第6話
あの日暗い表情で孤児院から出てきたユーリは、セシルと話した内容について固く口を閉ざしていた。ユーリが重い口を開け、エランに情報を共有したのはそれから三日後。ユーリの自室で一通りの説明を受けたエランはその衝撃的な内容に困惑し、何故ユーリが悩んでいたのかを理解した。
「……認識に齟齬がないよう、セシル様から聞いた内容を整理させてください」
エランはユーリに一つ一つ確認していく。
「女王陛下とアレン様の間には何か秘密が存在する。そしてセシル様はその秘密を知っているけれど、殿下にそれを教えることはできない──まず、これがセシル様の話の前提です」
「……ああ。本人は父上に借りがあるからと言っていたな」
ユーリもエランもその言葉が引っかかっていたが、一旦ここでは棚上げしておく。
「けれどセシル様はその……陛下とアレン様が嫌いで? だから秘密に抵触しない範囲で殿下の質問に答えて下さった、と?」
「うん。嫌がらせだと言っていたけど、実際はどうだろう? ひょっとしたらセシル様は、私が真相に辿り着くことを望んでいるんじゃないかって気もした──いや、先入観を持つのは良くないな」
この時エランの頭の中にはある可能性が浮かんでいた。けれどまずはセシルから得られた情報をベースに話を進める。
「セシル様と交わした質問とその答えは、
・一つ目『女王陛下にアレン様以外の想い人がいたのか?』 → 『NO』
・二つ目『殿下は両親に望まれて生まれてきたわけではない?』 → 『NO』
ここまでであれば、やはり女王陛下はアレン様を愛していて、不貞などしていなかった。殿下がアレン様の血を引いていないというのも何かの勘違いだったのではないか、という可能性が濃くなってきます」
「…………」
その通り。ユーリも一瞬ではあるが全て自分の勘違いである可能性を疑った。最後の質問の答えを聞くまでは。
「けれど最後の質問、
・三つ目『殿下の生物学上の父親は今も存命か?』
この質問に対しセシル様は回答を拒否されました。これは取りも直さず殿下の生物学上の父親が既にお亡くなりになっていることを意味します」
エランとユーリは互いに回答の拒否がこの場合『NO』を示すものであることを理解していたが、エランは推理の穴を無くすために敢えて一つ一つ言葉に出して確認する。
「事実がどうあれ世間一般の認識において『殿下の生物学上の父親=勇者アレン』です。まず生物学上の父親がアレン様であればセシル様は『YES』と答えます。そして仮に生物学上の父親がアレン様でなく、存命であった場合も『YES』と答えなければなりません。何故なら『殿下の生物学上の父親が存命である』という問いには『YES』と答える限り、隠すべき秘密を侵す要素がない。つまり殿下の生物学上の父親が死んでいない限り、回答を拒否する理由がないのです」
「ああ。そしてそのことは必然的にもう一つの事実を確定させる。私が父親だと思ってきたあの方──『勇者アレン』はやはり、私と血が繋がっていない」
そのこと自体は既に覚悟していたことなので驚きはない。ショックはあるが、耐えられた。
とは言え、だ。
「意味が分からん。母上は父上を愛していて、私は二人に望まれてこの世に生まれてきた──なのに私は父上の血を引いていなくて、しかも生物学上の父親はとうに亡くなっている? いったい何をどうしたらそんな訳の分からない話になるんだ……?」
ユーリが顔を手で覆って呻く。
訳が分からないのはエランも全く同感だったが、彼は当事者でない分いくらか冷静に物事を判断することができる。彼はユーリに代わって可能性を挙げていった。
「この場合まず一番に疑わなければならないのは、セシル様が殿下に嘘を吐いた可能性でしょうね」
「……やはりそう思うか?」
ユーリも同じことを考えてはいたのだろう。指の隙間からエランを見て窺うように言う。
「ええ。セシル様はルドガー団長やキルシュ様と違い、明確に殿下が疑惑を持っていることに気づいていました。そして本人も認めているように、その秘密について直接口外するつもりはなかった。であればヒントを与えるフリをして出鱈目を吹き込み、殿下の目を真相から逸らそうとしている、というのは十分に考えられます」
