リボンを買いました
「筆記用具一式よし、お道具箱よし、ノートとかよし、その他諸々よし!」
大きい割に軽い紙袋を覗きこんで、『編入にあたって用意するもの』と書かれたプリントと照らし合わせながら確認する。
「全部そろったね」
まさか大人になってこんな買い物をするとは夢にも思わなかった。お道具箱とかそんなのもあったなあって感じだし。
制服とかランドセルとか学校指定のものは今日の夕方に届くらしい。夏休みも最終日だというのに、サイズとか合わなかったりしたらどうするつもりなのだろうか。
いや、とはいえ編入自体が急に決まったことなのにすぐ用意してもらえるのはありがたい限りだが。
「今日は付き合ってくれてありがとうね、まなさん」
「ううん、ひかりさんとお出かけできて嬉しいな」
チーズバーガーの包装を丁寧に開いているまなは本当に楽しそうでなによりだ。
ただ俺の買い物に付き合っているだけなのに何がそんなに楽しいのだろうか。お礼に奢ったチーズバーガーが相当好きなのかもしれないな。
ふむ、よく分からないが確かに女子ってそういうとこあるイメージあるな。
「本当は葉子さんと今日香さんも一緒に来られれば楽しかったかもなんだけどね」
今日香さんは家族と出かけるとかで、葉子さんは母親に宿題が終わるまで外出禁止を言い渡されいるらしい。小学生も大変だ。
それにしても半月前に初めて会って以来4人で遊ぶことが多くなったからふたりだと静かすぎる気がしてしまうな。
「みんなでも楽しいけどね。たまにはふたりでいい、かな……」
「それもそっか。こうして落ち着いて話せるのはふたりの時だけだもんね」
賑やかなのは嫌いではないが、ずっとだと疲れてしまうしな。その点まなは落ち着いているし一緒にいて比較的疲れない。距離が近いのはちょっとアレだが。
ポテトを一本口に放り込んで、コーラで流し込む。ジャンクフードって最強だな。
「明日から学校かあ」
「ひかりさんは学校嫌い?」
「うーん、どうだろ」
通っていた当時は毎日行きたくないと思っていた気がするが、今にして思えばそんなに悪い場所ではなかったのではないだろうか。小学五年生の時に3か月程不登校だった時期があったがそれも学校そのものが辛かったからではない。あまり思い出したくはないが。それはさておき、中高だって特別青春らしいことはしていないが良くも悪くも普通だった。
好きではないが嫌いではないといったところだろうか。
「わたしは好きなんだ」
「あー、っぽいよね。まなさん真面目だし」
「ふふっ、そうかな」
まなもポテトフライを一本食べてから、指についた油を丁寧に拭いている。
もともとの俺ならビッグバーガーのセットでも足りないくらいだったが、今はチキンバーガーを一個とポテトのMサイズをふたりで一つ食べれば満足できてしまうのだからコスパの良い身体だ、本当に。
「……まあでも俺も楽しみだよ。学校なんてすごく久しぶりだし」
まなたちと学校に通えるなんて夢のようですらある。それだけで学校好きになっちゃいそうだもん。
「久しぶり……?」
あ、今のは失言だったか。と首を傾げるまなを見て気づく。
「あ、いや、夏休みだったから――」
「ご、ごめんね。一緒に楽しい学校生活にしようねっ!」
とっさに否定しようとした俺の言葉を遮ったのは、はっと何かに気づいたようなまなの優しい言葉。小学生があまりしてはいけないタイプの同情したような大げさな笑顔が突き刺さる。
