03. 石を砕く人々
王立技術院で開かれた最初の報告会には、十二人の研究者が集まった。
エダは、会議室に入るなり少し後悔した。こんなに大勢の前で話すとは聞いていなかったのである。
「私は、何を説明すればいいんでしょう」
隣のロアンに小声で尋ねる。
「やったことを話しゃいいだろ」
「全部ですか?」
「全部だ」
「失敗したところも?」
「そりゃそうだろう」
エダは手帳を開いた。
実験の経緯と試料の寸法、石化前後の変化が記録されている。神殿で実験を行うために作った手順書も持ってきた。説明する材料は十分にあるはずだった。
しかし、研究者たちは、エダが用意した説明とは違うことばかり尋ねてきた。
「石化後の硬度は、測定しましたか?」
「普通の石工道具で削れました」
「その硬さは、どの程度でしたか?」
「……普通の石くらいです」
「石化前後で体積は変化しましたか?」
「少し変わったように見えます。でも、私の測定が悪かったのかもしれません」
「切削後に解呪した金属の内部構造は?」
「……内部構造?」
エダは助けを求めるようにロアンを見た。
ロアンは肩をすくめた。
研究者たちが知りたいのは、石化した魔法金属を加工できるかどうかだけではなかった。石化した材料がどんな性質を持ち、どの程度の寸法精度で加工でき、解呪後に本来の強度を保つのか。製造技術として利用するためには、確かめなければならないことが山ほどあった。
それでも、会議の雰囲気は明るかった。
エダが作った小さなミスリルの部品は、出席者の間を何度も行き来した。中央に穴の開いた、形の悪い円柱だったが、その加工痕を見ただけで何が起きたのかを理解する者も多かった。
「つまり、石化中の材料なら、普通の旋盤で加工できるかもしれませんね」
一人の機械技師が言った。
「旋盤だけではありません。平削り盤や中ぐり盤でも試すべきでしょう」
「ドワーフ製のアダマンタイトも?」
「石化できるなら、原理的には同じはずです」
エダは、その会話に顔を上げた。
「それ、私もやってみたいです」
「ぜひお願いします。こちらでも試験用の材料を用意しましょう」
「石工の道具も、もう少しいいものを使いたいんですよね」
「研削盤の方が向いているかもしれません」
「そうなんですか?」
「少なくとも穴の仕上げは、もっと正確にできます」
エダは手帳に書き込んだ。
工房へ帰ったら、早速試してみよう。
会議の後半には、実験費用についても話し合われた。
神殿で毎回バジリスクを使うのは高くつく。しかし、石化加工が有用な技術だと認められれば、技術院で試験費用を負担できるという。
エダにとっては、ありがたい話だった。
何しろ、すでに工房の帳簿には実験費用が大きく書き込まれている。石化加工に可能性があるとは思っていても、このまま自費で何度も実験を続けるのは難しかった。
報告会が終わるころには、王立技術院とロアン機械工房が共同で追加試験を行うことが決まっていた。
エダは手帳を閉じた。
これで、もう少し大きな部品を作れるかもしれない。
*
会議室を出ようとしたところで、一人の男性に呼び止められた。
「すみません。少し、お話を伺ってもよろしいでしょうか」
中年の男性だった。髪には白いものが混じり、作業着の袖には細かな鉱石の粉がついていた。
「はい。何でしょう?」
「フィンといいます。鉱山研究部で、魔法金属鉱石の精製を研究しています」
「ああ、鉱石の」
「ええ。今日は大変興味深いお話でした」
フィンは鞄から小さな岩石を取り出した。
黒っぽい石の中に、銀色の粒がいくつも埋まっている。
「これは、北方の鉱山から採取したミスリル鉱石です」
エダは受け取った。
銀色の部分に爪を立ててみたが、もちろん傷はつかない。
「ミスリルが入ってるんですね」
「ええ。この鉱床では、ミスリルの結晶が岩石の中に細かく分布しています。結晶そのものは比較的純粋なのですが、岩石から分離することができません」
フィンは鉱石の表面を指差した。
「金属を取り出すには、まず周囲の岩石を取り除く必要があります。しかし、ミスリルの結晶は非常に硬く、普通の粉砕機では砕けない。無理に砕こうとすると、機械の方が壊れてしまうのです」
「そうなんですか」
「ええ。細かく粉砕できなければ、比重などの違いを利用した選別もできません。私は十五年ほど、この問題を研究しています」
「十五年も?」
「長いでしょう」
フィンは苦笑した。
「それで、今日のお話を聞いて思ったのですが」
彼はエダが作ったミスリルの円柱を見た。
「この鉱石も、石化すれば普通の石と同じように砕けるのではないでしょうか」
エダは手の中の鉱石を眺めた。
硬いミスリルの結晶。
その周りにある岩石。
石化してしまえば、どちらも同じような石になるはずだった。
