友達ができました
「ひかりさん小学校いきませんか?」
親子丼にマヨネーズの容器を雑巾のように絞りながら桃花が言う。
ここに住み始めて半月以上。見ているだけで胸焼けしそうな光景にもすっかり慣れてしまった自分が怖い。
「小学校ですか? 俺が?」
自慢じゃないが俺は一応大学まで卒業している。勉強はからっきしだが小学校レベルの授業ならば受ける必要はないだろう。
「ええ、一応ひかりさん9歳ってことになっているので義務教育を受けなきゃいけないんですよね。名前だけの在籍でもいいんですけどせっかくならどうかな、と」
「小学校かあ。おっさんが通ってもいいものなんですかね?」
いや、良くはないだろ。常識的に考えて。何を言っているんだ俺は。
ていうか『9歳ってことになってる』って何?
身体だけじゃなくてもっと大きな括りで9歳になってるの?
自分にも桃花にもツッコミたいことはたくさんあるがひとまず、
「いきます!」
と元気よく返事。
毎日小学生と合法的に日中を過ごせるとか、ここは天国ですか?
しかも大人の頭脳を持ったまま小学生に戻るとかチート主人公じゃん。そんなシチュエーション誰もが一度は夢想したことがあるだろう。
「意外とすんなり決められるんですね」
「毎日暇なんで」
これは建前。
とはいえ歪物だって毎日出てくるわけではないし、完全な嘘でもない。今は夏休みシーズンだからいいが、それが終わってからこの姿で日中出歩いてたら補導とかされそうだし。
「でも俺まで学校に行ったら歪物の方は大丈夫なんですか?」
まなが出られない時間帯に対応できる為の俺でもあるのだ。それなのに俺までまなと同じリズムで生活していては意味がないのではないだろうか。
「そこは保健室登校とかになっちゃうかもですね。でもそもそも平日の日中は歪物になる子も少ないので深刻には考えなくて大丈夫だと思います。夏休みとかはむしろ逆なんですけどね……」
「なるほど……」
歪物になり得る女の子も授業を受けているのだからそれはそうなるか。放課後や家庭の方がそういう意味では危なそうだし。
「手続きとかはこちらでやっておきますね」
手続きって何をするんだろうか。
この間の歪物の件も心筋梗塞がどうのってことになったらしいし。なんか怖い。
触れないでおこう。
「わかりましたー。ちなみに俺の通う学校っていうのは?」
「まなさんと同じところです。知り合いがいた方がひかりさんも安心でしょう?」
「君たち自由研究は何をやったんですか?」
ミニテーブルに頬杖ついてなんとはなしに訊いてみる。正面にはまなが座っており、左右には別の女の子たちが座っている。
片や短髪のボーイッシュな女の子。片や前髪を綺麗に切り揃えたゆるふわウェーブのロングの女の子。3人、いや俺も含めて4人とも美少女で、こんな超絶ハイレベルな小学生ミスコンみたいな景色が俺の部屋に広がっているなんてとてもげんじつとは思えない。
4人はどういう集まりなんだっけ?
結論としてはまなとまなの友達である。クラスメイトらしいので夏休み明けからは俺の同級生ってことにもなる。
俺がまなと同じ小学校に通うという話をしたら友達を紹介すると連れてきてくれたのだ。もともとまなと宿題をやる約束をしていたので、ついでに俺の部屋で勉強会だ。
「うちは食べられる草と食べられない草を調査したぞ! そこの山でなっ!」
「いいですねえ、図鑑とか持って山に入るのすごく研究っぽい」
テーマも小学生らしくて可愛らしい。ちょっと男子っぽい気もするが。
「図鑑? そんな面倒な事しないぞ。実際に食べて大丈夫か大丈夫じゃないか調査したんだ!」
「そ、それは……すごい、です、ね?」
わんぱくというか野性的というか……。
てか食べてみて大丈夫じゃなかったらどうするつもりだったの?
