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俺の父親は勇者だが、どうやら托卵されていたらしい  作者: 廃くじら


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第1話

「はぁ~……」

「お疲れ様です、殿下」


 殿下と呼ばれた少年が侍従に脱いだ上着を渡し、ぐったりした様子で椅子に腰を下ろす。


 少年の名はユーリ・ヴァレンティア。魔王を討伐した勇者アレンと女王オフェーリアの一人息子だ。普段快活さに溢れた金髪碧眼のその相貌は、しかし今は疲労でどんより澱んでいた。


「温かい飲み物をお持ちしますので、今日はもうお休みになって下さい」


 ユーリが脱いだ礼服を畳みながら気遣ったのは侍従のエラン。茶色の髪と目を持つ利発そうな少年で、ユーリとは立場を超えた同い年の友人でもある。


「……そうはいかない。ただでさえパーティーの準備に付き合わされて事務処理が滞っているんだ。せめて急ぎの決裁だけでも──」

「いいから、今日のところはお休みください。そんな状態で正しい判断は下せません。一日二日王子が仕事を休んだぐらいで政務が滞る程この国の体制は脆弱ではありませんよ」


 キッパリとエランに言い切られ、ユーリは苦笑を漏らした。


「エランの言うことはいつも正しいが、自分が居なくても回ると言われて王子としては喜べばいいのか悲しめばいいのやら分からないな」

「少なくとも臣下としては誇るべきことと自認しております」

「……仕方ない。今日のところは頼れる臣下の忠言を受け入れることとしよう。ホットミルクを頼むよ。あと──」

「蜂蜜は一匙で?」

「うん、それでいい」

「畏まりました」


 部屋を出ていくエランを見送り、ユーリは椅子に腰を下ろして深々と息を吐く。


 つい先ほどまで王宮では彼の16歳の誕生パーティーが開かれていた。これは国内だけでなく近隣諸国からも来賓を招いた大規模な催しで、当事者であるユーリは朝から準備、スピーチ、挨拶回りと一日中動き詰めだった。


 いかに王族とはいえここまで大規模な誕生パーティーを開くことは滅多にない。だが今回のパーティーは彼の婚約者選びの場を兼ねていた。次期王妃の座を狙って群がる令嬢たちに一日中愛想を振り続け、ユーリのメンタルはすっかり底をついていた。


「こんな気持ちのまま婚約者と言われてもな……」


 ポツリと愚痴が漏れたタイミングで、ホットミルクを持ったエランが戻ってくる。


「お待たせしました殿下」

「ありがとう」


 ほんのり甘いホットミルクを猫舌のユーリはチビチビと舐めるように呑み、ホウと息を吐く。


 そしてカップの中身が三分の一ほど減ったタイミングでエランが口を開いた。


「……何か悩み事でもおありですか?」

「ん? いきなりどうした?」

「いえ。どこか殿下の表情が暗いように見えましたので」


 エランの心配をユーリは苦笑混じりに否定する。


「……単に疲れているだけだよ。丸一日ひっきりなしに令嬢方のお相手をしていたんだ。彼女たちに恥をかかさないよう、私がその顔と名前を一致させるのにどれほど気を張っていたと思う? 自分の趣味と好物を他人に何十回と説明していれば気が狂いそうにもなろうってものさ」

「お見合いパーティーなんてそんなものですよ」

「実際に経験したこともないのに分かった風な口を利くじゃないか、エラン。疲れて誰と何を話したかも覚えていない見合いなど本末転倒だよ。これならいっそ婚約者など母上が勝手に決めて下さった方が後腐れがなくていい」


 投げ槍に言うユーリを、エランは困ったような表情で窘める。


「殿下。女王陛下のお気持ちは分かっておいででしょう。陛下はご自分がアレン様と結ばれたように、殿下にも自分の納得した相手と結婚していただきたいとお考えなのですよ」

「その理想は美しいが実態が伴っていなければ説得力に欠けるというものさ。自由意志で結ばれた筈の当人たちの仲が冷え切っているのでは──」

「殿下」

「──と、すまない。聞かなかったことにしてくれ」


 エランに堅い声音で遮られ、ユーリは気まずそうに顔を逸らした。


 ユーリの両親、女王オフェーリアと勇者アレンの関係性に触れることは関係者の間では一種のタブーとなっている。現在の二人の関係を一言で言い表すなら没交渉。ここ数年アレンは騎士団を率いて各地の治安維持や魔族との国境線の防衛に奔走していて、オフェーリアとは年に数度ほどしか顔を合わせることがない。


 それを為政者としての使命感や信頼の証だなどと美談のように語る者もいるが、ユーリに言わせれば単に互いに興味がなく、会う努力を放棄しているだけだ。実際、アレンは今も王都を離れて出征中で、今日の誕生パーティーにも参加していなかった。