「……ああ、そうですね」
「どう思われますか?」
「できそうです。石化したミスリルは、本当に普通の石みたいでしたから」
「やはり」
フィンは、嬉しそうに頷いた。
それから、少し困った顔をした。
「ただ、石化したままでは選別できませんよね。金属も岩石も、同じような石になってしまうわけですから」
「じゃあ、砕いた後で元に戻せばいいんじゃないですか?」
フィンは顔を上げた。
「戻す?」
「解呪するんです。元に戻れば、またミスリルと岩石になりますよね」
「……ああ」
フィンは鉱石を見た。
「確かに。石化したものを細かく砕いても、それぞれの粒が元の材質へ戻るなら……」
「分けられそうですね」
「ええ。少なくとも、試してみる価値はあります」
フィンは鞄から手帳を取り出した。鉱石の絵を描き、その隣に小さな点をいくつも描き込む。
「試料は少量で十分です。まずは、石化した鉱石がどこまで細かく砕けるか。それから、粉末を解呪して、金属成分がどの程度分離できるかを調べたい」
「面白そうですね」
「よろしければ、実験に立ち会っていただけませんか?」
「もちろんです!」
エダはすぐに答えた。
「いつですか?」
「まだ申請もしていませんから、少し先になりますが」
「早くできるといいですね」
フィンは笑った。
「ええ。本当に」
*
最初の鉱石の石化試験は、それから九日後に行われた。
材料は、フィンが持ってきたミスリル鉱石だった。
試料の半分は比較用に残し、残りを細かく割って石化台座へ載せる。重量と寸法を測り、表面を記録するための絵も描いた。
石化処理が終わると、台座には灰色の石が並んでいた。
エダはその一つを持ち上げた。
「普通の石ですね」
「そう見えます」
フィンは石の表面を指で擦った。
「本当に、元はミスリル鉱石だったのでしょうか」
「戻せば確かめられますよ」
「そうですね」
二人は試料を粉砕室へ運んだ。
粉砕室には、小さな破砕機と、細かな粉を作るための回転式の粉砕機が置かれている。いずれも通常の岩石を処理するための設備だった。
フィンは最初に大きな石片を破砕機へ投入した。
機械が動く。
ごりごりと音がして、石が砕けていった。
金属製の受け皿へ、細かな破片が落ちてくる。
「……砕けていますね」
フィンが言った。
「はい」
「普通に砕けています」
彼は、少し呆然とした顔をしていた。
エダには、その気持ちがよくわかった。
自分が最初にミスリルを削ったときも、こんな感じだった。
あれほど苦労していたものが、あっけなく加工できてしまう。
フィンは、受け皿の石片を慎重に回収した。
「では、もう少し細かくしてみましょう」
破片を回転式の粉砕機へ移す。
機械がうなりを上げ、しばらくして止まった。
容器の中には、細かな灰色の粉ができていた。
フィンは粉を摘まみ、指で擦った。
「……できた」
声が震えていた。
エダが覗き込む。
「よかったですね」
「ええ」
フィンは大きく息を吐いた。
「十五年です」
「はい?」
「私は十五年、どうすればこの鉱石を細かく砕けるか考えてきたんです」
彼は粉を指先から落とした。
「普通の粉砕機でよかったとは」
エダは少し笑った。
「でも、普通の石になってますから」
「そうなんですよね」
フィンも笑った。
「最初から鉱石なのに、わざわざ石にする。妙な話です」
二人は、粉を集めて容器へ移した。
次は解呪である。
*
粉末の解呪には、予想していなかった手間がかかった。
最初に試料を広げすぎたため、神官から、もっとまとまった状態にしてほしいと注意されたのである。
「一粒ずつ解呪するわけではありませんよね?」
エダが尋ねる。
「もちろん違います。ただ、粉が飛び散ると術式の対象範囲から外れてしまうことがあります」
神官は、蓋のない浅い容器を指差した。
「この中で処理しましょう」
粉末を移し替え、解呪の術式が始まった。
灰色の粉が、淡い光に包まれる。
光が消えると、粉末の色が変わっていた。
黒い粒。
白っぽい粒。
そして、銀色に光る粒。
エダは顔を近づけた。
「……戻ってる」
フィンはすぐに試料を受け取った。
小さな匙で粉をすくい、拡大鏡の下へ置く。何度か角度を変え、粒の状態を調べる。
「ミスリルです」
「本当ですか?」
「ええ。少なくとも、ミスリルと思われる粒が含まれています」
フィンは別の皿へ少量を取り分けた。
「まず、比重による選別を試してみましょう」
水の入った容器へ粉末を流し込み、ゆっくり揺する。軽い岩石の粉が流れ、重い粒が底へ残る。
ただし、ミスリルは普通の金属ほど重くない。比重による選別だけでは十分な結果が出ず、粒の性質に応じた別の方法も組み合わせる必要があった。
