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06. 空から落ちた石

王立材料研究所には、毎週たくさんの石が届いた。


 北方の鉱山で採れた新しい鉱石。南の砂漠から運ばれてきた硝子質の岩石。坑道の底から掘り出された黒い結晶。畑を耕していた農夫が見つけた、妙に重い石ころ。


 大部分は、すでに知られている鉱物だった。


 それでも、セラは一つずつ調べた。


 外観、密度、硬度、化学組成、魔力に対する反応。試料を分類し、測定結果を記録する。ときには石を薄く切って顕微鏡で観察し、ときには粉末にして薬品と反応させる。


 新しい物質が見つかることは滅多になかったが、同じ鉱物でも産地によって性質が違うことはある。調べることがなくなるわけではなかった。


「セラさん、また届きましたよ」


 助手のニルが、木箱を抱えて研究室へ入ってきた。


「今度は何?」


「北方の隕石です」


「また?」


「またです」


 セラは測定器から顔を上げた。


「前のは?」


「先月届いたものなら、全部調べ終わりました。ほとんど普通の鉄隕石でしたよ」


「そうだったね」


 セラは椅子から立ち上がった。


 二十五歳になった彼女は、研究所で材料分析を担当していた。大学を卒業してから三年。仕事にもすっかり慣れ、最近では新人の指導を任されることも増えている。


 母のエダが石化加工法を発見してから、二十九年が経っていた。


 その間に、魔法金属の精製と加工は大きく発展した。以前はドワーフの遺産としてしか入手できなかった三種類の金属が、今では世界中の鉱山から製造されている。


 新しい合金も次々に開発され、その数はセラ自身にも把握しきれないほどだった。


 だからといって、材料研究が終わったわけではない。


 むしろ、扱える材料が増えたことで、研究しなければならないことは以前よりずっと多くなっていた。


 セラは箱の蓋を開けた。


 中には布に包まれた岩石が三つ入っていた。どれも握り拳ほどの大きさで、黒く焼けた表面をしている。


「落ちた場所は?」


「北の山岳地帯です。先々月、かなり大きな火球が観測されまして。地元の人たちが探したそうです」


「採取した場所は記録されてる?」


「はい。地図と証言書が入っています」


「よかった」


 セラは最も小さな石を取り出した。


 表面は黒く、ところどころに浅い窪みがある。大気中を落下するときの熱で、表面が溶けたのだろう。


 小さな欠け目から内部が見えた。


 灰色の岩石の中に、金属らしい細かな粒が混じっている。


 セラは拡大鏡を取り出した。


「……変わってるね」


 ニルが覗き込む。


「何がですか?」


「この粒」


 セラは石の断面を指差した。


 そこには、黒い結晶が一つだけ埋まっていた。


 大きさは胡麻粒ほど。金属のような光沢があるが、光を当てる角度によって、表面がわずかに青く見える。


「鉄じゃないんですか?」


「わからない。調べてみよう」


 二人は試料を測定台へ運んだ。


     *


 最初の分析では、特に奇妙なことは起こらなかった。


 隕石の大部分は、普通の岩石と金属からできていた。ただし、あの黒い結晶だけは、既知の鉱物と一致しなかった。


 顕微鏡で観察すると、内部に細かな縞模様が見える。硬度は非常に高く、普通の工具では表面を削れなかった。


 電気を通すが、オリハルコンのような良導体ではない。


 磁石には、ほとんど反応しない。


 魔力を近づけると、弱い反応が現れる。


「新しい鉱物でしょうか」


 ニルが尋ねた。


「その可能性はあるね」


「魔法金属ですか?」


「まだわからない。少なくとも、普通の岩石とは違いそうだけど」


 セラは手帳に記録した。


 試料は非常に小さかった。隕石から取り出せたのは、わずかな黒い結晶だけである。詳しい分析を行うには、何らかの方法で分割する必要があった。


 しかし、無理に割ってしまえば、貴重な試料を失うかもしれない。


 セラは、しばらく考えた。


「……石化加工は使えるかな」


「例の?」


「うん。これだけ硬いなら、普通の工具で削るのは難しそうだし」


 ニルは頷いた。


「申請してみます?」