と、このちょっとアホっぽい子が短髪の方の子で葉子。上山葉子さんだ。
とてもあのお嬢様学校の子とは思えない。
「もう。聞いてくださいよ、ひかりさん。この子ったらそれでお腹壊して夏休み最初の一週間寝込んでたんですよ」
そしてロングの子が今日香。本田今日香さんだ。葉子とは正反対ではきはきとした口調の端々から上品さが垣間見える。
「あー、大丈夫じゃなかったんだあ」
「あはは、あれは本当に死ぬかと思ったぞ。ま、一番怖かったのは母ちゃんだけどな」
からからと笑っているがこの子もしかして草食べすぎておかしくなっちゃったんじゃないの?
「もう、いつもいつもあなたって人は……」
あ、いつもなんだ。
「本当、何事もなくてよかったよ……」
まなは花藤まなだ。ツインテールの女の子。タレ目が可愛い。とにかく可愛い。
「本田さんとまなさんは自由研究どうしたんですか?」
「今日香でいいわ。というか同級生になるのだし敬語じゃなくていいかしら」
「あ、ああ、うん、大丈夫。そうだよね、同級生だもんね、今日香さん」
そもそも小学三年生で初対面の相手にちゃんと敬語で話せるのすごくない?
今日香さんがすごいのかお嬢様学校がすごいのか。
いや、後者ではないかも。と葉子を見てしまったのは失礼だったか。
「あたしは手編みのマフラーと手袋を作ったわ」
今日香はふふん、とドヤ顔。
まなと葉子も「この間見たけどすごかった」「今日香は器用だしセンスもあるな!」と口々に絶賛している。
もしかして、「夏なのに!?」ってつっこもうとした俺の方がおかしいのか、これ。
いや、夏休みが終わったら9月だし、もう秋だし、冬は目前だし、ね。きっと俺がおかしいんだ。小学生は正義。悔い改めよう。
「わたしはアロマキャンドルを作ったよ。2人みたいにすごくはないけど」
あ、まなは普通だ。よく覚えてないけどいた気がするわ、アロマキャンドルを自由研究で作ってくる子。
女の子らしくておしゃれ。
「うんうん、懐かしいね。自由研究」
「懐かしい……?」
あ、やべ。つい思ったことが口に出てしまった。
「あー、いや、ほら、去年はやったけど今年は転校の都合でやらなくていいからさ」
「いいなー、ズルいなー、うちも転校したら宿題やらなくていいのかなあ~」
葉子はぐで〜と机に倒れ込み、正面の今日香に嫌な顔をされている。
今日香とまなは漢字の書き取りをやっていて、話しながらも進んでいたが、算数ドリルを開いている葉子の手は長いこと止まっている。
「葉子ちゃんが転校しちゃったら寂しいな」
「それは退屈しそうだわ……」
「うーん、うちも2人と離れるのは嫌だから宿題やるかあ」
なんかほっこりするな、この雰囲気。
「じゃあやる気になったところで、葉子さん。こことここ、それからこことここも間違ってるよ」
俺は宿題がないのでなんとなくみんなのことを見ていたのだが、先ほど少し間違いを指摘してからは先生役だ。小学三年生レベルの割り算を見るくらいは造作もないことだ。
まなと今日香は漢字の書き取りをやっているので葉子につきっきりだが。
「えー、そんなにー、もう無理ぃ!」
今度は後ろに倒れ込み仰向けになる。
「ごめんね。いっぺんに言いすぎたかな」
「いいのよ、気にしなくて」
「長いことやってるしね、疲れちゃったよね」
「……まなは優しいなあ」
時計を見ると勉強を始めて二時間ほどが経つ。小学生が二時間勉強すれば大したものだ。
「ひかちんの部屋ゲームたくさんあるなあ。兄ちゃんの部屋みたいだ」
葉子は頭上の本棚に並んだゲームのパッケージを関心したように見ている。
てかひかちんって……。大人気YouTuberみたいな呼び方だな。
「今はダウンロードが多いからパッケージはほんの一部だけどね。葉子さんはゲームとかするの?」
「するする! 兄ちゃんとめっちゃしてるぞ。これとか得意だ!」
葉子が指さしたのはいろんなゲームのキャラクターが出てくる格闘ゲームだ。
「ふふっ、実はひかりも得意なんだなあ、これが」
配信のためにかなり練習したゲームだ。ゲーム内のランキングでは中の上くらいな感じだが、小学生になら絶対負けない自信がある。なんなら小学生の頃は地元で最強だったし。
――カチカチカチカチカチ……
ボタンを押す指に熱が入る。癖で少し前かがみになる。
つ、強い……。
葉子は小学生だからと手加減していたら驚くほどあっさりやられてしまった。
「まだまだだな!」
という言葉を受けて、俺は大人げなく本気モードだ。
しかし本気を出してようやく互角。接戦の末なんとか勝利できたが、次やったら分からないな、これは。
「つ、強いね、葉子さん」
「ひかちんも強いな! 同い年の子とこんなにいい勝負ができるのは初めてだぞ!」
葉子は満面の笑みを浮かべている。
向こうからしたら、同い年の女子でいいライバルくらいに見えているのだろうが、俺からすれば小学生相手にガチで戦ってようやくいい勝負ができるおっさんである。悔しすぎる。
「もっかい、今度はこっちのキャラでやる」
と、さらに大人げないことに俺は一番得意なキャラクターをチョイス。
「じゃあうちはランダムでいいや。ちょっと本気でやるぞお」
――GAME SET!!
