【雑談】おっさんが女児になって初めてお風呂に入りました
「はい、こんにちは! 陽ノ下ひかりです!」
俺が魔法少女をやると決意してから数日が経った。その間歪物とは1度だけ戦ったが大した強さでもなく、一人でも呆気なく修正することが出来た。
ヒモ太郎:5000人おめ
最初にコメントしてくれたのはもともと常連だった視聴者だ。先日まで2桁だったチャンネル登録者がこのたった数日で5000人にまで膨れ上がった。
同時接続もかなり増え、コメントだって全部は拾いきれない程になっている。
そんな状況だからヒモ太郎以外にもたくさんのお祝いや挨拶のコメントが流れてきている。
「ありがとうございます! 今後もよろしくお願いします!」
やってることは以前と変わらない。ゲームをしたり雑談したりだ。
ただ強いて言うなら、
「そういえば今日も視聴者さんから送られてきた服着てみました。どう、似合う?」
と、カメラに全身を映してくるりと身を翻す。そんな時間ができたことは幼女化してからだ。
そしてこの時間が意外にも大人気。
コメント欄がかわいいで溢れる。
「いつものことですけど君たちの語彙はかわいいしかないんですか?」
そんな状況に悪い気はしないが苦笑いでマイクに話しかける。
「でもうさ耳パーカーにショートパンツ? っていうんですか。たしかにこれすげえ可愛いですよね。脚とかこんなに見せる服今まで着たことなかったですよ。やっぱり可愛いは正義なんだなって」
こんなに脚を出してもエッチにならない。陽ノ下ひかりって身体はただひたすらに可愛いのだ。
服は俺がいいと思ったものをほしい物リストに入れると視聴者が送ってくれる。申し訳なさがないでもないが、視聴者も着せ替え人形的に楽しんでいて一つのコンテンツとして成り立っているのでwin-winってやつだ。
ちなみに下着は桃花が買ってきたものだ。トランクス派だった俺からすればパンツのピッタリした感覚には違和感があるが、履いていないよりずっと安心感はある。それに子供の身体は冷えたらすぐ風邪とかひきそうだしまあいろいろと助かった。
プイクアのポーズをとってみたり、己の可愛さを視聴者に余すことなく見せつけてから椅子に座り直す。
引越しついでにデスクの高さも調整したのでピッタリとはいかないまでも立ったり座ったりする度にジャンプする必要はなくなった。調整の利くデスクで本当に良かった。
今日の配信タイトルは、『【雑談】おっさんが女児になって初めてお風呂に入りました』だ。
「さて、みんな気になってると思うんだよね、お風呂の話」
俺が話を切り替えるとチャット欄の流れも変わる。先程とは違い言葉こそそれぞれだが一様に『気になる』という旨の書き込みをしてくれる。
なんだか俺の一言でみんなのコメントの流れが変わるのって気持ちいいな。これがインフルエンサーの気持ちか。
なんて悦に浸っていると、
あああ大王:やっぱり女体化とかしたらエッチなことするん?
というコメントが目につく。
「エ、エッチなことはしてませんっ! ひかりはおっさんだからいいけどそれ女の子に言ったら普通にセクハラですからねっ!」
まあ確かに俺が視聴者の立場なら多かれ少なかれ気になっていたかもしれないので、強くは出られず冗談半分に怒ってみせる。いや、だからってそんなストレートに訊いたりはしないが……。
ロリコンじゃないよ:赤くなって怒るひかりさん可愛い。セクハラは関心しないけど
そんなコメントを筆頭にチャット欄は何故か再びかわいいで埋まる。
「いや、俺注意したんだけど……」
……っていうか俺赤くなってる!?
男だった頃ならこのくらい日常会話の一環と言っても過言ではないような内容だ。だから赤くなる理由なんてないはずなのだが……。
恐る恐る配信画面を見ると確かに俺の顔はサクランボのように真っ赤だ。
そして、それに気づくと顔が熱くなっているのがじわじわと感じられた。
いや、可愛いな、おい。
……じゃなくて、どうしてしまったのか俺は。
感情の起伏まで子供らしく激しくなっているとか?
まさか女の子になって下ネタ耐性が減ってる? いや、そんなことある?