ただでさえ良くない家庭の子供であるという誤解が解けていないというのに……。
「そ、それより午後はどうしよっか?」
あ、話を逸らされた。
今からわざわざ否定するのもむしろ怪しまれそうだし今回は諦めるか……。
「まなさんはどこか見たいお店とかない? 午前中は買い物付き合ってもらったし、ひかりはもう大丈夫だから」
「うーん、そうだなあ……」
そういえばなまが好きなものとかあんまり知らないな。強いて言うならこの間貸した『お姉様との甘美な蜜会』は気に入ったみたいだ。貸した翌日にはこっそり下巻と入れ替わっていた。
いや、小学生が気に入っていいものではないのだけれど。てか何がそんなにお気に召したんですかね。まあ小学生だし内容というよりは絵が可愛かったとかそんなところだろう。知らんけど。
「ちょっとアクセサリーとか見てもいいかな?」
「もちろんいいよ。欲しいアクセサリーがあったりするの?」
「ううん、好きなの。特にヘアアクセサリーとかたくさん集めてるんだ」
そういえば初めて会った日にクローバーのヘアゴムをもらったな。今日もそれで髪を結ってもらったけれど。
その時に見たポーチの中には確かにたくさんのヘアゴムやらピンやらが入っていた気がする。それにまなのツインテールもいつも違うヘアゴムで結われているしな。今日は流れ星のような石のついたヘアゴムだ。
少女らしい可愛い趣味だな。
「よし、じゃあ食べ終わったら行こうか」
「うん、ありがとう」
午後はまなに手を引かれるままアクセサリーの店やら服屋やらを見て回った。まながアクセサリーをキラキラした目で見ているのを後ろで眺めていたが、とても楽しそうで何よりだ。
「今まであんまり意識したことなかったけど、こういう店って結構あるもんだね」
駅前に集まっている商業施設。ここには映画館なんかもあるからよく来るのだが、俺は服なんてウニクロでしか買ったことがないので、女の子が好きそうな店がこんなにあるだなんてまるで知らなかった。
「えー、意外かも。ひかりさんおしゃれだから。今日のパーカーもかわいいし」
「これは貰い物だから……」
それも顔も見たことないネットのおじさんたちからの。
それにしても分かってるな、まなは。今日のパーカーは特にお気に入りで、白ロリィタ風のフリルパーカーだ。薄手だから天使の羽根のようにフワフワしていて、夏でも暑くないのがポイント高い。
女子にはあざといとか思われるかなあ、なんて思ったけれど俺もプレゼントしてくれる人もおっさんだから仕方ない。おっさんは分かりやすい可愛さが好きなのだ。(俺調べ)
あざとかろうが何だろうが可愛いは正義!
「わたしもかわいいお洋服欲しいなあ」
「ま、この歳なら洋服買ったってすぐ身体が大きくなって着られなくなっちゃうよ」
まなが可愛い服を着る姿なら無限に拝んでいたいが、すぐ着られなくなるものを買うのはもったいない気がしてしまう。
「むぅ、お父さんみたいなこと言うんだね……」
「お、お父さん……」
そんなにおっさん臭かったか!?
まなは珍しく頬を膨らませて怒っている。
「わたしは今かわいいお洋服が欲しいのです」
「そ、そうなんですね」
う、うーん、分からん。いや、可愛い服を着たいっていうのは分かるが、そういうのって高いしどうせすぐ着られなくなるならとりあえず間に合わせでもよくないか?
