第10話
勇者アレンは死んでいる──ユーリの言葉を彼は肯定も否定もしなかった。
言い募ろうとしたユーリを彼は片手を上げて制止する。
「話は後だ。人が来る」
彼の言葉通り先の戦いの音を聞きつけて村の方が騒がしかった。これは余人に聞かせて良い話ではないし、先にそちらの対処を済ませた方が良い。エランの治療、村人への説明やまだ近くに潜んでいるかもしれない魔族への対策などやらねばならないことは多かった。
「安心しろ──と言うのもおかしな話だが、今更誤魔化すつもりはない。先にエランの手当てをしよう」
「…………(コクリ)」
幸いエランは致命傷を免れていた。出血も見た目ほど多くはなく、頭を強く打った訳でもない。ただショックが大きかったのかまだ意識が戻らず、現在は村で借りた炭焼き小屋の寝台で眠っていた。
「…………」
ユーリは寝台横の椅子に腰かけ項垂れる。魔族の襲撃、親友の負傷、父だと思っていた人の正体──色んな事が立て続けに起こり、今彼の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
──ギィ
「待たせたな」
小屋の戸を開けて村人への説明や後始末をしていた彼が姿を見せた。
「エランの様子はどうだ?」
「……大丈夫。意識はまだ戻らないけど、呼吸は落ち着いてる」
「そうか……」
彼は短く確認すると、椅子を持ってユーリの横に座りおもむろに切り出した。
「それじゃ、早速話をしようか」
「…………」
「何から話せばいいか……」
「名前──」
ユーリは顔を上げ、真っ直ぐに彼を見つめる。
「名前を教えてよ。貴方の本当の名前を」
「──ルシウス」
これまでユーリが父と呼び、勇者アレンだと信じていた男はそう名乗った。
「だがお前にはこう言った方が分かりやすいだろう。俺は勇者アレンと共に魔王と戦った勇者隊の生き残り──黒騎士と呼ばれた男だ」
その正体に驚きはない。勇者アレンと共に魔王と戦った勇者隊の四人の生き残り。戦鬼ルドガー、大魔導士キルシュ、大地母神の聖女セシル、そして魔王討伐後名乗ることなく去っていったという仮面の黒騎士。父──いや、彼の正体がアレンでなかった以上、考えられる候補者は多くなかった。
「ルシウス、さんはその……魔族なんだよね?」
「ああ。正確には父親が魔族で、半魔族ってやつだ」
「半魔族……」
ユーリはそれを聞いて、王都の外れで半魔族の孤児たちを育てているセシルのことを思い出した。
「それが何で、勇者隊に入って魔族と戦うことになったの?」
「そうだな。まずはそこから説明しなけりゃならんか……」
そうして、ルシウスは自身の過去を語り出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺は元々魔国で生まれた。と言っても魔国にいたのは赤ん坊の頃の話だからほとんど記憶にはないがね。
冒険者だった俺の母親は魔族に捕まって、連中に奴隷として使われてたらしい。まぁ最終的に娼婦兼使用人ぐらいの扱いに落ち着いてたそうだから、人類と魔族の関係を考えれば、まだマシな扱いだったんだろう。
俺はその時彼女が誰のものとも分からん胤で孕んだガキだ。知ってるかもしれんが、魔国でも半魔族の立場は低い。人権なんてものはないし、生まれて直ぐ殺されることも珍しくない。運よく成長しても最終的には奴隷として純血種に使われることになる。俺もそうなる予定だった。
だが俺が2歳の時、母親の仲間だった連中がその魔族の村を襲撃して母親と、ついでに俺を救い出した。
身も心もボロボロだった母親は故郷の村に連れて行かれて療養することになったんだが、まぁ魔族の子供を産んだ女が周りからどんな目で見られるかなんて簡単に想像がつくだろう? 周りの視線や陰口にどんどん追い詰められて、俺が6歳の時に首を括って死んだよ。
幸い俺は母親が死んだ後も村の人に育てて貰えた。俺みたいな半魔族は魔力さえ使わなけりゃ見た目は人間と変わらないからな。気味悪がられはしたし、石投げられたり殴られたりなんてのは日常茶飯事だったけど、働けば飯は食わせてもらえて……まぁ悪くない暮らしだったよ。
だけど魔族が本格的に王国に侵攻してきて、潮目が変わった。
当然俺に向けられる視線は厳しくなって、裏切り者扱いされて疑われたり、八つ当たりで殺されそうになることも増えた。そんな状況だから少しでも周りの疑いの目を逸らして王国への忠誠を示さなくちゃならなくなって、俺は義勇兵として魔族と戦うことになった。
正直、王国に愛着や恩があったわけでも魔族に恨みがあったわけでもない。ただ半魔族の自分にとってどっちが勝った方が都合がいいかを天秤にかけて、まだ人類側の方がマシだと思ってそっちに付いた。魔族の方が圧倒的に優勢だって気づいた時は本気で失敗したって後悔したよ。
それでもその頃には魔族を散々殺して引くに引けなくなってたし、色々と背負うものも増えてた。セシルと会ったのもその頃だ。魔族に捕まってたあいつを助けて成り行きで一緒に行動するようになったんだが、あの女性格はアレだけど見た目と外面は吐くほどいいだろう? あいつを中心に人が増えて、いつの間にか結構な大所帯になってた。
そのせいで魔族に目を付けられてピンチになって、解放軍に助けられて、そのまま成り行きで連中と合流することになった。その時、俺たちを助けてくれたのがアレンたちだ。
