第4話
結局ルドガーからもキルシュからも母の不貞に繋がる確たる情報は得られなかった。
他に情報を持っていそうなかつての父の仲間の中で居場所が分かっているのはあと一人。
聖女セシルに会うため、ユーリとエランは彼女が神殿長を務める地母神神殿を訪れた。
「これはこれはユーリ殿下。セシル様でしたら本日は孤児院の方へおいでです」
出迎えてくれた老齢の司祭がセシルの不在を教えてくれた。地母神は身寄りのない子供の守護神としても知られており、神殿の隣には大規模な孤児院が併設されている。だがこの老司祭が敢えてそう言ったということは──
「孤児院というと、郊外の方ですか?」
「ええ……」
「では、そちらに行ってみます。ありがとうございました」
ユーリは老司祭に礼を言ってその場を辞去する。そのやり取りを不思議そうに見ていたエランがユーリの後を追いながら訊ねた。
「こことは別に孤児院があるんですか?」
「ああ。そう言えばエランは行ったことがなかったか」
これから向かう場所は王都の外れにあり、ユーリも数えるほどしか訪れたことがない。
「先に言っておくが、ここから行く場所で何を見ても絶対に驚かないでくれ」
「?」
ユーリのその言葉の意味はすぐに分かった。
「これは……!」
目の前に広がる光景に、エランは寸でのところで抜剣を思いとどまる。事前にユーリから注意されていなければそのまま攻撃していてもおかしくなかった。
「セシル様、みてみて~」
「はいはい。見てますよ」
「凄いでしょ~、お花の冠だよ~」
「あら~、上手にできたわね~」
「うわぁぁぁん! クルトが僕のおもちゃとった~!」
「とってねぇよ! ちょっと借りただけだろ?」
「駄目よ。クルトはリオウに謝って。仲良く順番に使いなさい」
一見微笑ましい光景だ。孤児院の中庭で子供たちが遊んでいる。その子供たちの中心にいるのは穏やかに微笑む黒髪の美しい女性──かつて勇者アレンと共に魔王と戦った聖女セシルその人だ。
だがこの時エランの注意を引いていたのはセシルではなかった。周囲の子供たち──その肌に浮かぶ魔族固有の紋様。
「落ち着け、エラン」
「っ! で、ですが殿下──」
魔族はかつてこの国を滅ぼしかけ、ほんの数年前まで人類と大規模な戦争を繰り返していた種族だ。その魔力と身体能力は平均的な人類を大きく上回り、子供といえど決して油断できる相手ではない。
「落ち着けと言っている。彼らの存在は母上もご存じだ」
「……女王陛下も?」
「ああ。彼らは──」
ユーリがエランにこの孤児院について説明しようとしたタイミングで、二人の前にスッと影が差す。
「この子たちは戦争によるやむを得ない事情で生まれた半魔族です」
「──セシル様」
視界内に捕らえていた筈なのに気配もなく近づいてきたのは聖女セシル。彼女はユーリを無視してエランに説明を続けた。
「……半魔族、ですか?」
「ええ。戦争中は女性が魔族の捕虜になって乱暴されることも珍しくありませんでしたから」
「!」
笑顔のままアッサリと告げられた内容に、エランは絶句する。
「どんな事情があれ、母親はお腹を痛めて産んだ子供には情が湧くもの。けれどこの子たちに対する世間の目は厳しく、一般社会で育てることは困難です。ここはそんな半魔族の子供たちを保護するための施設なのですよ」
「……事情は分かりました。ですが何故セシル様がそんな……? しかもこんな王都の近くで……」
