第2話
「昔の陛下と親父のことについて話が聞きたい?」
王宮の一角に設けられた練兵場で鎧姿の偉丈夫が素っ頓狂な声を出す。
男の名はルドガー。ヴァレンティア王国の近衛騎士団長であり、ユーリたちの武術の師。そしてかつて勇者アレンと共に魔王と戦った英雄の一人だ。
「いきなりそんなことを聞いてくるなんて、何かあったのか?」
「ん~、ちょっと気になってね」
そう言ってユーリはチラと訓練途中の近衛騎士たちに視線を向ける。その様子にあまり余人には聞かせたくない話だと察したルドガーは、親指で背後の詰め所を指した。
「まぁいい。立ち話もなんだから入れよ」
母オフェーリアの不貞疑惑を確かめるため、ユーリたちが最初に向かったのは当時をよく知る父の仲間のもとだった。
現近衛騎士団長にして戦鬼の異名を持つ王都の守護者ルドガー。彼はかつてアレンと共に魔王と戦った勇者隊の数少ない生き残りで、若き日のアレンに剣を指導したこともある人物だ。
詰め所の中にいるのはユーリとエラン、ルドガーの三人だけ。エランが淹れたお茶に軽く口をつけ、ルドガーは改めて切り出した。
「それで、あいつらの昔のことを聞きたいなんて何があったんだ?」
ルドガーは信頼できる人物だが、ユーリ個人に忠誠を誓ってくれているエランとは事情が違う。まさかいきなり『自分は勇者アレンと血が繋がっていないかもしれない』などと馬鹿正直に言えるわけもなく、ユーリは予め用意していた口実を口にした。
「何かあったってほどのことじゃないんだけど、ちょっと父上と母上のコミュニケーション不足が気になってね。ほら、先日私の誕生パーティーがあっただろう?」
「おお。結構な人数が集まってたよな」
「うん。そのパーティー、父上は出征中で不参加だったんだけど、来賓の中にはそのことに『数日帰還することも出来ないほど戦況が思わしくないのか』って心配する方もおられたんだ」
「あ~……」
ルドガーも何か思うところがあったようで呻き声を漏らす。
「来賓の方が心配するようなことは何もないわけだけと、実際父上がああいう場にいないとなると印象は良くないじゃない? 多分この辺りの話って、お二人が普段からもう少しコミュニケーションを取っていればフォローできたんじゃないかと思うんだよね」
「……確かにな。だけど、そのこととあいつらの昔の話がどう繋がるんだ?」
「今後のこともあるし、個人的に何とかお二人の仲を取り持てればと思ってる。だけどそもそも何で二人がああなのかが分からなくてね。私が物心ついた時にはもうあんな感じだったし。ああなった切っ掛けとか、仲が良かったころの話が聞ければ、そこに二人の関係を修復する手掛かりがあるんじゃないかと思ったんだ」
「そういうことか……」
ユーリの説明にルドガーは納得した様子で頷く。
両親の不仲を心配した子供が仲を取り持つヒントを探して昔の話を聞くというのは自然な話の流れだ。そして当時の両親の様子が分かれば、何か母の不貞の手掛かりとなるような情報が得られるかもしれない。
「ん~……そうだな……」
ユーリたちが見つめる中、ルドガーは腕組みしてしばし考え込み、やがて諦めたように嘆息した。
「悪いが、そういうことなら俺は役に立てそうにない」
「え──」
「別に事情があって話せないとか話したくないとかじゃないぞ。単純に何も知らんのだ」
ユーリたちの疑念を先回りして否定し、ルドガーは申し訳なさそうに頭をかく。
「知らないって……先生は当時から父上や母上とは親しかったんだよね?」
「ああ。ただ何つーか俺はそういう色恋沙汰には疎くてな。あいつらがそういう関係だってことにも当時は気づいてなかったんだよ」
『ああ~……』
ルドガーの言葉にユーリとエランは呆れと納得の混じった呻き声を漏らす。
「俺があいつらの関係を知ったのは魔王を倒した後だ。陛下が妊娠してるって聞いて『あいつらそうだったのか!?』って驚いたぐらいだからなぁ。何であんな風に距離があるのかって言われても……」
そういうこともあるかもしれない。いや戦時下であったことを考えれば、むしろ他人の色恋沙汰になど注意を払う余裕がないのが普通なのかもしれない。
「でしたら戦後のことはいかがです? 陛下とアレン様も、結婚されたばかりの頃は今より仲睦まじくされてらっしゃったのではありませんか?」
エランの言葉にルドガーはかぶりを横に振る。
「いや、俺の知る限りあいつらはずっとあんな感じだよ。ベタベタしてるとこなんて一度も見たことねぇし、何つーか夫婦っていうより同士って感じだな」
その言葉にユーリとエランは顔を見合わせた。ルドガーの言葉が正しければアレンとオフェーリアの間には結婚直後から既に距離があったことになる。
そして同士という言葉。つまり、アレンとオフェーリアは最初から国や人類を守るためのビジネスパートナーとして手を組んだに過ぎない? であれば不貞は互いに承知の上ということだろうか?