小学校の制服だって可愛いし。
いや、良くないからまながこうしてむくれているんだろうけど。
「あ! これとかまなに似合いそうじゃない!?」
俺は見ていた棚から、先ほどから少し気になっていたカチューシャを手に取る。
その真ん中にはピンと上に伸びた、いわゆるうさ耳リボンが付いており、まながこれをぴょこぴょこさせながら歩く姿が可愛くないわけがない。勝ち確定みたいなところがある。
カラーが白なのも清楚感があってとても良い。これをもって圧勝待ったなしだ。
誰と戦っているのかは謎だが。
「そ、そうかな……?」
「うん、間違いない」
まなはとりあえずといった感じに俺が手渡したそれを受け取ると頭に付けて見せる。
「ど、どう、かな?」
「…………」
「いまいちだったかな……?」
不安そうな上目遣いでこちらを見てくるまなの頭上で、リボンが彼女の感情を表すようにお辞儀している。
「……よし、買おう」
もはや考える必要なんてない。
「え……?」
「まなさんがこれを着けることで、ただでさえ可愛いのにその可愛さが世界を震撼させて大地震が起きる可能性まであって、現実的なところでいくと2秒後にはアイドルにスカウトされて来週には世界的大スターに上り詰めることは確定といっても過言ではない。それでもって可愛さ故に人間国宝になって、なんならその可愛さが原因で世界大戦に発展してしまうんじゃないかって危惧してしまうほどには魅力的ってわけ。つまりこれを今俺が購入してまなさんにプレゼントすることは義務なんだわ。って言ったんだよ」
「うーん、ちょっとよく分からないけど、そうは言ってなかったよね?」
「そうだったっけ?」
まあ、そんなことはどうだっていいのだ。俺だって何を言っていたのかよく分かってないし。
と、まなの頭から丁寧にカチューシャを取ってあげてレジに持っていく。
「え、買ってくれるってこと? そんなの悪いよ」
「遠慮しなくていいよ。この間これもらったお礼だと思ってよ」
と俺のツーサイドアップの右側の結び目を触って見せる。そこにはクローバーのヘアゴムがある。
「あ、それともあんまり気に入らなかったかな?」
どんなに似合っていても本人が気に入っていないものをプレゼントすることに意味はない。もったいないけど。それに買う前に気づけて良かった。
「ひかりさんがかわいいって思ってくれるなら、欲しいなって思うけど……」
つまりまなは自信がなかったってことだな。何を着たって似合わないわけはないんだからもっと自信もっていいのに。
「うん、じゃあ買おう。よく似合ってるし世界で一番可愛いよ」
まあ何にしてもこれを買ってあげられなかったらそれは世界の損失だ。そうならなくて本当に良かった。
「だ、だってそれ二千円もするから……」
誉められたのが嬉しかったのかまなは頬をぽっと染めた。それでも俺のことに気を使ってくれるのはまならしいな。
「あ、ああ、値段のことなら気にしなくていいよ」
それにしても小学生の金銭感覚だと二千円は『も』になるのか。いや、大人だってリボン一つに二千円かって感覚がないではないが、仲のいい友人へのプレゼントに二千円なら安いもんだ。
「……ありがとう」
「うん、よかったら着けてね」
「毎日着けるよ」
俺が会計を済ませて、微笑むまなにカチューシャを改めて渡すとすぐに着けてくれた。
うん、ツインテールとうさ耳リボン。属性過多と思わせといて意外とケンカしない。やはり素晴らしい。
――と、その頭にピコンとアホ毛が立つ。
カチューシャの後ろ側に。
この光景は見覚えがある。まなが歪物の出現を感知した際にそうなる、いわば歪物アンテナだ。
せっかく楽しく遊んでいたのに……。
「近い?」
「うん、かなり。この建物の上の方かな」
まなも俺も表情は一変して、真剣なものになる。
「分かった。急ごう」
まなの背中を追って階段を駆け上がる。
夏休み最終日とはいえ平日なので空いているのは不幸中の幸いだ。それでも、人がいないわけではないので、その間を縫って進む。いまや俺も歪みをそこそこ使いこなしているのですいすい進むことができるのだが、やはりまなにはついていくだけで精いっぱいなところがある。
どれだけ凄いんだ、この子は。
この間の薔薇の歪物くらいならササッと片付けてしまうのではないだろうかと思わされるな。
それにしても上の方か。ちょうど地下まで降りていたのはついてなかったな。
と、3階あたりまで上がったところで俺にも歪物の気配が感じられるようになってくる。確かに上の方だ。歪物がいるのは屋上か……?
