第12話
アレンが死んだと聞かされた時、私は泣かなかった。
本当に悲しいと人は泣くこともできないのだと、その時初めて知った。
幸い当時の私にはやらなくてはならないことが山積みで、悲しみに浸っている暇などなかった。
住民への支援、負傷者の治療、遺族への手当て、各地の被害状況の確認と魔族の残党への対処、近隣諸国への対応etc.
友人たちの心配を振り切ってただひたすら王族としての責務に没頭し──倒れた。
妊娠していた。
アレンとの子供だ。
私はお腹に宿る新しい命の存在を知り、彼が死んでから初めて大きな声を上げて泣いた。
そしてひとしきり泣いた後、どうしようかと途方に暮れた。
その時ほど王族としての自分を恨んだことはないだろう。
頭を抱え、悩んで、苦しんで──そうして、彼の申し出を受け入れてしまったのだ。
「あまり風にあたると体に障りますぜ、陛下」
バルコニーで独り夜の都を見下ろしていたオフェーリアにルドガーが近づき、忠告する。
「なあに、ルドガー。畏まったフリなんかして?」
「今は職務中なもんで」
ルドガーは肩を竦めて付け加えた。
「それに、あんまり親し気にして、知らねぇ奴に俺が情夫と勘違いされても困るでしょう」
「プッ。貴方が私の? 不敬罪ね。そんな勘違いする人がいたら斬首よ斬首」
オフェーリアが少女のようにクスクスと笑う。彼女の笑いが収まったのを見計って、ルドガーは用件を口にした。
「……ユーリたちですが、どうやらアレンの故郷に向かったようです。エランが少し前に俺の部下から陛下が毎年お忍びであそこを訪れてるって話を聞きだしてたみたいです。すいません。そいつは俺の方で処罰しとくんで──」
「必要ないわ。私の脇が甘かっただけよ」
オフェーリアはキッパリと言い切り、再びバルコニーの外へと視線を戻す。
そんな彼女の背を見ながらルドガーは続けた。
「この時間まで戻って来てないってことは何かあったのかもしれません。一応、4、5人ほど部下を向かわせましたが──」
「…………」
「──単に、城に戻りづらいだけってことも考えられます。ま、ああ見えてユーリもエランもそこらの騎士よりよっぽど腕が立つ。あまり心配はいらんでしょう」
「……そうね」
「…………」
「…………」
その場に沈黙が落ち、生温い風が二人の間を駆け抜けた。
「……真実を知って、あの子は一体何を思うかしら──ううん。ユーリだけじゃない。今の私たちを見たら、一体あの人は何て言うかしら?」
オフェーリアの背はレジスタンスにやってきたばかりの亡国の王女であった頃のように頼りなく見えた。
そんな主君の姿をルドガーは鼻で笑う。
「馬鹿ばかしい」
「え?」
「あいつらが言う言葉なんて一つしかねぇだろ──だよ」
それは自明の理であるとルドガーは胸を張る。
「……だって私は、あの人に勝手な期待を押し付けて──」
「あんまアレンを見くびるな」
戸惑うオフェーリアにルドガーは言い切った。
「確かにアレンは周りの期待を背負い込んで苦しんでた。だけどあいつは嫌々それを背負ってたわけじゃない。自分でそうしたいと願って、精一杯見栄を張って生きてたんだ。そんなあいつの意地を、お前が否定してどうする」
オフェーリアの脳裏にアレンの笑顔が蘇る。底抜けに明るい笑顔ではない。苦しみも悲しみも全てを飲み込んで笑おうとする、大好きな彼の顔が。
「きっとあいつはお前に期待されて幸せだったよ。いや、お前さんだけじゃない。皆に期待されて託されて、苦しかっただろうがそれと同じぐらい幸せそうだった。ただ嫌々期待に応えてたなんて憐れむのはあいつへの侮辱だよ」
「…………」
ルドガーは微かに震える息を吐く。
「俺は、後悔してねぇぞ。あいつを一人にしないなんて誓っておきながら、結局最後はあいつに頼りきりで、あいつを支えたなんて恥ずかしくて言えたもんじゃねぇけど。それでもアレンと一緒に駆け抜けたあの日々は間違いじゃないと胸を張れる。力足らずでもどんな結果になっても、別の道を選んでりゃ良かったなんて思わない。アレンや俺たちは、そうやって生きていくと決めたんだ」
そして彼は、オフェーリアと自分自身に言い聞かせるように言った。
「だからアレンはお前さんに感謝してたよ。きっとユーリも──」
「…………うん」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『それ、嘘だよね』
ルシウスの告白にユーリはそう言った。
何を言われたのか分からず言葉を失うルシウスに、ユーリは苦笑して言葉を付け加える。
「いや、嘘っていうのは言い過ぎか。でも今の話、肝心なところを誤魔化そうとしてるでしょ?」
「────」
大きく脈打つ心臓の拍動を意志の力で抑え込み、ルシウスは苦笑を返した。
「誤魔化す? 今更一体何を誤魔化す必要があるって言うんだ? あまり適当なことを──」
「動機」
「!」
息を呑むルシウスにユーリはあくまで淡々と続けた。
「今の話には一つだけ合点がいかないところがある。貴方は勇者アレンの名と功績を後世に残し、共に見た夢を実現するために勇者アレンに成り代わったと言った」
