05. 石の工場
最初のインゴットが完成してから一年ほどの間、王立技術院には毎日のように新しい実験結果が届いた。
ミスリルだけではなかった。アダマンタイト、オリハルコン、そして各地の鉱山から持ち込まれたさまざまな鉱石について、石化粉砕と選別が試された。
すぐにうまくいくものもあれば、何度試しても十分な純度が得られないものもあった。
石化して砕けば、どんな鉱石でも簡単に精製できるわけではない。金属成分が化合物になっているものや、微細な不純物を多く含むものには、別の処理が必要だった。
それでも、従来は粉砕さえできなかった鉱石を扱えるようになったことは、大きな進歩だった。
各地の鉱山技術者たちは、さまざまな選鉱法を研究し始めた。
石化した鉱石をどこまで細かく砕くべきか。
解呪後に、どのような方法で分離すれば効率がよいか。
何回処理すれば、十分な純度が得られるか。
そして、選別した粉末を、どのような条件で溶融・鋳造すれば、欠陥の少ない金属になるか。
問題はいくらでもあった。
石化魔法と解呪術もまた、研究の対象になった。
バジリスクを安全に管理する方法。
一度に大量の鉱石を処理するための設備。
粉末を効率よく解呪するための術式。
処理後の寸法変化や、材料の内部欠陥を検査する方法。
それらの研究には、神官や魔物管理者も参加するようになった。
エダは、毎日のように届く報告書を読みながら、少し困っていた。
自分の知らない技術が、次々と生まれている。
「……みんな、よく思いつくなあ」
机の上の報告書を眺めながら呟くと、ロアンが笑った。
「お前が言うか?」
「だって、こんなの考えたこともなかったですよ」
エダは一枚の図面を広げた。
そこには、石化した鉱石を連続的に粉砕するための、新しい機械が描かれていた。
粉砕した石粉を一定量ずつ分け、解呪装置へ送り込む仕組みらしい。
「こんな機械、私には思いつきません」
「そりゃそうだろ。鉱石の仕事は、鉱山の連中の方が詳しいからな」
「そうですね」
「お前は機械を作るのが仕事なんだろ」
「はい」
「じゃあ、機械を作りゃいい」
エダは頷いた。
ロアンの言うとおりだった。
石化冶金の基本的な仕組みがわかったところで、それを実際の工場へ組み込むには、まだ多くの仕事が残されている。
石化した材料を正確に加工する機械も、その一つだった。
エダは新しい図面を取り出した。
今度は、自分の仕事である。
*
最初の工業用石化冶金施設が建設されたのは、エダの発見から四年後のことだった。
王都の郊外に、大きな煉瓦造りの工場が完成した。
原鉱石を運び込む倉庫、石化処理室、粉砕設備、選鉱設備、溶融炉、解呪設備。それらが一つの敷地内に設けられ、鉱石から魔法金属のインゴットまでを製造できるようになった。
もっとも、最初から順調に動いたわけではない。
バジリスクの管理は難しく、石化魔法が予定外の場所へ作用する事故も起こった。解呪後に金属の寸法が変化し、完成品が使い物にならなくなることもある。
石化した材料にできた微細な亀裂が、解呪後の破損につながる例も見つかった。さらに、原鉱石の成分が変わるだけで、選鉱条件を大きく変更しなければならない。
工場は何度も停止し、技師たちは原因の調査に追われた。
しかし、問題が起きるたび、新しい装置や方法が考案された。
石化処理を安全に行うための遮蔽機構。
粉末を効率よく分離する機械。
石相を一定の温度で溶かす炉。
解呪後の寸法変化を予測する補正式。
材料の強度を保証する検査規格。
工場が動けば、また新しい問題が見つかる。そして、問題が解決されるたび、少しずつ生産量が増えていった。
エダは技術院からの依頼を受け、石化した材料を加工するための工作機械を設計していた。
それは、今まで使っていた金属加工用の機械とよく似ていた。
ただし、相手は石である。
鋼鉄の工具であっても十分に削れるが、削った後で解呪すると寸法が変わる場合がある。その変化を見越して加工する必要があった。
エダは、石化前後の寸法を何百回も測定した。
同じミスリルでも、石化する条件によってわずかな差が生じる。加工する形状によっても、必要な補正が違っていた。
それでも、試験を繰り返すうちに、少しずつ傾向がわかってきた。
