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俺の父親は勇者だが、どうやら托卵されていたらしい  作者: 廃くじら


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第7話

 ヴァレンティア王国と魔国の国境沿いで大規模な整地作業が行われていた。


 作業に従事しているのは王国の兵士たち。人類との休戦に反発する魔族のテロ活動は今なお活発で、こうした国境沿いは特にその標的になりやすい。兵士たちは常に緊張と警戒を強いられる厳しい環境の中で作業を続けていた。


「あ~もう! やってられっか!!」


 若い兵士ロイドがシャベルを地面に叩きつけて不満を露わにする。


「来る日も来る日も穴掘って石拾って砂利運んで土木作業ばっか! 俺は騎士になるために軍に入ったんだ! 土建屋に就職した覚えはねぇぞ!!」

「……落ち着けよ」


 現場監督でもある壮年の兵士グラハムがシャベルを拾いながら部下を宥める。


 軍人としては厳しく叱責すべきだ。けれどグラハムはロイドが何に不満を持っているのか痛いほど理解できてしまい、責める気になれなかった。


「軍隊つっても年がら年中戦争やってるわけじゃない。砦や基地の整備だって大事な仕事だ」

「これが砦や基地を作る為ってんなら俺も文句言わねぇよ! 被害を受けた村や町の復興支援だってんなら喜んでやるさ! だけどこれは違うだろう!? 何で俺たちが魔族のために街を作ってやらなきゃなんねぇんだよ!!」

『…………』


 ロイドの叫びにグラハムだけでなく周囲で作業していた兵士たちが顔を顰める。仕方なくグラハムは同僚に断りを入れ、ロイドを連れてその場を離れた。「ちょっと来い」「あ、おい!?」




 グラハムは人気のない物陰まで移動して深々と溜め息を吐く。


「お前ね。仕事拒否するだけならまだしも、周りの士気下げて足引っ張るようなことするんじゃないよ」

「っ」


 淡々とした非難の言葉にロイドが一瞬言葉に詰まる。


「……何だよ。俺は別に間違ったことは言ってねぇだろ? 皆だって腹の中じゃ不満があるに決まってる」

「間違ってなけりゃ何言ってもいいわけじゃねぇ。俺たちは軍人で、上の言うことに従うのが仕事だ。皆不満があっても腹の中に呑み込んで仕事してんだよ」


 グラハムの叱責にロイドがカッと顔を紅潮させて反駁する。


「我慢すりゃそれが偉いのか!? 俺の親父は俺がガキの頃に魔族に殺された! 隣の家のオッサンも、酒屋の一人息子もだ! この間だって休戦条約破って攻めてきた魔族の鉄砲玉に仲間が殺された!! なのに何で魔族どものために俺たちが住む場所作ってやらなきゃなんねぇのかって言ってんだよ! そんなの魔族に殺された連中への裏切りじゃねぇか!!」

「…………」


 グラハムたちの部隊は現在、魔国との国境沿いで極秘裏に国際交流都市の建設を進めていた。その目的は人類と魔族の融和。だがトップ同士で講和が結ばれたとはいえ、つい数年前まで血みどろの戦いを繰り広げていた両種族の禍根は根深い。休戦に納得していない者は多く、今でもあちこちでテロや小規模な武力衝突が起きている。そんな中、何故自分たちが融和だ交流だときれいごとを並べて敵に手を差し伸べてやらねばならないのか、という不満は兵士たちの間で澱のように溜まり続けていた。


 それでもグラハムはそうした本音を押し殺し、大人としての建前を口にする。


「……お前の気持ちは分からんでもないけどな。ならいつまで魔族と殺し合いを続けるつもりだ? 魔王を倒したって言ってもまだまだ魔族の戦力は健在で、10年以上かけて大戦前の国境線まで押し戻すのが精一杯なんだ。どっかで矛を収めなけりゃ死人が増える一方だろ」

「それでも押してるのは俺たちだ!! アレン様のおかげでここまで国を立て直せた! アレン様がいればきっと魔族どもを皆殺しに──!」

「呼んだか?」

『──っ!?』


 突然、前触れもなくその場に現れた気配と声に、グラハムとロイドは反射的に背筋を伸ばし敬礼していた。


「おっと、楽にしてくれ。休憩中だろう? 話しかけるのもどうかとは思ったんだが、俺の名前が聞こえたからついな」


 そう言って悪戯っぽく笑ったのは銀髪に蒼い目の美丈夫──ヴァレンティア王国騎士団長、勇者アレンその人だ。


「ああ、いえ、休憩ってわけじゃ……」

「うん?」


 恥ずかしそうに頭をかくグラハムを見てアレンがニヤリと笑う。その反応に『全てお見通しか』とグラハムは苦笑を漏らした。


「…………!」


 一方、若手でアレンと直接の面識のないロイドは突然現れた天上人に緊張と興奮でパニック状態。アレンはそんな彼に苦笑して話しかけた。


「……気の進まない仕事をさせてすまんな」

「は!? あ、い、いえ! そういうつもりじゃ──」

「いや、今のは俺の言い方が悪かった。別に皮肉を言っているわけじゃないから誤解しないでくれ。お前たちが今の軍の方針に不満を持つ気持ちは分かってるつもりだし、それを責めるつもりは毛頭ないんだ」

「は、はぁ……」


 戸惑うロイドに、アレンはあくまで穏やかに続けた。


「国を護るために軍に入ったのに碌な説明もないまま魔族と共存するための街作りをしろって命令されたんだ。そりゃ戸惑うだろうし不満に思って当然だよ。事情があったとは言え騙し討ちみたいに連れて来ることになってしまって、お前たちには本当にすまないと思ってる」