「ま、まあ、いいや。話の続きだけど、引っ張っておいてなんだけどそんなに面白い話でもないからただの雑談だと思って聞いてね――」
「お風呂先に入っちゃってください」
初めて歪物を倒した日の夕方。まなが帰るとすぐに太陽が隠れ始めた。それでもセミの声が止まないのだから鬱陶しいことこの上ない。
魔法少女になる意思を伝えてからいつもよりやや上機嫌な桃花が、洗い物を終えるとリビングに出てきてテレビをつけて言った。
「なんか昔の母親を思い出しますね」
「まあ、お母さんみたいなものです。夕飯は何がいいですか?」
桃花は満面の笑みを浮かべる。気分はおままごとだろうか。
俺が元の姿だったら夫婦のようだっただろうか。
なんつって。
ないな。巫女服にエプロンとかいう謎大和撫子とは仲良くなれる気がしない。しかも多分年上だし。
「ちなみに夕飯の選択肢は何があるんですか?」
正直なんでもいい……というか居候の立場で注文なんてできるわけもないのだが、「なんでもいい」という回答をするのはそれはそれで申し訳ないので一応訊き返しておく。
「そうですねえ。カレー、ハンバーグ、オムライスなんでもできますよ」
「俺のこと本当に子供だと思ってません?」
「嫌いでしたか?」
「好きですけど。……カレーは特に好きですけど」
「よかったです。それじゃあカレーの準備しておくのでゆっくりお風呂に入って来てくださいね」
やっぱり妻と言うより母親だなあ、なんて思いながらリビングを出る。
さっき桃花に軽く家の中を案内されたが、風呂は裏の小屋にあるらしい。小屋と言っても渡り廊下でつながっていて外に出る必要もなく移動することができた。
小屋自体は古さを感じさせる木製のものだ。
6畳くらいある脱衣所には洗面台があり、洗濯機があり、タオルや洗剤などが置いてある。まあ、言ってしまえばちょっと広いだけでどこの家庭にもありそうな普通の洗面所だ。ちなみに母屋にも洗面所はある。
浴室も覗いてみる。
白いタイル張りで銭湯のような雰囲気はあるが、浴槽の広さは成人男性がギリギリ2人並んで入れるくらいなので銭湯ほど広くはない。とはいえ1人なら余裕で足を伸ばして入ることはできそうなので一般家庭ならかなり広い部類だろう。
もっとも今の俺なら前の安アパートの風呂だって広く感じられるだろうが。
「全体的に広いし、外観の古さとは裏腹に綺麗だ。うーん、星5つ!」
うん、これは間違いなく満点だ。
離れにあるのだから現実離れした広さがあるんじゃないか、なんて期待したりもしたがそうなると冬とか寒そうだしこれくらいがベストだろう。毎日こんな風呂に入れるなんて幸せだ。
と、じっくり風呂のレビューをしたところでふとため息が漏れた。
「……これ、どうすればいいんだ?」
気づいてしまったのだ。風呂に入るということはどういうことなのか。
ワンピースの裾に手を掛け、捲し上げる。そこまでは自然な流れでこなしていたのだが、鏡に映ったやや不健康に白いイカ腹を見て手が止まった。
――これ以上はマズいのでは……?
着替えなら見なければよかったしすぐ終わったからまあなんとか許された。多分。
でもこればかりはそうはいかない。少なくとも入浴中は裸でいなければならないし、身体を洗うとなれば隅々まで触る必要が出てくる。これはさすがに許されない。逮捕不可避。
つまりどういう事か。
詰み。
これもうどうしようもない。
汚くて臭い陽ノ下ひかりとして生きていくしかないのでは?
いや、せっかく美少女になったのにそんなのあんまりだ。くそう、一体俺はどうすれば……。
考えろ。考えるんだ、俺。
こんな時の打開策。
いや、そもそも風呂に入るだけのことがそんなにいけないことか?
そんなにいけないことか……。
おっさんが幼女の御身体を拝むなんてあってはならない。ましてや触るなんて到底許されるべき行為ではない。
偉い人もYESロリータNOタッチって言ってたし。
しかし風呂に入らないわけにもいかんだろ。この世界で一番可愛い陽ノ下ひかりが不潔だと思われるとか、あってはならない。
どうしたものか。
服を着たまま脱衣所で10分が経とうとしている。
何か、何かないか、風呂に入れてひかりの裸を見なくていい方法は。
「そ、そうだ。目隠しすればよくね!」
身体を洗う問題は解決しないが、とりあえずシャワーを浴びて湯舟に浸かることくらいはできる。それさえできれば最低限ではあるが不潔ではなくなれるかもしれない。
天才か、俺は!
