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俺の父親は勇者だが、どうやら托卵されていたらしい  作者: 廃くじら


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第3話

 父の仲間だったルドガーからは両親の過去と母の不貞について、これといって有力な情報を得ることはできなかった。


 他に情報を持っていそうな人物は3人。大魔導士キルシュと聖女セシル、そして名も知らぬ仮面の黒騎士。


 キルシュは放浪癖があり現在どこにいるか分からない。黒騎士は正体不明で生きているのかどうかも定かでない。となると次に話を聞きに行くべきは地母神の神殿長で居所がハッキリしているセシルなのだが──


「私、セシル様って苦手なんだよな……」


 王都の地母神神殿に向かう道すがらユーリはげんなりと呻く。


「殿下が人のことをそんな風に言うのは珍しいですね」

「いや、なんて言うかほら。あの方って母上と仲が悪いだろう?」

「……まぁ」

「そのせいか知らないけど、私に対しても妙に当たりが強いっていうか……」

「…………」


 その原因にエランは心当たりがあったが、彼の前でそれを口にするのは憚られた。


「…………はぁ。気が重い」


 ユーリたちが重い足取りで地母神神殿に向かっている、と──


「──見つけた」

『!』


 そんな二人の前に立ち塞がる小柄な人影が一つ。


『キルシュ様!?』

「久しぶりだね。ユーリ、エラン」


 そこにいたのは若草色の髪を持つ小柄なエルフの女性──行方知れずとされていた大魔導士キルシュだった。突然の再会にユーリは目を丸くする。


「お久しぶりです。急にどうしたんです? 王都(こっち)に来るなんて珍しいじゃないですか」


 キルシュはその問いにニンマリと口元を笑みの形に吊り上げて答えた。


「どうしたじゃないよ。今度の誕生パーティーでユーリのお嫁さんを決めるんでしょ? 私が見極めてあげなきゃと思って慌てて飛んで来たんじゃないか」

「はい?」

「安心しなよ。私はユーリたちより何十倍も人生経験豊富なお姉さんだからね。オフェーリアなんかよりよっぽど良いお嫁さんを見つけてあげ──」

「あ、いえ、キルシュ様。私の誕生パーティーはもう終わったんですけど」

「…………え?」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 キルシュの来訪を受けてユーリたちは急遽予定を変更。地母神神殿への訪問を取りやめた。


 最初は王宮に招こうとしたが、キルシュは堅苦しいのは御免だとそれを拒否。彼女の希望で近くのカフェに入店する。


「ほら、クリームが頬っぺたについてますよ」

「む~。子ども扱いするなよ~」


 クリームたっぷりの甘いパンケーキを頬張るキルシュの頬をユーリがハンカチでそっと拭う。キルシュはそれに文句を言いつつもされるがままだった。


「……それにしても二人とも大きくなったね。前に会った時は私より背が低かったのに、あっという間に抜かされちゃったか」

「あっという間って、前にお会いしたのは3年も前の話じゃないですか。そりゃ背も伸びますよ」


 ユーリは苦笑したが、キルシュはかぶりを横に振る。


「3年なんてついこの間だよ。本当に人間の成長は早いね……」


 そう言いながらキルシュの声には何かを懐かしむような響きがあった。


「特にユーリは見違えたよ。大分魔力操作が上手くなったね。オフェーリアのことだから魔術の訓練なんてさせてないだろうし、独学でしょ?」

「ええ、まぁ」

「大したもんだ。ユーリは魔力操作だけならアレンより上手かもしれないね」

「…………」


 アレンとは違うと言われた気がして、思わずユーリは言葉に詰まる。


「? どうかした?」

「いえ、何でもありません」


 首を傾げるキルシュに、ユーリは笑顔を取り繕い誤魔化した。


「ふ~ん? でも良かったよ。ユーリのお嫁さんがまだ決まってなくて」

「はぁ……まぁ先日のパーティーはあくまで顔合わせなので、本格的なお話はこれからですね」


 ちなみにユーリの部屋には候補者の釣書と過分に美化された絵姿が山積みになっており、母であるオフェーリアから近日中に次の段階に進む相手を選ぶよう言われていた。


「それで、お嫁さん候補はどんな娘たちなの? 釣書は? 何人ぐらいいるの?」

「あ、いや……こういう場所で話すことでは」

「大丈夫。防音結界を張ってあるから話の内容は外には漏れないよ」

「あ~……」


 テーブルに身体を乗り出してグイグイと迫ってくるキルシュにユーリは困ったように視線を逸らす。いくら親しくしていようとキルシュは赤の他人だ。そんな人物に釣書を見せるというのは、いくらなんでもお相手に失礼だろう。だがキルシュにそれをそのまま伝えれば拗ねて面倒くさいことになるのは分かり切っている。


