先輩、戦いました
「歪物になっちゃいそうな子がいるみたい」
「あー、なるほど。妖怪アンテナ的な」
タイミングから考えてまなのアホ毛は歪物に反応するのだろう。そんな便利にも使えるのか歪みってやつは。
「妖怪アンテナ? ……と、話している場合じゃないよ。早く行かないと!」
「それって俺も行った方がいいの?」
「あ、そっか。うーん、ひかりさんはここで待っててもいいよ。って、オレ……?」
まなはあわあわと大袈裟に手を振って応えてくれる。焦っているのだろう。そして複数のことを同時に考えるのも苦手なのかもしれない。
「あー、ひかりも行く。先輩魔法少女の活躍を見学します」
「分かった。一直線に向かうから着いてきてね」
まなはそう言うと、がららと窓を開けた。
一直線にってまさかそっから行くってこと? マジ? てか靴は?
そんなことを思った瞬間まなが白く発光し、彼女の服が変化する。この間0.2秒である。知らんけど。
初めてまなと出会った時にも着ていた軽装鎧。立派なブーツだって履いている。
これが魔法少女の生変身か。すげえ!(小並感)
「ひかりも変身とかできるの!?」
こんなに興奮するのはいつ以来だろうか。まさか魔法少女の変身がリアルで、しかも目の前で見られるとは思ってもみなかった。
もっともいわゆる変身バンク的なものは早すぎて見られなかったが。
「できるよ。うーん、でもすぐには無理かもだから急いで靴だけ持ってこよっか」
まなの背中を追う。
パルクールのように民家の屋根をぴょんぴょん飛び移りながら、本当に一直線に目的地に向かっているようだ。
俺はというと必死にそんな彼女についていく。
今朝熊を倒した時の要領で、ロリへの想いを心の奥へ押し込め燃やし、歪みを発生させる。そうすることで身体能力は格段に上がり、この忍者のような動きだって簡単にこなすことができる。が、どんなに身体能力が上がっても運動神経は追いつかない。
運動なんて長年していなかったので、時々足を踏み外して落ちそうになったり、滑って転びそうになってはまなに手を引っ張られて助けられる。
そんなことが数回続くと、
「このまま手、繋いで行こうか」
と手を引いてくれる。
女子小学生と手を繋ぐなんて全人類の夢だ。幸せすぎる。
それに、そうしていてくれるおかげでいくらか動き安くなるのも助かる。
「すごいね、まなさんは運動神経いいんだ」
「ううん、普段はそんなことないよ。でも慣れるとこのくらい普通にできるようになる。歪みって本当に何でもできちゃうんだ」
「なんでも、ね……」
変身ができて身体能力が上がって武器を作れる。俺はそれくらいしか目の当たりにはしていないが、歪みのポテンシャルはそんなものじゃないのだと使っていればなんとなく分かってしまう。
ともあれ熱い空気を切って涼しい風を全身に浴びるのは心地いい。ワンピースのスカートからもたくさん風が入ってきて気持ちいいな、これ。それに靴を取りに行った時に桃花さんからもらったパンツのおかげで安心感もある。
ふと下を見ると車なんかよりよっぽど早い速度が出ている。
爽快感が半端じゃない。
「結構遠いの?」
もう飯櫃神社を出て五分ほどが経過している。距離にすると五キロ弱は移動しているだろう。
「うーん、もう少しあるかな」
「そっか……」
まあ、まなと手を繋いで街の上を走るのは気持ちいいので時間のことは一向に構わないのだが、心配なのは歪物になった女の子である。
まだ人を襲ったりしていなければいいのだが。
「歪物って一日に二人も三人も出てくるものなの?」
「そんなことないよ、いつもなら三日に一人でも多い方かな。最近は多い日が続いてるけど」
「三日に一人か……」
正直思っていたよりは少ない。ただこれは俺の想像でしかないが、全国的――ないしは世界的に見ればもっとたくさん歪物は現れているのだろう。こんなアナログな移動方法で世界各地の歪物をまな一人で修正しているとも思えないし。
つまり魔法少女はきっといたるところにいるのだ。おそらく。
「今日みたいな日はすごく珍しいね。終業式の時にも出てきてどうしよーって思ったよ」
「今日は終業式だったんだ」
ということは明日から夏休みなわけか。
「うん。それでさ、今朝の歪物を修正してくれたのはひかりちゃんだよね。本当に助かったよ、ありがとう!」
「あー、いや、流れでたまたまね。ほとんど桃花さんがやっつけたんだけど、上手くできてよかったよ」
「そっか、でも初めてで歪みが使えちゃうなんてひかりさんはやっぱり魔法少女向いてると思う!」
「そうなんだろうね……」
桃花さんの話を聞く限り性癖の歪みが大きいほどポテンシャルは高くなるはずだ。だからもともとおっさんでロリコンの俺が弱いはずはないのだ。自分で言うのもなんだが。