思い立ったら吉日。
タオルを棚から取って目を回して頭の後ろで結ぶ。
うん、何も見えない。
ワンピース、パンツ、靴下と着ているものを一気に脱ぎ捨ててから、壁に手をついて歩き出す。大体の方向は既に把握している。
「ふ、ふふふ、勝ったなこれは」
浴室へ繋がっているであろう扉のドアノブに手を掛けて慎重に開ける。
そして小さくとも大きな一歩。
タイルの冷たい感触が足に伝わってここが確かに浴室だと分かる。
よし、あとは壁伝いに左に曲がればすぐシャワーがあるはずだ。
恐る恐る進む姿は生まれたての鹿のように見えているだろう。こんなところを誰かに見られないのは不幸中の幸いかもしれない。
と、手をタイルの壁に這わせてシャワーの位置を探る。
四角い固形物に手が触れた。
ふむ、なんだこれは。と、それを持とうとするとつるんと俺の手から飛び出して床に落ちてしまった。
ただそれの正体は少し持っただけでも分かった。
「石鹸か。あとで拾わないと」
――この位置に石鹸があるということは確かこの付近にシャワーからお湯を出すためのレバーが……あった!
それを勢いよく上に捻る。
ようやくたどり着いたぞシャワー。一時は詰んだかとも思ったが案外何とかなるものだな。諦めなくて本当に良かっ――
「――って冷たっ!?」
突然頭上から降りかかった冷水に思わず飛び退る――と、着地点で硬い何かを踏みつけた。それがタイルの床を滑ること滑ること。
「うわっと!!」
宙に浮いた身体が90度回転しているのが分かる。きっと目隠しがなければ天井が視界いっぱいに広がっていたことだろう。
このままでは後頭部を思い切り床に叩きつけられるのは確実だ。
人間が死を意識した瞬間には世界がスローに見えるらしい。そんなことをどこかで聞いたことがある。
今の俺が見ている世界はタオルの白一色だけだ。だからスローになっているのかどうかはよく分からないが、この一瞬で脳みそは今までにないほどの勢いで回転していた。
これ、確実に怪我するよな。運が悪いと死ぬかも。
せっかく幼女になったのに? それは嫌だなあ。
てかさっき踏んだもの何? 落とした石鹸かな。うん、そうに違いない。
この状況どうすればいいの……?
目隠しして風呂でこけて勝手に死亡とかちょっと間抜けすぎんか。
いや、ダメだ。この身体を死なせてしまう事だけは何としても避けたい。単純に俺も死にたくはないし。
となると、打開策は――
ガンッ
鈍い音を遠くに聞いた気がして、加速していた思考が急停止した。
ガチャ、という音は割と近くからの音だ。
「何かありましたかっ!?」
焦ったような大きな声で目が覚める。目隠しで姿は見えないが桃花の声だろう。
ていうか俺、寝てたのか? いや、状況から鑑みるに気絶か?
ともあれ生き残ることは出来たらしい。後頭部はそれなりに痛いが重傷ではなさそうだ。
「大丈夫です。多分」
うん、言葉も正常に発せているし、上体を起こした感じ身体の機能にも特別異常はなさそうだ。
「そ、そうですか。大きい声と音がして飛んできたのですが……」
リビングの方まで聞こえてるって、もしかしてかなりヤバい衝撃だったのでは……?
とっさに歪みで身を守って正解だったな。
グッジョブ、俺!