画面中央に表示されたどでかい文字にここまで絶望したことがいまだかつてあっただろうか。
「あはは、危なかったぞ」
「嘘、でしょ……」
負けた。
「もっかい、もっかいやろう!」
負けたまま終われるわけない。完敗というわけではないのだから次はきっと勝てるはずだ。
「しょうがないなあ」
「次はぜっっっっったい負けないからっ!」
って、あれ?
これ俺の方が子供みたいじゃない? 大人な対応されてない?
葉子は言葉と裏腹に楽しそうではあるが。
「まさかひかりさんまでそっち側だったとは……」
「葉子ちゃん宿題終わらないよ?」
「だいじょぶだいじょぶ。あと1週間もあるし」
「……そう言ってもう3週間が経ったわよ。自由研究と算数が半分しか終わってないじゃないの」
「ま、まあ1週間あればね、なんとかなるよね」
一緒に遊んでいた手前俺から強くは出られない。それに俺が小学生の頃は宿題なんて最終日にまとめてやっていたので、自由研究をすでに終わらせているだけ葉子は偉いとすら思える。
まあ、まなと今日香は計画的に毎日コツコツやっているみたいで、残りは絵日記と漢字だけとかいう偉人みたいなことしているわけだけど。
小学生ってそんなことできるの……?
ちなみに今日香の指導のおかげで絵日記は葉子も順調らしい。
「もう、例え1週間で何とかなるとしても、そういう人は1週間後も同じこと言ってるに違いないわ」
「うぬ……」
間違いないな。そしてその夜に焦って取り掛かる、もしくは開き直って寝るのだ。
「まあまあ、今日はもう頑張ったからいいんじゃないかな」
「そうだそうだ、今日はいっぱい頑張ったぞ!」
「まなさんは甘すぎるわ……」
にっこり笑顔のまなと、それに便乗するように手を振り上げた葉子。それにやれやれという感じではあるが、もはや諦めて否定するのをやめた今日香。
まさに絵に描いたような仲良し三人組って感じだな。
「もう夕方だしね、今日は良いんじゃないかな」
その端っこくらいに俺も入れてもらおう。学校に行ってボッチなのは寂しいし。
「葉子さんと今日香さん、お夕飯食べていくでしょう? まなさんはもうお母さんに連絡しちゃったけど」
と、唐突に扉が半分開いて隙間から桃花の顔が部屋に入ってくる。
ノックくらいしろ、おかんか! と思わないでもないが俺も思春期って歳でもないしまあいいか。
「ご馳走になるぞ。いつもありがとうございます、だ!」
「私も母に訊いてみます。本当にいつもありがとうございます」
「ありがとう、桃花さん」
3人ともしっかりお礼の言えるいい子だ。今日香に関しては高校生でもそんな丁寧な言葉遣いできないかもしれないレベルで礼儀正しい。
「うん、じゃあ葉子さんのお母さんには私から伝えておくね」
桃花がそれだけ言って部屋を出ていくと、なんだかもう勉強に戻る空気ではなくなってしまった。とういうのも、
「桃花さんの作る夕飯久しぶりだわあ、なんだろう……」
と一番やる気だった今日香がうきうきと勉強どころではない感じになってしまっているのだ。
「今日香さんスマホ持ってるんだ」
そんな彼女がスマホでなにやら文字を打ち始めた。親に連絡しているのだろう。
ていうか最新のやつだ。無駄に性能高いやつだ。俺のなんてもう6、7年前のモデルなのに。
「あんまり使わないけれどね」
「うちも持ってるぞ!」
「ほえー、さすがお嬢様学校の子だなあ……」
最近は携帯を持ち始める時期が早いなあ、とは思っていたけど三年生でも持ってるのか。俺が小学生の頃は友達に連絡する時には家に電話していたなあ。