まあそれと命かけられるかは別問題だ。せっかく幼女になったのに――いや、幼女になったからこそ危険な事をして怪我したりしたくない。
「あ、あの子だね……」
まなが止まったので、俺も止まろうとしたが急には止まれず、つんのめって倒れそうになる。が、手を繋いでいたおかげでなんとか踏ん張ることができた。ていうか倒れていたら頭から落ちるところだった。危ない危ない。
ここは四階建てのマンションの屋上だ。
まなが指さしたのは10メートルほど下に見えるマンションの駐車場。通りから見てマンションの裏側に位置するため人気はなく、無駄に高い目隠しの生垣のせいで薄暗い雰囲気がある。
その端でうずくまる少女。紺のジャンパースカートは制服だろう。隣町なのでさすがに見たことのないものだがおそらく中学生だ。
彼女が大事そうに抱え込んでいるソフトボールのようなあれはぬいぐるみだろうか。丸くて白いが泥水に付けたような茶色いシミ汚れが見て取れる。
「あれが歪物? ただの女の子に見えるけど」
そう、少女はどう見ても人間だ。今朝見た化け熊とはまるで違う。ひとつ共通している点があるとすれば全身から黒い靄が漏れるように出ていることだろう。
いや、それだけでもかなり異様な光景ではあるのだが、化物と呼ぶには可愛らしすぎる。
「これからなるよ……」
「じゃあなる前に助けないと」
屋上から飛び降りようとした俺の服を引っ張って止めたまなは小さく首を横に振った。
「もう遅い」
まだ化物になっていないのなら助けられる。そう思ったのだがそうでもないらしい。下唇を強く噛んだまなの表情からは悔しさが滲み出ていた。
きっと救えるのならこの子は真っ先に飛び出していただろう。
「……そう、なんだ」
「うん。もうああなっちゃうと声も届かないんだよ。それに今下手に攻撃するとあの子は怪我しちゃうかも。歪物になってから根源を壊せば傷つけずに助けられるから……」
そう言いながらまなはその場に膝を着いて、どこからともなく出した白い長銃を構えた。やはりおもちゃのような見た目だが今なら分かる、それが凶器であることが。
銃口の先に捉えられているのは、もちろん少女だ。
そしてそんな彼女の様子は先程までとは変わっていた。
苦しそうに身悶えるようになった。
それから間もなくだ、全身から白い毛が突き出すように生える。
毛、というよりはハリネズミの針という方がしっくり来るだろうか。それほど一本一本が長く硬そうだ。
そして絶叫。
「ああぁあぁああぁああぁああ」
化物じゃない。少女としての苦しそうな叫びはマンションの上にいてもクリアに届く。
白目を剥いた彼女の声は徐々に掠れていく。それは声が枯れたからとかそんな生易しい理由のためではない。
膨らみだしたのだ。顔も腕も胴体も脚も風船のように肥大化していく。
ミシミシバキバキと人体の構造と機能が破壊されていく音が聞こえる。
もはや人間の形は留めていない。白い毛の生えた毛玉のような一頭身には手足すらない。白目を剥いた少女の顔だけが唯一元の姿のまま残されている。
そんな化物が一瞬、更に膨らんだかと思うと、勢いよく元のサイズに萎む。
――何をしてるんだ?
そんな疑問を抱いた直後、その答えが襲いかかってきた。
針が射出されたのだ、四方八方に。
銃弾のような速さ――普段なら絶対に目で追うことはできないが今の俺なら辛うじて見える。
速さはあるが精度は低い。というかそもそも誰かを狙ったというよりは無差別な攻撃なのだろう。針の中に俺に当たる軌道のものはない――が、
「まなさんっ!!」
まなには直撃コースだ。何もしなければ頭を貫かれるだろう。
しかしそうはならない。
まなは長銃をバトンのようにくるりと回して銃身で針をあっさりと弾いてしまう。なんでもない事のように。
そして再び構え直す。
俺たちに当たらなかった針は、コンクリートの地面やマンションの壁面には突き刺さっただけに留まっているが、駐車されている車なんかはあっさり貫かれてしまっている。
あれが人体に当たっていたらひとたまりもないだろう。
そして針たちは穴だけを残して黒い靄になって消えていく。
穴だらけなのは駐車場だけではない。歪物本体も無数の毛穴が開きっぱなしになっていて、トラウマになりそうなほどの気持ち悪さがある。
その穴ひとつひとつからもやはり黒い靄が吹き出している。
「ちょっと痛いかも。ごめんね」
溢れんばかりに涙が溜め込まれたまなの眼、その中の瞳が翡翠に光る。水晶玉のような透き通ったそれは、さきほどまでは確かに黒かったはずなのだが。
などと考えている間に落雷のような轟音。
まなが引き金を弾いたのだ。