「ていうかどうして目にタオルなんて巻いてるんですか? いい歳してシャンプーが怖いとかですか?」
「都合のいい時だけ『いい歳』扱いしないでください。……これは、その、見ないためです。自分の身体を」
数秒の間があってから、桃花は「なるほど!」と手を叩いた。
「女の子の身体を見ないために目隠しして転んだわけですね、間抜けですねえ」
「ぐっ……」
返す言葉もない。
「急に身体が変化して色々考えちゃったりするのも分からなくはないですけど」
表情は見えないが桃花は優しく語りかけるようなトーンで話してくれる。
「陽ノ下ひかりとしての身体もあなたのものなのですから危ないことはしちゃダメですよ。それにもうしばらくはその身体なんですから、お風呂くらいで躓いていたら日常生活のあらゆる場面で支障が出てしまいますよ。慣れた方がいいです」
「はい……」
さすがに今回の件で俺も反省した。死んでしまっては何もかもが終わりなのだ。
だから俺はいろいろと諦めて目隠しを外した。鏡だけは見ないように気を付けながら。
「と、まあ同居人に助けられたってわけですね。ちなみにたんこぶが残ってていまだに寝る時は痛いです」
歪みのことはもちろん避けてだが起こったことをそのまんま話した。
まあ間抜けな話だが陽ノ下ひかりがやっていると思うと普通に可愛いな。
チャット欄も『草』とか『かわいい』とか『設定よくできてる』とか肯定的なもので溢れているし日常のちょっと面白可愛い話としては満点かな。
「ちなみに設定じゃなくて実話ですからね」
なんて言ってみたが、まあ設定だと思われてる方が都合はいいと思う。実際そういうキャラとして人気が出てきている節もあるし。全部本当の話だけど。
「とまあお風呂の話はこれくらいかな。君たちが期待してたのとはちょっと違ったかもだけど、幼女になって初めてお風呂に入ったよって話でした」
その後はコメントを読みつつアニメの話なんかで盛り上がったりした。
ただ、実はこのお風呂の話、少しだけ続きがあるのだ。というか今のままだと結局お風呂には入っていないわけで、それじゃあお風呂に入った話ではなくなってしまう。
「そうだ、また危ないことをするといけないので私も一緒にお風呂に入ります。今日からずっと。慣れる練習にもなるかもしれませんし」
「……はい?」
「うん、それがいいですよ。初めは髪とか洗うのも大変でしょうしね」
そう言って俺の頭を撫でくる桃花の手を払う。
「そ、それはさすがに色々とまずいのでは!? 子供扱いしてきますけど俺、おっさんですからね!?」
「ふむふむ、なるほど。その容姿でおっさんだって言い張ってるのは確かに可愛いですね。人気がでるわけです」
と、焦る俺の主張を笑って受け流した桃花は一度浴室を出ると、しばらくの後に一糸まとわぬ姿で戻ってきた。
脱いでいるのを見て改めて実感する。彼女のプロポーションは完璧であると。出るところはガッツリ出ていて引き締まるべきところはしっかり引き締まっている。ここまで完璧な体型の人間は創作の世界でもそうそうお目にかかれないだろう。
まさに世の男の――いや、女も含め全人類の理想の体型。知らんけど。
「エッチなこと考えました?」
「いえ、全く。綺麗だとは思いましたけど」
正直な感想。全人類の理想とか言っておきながら俺自身はそこまで惹かれていない。
「残念です♪」
そう思うならもう少しそれらしい表情と言い方ってものがあるだろう。
「ていうかせめてタオルで隠すなりしてください。痴女ですか」
恥ずかしげもなく何も持たずに浴室に入ってきた桃花に文句をつけておく。
「家のお風呂で隠してどうするんですか。それにそういうことは鏡を見てから言った方が良いですよ」
指摘されて思わず鏡に目を向けてしまう。目隠しを取られてからずっと露骨に目を逸らしてきたのについ。
いわゆるつるぺた。全身薄いやら細いやらで、もう少し食べた方がいいんじゃないかと心配になる。そして可愛い、尊い。……申し訳ない。
さっきのが大事にならなくて本当に良かった。
ひかりの綺麗な身体を見て心からそう思った。
ていうかそんなことより、俺も全裸で隠すべきところがどこも隠れてないじゃん。
とっさに両手で上と下を隠す。桃花にはもちろん俺自身に見えないように。
「隠したってしょうがないですってえ。まあ今日はいいです。髪と背中を流すのでそこに座ってください」
「……はーい」
俺は素直に桃花に従って風呂場用の椅子に腰を掛ける。必要最低限のガードは保ったままで。長い髪とか洗ったことないし、なんか誤った手入れをすると痛むとかいうしここは従っておいた方がいいだろう。それに何より桃花が洗ってくれるのなら俺がひかりの身体を触らなくても済む。
桃花は本当に娘に接する母親のような態度で身体を洗ってくれて、湯舟にも浸けられる。
「肩まで浸かって10数えてから出ましょうねえ」
なんて大人になって言われる機会があるとは思わなかった。
と、そんなことがあってから俺は毎日桃花と一緒に風呂に入ることを強制されている。もちろん目隠しは禁止だ。
まあそれは配信では言わないが。
「では今日の配信はこれくらいで――」
「ひかりさん、お風呂入りますよお~!」
と、今日も今日とて一緒に風呂になりそうである。
「って、今の声配信に乗った……!? お、お疲れさまでしたー」
『親フラ!?』とか『お母さんの声可愛い』とかそんなコメントを苦い顔で眺めながら俺は配信を終了した。
日常回でした。
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