「……そうだ。その話の何がおかしい?」
「おかしいって言うかあり得ない。だってさ、それは貴方の名と人生を犠牲にするってことと同義だ」
「だから何だ? アレンに比べれば俺の人生なんて──」
ルシウスの言葉を片手を上げて遮り、ユーリは告げる。
「貴方はそう思っても他の人はそうじゃない。母上やルドガー先生、キルシュ様もセシル様も、そんな理由で貴方の人生を犠牲にすることを良しとする人じゃないよ」
「!」
「もし勇者アレンの名を後世に残すことだけが目的なら、きっとあの人たちは貴方自身の名でそれを語り継ぐよう諭した筈だ」
「…………」
ユーリの言葉をルシウスは否定できない。
「それでもあの人たちが貴方がアレンに成り代わり、自分の人生を犠牲にすることを容認する理由があるとすれば、それは一つしかない」
奥歯を噛んで押し黙るルシウスに、ユーリは穏やかな声音で続けた。
「私を守るため、だよね?」
「…………」
この場合、沈黙は何より雄弁な肯定だった。
「母上はヴァレンティア王家唯一の生き残りで、王としてこの国をまとめ上げ立て直す責務があった。そこには当然結婚して子供を作ることも含まれていて、戦後縁談の申し込みはひっきりなしにあった筈だ」
場合によっては王配ではなく国王として即位する可能性もあったのだ。近隣の王侯貴族が目の色を変えたことは疑いようがない。
「そんな中、母上は勇者アレンの子を身籠った。勇者と言ってもどこの馬の骨ともしれない平民で、魔王を倒した話もケチを付けようと思えばいくらでもケチを付けられる。まして勇者アレンは死んでいた。仮に母上が私を産んで王子として育てようとしたとしても、他に夫を迎えて子を作ることは避けられなかっただろう」
「…………」
「そして新たに王子が生まれれば、私の存在はその王子や父親にとって邪魔者でしかない。母上がどんなに頑張っても、私には碌な未来が待っていなかった筈だ」
ユーリの言葉をルシウスは否定しなかった。
「だから貴方は勇者アレンに成り代わることを申し出た。勿論、勇者アレンの名を後世に残したいという想いはあったんだと思う。だけど一番の理由はそれじゃなかった。私と、母上を守るために、貴方は私の父親になったんだ」
「…………ああ。その通りだ」
ルシウスは観念したように認めた。
そんな彼にユーリは肩を竦めて続ける。
「私が言うのもアレだけど、随分と損な役回りを引き受けたもんだよね。結婚して私が生まれた後も、貴方の足を引っ張って王配に成り代わってやろうって人間はたくさんいた筈だ。魔王を倒した勇者なんて言っても、ほとんどの人間は喉元を過ぎればすぐ熱さを忘れるものだからね。命を狙われたことだってあったんじゃない?」
「まぁ、な……」
ルシウスはユーリの言葉を曖昧に首肯する。
「ただそうは言ってもルドガーたちもいてくれたし、直接的な妨害はそれほど脅威じゃなかった。それよりむしろ政治的な干渉の方が厄介だったかな。お前が言ったようにアレンの功績にもケチがつけられそうになったり、本当に色々あった。だから俺もオフェーリアも、周りが文句のつけようのない功績を積もうと必死に働いたよ。結果として想定以上の速度で国が復興して、魔族とも休戦までこぎ着けたんだから悪いことばかりじゃなかった──」
「や、だから国がどうとかそういう話はおいといてさ」
まくしたて、この期に及んでまだ誤魔化そうとするルシウスの目を見つめ、ユーリは言った。
「私を守ってくれてありがとう、父さん」
「────」
真っ直ぐな感謝の言葉にルシウスはしばし呆然とし、ハッと顔を逸らす。
「……俺はただ、アレンに受けた恩を返すために──」
「面倒くさい人だなぁ」
この期に及んで素直に感謝を受け取れないルシウスにユーリは笑う。
「面倒くさいって……」
「恩とか借りとか面倒くさい以外に何て言えっていうのさ? 貴方の知る勇者アレンは、息子を守ってくれた親友にそんな詰まらないことを言う人間だったのかい?」
「それは……」
ユーリの指摘にルシウスは言葉に詰まり、そして自分が何かフォローする度『ありがとう』と言って笑っていたアレンの顔を思い出す。
「そうだな。あいつならきっと、今のお前みたいに……」
そう言って親子は顔を見合わせ笑い合う。
血の繋がりはなくとも彼らは確かに親子だった。
勇者と呼ばれた男が彼らを結び付けてくれた。
「聞かせてよ父さん。世界を救った勇者の──私のもう一人の父さんの話を」
本話を持ってこの物語は完結となります。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
アレンとオフェーリアの過去の深掘りとか、ルシウスとセシルのその後とか色々書きたいエピソードはあるのですが、書きすぎても話が散らかって読みにくくなりそうだったので、ここで幕引きとさせていただきます。
ちなみに勇者アレンとオフェーリアの物語は、幻想水滸伝とロードス島戦記の魔神戦争がぐちゃぐちゃになったようなエピソードがあったものとお考え下さい。
最後になりますが、執筆のモチベーションになりますので、よろしければブクマや評価などしていただけますと幸いです。