 そう言ってアレンはロイドに頭を下げた。


「!?」

「頭を上げてください、閣下!!」


 ロイドとグラハムに促されて頭を上げたアレンは更に続けた。


「すまん。次の異動では出来るだけ希望に沿った部隊に転属出来るようにするから、それまで──」

「違うんです!!」


 ロイドの大声に言葉を遮られ、アレンがキョトンと目を瞬かせる。ロイドは一瞬「しまった」という顔をするが、ここまできたら今更だとヤケクソのように続けた。


「その、私は閣下の下で働きたくて軍に入ったんです。父の仇を討ってくれた勇者アレンと一緒に戦いたくて……」

「…………」

「だから、今の部隊に不満があるわけじゃありません。仕事は……正直想像していたのとは違ってて、全く不満がないと言えば嘘になります。だけど部隊を移りたいなんて思ってません。俺が──いえ、私が本当に言いたかったのは、閣下が連合から望まぬ仕事を押し付けられているのではないかということで……」


 横を見ればグラハムも口には出さないが同調するように苦い顔をしていた。


「…………」


 アレンは表情を隠すように一瞬天を仰いで嘆息。すぐに穏やかな表情を作って口を開いた。


「……気を遣わせてすまんな」

「い、いえ──」

「だが一つ訂正させてもらうと俺は嫌々この仕事をしているわけじゃない。失望させるかもしれないが、元々この国際交流都市の設立を提案したのは俺なんだよ」

『!』


 その言葉にロイドだけでなくグラハムも目を丸くする。


「閣下。今の話は私も初耳です。失礼ながら何故閣下が、その……」

「先頭に立って魔族を殺しまわってきた男が、今更何で魔族と融和だ共存だなんて言いだしたのかって?」

「いえ、その…………はい」


 言い辛そうにしながらもグラハムは首肯する。


「魔族だからって理由だけでこれ以上殺したくないと思ったのさ」

「殺したくない、ですか……?」

「ああ。魔族は本能に人類に対する憎悪が刷り込まれた種族だ。その製造過程からして人類にとっての敵性種族であることは疑いない」


 それは魔族に対する人類の共通認識。


「だがこっちの領土に攻めてきてる連中ばかり見てると勘違いしやすいが、魔族にも個体差がある。全ての魔族が人間を皆殺しにしなきゃ気が済まないと考えてるわけじゃないんだ。むしろ原種が滅んだ今となっちゃそういう連中は魔族の中でも少数派だよ──グラハム、お前は実際にそのことを見て知ってるだろう?」

「……はい」


 軍歴の長いグラハムは魔族の領土に攻め込んだこともあり、アレンの言うように人類への敵意が薄い魔族を実際に見たことがあった。そして彼らは個としての基礎能力の高さを除けばほとんど人間と変わりがない。


「戦争を続ければそういう話の通じる魔族まで殺さなきゃならなくなる。味方に犠牲を出してまでそんなことを続けたくないと、そう思った。だから俺は休戦に賛成したし、この平和が出来るだけ長く続くよう魔族と対話できる場所を作ろうと考えたんだ」


 アレンはそこで言葉を区切り、複雑そうな表情をしているロイドを見て続けた。


「だが正直、この選択が本当に正しいことなのかと言われると俺も自信はない」

『!』

「だってそうだろう? 休戦と言っても小競り合いは続いているし、交流都市なんてものを作ってもそのことが却って余計な火種を生むかもしれない。それに魔族に恨みを持ってて皆殺しにしたいと思ってる人たちからすれば、俺のやろうとしていることは裏切り以外の何ものでもないだろう。不満や批判は当然あると思ってるし、否定するつもりはない」

『…………』


 救国の英雄から胸の内を明かされ、グラハムとロイドは困惑した様子で顔を見合わせる。けれど二人の表情にアレンに対する不信や嫌悪のようなものは全く見えなかった。


「そう思っておいでなら何故……?」

「それでも、このまま殺し合うよりはマシだと思ったのさ」


 アレンは自分に言い聞かせるように言う。


「魔族と殺し合いを続けていれば少なくともこんな悩みを持つ必要はない。だけどそれじゃ必ず後悔すると思ったんだ。あの時もしこうしていたらって、仲間と魔族の死体を積み上げながら悔やみ続けることになる。俺はね、例え後からこの選択が間違っていたと後悔することになったとしても、今の自分が少しでもマシだと思う選択を積み上げて生きていきたいんだ──そうやって生きていいんだと、昔背中を押してくれた奴がいたんだよ」


 アレンはそう言って腕に抱えた古い愛用の兜を見つめた。


「それは……?」

「親友からの貰い物さ」


 アレンは穏やかな表情で部下たちに向き直り続ける。


「だけどこれはあくまで俺個人の勝手な想いだ。望まない人間を巻き込むつもりは──」

「いえ!」


 ロイドはアレンの言葉を遮り、胸に手を当て大きな声で宣言した。


「正直、私は閣下の仰ったことの半分も理解できていないと思います! 魔族が憎い気持ちにも変わりはありません! だけど閣下のお役に立つことこそが私の望みです! 失礼なことを言って申し訳ありませんでした! 引き続きどうか、私を閣下の下で使ってください!!」

「……そういうことのようです」


 部下たちの忠誠にアレンは微笑み、同じように胸に手を当てて答礼した。


「そうか。なら、これからもよろしく頼む」

『はっ!』




 作業に戻る部下たちの背を見送りながら、アレンはフルフェイスの黒い兜を被り、浮かべた自嘲を覆い隠す。


「いったいどの口で……」

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