自分の出生に嘘があったのだ。今更セシルが自分に嘘を吐いている筈がないなどと考えるほどユーリの頭はお花畑ではない。
「私もその可能性は考えた。だが、だとしたらあまりにも話の内容が支離滅裂ではないか? セシル様ならもっとそれらしい話をでっち上げて上手くこちらを誤魔化せそうなものだが」
「う~ん……敢えて難しいヒントを出しつつ偽の答えに私たちを誘導しようとしているとは考えられませんか? 人は悩んだ末に見つけた答えであれば、それは正解に違いないという思い込みが働くと聞きます」
「だとしても、私の生物学上の父親が死んでいるというヒントは完全にアウトだろう。普通に考えてそこは一番否定しなくちゃいけないところの筈だ」
「……確かに」
ユーリの反論にエランは拘ることなく自分の意見を引っ込めた。
「では一旦セシル様から得られた情報は正しいという前提の上で話を進めましょう。陛下はアレン様を愛していて、殿下の誕生はお二人に望まれたものだった。けれど殿下とアレン様は血が繋がっていない。これらの条件を満たす可能性があるとすれば、まず思いつくのは何か政治的な事情で陛下がアレン様以外の相手と子供を作る必要があった、といったケースですね」
「うん。妥当なところだ。だが現実的にそんな相手が存在するかな?」
恐らくユーリはこの可能性について既に検討した後なのだろう。エランは自分自身の考えを整理しながら答えを捻り出す。
「そうですね……高貴な方と言っても他国の貴族であればそれを隠す理由がありません。それ以外となると……」
エランが言い辛そうにしているのに気づいてユーリは苦笑した。
「いいよ。王子の血の繋がりなんてものを話題にしている時点で今更だ。母上が正当な王家の血を引いていなかった可能性を言いたいんだろう?」
「……仰る通りです。大変畏れ多いことですが、女王陛下が実はヴァレンティア王家の正統の血を引いていなかったなどの事情があり、かつ正統な王家の血を引く方が他におられたとすれば、正統性を担保するためその方と子供を作った、という可能性も考えられなくはありません。──ただこれは現実にはまずあり得ない想定です」
「そうだね」
エランが自分の言葉を即座に否定。更にそれをユーリが補足した。
「正統の王家が生きていたというならその方自身が王として立てばいいだけだ。そもそも母上は王家の血筋だからという理由で女王に即位したわけではない。解放軍を率いてこの国を救った功績を以って王となることを民から望まれたんだ。血統云々が問題になるとは考えにくい」
つまり女王は血統や政治的理由でユーリを産んだわけではないということだ。
「となると後はもうオカルト的な理由ぐらいしか思いつきませんね」
「オカルト?」
「ええ。例えば予言者に『女王と●●との間に生まれた子供が世界を救う英雄になるだろう』と告げられたとか」
冗談めかしたエランの物言いにユーリは思わず笑みをこぼした。
「なるほどそれはいいな。そんな高名な予言者が実在し、母上が予言を信じる程信心深く、父上たちでもどうにもできない世界の危機が迫っていて、私が父上たちを超える英雄になれたなら完璧だ」
「前三つはともかく、最後の一つに関しては僕は割といい線をいってると思いますよ」
「ありがとう。そう言ってくれるのはお前ぐらいだよ、エラン」
二人は顔を見合わせ小さく笑い合う。
「まぁ冗談はともかくとして、この話にはもう一つ引っかかることがある」
「と言いますと?」
「実際にいろんな方から話を聞いていて思ったんだが、この問題は母上一人で隠しきれるものではない。少なくともセシル様は隠蔽に加担しているようだし、ルドガー先生やキルシュ様、ひょっとしたら父上自身も承知している可能性がある」
セシルは「貴方の父親に借りがある」から言えないと発言していた。となれば、この一件をアレン自身が知っている可能性は十分にある。