アレンはとにかく底抜けのお人好しでね。あいつの周りにはいつも人が集まってた。
ただ俺はそんなアレンの人の良さが鼻について、最初の頃はいつも衝突してばかりだったな。
『はっ! 流石は勇者様、また人助けか? テメェが正義の味方ごっこするのは勝手だが、それに俺たちを巻き込むんじゃねぇよ!』
『馬鹿言うなよ。俺はお前以外の奴を巻き込んだりしてないぞ、ルシウス』
『余計性質が悪い!』
『一緒に行こう! お前がいてくれると戦いやすいんだ!』
『うぜぇ! 纏わりつくな!!』
だけど何でかあいつはやけに俺に絡んできて、気が付いたら俺はあいつのフォローばかりしてた気がする。
その頃俺は周りに半魔族だってことを隠して解放軍に参加してたんだが、魔族に占領されてた村を解放する時、追い詰められて魔力を使う羽目になってな。アレンたちに正体がバレた。
頭の中がぐちゃぐちゃになって解放軍を離れることも考えた。そんな時、占領地で魔族の妻にされてた女が半魔族の子供を出産したんだ。
当時は魔族と血みどろの殺し合いをしてる最中で、半魔族に向けられる敵意は俺がガキの頃の比じゃなかった。抵抗できない赤ん坊なんてすぐ誰かの手にかかって死んじまうだろうし、生き延びたって茨の道だ。それにそんな子供を出産したなんて周囲に知られたら、母親の方だってどんな目に遭うか。だから俺はその赤ん坊を殺そうとした。
『いやっ! 私の赤ちゃん!!』
『ルシウス。彼女もその子も、生きようとしてるんだ。お前の言うことも分かるけど──』
『なら黙ってろ! こんなクソみたいな世界で、半魔族のガキが生きるってことがどういうことか、テメェらには分かってねぇんだよ! 居場所がねぇってことがどれだけ残酷か、当たり前にソレが与えられてきたテメェらに分からねぇんだ!!』
『それは……そうかもしれない。だけど彼女は──』
『そんなもんは気の迷いだ! 現実が見えてねぇ女の妄言だよ!! その女が本気で魔族の血を引くガキを育てられると思うのか? ただ泣き喚くだけで何の力も覚悟もねぇ! そんな女が親として子供を守ってやれると本気で思ってんのか!!』
母親は線の細い人だった。あのままじゃ赤ん坊と一緒に自滅することになる。記憶にあるあの人と同じように。その前に赤ん坊を殺して、母親だけでも生かしてやるべきだと思った。
だけどアレンはぬけぬけとほざくんだ。
『思うよ』
『…………は?』
『母は強しなんて言うつもりはない。お前の言う通り、彼女がたった一人で子供が育てられるとは思わない』
『なら──』
『でも、お前がいる。半魔族が生きることの辛さを知ってるお前が助けてくれれば、きっと何とかなる』
『────』
こいつは何を言ってるんだと思ったよ。
『何で、俺がそんな──』
『お前が──お前だけが、この二人を本気で助けたいと思ってる』
『っ!?』
『居場所が欲しいんだろう? 自分のためだけじゃない。この子みたいに半魔族として生まれた子供が、そんな子供を産んだ親が、安心して暮らせる場所が欲しいとお前は望んでるんだ。だから今お前は怒ってるんだよ』
あいつは俺の中の触れたくない場所にズケズケと踏み込んできた。
『っ! ああ、そりゃあそんな夢みたいな場所がありゃいいだろうさ! 欲しくないなんて口が裂けても言えやしねぇ! だけどそんな場所、この世界のどこにも──』
『諦めるなよ』
『!』
『夢物語でも妄想でも誰に間違ってるって言われたとしても、お前がそうしたいと願ったことだろう? そいつを諦めて、明日のお前は笑えるのか?』
何て最悪な奴だと思ったよ。
『勝手なことを……」
『自覚はある。だけどお前だけに押し付けたりしない。俺も手伝う』
『……頭おかしいんじゃねぇか? 俺らは今魔族と殺し合ってる真っ最中だぞ。なのに、そんな──』
『いいじゃないか、そんな馬鹿がいたって。夢の一つも見れずにただ殺し合ってるより、ずっといい』
『…………』
『俺にも同じ夢を見させてくれよ。例え上手く行かなくたって、お前と一緒に見る明日はきっと綺麗だ』
その日から、ただ生き延びるだけだった俺の人生に目標ができた。
戦争を終わらせて、その先の世界をアレンと一緒に見たいと願うようになった。
『ルシウス。市でこんな仮面見つけたんだけど、どうだ? 顔をしっかり隠しておけば、魔力を使っても周りに半魔族だって気づかれないだろう?』
『ぶはっ!? おま、何だこの黒仮面……!』
『センスなさすぎ。これじゃ不審者だってアピールしてるようなもんだよ』
『ルドガー、キルシュもうるさい! カッコいいじゃんか!?』
『……そうだな』
正直、あいつのセンスだけはどうかと思ったけど、それも慣れると段々気にならなくなっていったよ。
俺が黒騎士って呼ばれるようになったのはその頃からだ。アレンの奴は魔族の血を引く俺から見ても信じられない速さで強くなっていって、あいつの周りにはルドガー、キルシュ、セシルだけじゃなくて、腕の立つ奴らがドンドン集まっていった。
何よりオフェーリアがそんな俺たちを上手くまとめ上げてくれたことが大きかったんだと思う。最初はどう見ても勝ち目がないと思ってた魔族との戦争を、気がつけばあと一歩で終わらせられるってところまでもっていってくれた。
後は魔王を倒すだけ──アレンがいれば絶対に大丈夫だと思っていた。
『アレンッ!!!』
『……ごめん。オフェーリアに、ごめん、て──』
だけど魔王との戦いで、アレンは死んだ。