 どうしたものかとユーリが困っていると、見かねたエランが助け舟を出した。


「キルシュ様。実は殿下は今回の縁談に関してあまり乗り気ではないようなのです」

「……そうなの? あまりいい娘がいなかった? それとも他に意中の娘がいるとか?」

「いえ、お相手の問題ではございません。そうだ。もし宜しければキルシュ様も殿下の悩みを聞いていただけませんか?」

「悩み? うんうん。お姉さんに何でも相談してごらん」


 頼られてキルシュは嬉しそうに自分の胸を叩く。


「ありがとうございます。実は今回の縁談は候補者の選定から段取りまで女王陛下お一人で差配しておられるのですが、殿下はそこにアレン様が一切関与していないことを気にしておいでなのです」

「…………どういうこと?」


 怪訝そうにキルシュは首を傾げた。


「殿下の縁談は王国の大事。それを女王陛下が主導するのは当然のことです。しかしそれは王配であり父君であるアレン様のご意見を無視してよいということではありません。殿下はこのままご自分の縁談を進めてしまえば陛下とアレン様の間にいらぬ不和を招くのではないかと心配しておいでなのです」

「…………あいつらは」


 エランの説明にキルシュは深々と溜め息を吐いた。


「つまりあの馬鹿をふんじばってユーリの前に連れてくればいいの?」

「いえいえ、そうではありません! そうではなく殿下はもう少し陛下とアレン様に交流を持っていただきたいというか……噛み砕いて申しますともう少し夫婦らしく仲良くして頂きたいとお考えなのです。そこで是非、お二人の馴れ初めなどにもお詳しいキルシュ様にお知恵を拝借できればな、と……」


 エランの話の持って行き方にユーリは感心する。これなら両親の昔の話を聞いても不自然ではないし、頼られるのが好きなキルシュならきっと喜んで話をしてくれる筈──


「…………」


 しかしユーリたちの予想に反し、当のキルシュは腕を組んで顔を顰めた。


「……悪いけど、それは無理だね」

「無理? それは何故でしょう?」

「要は二人を仲直りさせたいって話でしょう? でもあの二人は別に喧嘩してたり仲が悪いわけじゃない。昔からああいう感じなんだよ」

『…………』


 ルドガーも同じことを言っていた。二人は仲が悪くなったわけではなく昔からああした関係性なのだと。これでは不貞を疑う以前の問題だ。


 やはり二人の間には最初から愛情などなかったのだろうか、とユーリの表情に影が差す。


「ああ見えてあの二人の仲は悪くないし、ちゃんと信頼関係もある。なのに周りが仲良くしろって言っても無理な話──というか意味がない」

「…………」


 暗い表情のユーリを見てキルシュはコテンと首を傾げた。


「よく分からないけど、別に仲がどうとか気にしなくてもいいんじゃない? 相談したいなら普通に頼めば」

「え?」

「だから、あの二人がバラバラで落ち着いて相談できないのが原因なんでしょ? だったらユーリが二人に頼めばいいんだよ──色々相談したいことがあるから、もっと家族の時間をとって欲しいって」

「────」


 自分が父から疎まれているかもしれないとの疑念もある中、全く想定外の言葉にユーリは動揺する。


「え? い、いや、そんな我がままを言うわけには──」

「我がままぐらい言いなよ。家族なんだから。分かりづらいけど、あの二人はユーリに対する愛情だけは本物だ。頼めばきっと応えてくれる」


 そう言って、数百年以上を生きるハイエルフの魔導士は確信に満ちた笑みを浮かべた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 広い世界を見てみたかった。生まれてからずっと閉ざされた森の中で生きてきた。だから外の世界には美しいものが沢山あるのだと夢想していた。


 けれどそんなことを言う度、彼女は同胞たちから笑われた。森の外にあるのは愚かで醜いものばかりだ。真に価値あるものなど何もない。この完璧な(閉じた)世界で生きることこそが賢くて正しい選択なのだと諭された。


 皆だって外の世界を知らないくせに、何故そんなことが言えるのだろう?


