第11話
その頃、地母神神殿ではキルシュがセシルの私室を訪れ勇者アレンが死んだあの日のことを回顧していた。
「あの馬鹿は、まだアレンが死んだのは自分のせいだって思ってるんだろうね」
「でしょうね」
セシルの反応は素っ気ない。いや、素っ気なく振る舞おうとしていた。
「アレンの死に責任があるとすれば、それは彼に重荷を押し付けた私たち全員が背負うべきものです。あの己惚れた男は、さも自分がアレンにとって特別な人間だったと思い込みたいのでしょう」
ひねくれた友人の言葉にキルシュは穏やかな笑みを浮かべる。
「そうだね。アレンにとってルシウスは特別だった」
「…………」
セシルはキルシュの言葉を否定せず、けれど不愉快そうに顔を背ける。そんなセシルの反応に気を悪くした様子もなくキルシュは続けた。
「アレンはきっとルシウスに救われてた。二人は似た者同士だったから」
「……馬鹿なだけです」
「うん。ルシウスの方がひねくれてはいたけど、結局二人とも自分より他人のことを背負いこんじゃう馬鹿だった」
キルシュの声にほんの少しの悔しさが滲む。
「アレンはよく『振り向いた時、あいつがいてくれると安心する』って言ってた。多分アレンは、ルシウスがそこにいてくれるだけで救われてたんだよ」
「…………ふん。救って、救われて。それで終わりだなんてそんな無責任な話があるものですか」
歯がゆさと悔しさを噛み殺すようにセシルは吐き捨てた。
「それじゃ救われてしまった人間の気持ちは……」
「……うん。ひどい奴らだ」
キルシュはセシルの背に手を伸ばし、その震えが収まるまで寄り添い続けた。
この絡み合った糸を、あの少年が解いてくれることを願いながら。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
当時の解放軍と魔王軍の戦力比は「1:5」。兵数にそれほど違いはなかったが、人類と魔族は個としての基本性能が違う。正面から戦っても勝ち目はなかった。俺たちは国中から戦力を掻き集めて決戦を挑むフリをして、その隙に俺たち勇者隊が奇襲を仕掛け魔王暗殺を敢行した。
奇襲とは言ったが実態は特攻だ。何せ策を練って隙をついて一番守りの薄い場所を狙ってもまだ勇者隊の10倍以上の敵が立ち塞がっていたんだからな。
誰か一人、いやアレンだけでも魔王のもとに送り込めればいいと仲間が次々と死んでいった。
死んでいった連中は皆、時代が違えば一廉の英雄として名を残していただろう本物の勇者だった。そんな連中が自ら進んで捨て駒になって血路を開いてくれた。
魔王の前に5人も生きて辿り着けたのは今思い返しても奇跡だと思う。
そして、魔王との戦いは奇跡を超えた何かだった。
魔王は魔法王国時代から生き延びた魔族の原種で、俺たちが知る魔族とは格が二つ三つ違った。何せあの魔族どもを力で統率していた存在だ。俺たちもとんでもない化け物を想定していたんだが、実物はその想像を遥かに超えていたよ。
戦ってる時のことは無我夢中でほとんど覚えちゃいない。多分、ルドガーやキルシュ、セシルに聞いても同じことを言うだろう。
必死に食らいついていたつもりだが、最初にルドガーが、次にキルシュ、セシル、最後に俺も力尽きて、アレンと魔王の一騎打ちになった。
あの時のアレンは神がかってたよ。大分ダメージが入ってたとは言え、魔王と互角以上に渡り合って追い詰めていた。
『────』
お互いもう限界。最後の攻防を前に二人は何か話をしてたけど、その内容までは分からなかった。
ただアレンの顔が残念そうに見えたことだけは印象に残ってる。
決着は一瞬だった。
────!
