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初登校しました

「よし、君たちおはよう。久しぶり。夏休み楽しかったか」


 ガラスの扉越しでもはっきり聞こえる快活な声。

 なぜか廊下に立たされている俺。

 もう九月だというのに蒸し暑さが残り続けているので、エアコンが効いているであろう教室に一刻も早く入りたい。

 すっかり慣れてしまったスカートは風が入ってきて比較的涼しいのだが、そんなことでは誤魔化せないくらいこの廊下は暑い。

 それはそれとしてセーラー服ってのは初めて着たけどこれ可愛いな。窓に映った自分の姿を見ながらスカーフの位置を何度も微調整する。


「今日はこのクラスに新しい仲間が加わることになった。陽ノ下、入っていいぞ」

「あ、はい」


 窓に名残惜しさを感じながらもいつまでもここにいるわけにはいかないので、ガラス張りの引き戸をゆっくりと開けて教室へ入る。

 ていうか転校生が廊下で待たされる風習って何なんだろうな。席なんてあらかじめ決まってるんだから座って待っててもええやん。

 まあそれはさておき、教室の雰囲気懐かしいなあ。俺の通っていた学校なんかよりよっぽど綺麗で設備も充実しているけれど。

 コンクリートの冷たさと木の温かさが調和するようなデザインは廊下から教室に入っても変わらない。窓が大きいので外の明かりをふんだんに取り込んでおり、おかげで白を基調としているデザインが際立ってお嬢様学校らしい清らかさを醸し出している。

 教室の前方には黒板の代わりにホワイトボードがついており、どうやら天井に設置されたプロジェクターをここに投影できるらしい。

 すごいなお嬢様学校って。

 俺が教室に入ってホワイトボードの前に移動する間、クラスメイトからの視線が集中する。


「え、すごく可愛い子が来た……」

「髪綺麗」

「芸能人みたいだね」


 と、ひそひそした会話が聞こえてくるのが心地よい。

 俺を入れて三十人の三年一組に男子は九人。窓側二列に固められている。というか追いやられている……?

 まあこの比率だと男女交互というわけにもいかないし、こっちの方がいろいろと都合がいいのかもな。男子だけ孤立するような感じになったら可哀そうだし。いや、女子小学生に囲まれて幸せという見方もできるかもしれないけど。

 ……むしろそれが問題である可能性すらあるか。

 実際男子みんな顔を赤くして俺のこと凝視してるし。

 ニコッと笑いかけてあげると、みんなして視線を逸らす。可愛いって罪だな、ほんと。気持ちよすぎる。美少女ってこんな気持ちなんだな。いやもしかして美男子もこんな感じなのか? まあそれはいいや。


「それじゃあ、陽ノ下。自己紹介してくれ」

「うっす」


 俺は先生に譲ってもらった教卓の後ろのポジションに立って、まず置いてあったホワイトボードマーカーでホワイトボードに『陽ノ下ひかり』と書く。

 うん、字の綺麗さは完全に小学生に溶け込めているな! いや、下手なわけじゃないよ。怪しまれないようにわざとレベルを落としているんだ。

 なんて誰にも届かない言い訳を心の中でしながら正面に向き直ると目の前――最前列中央の席から葉子が手を振ってきており、くっつけられた隣の席からは今日香も会釈してくれた。

 おお、同じクラスだったか。

 ということは……教室を見回してみると中央列の一番後ろには、大人しく座っているまなの姿も見えたのでこちらから手を振ってみる。するとはにかみながら手を振り返してくれた。

 クラスメイトたちはまなと俺、葉子と今日香がどういう関係なのかと気になっているような視線を向けてくるが、お行儀は良いようで俺が話そうとしているのを察してか静かにしている。

 いつまでも静かにしてもらっているのも申し訳ないので俺は小さく息を吸って、登校中に軽く考えておいた自己紹介を始める。


「初めまして。今日からこのクラスに配属された陽ノ下ひかりと申します。ホワイトボードにも書きましたが太陽の陽にカタカナのノ、上下の下でひのしたと読みます。名前はひらがなでひかりです。アニメ、漫画、ゲームが好きなので好きな子がいたらぜひその話題で話しかけてください。他のことでもたくさん話してくれると嬉しいです!」