 彼女は心の中でずっと周囲に反発していた。


 だけど外の世界からやってきた者たちを見て、キルシュはやはり同胞たちは正しかったのか、と思ってしまった。




 キルシュがアレンと初めて会ったのは彼が所属するレジスタンスが解放軍と名を変えたばかりの頃だ。


 当時、ヴァレンティア王国はその国土の大半を魔族に占領され、人々はまだ希望の見えない暗闇の底にあった。そんな中、森に引き籠って結界を張り戦火を免れていたのがキルシュたちエルフ族。少しでも戦力が欲しい解放軍が彼らに助けを求めたのは当然の流れだった。


 しかし解放軍からの協力要請に対し、エルフ族の答えはノー。


 解放軍は人間が滅ぼされれば次はエルフ族の番、自分たちに協力することこそエルフ族が生き残る唯一の道だと主張していたが、エルフ族からすれば魂胆が見え透いていて失笑ものでしかなかった。プライドが高く、自己保身ばかり立派な人間を見て、キルシュは外の世界にはこんな連中が蔓延っているのかと失望した。


 けれどそんな中、少しだけキルシュの興味を引いた者もいた。それは解放軍の使節団に護衛として同席していた若い戦士。交渉が不調に終わり、解放軍の者たちが口々に不満を並べたてる中、その戦士だけはジッと何かを警戒しているように見えた。




 人間たちが里から去っていったその日の夜。キルシュは里の結界に不穏な気配を感じ、一人杖を持って現場へと急行する。


 ひょっとして協力を断られた人間たちが善からぬことを企んでいるのではあるまいか──しかし現場に辿り着いたキルシュの目に飛び込んできたのは、想像と真逆の光景だった。


『これは……?』

『ごめん。起こしちゃったかな』


 そこにいたのは昼間見た解放軍の戦士。彼の足元には少なく見積もって20体以上の魔族の死体が転がっていた。


『……何があったの?』

『こいつらがこの森の結界をこじ開けようとしてたんだ。多分、昼間俺たちが里に出入りしてるところを見て、結界の解除方法を解析してたんじゃないかな』


 そう言われて、キルシュは結界が綻びかけていることに気づく。あと少しでも対処が遅れていれば結界が破壊されていたかもしれない。


 つまりこの若い戦士は魔族の気配を察知し、里への襲撃を未然に防いでくれたのだ。


『この辺りにいた魔族は全部仕留めたつもりだけど、念の為結界のキーコードを変更しておいた方がいい。君たちの技術なら簡単だろう? それじゃ、俺はこれで──』

『待って』


 恩に着せようともせずその場から立ち去ろうとする戦士を、思わずキルシュは呼び止めていた。


『お前、名前は?』

『え? アレンだけど……』

『そう。それじゃアレン。何で私たちを助けてくれたの?』

『?』


 キルシュの問いかけに、アレンは何を言われているのか分からない様子でキョトンと目を瞬かせた。


『昼間私たちはお前たちの頼みを断った。お前たちを見捨てたんだ。なのに何で助けてくれたの?』

『え? そりゃ危なそうだったから……あ! あと、俺らが里にお邪魔しなけりゃ結界の解呪方法が魔族にバレることもなかったわけだし、そのせいで君らに何かあったら後味が悪いだろう?』


 それを聞いてキルシュは嘆息する。


『……馬鹿だね。お前たちは私たちを魔族との戦いに引き込むためにきたんだろう? ここで結界が破れてしまえば、私たちが否が応でも魔族と戦わざるを得なくなると考えなかったの?』

『それこそ馬鹿を言うなよ。俺は戦いたくない奴を自分たちの都合で無理やり戦わせるほど落ちぶれたつもりはないぞ』


 即答だった。それはつまり、そうした方法があることは理解していたということだ。


『正気? 私たちの助けがなきゃ、お前たち人間は魔族に殺されちゃうんだよ? 巻き込みたくないとか見栄張ってる場合?』

『生憎俺たちは戦争をやってるんだ。正気でなんかいられるもんかよ。見栄の一つも張れなきゃとっくに全部投げ出してるさ』


 アレンは肩を竦めて続けた。


『まぁ、賢くないってのはその通りだし、ひょっとしたらこの選択が間違いだったって後で後悔するかもしれない。だけどそれでもいいんだ。俺はね、明日の自分に胸を張れるように、少しでもマシな今日を積み上げて生きていきたいんだよ』

『────』


 その言葉は森という完全な世界に閉じこもっていたキルシュの胸に深く刺さった。


『──ホント馬鹿だね。それで死んじゃえば、その明日も来ないって言うのに』

『む……』


 口をへの字に曲げて黙り込むアレンに、キルシュの口から笑みがこぼれた。


『仕方ないな。エルフの助けが欲しいんでしょ? 助けてもらったのは事実だし、一族総出とはいかないけど、とびっきり優秀な魔導士が協力して上げるよ』


 そうしてキルシュは森を出た。恩とか義理とかは全部後付けの言い訳。ただ目の前のお人好しの少年について行けば、きっと見たことのない美しいものに出会えると思ったのだ。

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