まなはまだ持っていないと言っていたから、もしかしたら今もそうなのかもしれないけど。
「お嬢様学校……?」
まなは小さく首を傾げた。
「うちらの学校のことか?」
「そうそう。この辺だと有名なお嬢様学校でしょ?」
しかも私立の小学校なんて通っている子は良い家の子ばかりだろう。俺なんかがそんなところに行っていいのか怪しいところだし、馴染めるのかかなり不安だが。
「ああ、そういうこと。なら今は女子小学校じゃないわよ。五年前まではそうだったみたいだけれど、私たちが入学した頃にはもう共学だったわ」
「マ、マジ!?」
何年もこの辺りに住んでるのに全然知らなかった。いや、無関係な俺が知ってる方がちょっとアレな気はするが。
「普通に男子もいるぞ。六年生は女子だけだけど」
「それでも女の子の方がずっと多いけどね」
「そうなんだ……」
残念な気持ちはもちろんあるが、自分でも意外な事に安堵の方が大きい。
相手が小学生とはいえ男子がいるのはいろいろと心強い。まなとしばらく過ごしてみて女子のめっちゃ近い距離感の中で普通に過ごせる自信はないし。
その点男子の距離感は良く知っているし楽だ。助かる。
「嬉しそうね、ひかりさん」
「そ、そう見える……?」
嬉しいことには嬉しいが、にやりと笑った今日香はきっとあらぬ勘違いをしているのだろう。
「か、かっこいい子とかはいないからねっ!」
男子はかわいそうだなあ……。
絶世の美少女であるまなにこんな早口にかっこよさを否定されて。ていうかまながこんな風に言うなんて珍しいな。
「そんなことないぞ。安藤先生はかっこいいぞ!」
ほう、安藤先生はかっこいいのか。
「先生は別枠でしょ。それに安藤先生のことをかっこいいと思ってるのはあなただけだわ」
葉子にだけしかかっこいいと思われてないのか。
これはかわいそうと取るべきなのか、一人にでも好かれてるのを羨ましいと思うべきなのか。まあ、葉子だって見た目はかなりの美少女だし、そんな子に好かれていてかわいそうなわけはないか。
「みんなわっかんないんだなあ、あんなにかっこいいのに」
「ふふっ、葉子ちゃんは本当に安藤先生が好きだねえ」
「す、好きだけど。なんかそう言われると照れるな……」
葉子はほんのりと頬を赤く染めた。
葉子は安藤先生とやらが好きなんだな。元気すぎるような子だけど、先生に恋とかしちゃうあたりはやっぱり乙女だ。
「その安藤先生っていうのは――」
「ごはんですよ~!」
安藤先生について訊こうとした俺の質問を遮ったのは、下の階から響いた桃花の声。
まあ、安藤先生については今度でもいいだろう。
俺も同じ小学校に通うなら絶対会うことになるだろうしな。
それに、葉子を筆頭にみんなもう足取り軽やかに俺の部屋を出て行こうとしてるからそんなこと話している場合ではない。
みんな桃花の料理が本当に好きなんだなあ。
「今度桃花さんにお料理教えてもらうんだ」
「いいなあ。まなさん羨ましいわ」
「おお、まなの手料理を食べられる日を楽しみにしてるぞ!」
仲良く話しながら階段を下りる3人の背中を見ていると微笑ましい。子供って本当に純粋で見ているだけで幸せになるな。
なんて、今は俺も子供なんだったか。
「一番はひかりが味見でいただきますね!」
大人げなくそんなことを言ってみる。
変に大人ぶっているよりこっちの方がなじめるだろう。何よりこっちの方が楽しいしな!
と、ためになることなんて一切ない会話をしながら食べるビーフシチューはとても美味しく感じられた。