ある日、エダは技術院で新しい軸受の試作品を受け取った。
アダマンタイト製だった。
石化状態で外形を加工し、中央に正確な穴を開け、解呪したものである。
エダはそれを持ち上げた。
「……綺麗ですねえ」
隣にいた研究者が頷く。
「寸法誤差は、従来の試作品の半分以下です」
「すごいですね」
「エダさんの補正方法を使いました」
「本当ですか?」
「ええ。今度は、もっと大きな部品で試します」
エダは軸受を裏返した。
中央の穴が、綺麗に開いている。
最初に神殿で作ったミスリルの円柱とは、比べものにならないほど精密だった。
彼女は少し笑った。
「……これなら、製粉機に使えそうですね」
「製粉機ですか?」
「はい。前に、軸受がすぐ減る製粉機があったんです」
研究者は笑った。
「ぜひ試してみてください」
*
魔法金属の価格は、石化加工法の発見によって大きく変動した。
最初に値上がりしたのは、ドワーフ製のインゴットだった。
それまでインゴットは、加工できないために用途の乏しい収集品だった。しかし、石化加工法によって普通の工業材料として使えるようになった。
しかも、鉱石から大量の金属を製造できるようになるまでは、ドワーフ製インゴットが貴重な供給源だった。
商人たちは、各地の遺跡から発見されたインゴットを買い集め始めた。収集家が何十年も保管していた金属塊が、突然、驚くほどの高値で取引されるようになった。
古いドワーフ遺跡の発掘も活発化した。
王国は遺跡の保護と発掘許可をめぐり、新しい法律を作ることになった。
一方、鉱山から新しい魔法金属が供給されるようになると、インゴットの価格は次第に下がり始めた。
それまで希少な遺物として扱われていた金属が、工業原料として取引されるようになったのである。
同時に、材料の種類も増えていった。
ある研究者は、アダマンタイトとミスリルの粉末を混ぜて石化溶融する実験を行った。
解呪してみると、二種類の金属が均一に混ざった、新しい金属塊が得られた。
最初の試料は脆く、簡単に割れてしまった。しかし、混合比率を変えてみると、硬さや強度、割れにくさも変化した。
やがて、純粋なアダマンタイトほど硬くはないが、衝撃に対してずっと割れにくい合金が見つかった。
別の研究室では、オリハルコンを混ぜた合金の導電性や魔導伝導性が調べられていた。
新しい金属を作る方法がわかると、研究者たちは次々と異なる組成を試し始めた。
材料の種類は、三種類から何十種類へ、そして何百種類へと増えていった。
それぞれの材料について、強度、硬度、耐熱性、導電性、耐食性などを調べる必要があった。
新しい合金が生まれるたび、新しい使い道が考えられた。
エダは、技術院から届く合金の一覧表を見て、少し呆れていた。
「……こんなにあるんですか」
研究者が頷いた。
「ええ。これでも、実用性がありそうなものだけを載せています」
「全部、石化して混ぜたんですか?」
「そうです」
「大変ですねえ」
「ええ。大変ですよ」
研究者は笑った。
「でも、面白いでしょう?」
エダは頷いた。
「はい。すごく」
*
エダの発見から十五年が経ったころ、王都の風景はすっかり変わっていた。
蒸気機関車が町と町を結び、工場の煙突が立ち並んでいる。大きな川には新しい発電所が建設され、オリハルコンを使った送電設備が普及し始めていた。
アダマンタイト製の軸受は、製粉所や工場の機械に使われている。
ミスリル系合金を利用した軽量な機械も、さまざまな分野で実用化され始めていた。
もちろん、魔法金属がすべての材料に取って代わったわけではない。普通の鉄や鋼、銅や青銅も相変わらず使われていた。高価な魔法金属を使う必要のない場所は、いくらでもある。
重要なのは、用途に応じて材料を選べるようになったことだった。
しかし、社会が大きく変わるにつれて、新しい問題も生まれていた。
工場の大型化によって仕事を失う職人。魔法金属の鉱山をめぐる争い。石化事故への補償。精製工場から出る廃棄物。
新しい技術は、便利なことばかりではなかった。
それでも人々は、次々と機械を作り、製品を改良していった。
エダも工房の経営を続けながら、若い技師たちと一緒に新しい加工方法を研究していた。
