プロローグ
毎日1話ずつ正午更新。
勇者アレンの名が最初に表舞台に登場したのは今から約20年前。
当時、人類領は魔族の攻勢によって滅亡の淵へと瀕しており、その戦いの最前線にあったヴァレンティア王国は事実上の壊滅状態にあった。
王都は陥落、最後まで民を守って戦った王家は魔族によって悉く塵殺され、唯一生き残ったのは当時14歳の第二王女ただ一人。
そしてその第二王女も逃亡の末に魔族に捕らえられ、その命は風前の灯火であった。
──斬ッ!
『…………え?』
『無事かい、お嬢さん?』
当時のアレンは魔族の軍勢に抵抗するレジスタンスの一兵卒に過ぎなかった。
レジスタンスと言っても敗残兵や義勇兵の寄せ集め。当時の兵力は30人にも満たない。そんな彼らが第二王女オフェーリアを救い出したのは本当にただの偶然でしかなかった。
運命的な出会いを果たしたオフェーリアとアレン。しかしこの時オフェーリアがアレンに一目惚れしたなんて事実はない。
『余計なことを。何故死なせてくれなかったの……!?』
『え……』
酷い話だがオフェーリアにも同情の余地がないわけではなかった。この時既に国土は荒れ果て、国家は完全に機能を喪失。唯一の王族である彼女の前途は絶望の茨で覆いつくされていた。それでも生き延びてしまえばオフェーリアには自ら死を選ぶほどの気概も覚悟もない。八つ当たりだと理解していても彼女はそれを止められなかったのだ。
戦況は既に詰んでいて今更レジスタンスごときが何をしたところで覆せるものではない。彼らの旗頭として行動を共にすることになったオフェーリアはいつか来る終わりに怯え、俯き塞ぎこんで日々を過ごした。
ある時、オフェーリアは自分を取り巻く環境の変化に気づく。いつの間にか周囲に人が増え、組織に活気が生まれていた。決して劇的な変化ではない。けれど確実に人々の表情は明るさを取り戻していた。
その中心にいたのは、かつてオフェーリアを救い出してくれた少年アレンだ。
その時のアレンは勇者隊を率いる隊長となっていた。勇者といっても当時のソレは特別な英雄を指す呼称ではない。勇者隊とはつまり特攻隊。勇者という呼称は命懸けの危険な任務に駆り出される兵士たちの戦意を盛り上げるためのプロパガンダに過ぎなかった。
義勇兵上がりで当初レジスタンス内部でも捨て駒扱いされていたアレンは、しかし危険な任務を幾度となく成功させ人々の心に希望の火を灯し続けた。いつしか彼の周りには人が集まり『アレンこそが真の勇者だ』と噂するようになっていた。
それでも魔族との戦力差は絶望的だ。
ある日、オフェーリアはアレンに尋ねた。
『この貧弱な戦力で本当に魔族に勝てると思っているの?』
後になって思い返せばこんな意地の悪い質問はなかっただろう。アレンは嘘も虚勢もなく正直にそれに答えた。
『……分からない』
『分からない? そんな無責任な話があって? ならば貴方のしていることは勝ち目のない戦いに人々を駆り立て、徒に苦しみを長引かせているだけではないの?』
本当に酷い言い草だ。間違っても組織の旗頭となって人々を戦わせている女が口にしていいことではない。オフェーリア自身もそのことは自覚していた。
それはオフェーリア自身に向けられた自責の言葉でもあったのだから。
『……そうだね。俺のやってることは結局ただの欺瞞なのかもしれない。それでも俺は目の前で苦しんでる人がいたら助けたいし、手を差し伸べたいと思うんだ。きっとそれは俺にとって見捨てるよりはマシな選択の筈だから』
『その結果、貴方が救った人間が明日もっと苦しむことになったとしても?』
──あの日、貴方に救われなければ、私はこんな思いをせずにすんだのに。
そんな少女の八つ当たりを、アレンは苦しそうに、けれど正面から受け止めた。
『ああ。それでもきっと俺は手を差し伸べると思う。そしてその誰かが明日苦しまなくてすむように、精一杯今日を頑張るよ』
『…………』
アレンは勇者だなんて呼ばれていてもオフェーリアと同じ普通の人間だった。苦しみ、悩み、それでも前に進もうとする人間だった。
その日からオフェーリアは変わった。
俯くことを止め、王女としての責務を果たそうと懸命に働いた。勿論彼女一人の力で劇的に戦況が良くなったりはしない。それでも彼女の変化は多くの人々の心を動かした。レジスタンスは解放軍と名を変え、やがて大きなうねりとなって魔族の侵攻を押し返した。
そして王都が陥落してから3年後。アレンたちの活躍もあり、オフェーリアたち解放軍は故国解放にあと一歩のところまで迫っていた。
とは言え、国内の残存勢力を掻き集めても魔族の軍勢と正面から戦って勝つことは不可能だ。彼らが勝つために取り得る選択肢はただ一つ──アレンたち勇者隊による奇襲、魔王の殺害である。
周囲の者たちの話によると、決戦を目前にようやくアレンとオフェーリアは互いの好意を自覚し、その愛を伝え合ったという。
激闘の末、多くの犠牲を出しながらも勇者隊は見事魔王を打倒し、王国から魔族の軍勢を追い払うことに成功する。
その後オフェーリアは新女王として即位すると同時に勇者アレンとの結婚を発表。アレンは王配として騎士団を率いて国内を安定させ、オフェーリアの治世を助けた。荒れ果てた国土は人々の尽力により順調に復興を果たし、王国はかつての繁栄を取り戻した。
そして物語はアレンとオフェーリアの一人息子ユーリが16歳の誕生日を迎えた日から動き出す。




