第5話
「俺たち4人が集まるなんて何年ぶりだろうなぁ……」
その夜、女王オフェーリアの私室では古くからの友人を招いてごく私的で小規模な宴が催されていた。
参加者は女王オフェーリアとかつての勇者アレンの仲間である戦鬼ルドガー、大魔導士キルシュ、聖女セシルの4人。酒精の強い蒸留酒を水のように呷りながら、ルドガーはしみじみと呟く。
「私が王都に寄ったのは3年ぶりだけど、その時は確かセシルが留守にしてたよね?」
「ええ。丁度その頃私は復興のお手伝いで各地を回っていたので」
「じゃあ多分4年前の休戦条約以来かな」
キルシュの言葉にルドガーが感慨深げに息を吐く。
「もうそんなになるのか。キルシュ、お前ももうちょい顔出すようにしろって」
「出してるじゃん」
「どこがだよ。自分が老けねぇからって俺らはそうじゃねぇんだ。こんなペースじゃあっという間にジジイとババアだらけになっちまうぞ」
「ルドガーは会った時からずっとオッサンで代わり映えしないけどね」
「いえ、よく見てあげて。髪型で誤魔化してますけど、彼も大分額が後退──」
「そこじゃねぇよ!?」
ルドガーがキルシュに構ってウザがられ、そこにセシルが時折ちゃちゃを入れる。今では互いに立場もあり気軽に会うことが難しくなった彼らだが、今この時だけは共に解放軍で戦っていた頃のような懐かしい空気が流れていた。
オフェーリアはそんな彼らのやり取りを一歩引いた位置で微笑みながら見つめている。
「どうせ今回だって俺がユーリの縁談を手紙で教えてやらなきゃ顔出すつもりはなかったんだろう? 全く、薄情な奴だぜ」
「仕方ないだろ? まさかもうあの子が結婚するような歳だなんて思いもしなかったんだから」
彼らの話題は王子であるユーリへと移る。
「まぁユーリの結婚式と子供が生まれた時ぐらいは顔を出すようにしようかな」
「クハッ。そうなるとユーリの奴にゃ10人ぐらい嫁さんもらって、どんどん子供作ってもらわねぇといけねぇな」
「……人の息子で勝手なこと言わないでちょうだい」
自分の子供の人生計画を好き勝手言われ、思わずオフェ―リが口を挟む。
「うん? だけどオフェーリアよ。ユーリの立場を考えりゃ、嫁さんと子供は多けりゃ多いほどいいだろう」
「それはそうだけど……」
ルドガーの言葉に何故かオフェーリアは顔を曇らせ口ごもる。その様子にルドガーとキルシュは首を傾げ、セシルが冷笑を浮かべた。
「ユーリに余計な虫がつくのが嫌なんでしょう」
「っ!」
「どういうことだ?」
セシルは冷ややかな視線をオフェーリアに向けたまま、ルドガーの疑問に答えた。
「理性ではユーリに早くたくさんの妃を迎えてもらわなくてはならないと分かっている。だけどいざ息子が他の女のところに行くとなると色々思うところがあるんでしょう。──これだから子離れのできていない女は」
──ピシィ……!
侮蔑を隠そうとしないセシルの言葉に、オフェーリアのこめかみに青筋が浮かぶ。
「……オホホ、流石は地母神の聖女様。自分は一人も子供を産んだこともないくせに、言うことだけは立派ですわねぇ」
──ヒクゥ……!
オフェーリアのカウンターに3●歳乙女の口元が引き攣った。
「……それを、貴女が、私に、言う……?」
「あらあら? ひょっとして貴女、自分が未通女なのは私のせいだと思ってる? まさか私がいなければそうじゃなかったとでも言いたいの? ええそう。そう思いたければ思えばいいわ。可哀想な貴女のためなら、見当はずれな恨みを向けられるぐらいなんてことないもの」
「っ!」
堰を切ったように溢れ出るオフェーリアの挑発にセシルが暴発しそうになり、慌ててルドガーとキルシュが割って入った。
「ちょ、待て待て落ち着けセシル!」
「オフェーリアも、言い過ぎだよ」
「…………」
「…………」
『……フン!』
オフェーリアとセシルはしばし無言で睨み合っていたが、やがて視界に入れているのも不愉快だと言わんばかり同時に勢いよく顔を背けた。
その子供っぽい──というには些か毒の強いやり取りにルドガーが溜め息を吐く。
「……勘弁してくれよ。何で俺がお前らの仲裁なんぞ……こういうのはあいつらの役割だろうに」
「あ。そういえば聞いたよ? あの馬鹿、最近全然こっちに戻って来てないんでしょ。ユーリが気にしてた」
キルシュがふと思い出したようにそんなことを口にする。
その言葉にオフェーリアはキョトンと目を瞬かせた。
「……ユーリが?」
「うん。父親が全然関わらないまま自分の縁談が進んでるけど、あとで二人の関係が拗れたりしないかなって心配してたよ」
「あ~、そういや俺も似たような相談を受けたな。お前さんらの夫婦仲がギスギスしてるからどうにかできないかって」