 最後に、これからよろしくお願いします。と頭を下げるとクラスメイトたちは拍手で歓迎してくれるムードだ。おっさんでも優しく受け入れてくれる素晴らしい世界だ。

 いや、彼らは俺のことおっさんだって知らないんだけど……。


「よし、ありがとう陽ノ下。この座席表にも書いてある通り君はあそこの席を使ってくれ」

「あーい」


 渡された座席表によると、窓側から二列目、その一番後ろの空席が俺の席だそうだ。一見不自然な位置だが一番窓際の後ろだと男子と窓に挟まれてしまうから気を使って用意してくれたのだろう。

 個人的には主人公っぽい窓際が良かったが、おかげで通路を挟んだ隣がまななのは嬉しいな。

 クラス中の視線を小さなこの身に集めながら移動し、本革のランドセルを机の横に引っかけて指定された席に腰をおろす。


「よろしくね」


 とりあえず隣の席の男子にご挨拶。座席表によると山田というらしい。机がくっついているので一日を最も近距離で過ごす子になるのだろう。まあ机が大きいからあんまり近い感じはしないけれど。

 そういえばこうやって二個セットで机並べるのって小学校だけだよな。


「おう」


 山田はつんつん頭でいかにもスポーツやってますって感じの子だ。足は速そうだしモテるんだろうなあ。

 それにしても鼻にばんそうこう貼ってるのなんてアニメキャラクターだけだと思ってたけどこんな子本当にいるんだな。

 そしてこの子はクラスの男子で唯一俺と目がばっちり合う。他の子はみんな人見知りみたいに顔を逸らすのに。

 小学三年生くらいにはもう男子は女子のこととか意識し始めてる頃なのかな?

 いや、単にあんまり仲良くしてるとすぐからかわれたりするのかも。俺の時はそんな感じだった気がするし。

 一方女子はというと小学生でもそういうのにはもう積極的なようで、山田と言葉を交わした直後から数人に睨まれているような気がするのは気のせいではないだろう。

 いや、ちょっと話しただけやん。そんな敵対しないでください……。

 山田君はモテモテで羨ましい限りだ。

 いつまでも山田を見ていると転入初日に刺されそうなので、視線を逸らす。

 前の席の子は眼鏡をかけていていかにもオタクって感じの子だ。名前は加藤。ちらちらこちらを見ていたようで一瞬目が合った。すぐ逸らされたけど。

 偏見かもしれないがゲームとか好きそうだし俺に興味を持ってはくれているのかもな。

 そして通路を挟んだ右隣がまなだ。


「隣の席なんてラッキーだったね」

「うん。学校でもよろしくね、ひかりさん」


 あー、制服まな最高だな。例のうさ耳リボンのカチューシャも着けてくれているし。柔らかい表情には実家のような安心感すら覚える。


「花藤は陽ノ下と知り合いか? 女子同士の方が話しやすいだろうし、いろいろ教えてやってくれ」


 まなが「はい」と返事をした相手は担任の安藤先生だ。もともとの俺と同い年くらいだろうか。綺麗な逆三角形のマッチョで紺色のジャージを着ている。登校時に職員室で話した時から思っていたが、よく言えば面倒見がいいタイプで悪く言えば暑苦しいタイプの人間だ。まあまだあったばかりだから詳しくは分からないが悪い奴ではないだろう。

 そういえば葉子がかっこいいとか言っていたが、容姿でいえば特別かっこいいということはない。不細工というわけではないので平凡といったところか。

 ただ小学校教師なんてやっているからにはそれなりに頭は良いだろうし、筋肉もあるから彼女の一人や二人いてもおかしくはなさそうだ。実際どうだかは知らないしあまり興味もないけどな。