「アレン様も本当は今日のパーティーに参加したかったと思います。ただ今は西の国境沿いで魔族の残党が騒がしいそうですから……」

「気を遣わなくていい。私はもう16歳だぞ。誕生日に父親が仕事で帰ってこれないからと言って拗ねるような歳じゃあない」


 そう言いながら拗ねたように口を尖らせるユーリに、エランは思わず笑みをこぼした。


「そうでしたね。アレン様の足にしがみ付いて『行かないで』と泣きじゃくる殿下の印象が強すぎてすっかり忘れていました」

「……10年以上昔のことを持ち出すなよ」

「たった8年前です」

「…………」

「…………」

『…………ぷっ』


 二人は顔を見合わせ笑い合う。暫しその場に穏やかで静かな時間が流れた。


「……気を遣わせてすまないな」


 カップの縁を親指でなぞりながら、ポツリとユーリが呟く。


「いえ。あまり一人で抱え込まないで下さい。以前にも申し上げましたが、主人に頼って貰えない臣下ほど惨めなものはありませんので」

「そうか……そうだったな」

「…………」

「…………」


 再びユーリが黙り込む。エランもそれ以上は何も言わず、ジッと彼が話してくれるのを待った。


 沈黙はたっぷり一分以上続き、そしてユーリの口から飛び出した言葉はエランが全く予想だにしないものだった。



「どうやら私は、父上と血が繋がっていないらしい」

「…………は?」



 エランの脳が理解を拒否した。


「えっと……聞き違いだとは思うんですが、僕の耳には今殿下が、アレン様と血が繋がっていない、と仰ったように……」

「聞き違いではないよ。私もそう言ったつもりだ」

「…………え?」


 ユーリの表情は真剣で、とても冗談を言っているようには見えなかった。


「ちょ、ちょっと待ってください! それじゃまるで──いえ、そんなことはあり得……」


 否定の言葉をエランは最後まで言い切ることができなかった。


 冷え切った夫婦関係。ユーリ以外に子供を作ろうとする気配はなく、それどころか夫であるアレンを自分たちから遠ざけるかのような采配。目を逸らしていただけで、女王の不貞それを疑わせるような事情はあちこちにあった。


 勇者アレンと王女オフェーリアの恋は多くの吟遊詩人に歌われた有名な話だ。だがそれは身分の違う二人の婚姻を正当化するために作られた創作であるとも言われている。戦時下にあった当時の二人の関係を実際に知る者などほとんどいないし、二人が本当に恋仲だったという確たる証拠はなかった。


「…………」


 混乱するエランは、しかし目の前で告白したことを悔やむように顔を歪めるユーリを見てハッと我に返る。


 事実がどうであれ今一番そのことで苦しんでいるのはユーリだ。自分を信頼して悩みを告白してくれた主人に応えられずして何が臣下か。


「……ふぅ~」


 エランは気持ちを落ち着かせるように大きく息を吐き、覚悟を決めてユーリに訊ねた。


「殿下。そう仰るからには、何か根拠がおありなのですよね?」

「…………ああ。これを見てくれ」


──パリッ!


 そう言ってユーリが人差し指を一本立てると、その指先に青白い電流が流れた。それを見てエランは目を丸くする。


「魔力操作による属性変化、ですか? そんな技、一体いつの間に……」

「以前、父上がやっていたのを見てね。色々と試している内にできたんだ」


 ユーリが今してみせたそれは術式を介さない魔力の直接操作。主に高位の魔法戦士が使用する高等技術だ。生の魔力をそのまま扱うため出来ることは限られるが、体術と魔力による強化、属性付与の組み合わせは戦士にとって強力な武器。勇者アレンもこの技術の使い手として知られていた。


「……相変わらず出鱈目なセンスですね。それで、それが何でアレン様と血が繋がっていないなんて話になるんです?」


 そう。これだけ見ればユーリはやはり勇者アレンの息子としか思えない。


「……魔力属性は生まれついてのもので、例外はあるが原則一人一つだけ。そして子供は両親の属性のいずれかを必ず受け継ぐ。見ての通り私の属性は『雷』だが、父上の属性は『火』だ」

「? なら『雷』の属性は女王陛下から受け継いだのではありませんか? 陛下は魔術も魔力も使えないので確認はできませんが、属性自体は存在するはずでしょう」

「ああ。私も最初はそう思っていた」


 ユーリは引き出しから古い装丁の本を取り出し、エランに差し出す。


「……これは?」

「資料室で見つけた旧ヴァレンティア王家の家系図だ。多分、王家が魔族に滅ぼされる直前に編纂されたものだろう。母上の兄姉や両親のことも記載されていた」


 エランはその家系図を受け取って中を見た。それほど厚い本ではない。15代ほど前までの王族の系譜が図示され、名前と生没年、功績などが一人一ページ程度にまとめられている。ヴァレンティア王家は為政者としてだけでなく魔術師として功績を挙げた者も多くいたようで──