7階まで上って自動ドアの先の連絡橋を走り抜ける。今までいた本館7階の屋上はイベントスペースになっているが、今日は何もないようで立ち入り禁止のコーンが立っている。俺たちが向かっているのはそちらではなく連絡橋で繋がっている隣の建物――駐車場だ。
こちらも本館と同じで6階建てで屋上があるのだが、混雑時ならともかく今日は屋上に車を停めている客はほとんどいないようでただただ広いだけのスペースになっている。人の姿もほぼない。
「うわ、眩しっ」
煌々と照りつける太陽はてっぺんよりわずかに西に傾いており、屋根のない駐車場に出るとその陽光が突き刺さる。
それでも俺が目を閉じられなかったのは黒い靄を纏った少女の姿が、高さ2メートルはあるフェンスの向こう側に見えたからだ。地下の食品売り場の制服とエプロンを身に着けているが、文字通り身の丈に合っていない。中学生くらいの身体つきなのに制服は成人男性が着るような大きさ、明らかにサイズがあっていないどころかあれでは歩くことすら一苦労だろう。
しかしそんなこと今はどうだっていい。
「危ないっ!」
叫んで駆けたのはまなだ。地面を蹴って丁度そこにあった車を蹴ってフェンスを越える。
飛び降りたのだ、少女が。屋上から。
完全に歪物になっているのならばきっと無傷で済むだろうが、彼女はまだ人型を保っている。今ここから飛び降りたらどうなるか分かったもんじゃないぞ。
と、俺もまなの後を追うのだが、間に合いそうにはない。まなだって間に合うか怪しい――と屋上の淵に寝ころぶ体勢になって下に手を伸ばしているまな。
ワンテンポ遅れて追いついてその手の先を確認するが、誰もいない。
代わりに、落下する少女の姿が小さくなっていくのが見える。長い髪がバサバサと激しく風に煽られている。
俺はそれを追って飛び降りる。高さは三十メートルといったところだろうか。普通のマンションでいう6階建てよりはるかに高い。でもきっとこの高さなら歪みを上手く使えばちょっと痛いくらいで済む。
けのびの姿勢で身体を伸ばしてできるだけ空気抵抗を受けないようにする。それで少しでも速くなればと思ったのだが、とても追いつけそうにない。
それどころか少女から吹き出る靄は一気に増し、ほんの一瞬の間に彼女の姿を完全に隠してしまった。
直下を覆う靄の中から、何やら黒光りする塊が飛び出し、滑空するように上昇していくのが見えた。刹那の出来事でその正体までは分からなかったが、おそらく少女が歪物に変化したのだ。
こんなに早く変化することもあるのか……。
ともあれこのまま地面に叩きつけられてしまうよりはこっちの方が良かったのかもしれないな。
と落下するままに靄に突っ込んだ俺は、体勢を変えるのは時間的にも厳しそうなのでけのびの姿勢のまま地面に手をつく。ピリリと痺れるような痛みが全身に響いたがそれもすぐに消えていく。なので気にせずそのまま勢いを殺すようにハンドスプリングを繰り返して受身を取る。
我ながらアクション映画みたいな動きだな。まあ歪みの硬さありきの受け身だけれど。普通ならぺちゃんこ待ったなしだ。
……ていうかめっちゃ目立ってないか?
通行人が足を止めて俺の事を見ている。なんか拍手してるのもいるぞ。
店舗前のここはよく大道芸人とかがいるからかな。俺もそういうのだと思われているのかもしれない。
だが今はそんなのに構っている暇はない。空を見上げると鳥が飛んでいる。正確には分からないが上空五十メートルくらいのところだろうか。鴉のように真っ黒な鳥。その大きさは翼を広げると優に5メートルはありそうだ。
そして歪みで強化された視力で見えるその首から上は人間のものだ。それも美少女。
いわば人面鴉。なんとも不気味だ。
高いところを飛んでいるので、普通の人にはめっちゃ大きい鳥がいるというくらいの認識しかできないだろう。実際「あの鳥すごく大きいね」「本当ね、なんて鳥かしら」などという会話が聞こえてきてはいても大騒ぎになることはない。
鴉は空をグルグルと旋回しているようだが、どこかへ移動する気配はない。
目的はこの周辺なのか?