「ギスギスって……」
キルシュとルドガーの言葉にオフェーリアは困ったように眉根を寄せる。
「あの子ったらそんなことを……別にあの人と上手く行ってないなんてことは全然ないのよ? ただあの人には他にやりたいこともあるし、治安維持とそっちに専念してもらえるよう役割分担をしてるだけで──」
「俺らに弁解しても仕方ねぇだろ? 問題はユーリや周りからどう見えるかなんだし」
「そうだね。一応私もユーリにフォローはしといたけどさ、子供に心配かけないよう表面だけでも仲良くできないものかな?」
ルドガーとキルシュに口々に責められ、オフェーリアはそっぽ向いて拗ねたように唇を尖らす。
「……そんな、簡単に言わないでよ。ただでさえあの人には迷惑をかけてるのに、これ以上縛り付けるようなこと出来るわけないじゃない」
『…………』
ルドガーとキルシュは困ったように顔を見合わせた。彼らにはオフェーリアの気持ちはよく分かるが、それはユーリには関係のないことだ。何よりオフェーリアの配慮は彼にとって──
「──そんなことを言っていていいのかしら?」
先ほどの舌戦のダメージから回復したセシルが口を挟む。
「……どういう意味?」
「私のところにも先日ユーリが会いに来たんだけど……多分あの子、自分と貴方たちの関係について疑ってるわよ」
『!』
セシルの言葉にオフェーリアだけでなくルドガーやキルシュも目を丸くする。
「適当なことを言わないで! 不仲を疑われる程度ならともかく、そんな──」
「あ」
『あ?』
何かに気づいたように声を漏らしたキルシュに、他の3人が反応して視線を向ける。
「何か心当たりでもあるのか?」
「ん〜、ひょっとしたら……いやでも、その場合はもう一方の──」
「何!? 思わせぶりなことを言ってないで何か心当たりがあるなら教えてちょうだい!」
オフェーリアに詰め寄られ、キルシュは少し自信なさげに自分の推測を口にした。
「……久しぶりに会って感じたんだけど、ユーリの魔力制御が以前よりだいぶ洗練されてたんだよね。多分あの子、自分の属性を発現したんじゃない? そこから血の繋がりに疑問を持った可能性はあるかなって」
「あ~、属性は親のどっちかの属性を引き継ぐってやつか。となるとあいつら、俺に親の不仲について相談するフリして実際はそのことについて探りを入れてやがったのか?」
「そうかもね。オフェーリアの属性が分からなくても過去の記録から推測することはできるだろうし」
「…………」
ルドガーとキルシュのやり取りにオフェーリアは顔を蒼褪めさせて黙り込む。
セシルは先日自分がユーリにヒントを与えたことなどおくびにも出さず笑った。
「今更何を動揺しているのかしら。いつまでも隠し通せるものでないことは最初から分かっていた筈でしょう?」
「……簡単に言わないで。ユーリはあの人をとても慕ってるの。真実を知ったらあの子がどんなにショックを受けるか……」
オフェーリアの言い訳をセシルは鼻で嗤った。
「はっ。ショックと言うなら母親が知らない男と不貞をしたと疑わなくちゃいけない時点で手遅れでしょう」
「そんな! 不貞だなんて──」
セシルに指摘され、オフェーリアはそこで初めてユーリにそう思われている可能性を自覚し顔をこわばらせた。口ごもるオフェーリアにセシルは容赦なく畳みかける。
「──ああでも、あながち不貞というのも間違いではないのかしら?」
「ふざけないで」
その言葉だけは認められないと、オフェーリアはセシルを睨む。
「私が愛しているのはアレンただ一人です」
その事実だけは揺るがないと言い切るオフェーリアに、しかしセシルの反応は冷ややかだった。
「あらそう──でも、息子に対して真実を隠しているこの状況は、果たしてその愛に対して誠実と言えるのかしら?」
「…………」
オフェーリアは言い返すことも出来ず唇を噛んで悔しそうに俯く。
「……おい、セシル。流石に言い過ぎだ」
見かねたルドガーが窘めるが、セシルは詰まらなそうに鼻を鳴らし、席を立った。
「もう帰らせてもらいます。キルシュには申し訳ないけど、これ以上このウジウジした女を見ていたら縊り殺してしまいそうだもの」
「──待って」
オフェーリアは帰ろうとするセシルを呼び止める。
「ユーリには今の話は──」
「言わないわよ。一度手を貸すと決めた以上、約束は破りません」
セシルは振り返ることなく、淡々とした声音で現実を突きつけた。
「だけどあまりあの子を舐めない方がいいんじゃない? 貴女がどうしようと、いずれあの子は自力で真相に辿り着くわ」
「…………」
オフェーリアは何も言えず、ただ俯くことしかできなかった。