「──っ!?」

「聞いたことはあったんだ。旧ヴァレンティア王家の始祖は水神を祀る神官の家系。代々優れた魔術師を輩出し、その多くは『水』に高い適性を持っていた。そもそもこの国の王侯貴族は大半がその始祖の血を引いていて、『水』属性が多い傾向があるそうだ」

「…………」

「母上は魔力に乏しく、魔族の侵攻を受けた際に真っ先に逃がされたが、他の王族は民を守るために杖を握って最後まで戦った。いずれも優秀な『水』属性の魔術師として記録が残っていたよ」


 家系図に残されたユーリの祖父母──オフェーリアの両親の属性は『水』。つまりオフェーリア女王もまた『水』の属性を持っていることになる。


 そして『水』属性を持つオフェーリアと『火』属性を持つアレンの間に生まれた子供は『水』か『火』のいずれかの属性を持っていなければならない。


 だが今エランの目の前でユーリの魔力属性は『雷』であることが示された。


「この資料が、間違ってるってことは……」

「私もその可能性は考えた。だから間接的にでも他に当時のことがわかる資料がないか調べてみたんだが、どの文献を漁っても当時の王家は全員が『水』属性の魔術師だったという情報しか出てこなかったよ」

「…………」


 これが事実であれば、ユーリは勇者アレンとオフェーリア女王の間に生まれた子供ではないということになる。


 不妊などの事情で養子を迎え入れたなんて話は聞いたことがない。そもそもヴァレンティア王家は魔族との戦いでオフェーリア以外の血が絶えており、適当な候補者がいたとは思えなかった。それにユーリが生まれたのは二人が結婚した直後で、そんな時期に不妊と判断されたというのもおかしな話だ。オフェーリアのユーリへの溺愛ぶりに視ても、ユーリが彼女の実子であることは間違いあるまい。


 だがそうなると必然的に、血が繋がっていないのは父親──勇者アレンということになってしまう。


「仮にこれが事実だとすれば、当然女王陛下はそのことをご存じの筈です。他にお相手がいたのであれば、何故陛下はアレン様と結婚を……」

「一番可能性としてありそうなのは父上を国に縛り付ける為だろう。当時この国は魔族を追い払ったとは言えボロボロの状態だったそうだからな。人心を安定させるためにも、魔王を倒した勇者の武名を王家に取り込みたかった、というのはあるんじゃないか?」


 あり得る、とエランは思った。実際、勇者アレンの存在が無ければ今のこの国の繁栄はなかっただろう。


 そしてもし当時オフェーリア女王に勇者アレン以外の想い人がいたとすれば、アレンと婚姻を結びながら別の男と不貞を働きユーリを身ごもった可能性もゼロではない。そうであれば今の冷え切った夫婦仲も、ユーリ以外に新しく子を作ろうとしないことにも説明がついてしまう。


 エランはふと、アレンはユーリが実子でないことに気づいているのだろうか、と疑問に思った。


「私自身は別に母上を責めるつもりはないんだ。私を身籠ったことも何かやむを得ない事情があったのかもしれないし、その上で父上と結婚したのならそれは国を護るために必要なことだったのだろう」


 ユーリの言葉は自分自身に言い聞かせるようだった。


「そして血が繋がっていなかったとしても父上に対する敬意が揺らぐことはない。血が繋がっていようがいまいが私の父親は勇者アレンただ一人だ」


 断言して、しかしその表情に苦いものが混じる。


「……だが、父上にとってはどうなのだろうな? 父上はひょっとしたらこのことを知っていて、私の存在を疎ましく思っているのかもしれない。あるいは何も知らぬまま王家に縛り付けられているのだとしたら……」

「…………」


 ここでようやくエランはユーリがここ最近何に思い悩んでいたのかを理解する。彼はアレンに会うことが怖かったのだ。どんな顔をして彼に会えばいいのか分からず、今日の誕生パーティーにももしアレンが参加していたらと怯えていた。またこんな風に自分の足元が揺らいだ状態で婚約者を選ぶことへの不安もあったに違いない。


 本人も何とかしたいという気持ちはあっただろうが、この問題は扱いが難しい。魔力属性による父子関係の否定も限りなく血が繋がっていない可能性が高いというだけで、100%確実とまでは言えない。それにもしアレンがこのことを知らなかったり、ユーリの出生に何かやむを得ない事情があったとすれば、下手につつけば取り返しのつかない事態を招くかもしれない。


「──調べてみましょう」

「エラン……?」


 それらの問題を理解した上でエランは迷う主人の背を押す。エランにとって大切なのは国よりも目の前の主人だった。


「悩む前にまずは事実を確認しましょう。アレン様とどう接するか、あるいは真実を伝えるかどうかは、全てを明らかにした上で判断すればよいのです」

「……そうだな」


 ユーリは大きく息を吐き、覚悟を決めた表情で親友に向き直った。


「付き合ってくれるか、エラン?」

「勿論です」

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