魔王を倒した英雄の一人である聖女セシルが、魔王軍を撃退したヴァレンティア王家のお膝元で魔族の血を引いた子供たちを養育している──こんな話が広まれば世間に衝撃が走ることは間違いない。エランが困惑するのも当然だ。
「魔国とも4年前に休戦条約を結びました。未だ小規模な争いは尽きないとは言え、未来永劫彼らと争い続けるわけにもいきませんから」
つまり魔族との融和政策の一環として、このことをオフェーリア女王も認めた、ということなのだろう。
「心配しなくても大丈夫ですよ。彼らの魔力は私の法術で封印しています。成人して魔力のコントロールを覚えれば紋様も消えて見た目にも普通の人間と区別がつかなくなるでしょう。将来的に一般社会で暮らしていけるかどうかはその時の社会情勢次第ですが、現在魔国との国境近くに緩衝地帯を兼ねた国際交流都市を建設中です。行き場がなくて貴方方に迷惑をかけるようなことはない筈ですよ」
「…………」
不倶戴天の敵と思っていた魔族との間にそのような計画が進んでいたことにエランは驚愕し、言葉を失う。
セシルはそんなエランに微笑を浮かべ、そしてそれまで無視していたユーリに改めて視線を向けた。
「…………」
「…………」
「…………なるほど」
彼女はジッとユーリの目を見つめた後、何かを察した様子で頷きを一つ。
「私に聞きたいことがあるようですね。殿下は中へどうぞ──貴方は私の代わりにその子たちの相手をお願いします」
「え!?」
一方的に指示されエランは目を白黒させるが、反論する間もなく「わ~い!」と押し寄せてきた子供たちに取り囲まれてしまう。
相変わらずマイペースで横暴なセシルにユーリは嘆息一つ、彼女の背を慌てて追いかけた。
「先に言っておきますが私は貴方の両親が嫌いです。そして彼らの子供である貴方のことも嫌いです」
「…………」
応接室で二人きりになるなり、セシルは普段の慈愛の皮を脱ぎ捨てて開口一番吐き捨てる。
告げられた当のユーリは以前からセシルの気持ちを察していたこともあり、特に驚きはしなかった。
「世間では私がアレンに懸想していたなんて根も葉もない噂が流れていることは知っていますが、もしそんな戯言を私の前で口にすれば殺します。言動にはくれぐれも注意するように。いいですね?」
「…………はい」
聖女からサラリと殺害宣言をされるが当のユーリに驚きはない。以前からセシルはユーリに対してはこんな感じだ。他に人目がある場所でならともかく、二人きりだと刺々しい態度を隠そうともしない。
わかっていたことではあるが、こんな相手からどうやって母の不貞に繋がる情報を得ればいいのか──ユーリは早々に挫けそうだった。
だが事態はユーリの想像を超えた展開を見せる。
「私は貴方と無駄話をするつもりはありません。用件は簡潔に済ませましょう。貴方は自分の両親に関してある疑惑を持ち、その真偽を確かめるために私のところへきた──そうですね?」
「!? 何か知ってるんですか!?」
思わず立ち上がって詰め寄るユーリを、セシルは冷たい目で見据えた。
「座りなさい」
「でも──」
「二度は言いません。座りなさい」
「…………」
ユーリはセシルの視線に圧されて渋々と座りなおす。セシルは彼が話を聞ける状態になるまで待って、改めて口を開いた。
「まず先に断っておきますからよく聞きなさい。とても不本意ながら私は貴方の父親に借りがあります。だから貴方が疑惑を抱いている事柄については何も答えることはできません」
口止めされているということだろうか?