だとしたらいつ攻撃がくるか分からないぞ。
ひとまずまなと合流しようと建物に入って再び階段を駆け上がる。その途中――5階に到達したあたりで腹の底に響くような爆発音が鳴る。方向は上、屋上の方だ。花火にも似たその音は、ド、ドドド、ドドドドッドドンと十発ほど不規則に連続して鳴ると収まった。
このタイミングでこの音、十中八九鴉からの攻撃だろう。
変身しながら屋上へ戻るとまなは緑の軽装鎧を身に着けて白い長銃を空へ構えていた。翡翠色に光らせたその瞳が捉えているのは天空を旋回する人面鴉だ。近くで見るとより不気味なそいつが翼を広げたままギュルンと横回転をすると、黒い羽根がこちらめがけて一直線に飛んでくるのが見えた。一本じゃない。十三本が扇状に広がりながら降ってくる。
誰かを狙っているというよりはこの建物を無差別に攻撃しているような攻撃だ。一体何がしたいんだ……?
まなはそれを見た瞬間、虚空に向けて一発だけ発砲する。
銃口から飛び出た翡翠の光弾はほんの一瞬空中で停止したかと思うと、合わせ鏡の間に入れたかのように十三個に分裂し横に整列する。そしてそれらが一発に付き一本の羽根に向けて再び撃ち出された。
羽根と光弾がぶつかると、例の激しい爆発音の正体――大爆発が起きる。爆発地点は十メートルほど離れているにも関わらずここまで爆風が届く。これは歪みがあっても巻き込まれればただでは済まないだろう。
爆発の原因はおそらくまなの弾丸ではない。羽根の方だ。
羽根が爆発するとか恐ろしいな。何としてもあれを建物に落とすわけにはいかない。
さらに一発。こちらは分裂しない弾丸をまなが放つ。狙いは鴉本体だ。
高速で飛ぶ鴉に対しても軌道は正確。空に遮蔽物はないので一直線に弾丸が鴉の胸を貫――かない。
「っ!?」
「硬い……」
羽根と接触すると火花を散らして弾丸の方が弾かれたのが見えた。
最近こんなのばかりだな。
まなも八の字に眉を寄せて困り顔をしている。
「ひかりさん、ちょっとの間あの子の羽根防げないかな?」
まながそう言うのとほとんど同時に鴉は横回転――羽根を飛ばしてくる。
「……やってみる」
とは言ったもののいつもの小太刀ではとてもじゃないが無理だ。距離が近すぎて爆発の被害は防げない。投擲はありかもしれないがそれならばもっと合理的な武器がある。早い話まなや桃花のように飛び道具を使えばいいのだ。
歪みを使えばそのくらい簡単に創り出せることだろう。しかし即興でそんなものを使いこなせるだろうか。正直歪みの力を使っても正確な射撃をできる自信はない。
ではどうするか。
返事をした時点で一応考えた手段がある。
まなは膝をついて祈るように胸の前で手を組んでいる。歪みを使って何かをしようとしているらしい。
「上手くいくかなあ……」
俺が左右の手に創り出したのは、散弾銃。銃には詳しくないがこれもやはり昔アニメで見たものを参考にして創った。実弾を使うわけではないので構造なんかそこそこのイメージでも割と上手くいくのは歪みの便利なところだ。
ちなみに参考にしたアニメというのがサイバーパンクな世界観だったこともあり、真っ黒で無骨なデザインだが今は見た目なんて気にしている余裕はない。こうしている間にも羽根は迫ってきているのだ。
左右同時に空に向けて引き金を引く。