「よしじゃあ今日は始業式があるからチャイムが鳴ったら廊下に並べー。それまでは荷物の整理とかしとけな」


 安藤先生がそう言って教員用の席に座ると教室がざわつきだす。長い夏休みが明けて積もる話がたくさんあるのだろう。葉子も真っ先に先生の方へ駆けて行ってまとわりついており、今日香もそれについていっている。


「葉子さんっていつもあんな感じなの?」

「あはは……、そうだよ」

「あの子絶対性格で損してるよね……」


 そういえば転校生ってもっとクラスメイトに囲まれたりするイメージがあるが、案外そうでもないな。みんな興味はあるのかたまにこちらを見てはいるが話しかけては来ない。まあそのうちいくらか溶け込んではいけるだろう。多分。

 幸いにもこうしてまなとは話せるわけだし。

 いや、それにしてもだ。なんだこの状況。

 俺には誰も集まってこない。それは純然たる事実だ。

 それなのになぜ、隣の山田にはこんなにも人が集まっているんだ。男子全員集まってるが?


「山田夏休みで焼けたなあ」

「お、そうかな? 海とか行ったからかな?」

「山田は夏休みどうだった?」

「おう、楽しかったぞ。佐藤は?」


 そんな具合に大人気な山田には嫉妬しちゃうね。

 彼とは正反対のタイプに見える加藤も、眠たそうにしながらも楽しそうに輪に入っているし、人数が少ない分男子同士の仲はかなりいいのかもしれないな。


「すごいねえ、山田君って。みんなに好かれてるんだ」


 まなに小声でそう言ってみる。男女問わず好かれているのって本当にすごい。俺のコミュ力じゃそんなの絶対無理だもん。


「んー、そうだね。でもいつもはこんなに集まってなかったと思ったけど……」

「ま、夏休み明けだしみんな人気者と話したくもなるよね」

「多分そうじゃないと思うんだけどなあ」


 なぜか解せないという顔をしたまなは椅子を俺の方に持ってきて身体を寄せてくる。肩と肩が触れ合うくらいに。相変わらず近いなあ、距離感。

 そしてさらになぜか勝ち誇ったような笑みを浮かべてそれを男子に向ける。


「そういえばひかりさんは他の子と話したりしなくていいの?」


 なんでその質問で急に頬を引きつらせて苦渋に満ちた顔してんの?


「まあいいよ。どんな話をすればいいのかもよく分からないしね。こうしてまなが話し相手になってくれてるし」


 おっさん、小学生とまともにコミュニケーション取れる気がしてないんだわ。正直。


「そっか」


 いやなぜそこで嬉しそうにする?

 やはり分からんな女子小学生。

 ていうかもしかしたら男子とならもっとまともにコミュニケーション取れるのでは……?

 と男子の方へ視線を巡らすと――


「え、それってすたふぁんのやつじゃない!? 加藤君知ってるの!?」


 加藤のペンケースに付けられたアクリルキーホルダーが目に留まった。キャラクターなどではなく七芒星の魔法陣が描かれたそれは、一見ゲームのグッズには見えないが正真正銘『すたあふぁんたじあ』というゲームのものだ。オタクの間ではかなりメジャーとはいえいわゆる美少女ゲームなのでまさか小学三年生が知っているとは驚きだ。