見つけたと思った手掛かりが引っ込められ失望しかけたユーリだが、しかしセシルの言葉は続いていた。
「──ですが、先ほども言った通り私は貴方の両親が嫌いです。だから嫌がらせを兼ねて、イエスかノーで答えられる質問に条件に抵触しない範囲で三つだけ答えて差し上げましょう」
「条件に抵触しない範囲で……三つだけ……」
「ええ。条件に抵触する場合は回答を拒否させていただきますし、その場合も質問回数にはカウントします。ああ、勿論回答には『私の知る限り』という枕詞が付きますのでご注意を。また主観が混じる回答は必ずしも正しいとは限りません。私が貴方の質問に応じるのはこれっきり。これ以降は一切貴方の相手をするつもりはありません」
「…………」
ユーリはセシルの発言を聞き、彼女がかなり自分に譲歩してくれていることに気づいた。
「つまり……回答を拒否される場合、その質問こそが秘密の根幹に関わるものである、と……?」
「今の発言は、質問にカウントしてよろしいですか?」
「あ、いえ! 違います違います! 独り言です!」
慌てて否定するユーリに、セシルはニンマリと意地の悪い笑みを浮かべていた。
試されている。それはつまりこの質問のやり方次第で、両親の過去と母の不貞に繋がる手がかりを得られる可能性がある、ということでもあった。
──考えろ。質問はイエスかノーで答えられるものだけだから直接的な正解やヒントは引き出せない。例えば母上が不貞をしていたのかと質問したところで、恐らく答えを拒否されて終わりだろう。その場合、不貞をしていた可能性が高いことが分かるだけであまり意味がない。となると間接的に何が秘密に該当するのか、条件を絞るように……
たっぷり一分近く思考し、ユーリは最初の質問を捻り出した。
「一つ目の質問です。母上には父上以外の想い人がいたのでしょうか?」
その質問にセシルはニヤリと口元を吊り上げた。
「それはアレン以外の、という意味でよろしいですね? なら答えはノーです」
「!」
意外な回答だ。ユーリはこの質問は回答を拒否される可能性が高いと思っていた。だがセシルの主観が混じっているとはいえ、不貞を働いた筈のオフェーリアにアレン以外の想い人がいないとはどういうことだろう? あるいは……不貞ではなかったということか?
「……二つ目の質問です。私は、父上と母上に望まれて生まれてきたわけではない?」
この時ユーリはオフェーリアが誰かに乱暴されてユーリを身籠り、やむを得ず出産した可能性を想像していた。けれど──
「ノー。それに関しては私が地母神の司祭として断言しましょう。貴方は確かに両親に祝福されて生まれてきました」
想像以上に強い言葉で否定され、ユーリは目を丸くする。
本当にどういうことだろう? 母は父アレンを愛していて、両親は共に私の誕生を望んでいた? にも関わらず私は父と血が繋がっていない?
意味が分からなかった。ひょっとしてそもそも父と血が繋がっていないということ自体が何かの勘違いなのだろうか?──いや、セシルの反応を見る限り、彼女が知る秘密と今の質問はそうかけ離れたものではない。やはり何か自分の出生には秘密があるのだ。だがそれは何だ? 許された質問はあと一つ。どんな質問をすれば真相に近づくことができる? 今までの情報を踏まえて、父と血が繋がっていないことを確定させつつ、さらに生物学上の父親を絞れそうな質問は……
「……三つ目。私の生物学上の父親は、今も存命ですか?」
「…………」
セシルの答えは沈黙。もし答えがイエスであれば、回答を拒否する理由はない。
つまりこの沈黙が意味するところは、ユーリの生物学上の父親が既に故人である、ということに他ならなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
初めてあの男に会った時、セシルは魔族に囚われ慰み者にされる寸前だった。生涯を神に捧げるつもりだった彼女の貞操観念は人一倍強く、その時の恐怖と絶望は今思い出しても怖気が走る。
『……無事か?』
だからそこから自分を救い出してくれた男に、彼女が特別な感情を抱いてしまったのは女として仕方のないことだった。
勿論当時はそんな浮ついたことを言っていられる状況ではなかったし、立場上想いを口にするのは差し障りがあった。だからセシルはその感情に蓋をし、共に魔族と戦う同士として男に寄り添い続けることを選んだ。
別にそのこと自体に不満は無かったし、叶わぬ想いだということは最初から理解していた。だが──
『一緒に行こう!』
仲間という枠組みの中でさえ、いつも男の目に映っていたのは自分ではなかった。
男にとって自分は常に二番手以下。自分には一度も見せたことのない笑顔を浮かべるその姿にセシルは嫉妬していた。
『諦めるなよ。夢物語でも妄想でも誰に間違ってるって言われたとしても、お前がそうしたいって思ってるんだろう? そいつを諦めて、明日のお前は笑えるのか?』
そして認めたくないことではあるが、感謝もしていた。
自分が見て見ぬふりをするしか出来なかった男の瑕を癒し、立ち直らせてくれたそのことには、確かに感謝していたのだ。
だから許せない。
『……ごめん』
救うだけ救ってはいさよならなんて、そんな無責任な話があるものか。