「そうしよう。ただ、その前に非破壊で測れることは全部測っておきたい」


 セラは結晶を小さな硝子容器へ入れた。


 容器には試料番号が書かれている。


 北方隕石、第三号。


 黒色結晶、一粒。


 重さは、わずかに一分の一匁を超える程度だった。


 セラは容器を棚へ置き、次の試料を取り出した。


 新しい鉱物かもしれない。


 それは十分に興味深いことだったが、だからといって研究室の仕事が止まるわけではなかった。


 午後には、別の鉱山から送られてきたミスリル鉱石の分析が待っていた。


     *


 異変が起きたのは、六日後のことだった。


 セラは、試料の魔導特性を調べるため、新しい測定装置を使っていた。


 オリハルコン製の細い導線を巻いた輪の中央へ試料を置き、一定の魔力を流す。試料が魔力へどのように反応するかを調べる装置だった。


 黒い結晶は、ほとんど何も起こさなかった。


 少なくとも、装置の針には大きな反応が出なかった。


「……やっぱり駄目かな」


 セラは魔力の供給を止めた。


 ニルが記録を覗き込む。


「何も変わりませんでしたね」


「うん。もう少し強くしてみようか」


 設定を変え、もう一度測定する。


 今度は、針がわずかに動いた。


 しかし、その方向が妙だった。


「……あれ?」


 セラは測定器の目盛りを見た。


 魔力に反応していることは確かだが、既知の魔法金属で見られるような変化ではない。


 念のため、試料を取り出して空の状態でも測定してみる。


 針は動かなかった。


 もう一度、黒い結晶を入れる。


 今度は、また小さな反応が出た。


「何でしょうね、これ」


 ニルが言った。


「さあ……」


 セラは手帳に数値を書き込んだ。


 そのとき、隣の作業台から声が上がった。


「ちょっと、誰かこの台を動かしました?」


 声の主は、精密測定を担当する研究員のリオだった。


 リオは、長い金属の定規を机に置き、小さな光学装置を調整していた。


「誰も触ってないと思いますけど」


 ニルが答える。


「おかしいなあ」


「どうしたんです?」


「測定値がずれてるんです。さっき合わせたばかりなのに」


 リオは装置を覗き込み、何度か調整ねじを回した。


「また振動かな。最近、廊下を通る荷車が増えたから」


 セラは、その様子を眺めた。


 リオが使っているのは、二つの位置を非常に正確に比較するための光学測定器だった。光の干渉を利用するもので、普通の定規ではわからないほど小さな距離の変化を調べられる。


 材料を加熱したときの膨張や、微細な変形を測るために使われていた。


「また台座のねじが緩んでるんじゃない?」


 セラが言う。


「昨日締め直しましたよ」


「じゃあ、床かな」


「かもしれません」


 リオは溜息をついた。


「この部屋、精密測定には向かないんですよね」


 セラは肩をすくめ、測定器へ戻った。


 黒い結晶に、もう一度魔力を流す。


 隣の机で、リオが声を上げた。


「ああ、まただ!」


 セラは顔を上げた。


「またずれたの?」


「ええ。今度ははっきり」


「やっぱり振動?」


「それが、変なんです。台座は動いてないんですよ」


 セラは自分の測定器を見た。


 黒い結晶に魔力が流れている。


 隣の光学装置では、測定値がずれている。


「……ちょっと待って」


 セラは魔力を止めた。


「リオ、今は?」


「え?」


「今、測定値はどうなってる?」


 リオは装置を覗き込んだ。


「……戻ってます」


 セラは、もう一度魔力を流した。


「今は?」


「……ずれました」


 二人は顔を見合わせた。


 セラは魔力を止めた。


 リオが言った。


「……また戻りました」


 ニルが、二人を交互に見た。


「何ですか、それ」


 セラは測定器の中央に置かれた黒い結晶を見た。


「……わからない」


 それから、もう一度、装置へ魔力を流した。


 隣の机で、リオが声を上げる。


「ずれました!」


 セラは、思わず笑ってしまった。


「……何なの、これ」

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