話だとしても、尊敬する父親に似ていると言われて嬉しくない筈がない。
「幼馴染って仰ってましたけど、どんな方だったんです?」
「いい奴だったよ」
即答だった。
「こう言うと社交辞令みたいに聞こえるかもしれねぇけど、アレンは本当にいい奴だったんだ」
「…………」
「何て言えばいいのかね。人の気持ちが分かるって言うか分かろうとしてくれるって言うか……ほら、所謂明るくていい奴ってどこか押しつけがましいところがあるだろう? だけどアレンはそういうところが無くてさ。ぐいぐい引っ張って行くっていうより、ちゃんと周りの話を聞いて寄り添ってくれる奴だったよ」
「……なるほど」
昔からそういう人だったんだな、と思った。
「口癖があってな。えっと、何だったか──『例え選んだ道が正解じゃなくても、今日より少しでもマシな明日がやってくるように今を積み上げて生きていきたいんだ』だったかな」
「…………」
それはユーリたちの知るアレンも良く口にしていた言葉だ。昔からあの人は変わらないのだな、とただそれだけのことがユーリの胸をじんわりと温かくする。
けれど次いでポップの口から飛び出した言葉にユーリたちは耳を疑った。
「あんないい奴が早くに死んじまってさ。つくづく戦争ってのは碌でもないもんだと思ったよ」
『────』
突然ユーリとエランが立ち止まり、自分を凝視しているのに気づいてポップはキョトンと目を瞬かせた。
「……ん? どうした?」
「今、死んだって……?」
違和感はずっとあった。
「ああ。アレンは20年近く前に魔王軍と戦って死んだんだよ。具体的にどんな最期だったとかは知らねぇけど、噂によると解放軍に入って魔王軍と戦ってたらしい」
「それって勇者アレン──」
「ああ、違う違う! 勇者アレンって言えば魔王を倒して王女様と結婚した英雄様だろう? 流石にそんな御大層な人間じゃねぇって。アレンなんて別に珍しい名前じゃねぇし、同じ名前の別人だよ」
「────」
どこか話が噛み合わないと感じていた。
「……しっかし、お前さんホントにアレンと瓜二つだ。髪も目も、顔立ちも、最初に見た時はアレンが化けて出たのかと思ったぜ」
「────」
自分と勇者アレンとは血が繋がっていないのだから『アレンに似ている』と言われても、あまり本気にしていなかった。
だが本当にそのアレンと自分が似ているのだとしたら?
アレンと呼ばれている人間が二人いるのだとしたら?
「実はお前さん、アレンの隠し子だったりしねぇか?」
「────」
「っと、悪い悪い。お前さんにもちゃんと親父さんがいるだろうし、こんなこと言ったら失礼だよな」
「…………いえ」
ぐらぐらとユーリの足元が歪んで見えた。
エランが気遣わしげな視線を向けてきたが、それを気にする余裕もない。
ポップの言うことが本当なら、やはり自分の本当の父は──
「お、墓地が見えて来たぜ」
その言葉にハッと視線を上げる。なだらかな丘陵にいかにも田舎らしい不揃いで統一感のない墓が立ち並んでいた。
そしてその中に立ち尽くす人影が一つ。
『────』
「ああ~。あの方また来てらしたのか。どっかの騎士様だと思うんだけどよ。さっき話してたアレンの知り合いらしくて、毎月墓参りに来てくださってるんだ」
あちらもユーリたちに気づいたのか振り返り、目が合う。
「!」
その先客は長らく王都を不在にしていた”勇者アレン”その人だった。