またアレンをよく知るルドガーやキルシュに事情を伏せたままことを進めれば、彼らが成長過程でユーリとアレンの血の繋がりに疑問を持つ恐れがあった。特にルドガーはユーリの武術の師。もしルドガーたちが事情を知らないのであれば、オフェーリアは余計なリスクを避けるため彼らをユーリから遠ざけようとするのではあるまいか。
「だが一体どんな理由があれば、セシル様たちがそんな隠蔽に協力するというんだ? 父上はまぁ……母上を愛していたので協力したとか無理やり理屈をつけられなくもないが、セシル様たちはこんな托卵擬きの話を父上に持ち掛けたなんて知ったら激怒すると思うぞ」
「……確かに。そんな事情を知ってルドガー団長やキルシュ様があれほど殿下を気にかけているとは考えにくいですね」
つまりオフェーリアの相手は勇者アレンの仲間たちも認めるような相手だったということになるが、そんな相手は多くない。
「例えばもう1人の生き残りと言われている黒騎士がお相手だったとしたら他の仲間も納得するかもしれないが、それなら黒騎士本人が母上と結婚すれば良かった筈だ。そもそも父上の名が勇者として本格的に知れ渡ったのは魔王を討伐した後の話だと聞く。母上の政治力があれば勇者アレンの代わりに黒騎士を英雄として祭り上げることぐらい難しくなかっただろう」
「そうでしょうね。それにもし行方知れずの黒騎士がお相手だとしたら、セシル様のヒントと辻褄が合いません」
「…………」
「…………」
色々と可能性は考えてみたが、どれもしっくりこない。手詰まりになった二人は口を閉ざし、途方に暮れた様子で溜め息を吐いた。
長い沈黙の後、ポツリとエランが口を開く。
「……いっそ、陛下に直接聞いてみますか?」
「!」
ユーリの方がビクンと震える。
「もう他に当時の話を聞ける相手もいません。殿下とアレン様に血の繋がりがないことは確かなようですし、ここまで来たら陛下に直接お尋ねするというのも一つの手かと思いますが」
「……駄目だ。それをするとセシル様にご迷惑をおかけすることになる」
ユーリはエランの提案を拒否し、すぐにかぶりを横に振る。
「──いや、言い訳だな。だが母上はああ見えて一度決めたことには頑固なお方だ。問い質したところで確たる証拠がなければ認めることはないだろう。何よりそうなった時、私は母上を責めずにいられる自信がない」
「…………」
怖気づいているようにも聞こえる発言だが、両者を知るエランから見てもユーリの言った通りになる可能性は高い。二人の間に亀裂が入るのは臣下としても好ましいことではなかった。
故にエランはもう一つの提案を口にする。
「では真相に辿り着けるという保証はありませんが、引き続き調査を進めるしかありませんね」
「うん。だがこれ以上何を調べたものやら──」
「それですが、僕に一つ心当たりが」
「!」
エランは少しきまり悪そうに頭をかきながら続けた。
「実は、殿下のお話を聞いて僕も独自に調査を進めさせていただいておりました」
「調査?」
「はい。現在も陛下の身近に不貞相手がいる可能性を考え、陛下のスケジュールに不審な点がないかを探ってみたんです」
それを聞いて『なるほど、その視点は当然持っておくべきだった』とユーリは自身の不明を恥じた。しかし──
「だがセシル様の話が真実であるとすればその相手は既に死んでいることになる。相手がいないのでは何も見つからないのではないか?」
「仰る通り、特定の誰かと頻繁に会っているような様子はありませんでした。ですが今のお話を聞いて思ったのです。相手が死者であれば頻繁に出向く必要はないのではないか、と」
ユーリはエランの言葉に一瞬考え込み、言わんとすることを理解する。
「──墓参りか!」
「はい。実は毎年の解放軍の合同慰霊祭とは別に陛下が個別に訪れている先があったのを思い出しまして。あるいはそこに──」
ユーリの実の父親が眠っているかもしれない。
「同行した近衛に話を聞けば行先はわかると思います。確証はありませんが、行ってみますか?」