音の割に反動はわずかなのか、はたまた歪みを使ったまなの体幹が人間離れしているのか、まなのリアクションは銃口が数センチ上に上がっただけである。
放たれたのはまなの瞳と同じ翡翠の銃弾――光弾と言った方がいいかもしれない。
それが歪物に到達するまでには1秒も要らない。
光弾はあっさりと風船に刺さり、反対側から抜けて地面に焦げたような弾痕を残して消えた。
「歪物を倒すには歪みの根源を破壊しないといけないんだよね?」
俺は確かに桃花からそう教わった。桃花は何発かの矢を射ることでそれを探していたが、まなは光弾を一発放っただけである。
「大丈夫。心配しないで」
まなの翡翠の瞳に映った歪物の穴からは先ほどよりもずっと勢いよく黒い靄が噴き出していた。そして、まさに風船から空気が抜けていくように萎んでいく。
初めこそ黒い靄の中にちらちら見えていた歪物の姿が小さくなるにつれて見えづらくなっていき、やがて完全に靄の中に隠れてしまった。
「たお、したの……?」
「うん、実はわたし歪物の根源が見えるんだ。透視みたいな」
そう言って細められた彼女の眼の中で瞳の色は黒に戻っていた。
「それも歪みの力……?」
「うん。でもなんだか特別な力みたい。魔法少女の中にたまに再現が難しい歪みの使い方が出来る子がいるんだって」
「なるほど……」
今のところ何ができて何ができないのかよく分からない歪みだが使用者によって個性も出てくるわけか。
と、歪物を包み隠していた靄が徐々に薄くなると、中に人影が見えてきた。化物ではない、女子中学生の姿。
腰が抜けたように地面に座り込んで、状況が飲み込めないとばかりにキョロキョロ辺りを見回している。
今朝の子は倒した時に気を失っていたが、普通に起きていることもあるのか。
「よかった、ちゃんと助けられたみたい」
まなはほっと息をついて目を細めた。
「これで一件落着、か」
俺は何もしてないけど。
少女は首を傾げながら立ち上がると駐車場の出入口へ足を向ける。
「あれ、忘れてる」
彼女が大切そうに抱えていた白いぬいぐるみ。それが地面に落ちたままになっているのが目に付いた。
俺がそれを届けようとマンションから飛び降りようとすると、まなに手首を掴んで止められる。
「助けた子と関わっちゃいけないって桃花さんに言われてるから」
「ああ、そっか」
そういえばそんなことを言っていたな。
郷に入っては郷に従え、か。
俺も魔法少女の端くれなわけだしここは先輩魔法少女の言うことを聞いておこう。
少女の後ろ姿を見送ってから俺たちはぬいぐるみを駐車場の端で見つけやすい場所に避けてやった。
大切なものなら取りに戻ってくるだろう。
飯櫃神社に帰ると大量のダンボールと桃花が出迎えてくれた。
「おかえりなさい。どうだった?」
「弱かったです。すぐ助けてあげられて良かった」
保母さんのような優しい表情の桃花に、少し得意げで子供のように笑うまなが応える。
確かに一撃で倒してたけど、コンクリートに刺さる攻撃をしてくるようなのが弱い判定なのか。やっぱり恐ろしいな、この世界は。
「そっか。怪我もしてなさそうだね」
桃花は俺らを見て、うん。と頷くと、
「それじゃあこれ運ぶの手伝ってね」
ダンボールを指してそう言った。
歪みの力を使った引越し作業は思っていたよりも呆気なく終わりを迎え、桃花のホットケーキをおやつに食べ終えたあたりでまなは自宅へと帰って行った。
「それで、ひかりさんはどうでしたか? 魔法少女できそうですか?」
スマホゲームをしていると洗い物をしている桃花がキッチンから話しかけてきた。
「正直自信はないですね。まなさんみたいに上手くできる気もしないし」
「そこは慣れですよ、慣れ」
「そうですかね……。でも、何にしても今日まなさんの姿を見ていて思いました。魔法少女はただ歪物を倒す以上の役目を担っているんだって」
少女が歪物になる光景はそれだけでトラウマになりかねないショッキングなものだった。それでも少女を救うために目を逸らさず戦うのだ。あるいは相手がただの悪者で殲滅すればいいだけの存在ならある意味楽に戦えるのかもしれない。しかし歪物はそうではないのだ。
小学生の女の子が背負う使命には酷すぎる。
「……大人として代わってあげられるところは代わってあげないと」
「ふふっ、今はあなただって子供ですけどね」
俺は真面目な話をしたつもりだったのに桃花は軽い調子で返してくる。
「桃花さんって時々空気読めないですよね」
「そんなことないですよお。でもよかったです、ひかりさんがやる気になってくれて」
「まあ、養ってもらうわけですしね」
ははは、と自嘲気味に笑って見せる。
かくして俺の魔法少女としての役目が始まるのだった。
次回は日常回の予定です。