最初、俺の目にはアレンの剣がほんの少しだけ速く魔王に届いたように見えた──だけど結果は相討ちだった。
──ドサッ
魔王の首が宙を舞って、胸を貫かれたアレンの身体がその場に崩れ落ちた。
『アレンッ!!!』
俺が床を這ってあいつのところに辿り着いた時、まだ息があった。
『ごめん……ルシウス』
『喋るな! 今、セシルに法術を──!』
もう手遅れだってことは俺もあいつも分かってた。
『ごめん……』
『だから謝るなよ……っ!』
謝るべきは最後まで一緒に戦えなかった不甲斐ない俺たちなのに。だけど──
『ま、おう……せっとく、できなか、た……』
『!』
その言葉で俺はようやくアレンが何に謝っているのか、何故最後の瞬間あいつの剣が鈍ったのかを理解した。
あいつは、あんな状況で、俺の夢を叶えようとしていたんだ。
魔王は数百年に渡って魔族に頂点に君臨してきた絶対者だ。代わりなんていないし、魔王が死ねば魔族は統率を失い分裂する。それは人類と魔族の殺し合いにおいては人類に有利に働くかもしれないが、戦争を終わらせるという点においてはそうじゃなかった。
戦争を終わらせるためには、始めるより、続けるより、強いリーダーシップが必要だ。そして魔族においてそんな存在は魔王をおいて他にいない。
魔王が死ねばこれから何年、何十年、あるいは何百年と人類と魔族は争い続けることになるだろう。最悪の場合、どちらかを滅ぼすまで延々と。和平や共存なんて夢のまた夢だ。
それをアレンは恐れた。
俺の願いが、夢が、実現から遠ざかることを。
『馬鹿野郎……っ! 何で、何でそんなことのために──』
俺の馬鹿みたいな言葉が、あいつに魔王を殺す事を躊躇わせた。
俺が背負わせてしまった夢があいつを殺してしまった。
『……ごめん。オフェーリアに、ごめん、て──』
『────!!!』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「魔王が死んだ後、そのことが伝わると魔王軍は散り散りになってアッサリ撤退していった。ほとんどの魔族にとっちゃ魔王を殺された報復や目先の勝ち負けより誰が次の王になるかの方が重要だったんだろう。オフェーリアの情報工作も上手くはまって、それ以上大きな被害を出さず俺たちは王都を取り戻すことができた」
「…………」
魔王との戦い、勇者アレンの死、その後悔をルシウスは淡々と語り、ユーリは黙ってそれを聞いていた。
「戦後処理が一段落して、論功行賞の話が持ち上がった。オフェーリア──というか、王国としては魔王討伐の功績を華々しく喧伝したかったんだろう。俺とルドガー、キルシュとセシルを魔王を倒した英雄として祭り上げようとしたんだ。アレンじゃなく俺たちを──ふざけるなと思ったよ」
ルシウスの怒りは理解できる。だが同時にアレンではなく彼らを英雄として祭り上げねばならなかった当時の王国の事情も、ユーリには理解できた。
「勿論、俺にも連中が生きた抑止力としての英雄を必要としてることは理解できた。そうしなきゃ国が立ち行かないってこともな。だけどそれと納得できるかは別の話だ。アレンの功績が無かったことにされるなんて、ましてあいつの功績を奪うなんてあり得ないと拒否したよ。──オフェーリアの妊娠が発覚したのはそんな話をしてる時だった」
「…………」
ルシウスは深く長い息を吐く。
「俺はオフェーリアに取引を持ち掛けた。俺をアレンとして夫に迎えろ、そうすれば望み通り英雄として立ってやる、とね。オフェーリアとしても子供には父親が必要だったし、その名前がルシウスだろうとアレンだろうと大した問題じゃなかった。多少の躊躇いはあったがすぐに承諾してくれたよ。幸いと言っていいのか分からんが、当時の勇者隊は壊滅状態で俺たちの顔と名前が一致する奴なんてほとんどいなかった。ルドガーたちさえ口止めすれば俺がアレンを名乗って入れ替わっても誰も気づかなかった。俺はアレンの名と功績を世に残すために、オフェーリアは勇者アレンの武名と俺という戦力を取り込むために、形だけの夫婦になった」
「…………」
「後は概ねお前も知っての通りだよ。俺はずっとアレンの名を騙ってアレンのフリをしてお前や周りの人間を騙してきた。アレンの名を世に残すために、俺とあいつの夢を叶えるために、あいつのやってきたことが間違いじゃなかったと証明するためだけに生きてきたんだ」
そう告白を締めくくったルシウスは、まるで沙汰を待つ罪人のように見えた。
ユーリはそんなルシウスを真っ直ぐに見つめ、口を開く。
「それ、嘘だよね」