『…………』
難しい表情で考え込んでしまったユーリとエランを見て、ルドガーが頭をかきながら断りを入れる。
「あ~、念の為言っとくが、今のはあくまで俺から見たあいつらの話だからな? 俺が気づいてなかっただけで、普通に裏じゃベタベタしてたのかもしれん。つーか、そういう話は俺みたいなオッサンじゃなくて他の奴に聞けよ」
「他の奴……」
言われてユーリは困ったように眉根を寄せた。
「そう言われても、当時の父上と母上のことを知ってる人って意外と少ないんだよね……」
二人の存在が本格的に世に知れ渡ったのは魔王軍を撃退した後のことだ。戦時中は国土の大半が魔王軍に支配されていたこともあり『生き延びた王女が解放軍を率いて魔族に抵抗活動をしているらしい』という噂が流れている程度だったと聞いている。
一応、魔王を倒す前から解放軍内部では勇者アレンの名はそれなりに知られていたそうだが、それもあくまで噂ベース。実際にアレンと面識があり顔と名前が一致する者は同じ勇者隊のメンバーなどごく一部に限られていたらしい。
「まぁそうだな。陛下の側近は魔王を倒すまで俺らのことなんざ眼中になかっただろうし、話が聞けるとすれば俺と同じ勇者隊の生き残りぐらいか」
「勇者隊の生き残り……」
最終決戦前にはアレンを筆頭に当時の英雄英傑が100人以上集っていたとされる勇者隊だが、魔王との決戦にアレンたちを送り込むためそのほとんどが命を落としている。
生き残ったのは勇者アレンを除いてたった4人。
戦鬼ルドガー、大魔導士キルシュ、地母神の聖女セシル、そして名乗ることなく去っていった仮面の黒騎士。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『初めましてルドガーさん! ご指導、よろしくお願いします!』
『……おう』
初めてアレンに会った時、俺は奴を憐れんでいたんだと思う。
当時の俺はレジスタンスに参加する元傭兵で、アレンは碌に実戦経験もない農民上がりの義勇兵。
アレンは一目見て分かるいい奴だった。けれど当時は魔族との戦いとの真っ只中。いい奴から死んでいく時代だ。俺はアレンに稽古を付けながら『どうせこいつもすぐ死ぬに決まってる』と達観していた。
けれど俺の予想は裏切られる。アレンは危険な任務に何度も送り込まれ、生き残った。
最初の二、三回は『良かった』『運が良かった』と素直に喜んだ。
五回を超えた頃から『何かおかしい』と訝しむようになった。
そして一〇回を超え、俺が奴と同じ任務に就いた時、既にアレンは俺の想像を超えた戦士へと成長していた。
アレンは天才だった。天賦の才を持つ戦士で、人たらしで、英雄だった。俺はあっという間に追い抜かれて、そのことに嫉妬しなかったと言えば嘘になる。
『お前、あんな捨て駒みたいな扱いされて嫌にならねぇのか?』
『そりゃ怖いし嫌ですよ』
『なら──』
『でも、俺が逃げたら他の誰かが代わりに死ぬかもしれないでしょ? そうやって後悔しながら生きるよりは、怖くてもどう乗り越えるかを考えた方がマシです』
『…………』
『俺はね、馬鹿だからどうすることが正解かなんて分からないけど、それでも今日より少しでもマシな明日が来る方を選びたいんです』
だがそんな嫉妬なんてすぐに塗りつぶされてしまうぐらいアレンはいい奴で、魔族との戦況は逼迫していた。こいつがいれば本当に人類は魔族に勝てるかもしれないと希望を抱いた。
皆があいつに期待した。皆があいつの周りに集まった。皆があいつこそが真の勇者だと信じた。
あいつなら大丈夫、あいつがいれば何とかなると、無責任に思い込んでいた──それがどんなに愚かで残酷なことか考えもせず。
『お゛ぇぇ……っ!』
ある夜、俺はアレンが声を潜めるように嗚咽している姿を目撃してしまう。光り輝く太陽のような男が、孤独に身体を震わせ泣いていた。
『…………』
アレンは天才だった。英雄だった。いつも自分たちを笑顔で励まし続けてくれた。だから大丈夫だと思い込んでいた。
けれど本当はあいつも年相応の普通のガキだった。
周囲の期待にプレッシャーを感じない筈がない。
多くの人の命を預かる責任に押し潰されそうになることもあった筈だ。
なのに俺は、俺たちは──
『ひっぐ……うぐ……っ』
今日もまた、仲間が一人死んでいった。
アレンに希望を託して、笑いながら逝った。
それはあいつにとってどれほど残酷なことだっただろう。
『う゛ぅ……ぅっ』
『…………』
あの日、俺は一晩中止まない嗚咽を聞きながら、もう二度とあいつを一人にしないと誓ったんだ。