ただ、以前ほど自分で機械を作る時間はなくなっていた。技術院や企業から相談が届き、講演や会議に呼ばれることも増えていたからだ。
彼女は時々、それを少し面倒に思っていた。
工房で普通に仕事をしていたころの方が、気楽だったかもしれない。
*
ある休日、エダは娘のセラを連れて、王立博物館を訪れた。
セラは十歳になっていた。
機械を作ることにはあまり興味がなく、石ころや鉱物を集めるのが好きな子どもだった。
博物館の三階には、昔と同じ鍋が展示されている。
「これが、ドワーフの鍋?」
セラが尋ねた。
「そうだよ」
「お母さんが若いころに見た鍋?」
「うん」
「……普通の鍋だね」
エダは笑った。
「そうだね」
「これ、アダマンタイトなんでしょう?」
「そうだよ」
「じゃあ、今なら作れるね」
「作れるね」
「でも、国宝なんだ」
「千年前の鍋だからね」
セラはしばらく展示箱を眺めていた。
「ドワーフって、何を食べてたのかな」
「さあ。何だろうね」
「スープかな」
「そうかもしれない」
「今はいないんでしょう?」
「そうだね」
「どうして?」
「わからないんだよ。ずっと昔にいなくなっちゃったんだって」
「どこに?」
「それもわからない」
セラは不思議そうな顔をした。
「……変なの」
「そうだね」
「いなくなるなら、どこかに行ったんじゃないの?」
エダは少し考えた。
「そうかもしれないね」
セラは頷いた。
それから、隣の展示室へ走っていった。古代ドワーフの剣や鎧が展示されている部屋だった。
エダは娘の後ろ姿を見送った。
そして、もう一度鍋を眺めた。
千年前、ドワーフたちはこの鍋を作った。どうやって作ったのかは、今でもわからない。
ただ、人類は別の方法で同じ金属を加工できるようになった。
エダは、そのことを少し嬉しく思っていた。
*
帰り道、セラは道端で小さな石を拾った。
黒っぽい石の中に、銀色の粒が混じっている。
「お母さん、これ何?」
エダは石を受け取った。
「ミスリルの入った石じゃないかな」
「本当?」
「たぶんね。研究所で調べてもらったらわかるよ」
「へえ」
セラは石を眺めた。
「ねえ、お母さん」
「何?」
「どうして石の中に金属が入ってるの?」
エダは少し困った。
「……どうしてだろうね」
「お母さんも知らないの?」
「うん。詳しいことは、研究者の人に聞いた方がいいかもしれないね」
「ふうん」
セラは石を持ち上げ、光にかざした。
小さな銀色の粒が、きらりと光った。
「じゃあ、わたしが調べてみようかな」
「いいんじゃない?」
「本当?」
「うん。面白そうだね」
セラは嬉しそうに笑った。
そして、拾った石を大切そうに鞄へしまった。
エダは、そんな娘の様子を眺めながら歩き始めた。
王都の通りには、以前よりずっと多くの機械が使われるようになっていた。
荷物を運ぶ小さな動力車。
新しい街灯。
工場へ向かう蒸気機関車。
そのどこかには、きっと魔法金属が使われている。
エダは、最初にミスリルを削った日のことを思い出した。
小さな欠片。普通の鑿。石化魔法。
あのときは、こんな世界になるとは思ってもみなかった。
自分がやったのは、ただ、削れない金属を石にして削っただけだった。
そこから、フィンが鉱石を砕き、ノーラが石を溶かし、ほかにも大勢の技師や研究者が新しい方法を考え始めた。
今では、エダ自身にも、すべてを把握することはできない。
それでいいのだろう。
エダは少し笑った。
「お母さん」
セラが声をかけた。
「何?」
「これ、ミスリルじゃなかったら、どうする?」
「どうするって?」
「別の金属だったら」
エダは少し考えた。
「……それはそれで、面白いんじゃない?」
セラは笑った。
「そうだよね!」
エダも笑った。
娘は、また新しい石を見つけたらしい。
道端へしゃがみ込み、鞄から小さな紙袋を取り出している。
エダは、少し離れたところで立ち止まった。
道の向こうから、夕方の荷馬車がやってくる。
もうそろそろ帰らないと、夕食が遅くなってしまう。
「セラ、あと一個にしようね」
「うん!」
セラは石を紙袋へ入れ、立ち上がった。
二人は手をつなぎ、夕暮れの王都を歩いていった。