まながやった撃ち出してから弾を増やすような器用な真似は今の俺にはできないが、散弾銃はその名の通り小さな弾を散らして発射する武器だ。一発一発の威力は高くないが、おそらくあの羽根は少しの衝撃でも爆発してくれるだろう。少なくともあれ自体が地面に衝突するだけの衝撃では爆発するはずだから。
してくれなかったらどうしよう……。
と不安になりながらも何度も引き金を引いて散弾を乱射する。
いわば弾幕。点で狙えないなら面で捉える。
一発一発が橙色の光沢を放つ俺の弾丸はその数故に壁にさえ見える。
「よしっ!」
弾丸の壁の向こう側でけたたましい爆発音が連なったが、羽根がこちらへ抜けてくる様子はない。どうやら全部防げたらしい。
そしてどこにも当たらなかった、あるいは鴉本体に当たって弾かれた弾丸は黒い靄になって消えていく。
「ありがとう、ひかりさん。おかげで準備できたよ」
と真剣な顔で言ったまなが寄りかかるように撫でているのは大砲。白と黒のデザインは相変わらず玩具っぽさがあるな。
その砲身は俺がすっぽり入れてしまいそうなほど大きい。確かにこれなら威力は十分かもしれないな。
「ごめんね……」
まなは小さな声で空に謝ると、直後に先ほどまでとは異なる空気を割るような爆発音を響かせる。翡翠色の砲弾が放たれたのだ。これがボーリング玉より二回りほど大きい。
しかし、羽根は放たれれば一直線にしか飛ばなかったが、鴉本体はそうではない。
鴉は急減速すると、上昇して宙返りするような軌道で回避行動をとった。
「外れたっ!?」
砲弾はさすがに連射が効かないらしく、まなは二発目を撃たない。
「大丈夫……」
その代わりに真剣な顔でじっと砲弾を見ている――と、弾が曲がった。それも鋭角に。
もちろん風に煽られとかそんな自然な曲がり方ではない。
そして見事に命中。鴉の胸を下から突き上げるような一撃。鴉は次の瞬間には力なく落下を始めていた。黒い靄を噴き出しながら。
「ちょっと集中しすぎたかも」
まなは、はぁーと深く息を吐いて、ぺたんとその場に座り込んでしまう。
「お疲れ様」
と労いの言葉を掛けるが、今は寄り添ってあげられない。俺は再びフェンスを飛び越えて空中に身を投げる。まさか一日に2回も屋上から飛び降りる日がくるとは夢にも思わなかったよ。
そして黒い靄の尾を引きながら落ちてくる少女を空中でキャッチしてそのまま落ちる。今度はしっかりとキャッチすることができた彼女は、まつ毛が長くて綺麗な顔立ちをしている。気を失ってはいるが無事ではありそうだ。
それは良かったのだが――これ、着地どうするの? この子抱えてるとさっきみたいなアクロバット受け身もできないよね……?
――まあでも大丈夫。歪みがあれば死にはしないさ。
「ふんぬっ!!」
美少女が出していい系ではない声を出しながら、両足をしっかり着いて潰れないように踏ん張る。よし、何とか腕の中にいる少女は守りき――なんかでかくね?
キャッチした時には俺より少し大きいくらいだったはずの少女が、なんだか異様に大きくなっているように感じるのは着地の衝撃で手の感覚がおかしくなったからだろうか……?
と、顔を覗き込むとおっさんじゃねえか!!
着地の時より遥かに大きな衝撃のあまり投げそうになった自分の手をなんとか抑えて、ゆっくりとその場に寝かせる。
まつ毛の長い美少女だったはずが、青髭の中年おっさんになってるんだが?