「そ、そうだけど。陽ノ下さん……だっけ? よく知ってるね。ていうかよく分かったね……」

「知ってるも何も大好きだよ。それこそ魔法陣だけでも分かるくらいにはね」

「マ、マジ? どれやった!? 誰が好き!? どんなところが好き!?」


 眠たそうだった加藤はパッと目を見開き、俺の机に手をついて身を乗り出してくる。小学生でもオタクらしい反応するものだな。


「シリーズ全部やったよ。好きなキャラクターはツヴァイたそで、意外とアクションが本格的なところが好きかなあ」

「ぜ、全部!? すごいね。アクションいいよね、ズドドドって感じでドーンって感じ」


 大興奮のせいか、それとも単に小学生だからか、語彙力が酷いことになってしまっているが、言いたいことはとてもよく分かる。


「でもツヴァイはないなあ。だってガキじゃん」

「な、なんだと!? ツヴァイたその魅力が分からないとかお前一体すたふぁんの何をプレイしてい――と、失礼。じゃあ加藤君は誰が好きなのかな?」


 いけないいけない。小学生に対して何を熱くなっているんだ俺は。

 まあ、ツヴァイたそはロリキャラだし加藤には少し早かったかな。うん、きっともう少し大人になれば彼女の魅力が分かるようになってくるはずだ。そうでなければ今度こそ正座させて十時間ほどツヴァイたその魅力を教え込んでやる。


「俺はヴォルカしかありえないな。かっこいいし強いし」


 あー、そういう。ヴォルカといえばすたふぁんの主人公だ。


「ヴォルカ熱血系でかっこいいもんね。……でもさ、そのオレンジの魔法陣ってドライのやつだよね」


 すたふぁんはキャラクターによって魔法陣の色が違うのだが、加藤がペンケースに付けているキーホルダーに描かれた魔法陣はヴォルカの赤ではない。


「よ、よく知ってるね……。ま、まあドライもそこそこ好き、だから……」


 急に歯切れ悪いな。もしかして恥ずかしいのか? 可愛いな。


「そっかあ、加藤君ってドライみたいな子が好きなんだあ。へぇー」


 大人気なくからかっておくと、「う、うっせ」と加藤は顔を逸らした。

 ちなみにドライはいわゆるお姉さん系のキャラでスタイル抜群の巨乳。納得いかないが前作発売時にやっていた人気投票では一位になっていた。俺のツヴァイたそは九位だ。許せん。


「な、何の話だ?」

「まさか加藤に後れを取るとは……」


 ふと男子の視線が集まっているのに気づかされる。ああ、そっか。なんだかんだ男子も俺と話したくて山田の周りに集まってたわけね。

 ふふん、イケメン山田に勝った気分だぜ。

 ……って小学生と張り合ってどうするんだ俺は。


「ひかりさんひかりさん」


 まなが隣から控えめにそう声を掛けてきて俺の肩をとんとんと叩く。


「どうしたの?」


 ……どうしてそんなにむっとしてるの?

 俺が加藤と話している間に何かあった?


「わたし、お花摘みに行きたいな」


 お花?

 ああ、トイレね。そんなお嬢様言葉使う人間が現実にいるとは。


「うん、了解」


 わざわざ報告しないで行ってくれていいのに。まあ不慣れな俺を一人にすることになってしまうからと気を使ってくれたのだろう。


「おトイレに行ってくるね」

「ん? いってらっしゃい」


 なぜわざわざ言い直したのか。


「むぅ……、行ってくるね」


 まなはなぜか不満そうに立ち上がると教室を出ていく。

 なんか今日のまな機嫌悪くない?


「怒らせるようなこと言っちゃったかな……?」


 男子一同に問うてみるもみんな首を傾げるばかりだ。


「ていうかそのすたふぁんっていうのはよく分からないけど、陽ノ下って本当にゲームとかやるんだな」

「嘘だと思ったの? 君たちが好きそうなのも結構やってるよ」


 ふふんと胸を張って答える。ゲーム好きで胸を張れるのは小学生の内だけだ。

 その後チャイムが鳴るまで男子たちとゲームの話で盛り上がった。やっぱりこっちのが居心地良いな。向こうからも「陽ノ下は話しやすい」というイメージを持ってもらえたみたいだし何よりだ。



 始業式で長い校長先生の言葉を聴いて、俺の登校初日は午前中に終わった。

 飯櫃神社への帰り道ではまなが腕を組んで密着してきたのでとても歩きづらかった。しかも相変わらずちょっと不機嫌そうな無言で。一体何だったんだろうか。

 まあ、さておき、男子とはまともに話せるようになったし、楽しい学校生活を送れるんじゃないかという予感がする。


 ちなみにそれから三年一組の男子の間ではすたふぁんがちょっとしたブームになった。

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