ま、まあおっさんだろうが美少女だろうが無事救えたのならそれは良かった。おっさんも被害者であることには間違いないしな――
――違和感を覚える。
おっさんに対してではない。別の歪物の気配が消えないのだ。
今回はこのおっさんを修正したからこれにて歪物の件は解決となるはずだった。
「まさかもう一人……?」
しかもかなり近い。
顔を上げて周囲を見回してみるも、いるのは目を見開いてこちらを凝視する通行人だけだ。そらあれだけドンパチしていた屋上からコスプレ美少女が落ちてきたら注目もされるか。俺でもする。
化物の姿なんてもちろんのこと、黒い靄だって見当たらない。そもそもそんなのがいれば俺なんかよりそっちの方が注目を集めそうだし、もっとパニックになっていることだろう。
パァンと銃声が響く。これは屋上から。
まなによるものだろう。発砲音から察するに大砲ではなく、いつもの長銃だと思われる。
俺の眼前スレスレを通り過ぎた翡翠の光弾は、野次馬の中の一人である黒パーカーのフードを目深に被った少女――いや、少年か? 小学生くらいだと体形で判断つかないな――の額にヒットする。
「っ!?」
弾が止まった……?
バチンッという衝撃音を上げて。
しかし少女は平然と立ったままでのけぞりすらしない。
確かに弾丸は当たっているように見える。しかし歪物を倒す弾丸がただの子供の額を貫けないはずはないのだ。明らかにおかしい。
気配の正体はこの子ってことで間違いなさそうだ。そうでなければまなは撃ったりしないだろう。
しかし反撃してくるような様子はない。歪物の動きとしてはあまりに不自然だ。
「……君は歪物なのか?」
人型をしているしもしかしたら、なんて思って会話を試みる。
ちらりと屋上を見ると、まなは銃口をこちらに向けてはいるが追撃はしない。一発目が通らなかった上、敵対してこないから様子を見ているのだろう。
「うーん、いまいちかなあ」
子供は俺の質問なんて完全無視で自分勝手にそう言うと、黒い靄を自らの手から噴き出してそれに飲まれるようにして消えた。跡形もなく。
同時に歪物の気配も感じられなくなる。
「……すげぇな。瞬間移動的な?」
ていうか本当に歪物なのか? 会話にはならなかったが言葉もはっきりしていたしどちらかといえば魔法少女っぽい感じもしたが。
「ひかりさん、大丈夫!?」
声は上方向からだ。
空から女の子が!! とまなが屋上から落ちてきたわけだが、着地の直前にふわりと減速して野次馬の間に華麗に着地し、うさ耳リボンを揺らしながら駆け寄ってくる。
え、そんな着地ができるの? 俺もやりたいが?
「何ともないよ……。なんだったんだろう、あの子」
「よく分からないけど、すごく危険な歪みの感じがしたの」
「危険な歪みねえ」
歪みを割と正確に感知できるまなが言うのならそうなのだろう。
「まあともあれフードの子はいなくなっちゃたし一件落着かな」
「うーん、わたしももう歪物の反応感じられなくなっちゃたしどうしようもないね。そろそろ帰ろっか。疲れちゃった」
「そうだね、ひかりも疲れた」
ていうかこんなにもたくさんの人にいろいろ見られてしまったけれど問題になったりはしないのだろうか……?
そんな俺の心配をよそに野次馬たちの興味はすぐに移ろう。今はみんなして西の空を見上げていたので俺もそちらを見ると、雨も降っていない青空には大きな虹がかかっていた。
「見て見て、まなさん。綺麗な虹だね」
ま、記憶操作的な話は問題ないか。よく分からんけどメンインブラックみたいなのがいるみたいだし。
「ああ、あれね。歪みを使えない人が見るといろいろ忘れちゃうらしいよ」
まなはさらっとそんなことを教えてくれた。
え、あの虹がメンインブラックのフラッシュの代わりってこと!?
誤字報告ありがとうございます。感想等もお待ちしております。
想定より長くなってしまった今回でした。