フィンは何度も粉末を分け、秤に載せ、結果を手帳に書き込んだ。
エダには、どの皿がどれほど違うのか、見た目ではほとんどわからなかった。
しかし、フィンは違った。
いくつかの試料を測定し終えると、彼はしばらく黙って計算を続けた。
「……増えていますね」
「何がですか?」
「金属の割合です」
フィンは、二つの皿を並べた。
「元の鉱石に比べて、こちらの粉末にはミスリルがずっと多く含まれています。まだ不純物も多いですが、間違いなく濃縮できています」
「じゃあ、成功ですか?」
「ええ。粉砕と選別は成功です」
フィンは椅子へ座り込んだ。
それから、大きく笑った。
「……できるものですねえ」
エダも笑った。
粉砕室には、まだたくさんの灰色の石粉が残っている。すべてを処理できたわけではないし、選別した粉末の純度も十分ではない。
それでも、鉱石からミスリルを取り出すための最初の障壁は、確かに越えられた。
*
フィンたちの研究は、その後、急速に進んだ。
石化する鉱石の大きさを変え、粉砕時間を変え、解呪後の選別方法を変える。いくつかの鉱山から試料を取り寄せ、結晶の大きさや岩石成分の違いも調べた。
鉱石によって結果は大きく異なった。
単体のミスリル結晶を多く含む鉱石では、比較的よい結果が出た。一方、金属成分が非常に細かく分布しているものでは、粉末を細かく砕いても完全には分離できなかった。
粉砕と選別を繰り返せば純度は上がるが、その分だけ金属を含んだ細かな粉が失われることもわかった。
それでも、研究者たちは少しずつ成果を積み重ねていった。
石化加工が可能になったことで、従来の鉱山技術をそのまま利用できる場面が増えた。鉱石を砕くための機械は、すでにいくつも存在している。比重や磁性などを利用した選別も、新しい技術ではなかった。
これまで使えなかった技術が、石化を挟むことで使えるようになったのである。
数週間後、フィンは、かなり純度の高いミスリル粉末を得ることに成功した。
試料は、小さな硝子瓶の底に溜まるほどの量だった。
銀色の、細かな粉。
そこには、ドワーフの遺跡から発見された金属は一粒も含まれていなかった。
すべて、北方の鉱山から運ばれてきた鉱石に由来するものだった。
フィンは、その瓶を大切そうに持ち上げた。
「……ようやく、ここまで来ました」
隣にいた若い助手が尋ねた。
「先生、これでミスリルが作れるんでしょうか?」
「作れた、と言っていいのかもしれませんね。少なくとも、金属自体は取り出せています」
「では、これを使って部品を作れば……」
フィンは瓶を見た。
「そこなんですよ」
粉を一粒取り出してみる。
細かな金属粒子だった。元のミスリルが持つ硬さは変わらないが、一粒一粒が小さすぎて、そのままでは機械部品に使えない。
「これを一つの塊にしなければなりません」
「加熱してみますか?」
「もちろん試します。しかし、普通の炉ではミスリルを溶かせません」
「圧力をかけて固めるとか」
「その方法も研究しましょう。ただ、固められたとしても、継ぎ目のない金属になるとは限りません」
フィンは瓶の蓋を閉じた。
「まずは、粉末から丈夫な部材を作る方法ですね」
助手は頷いた。
研究室の机には、選別方法を変えて作った粉末が、何十本もの小さな瓶に分けて並べられていた。
それぞれ、純度も粒の大きさも違う。
フィンは瓶の一つを持ち上げ、窓から差し込む光にかざした。
銀色の粉末が、静かに輝いた。
*
一方、エダは工房で新しい加工機の試作を続けていた。
技術院との共同研究が始まってから、石化加工に使える材料は少しずつ増えていた。試験用に借り受けたドワーフ製インゴットを石化し、普通の工作機械で削る実験も進んでいる。
エダが特に苦労していたのは、寸法精度だった。
石化した材料は加工しやすい。しかし、解呪すると寸法がわずかに変わることがある。形を正確に作ったつもりでも、金属へ戻すと穴が少し小さくなったり、外径が変わったりした。
だから、石化中の寸法をどう補正するかが重要だった。
エダは毎日のように試料を削り、測り、解呪後の寸法を記録していた。
ある日の夕方、作業台の周りを掃除していると、若い職人が声をかけてきた。
「エダさん、この石粉、捨てていいですか?」
足元には、灰色の粉が積もっていた。
その日の加工で出たミスリルの切削屑だった。
「駄目!」
エダは思わず大きな声を出した。
若い職人が驚いて箒を止める。
「えっ、これ全部ですか?」
「全部。ミスリルだから」
「でも、もう粉ですよ?」
「粉でもミスリル!」
エダは小さな容器を取り出した。
「ちょっと待って。集めるから」
職人は困った顔をした。
「これ、毎日集めるんですか?」
「うん」
「……かなり溜まってますよ」
エダは作業台の奥を見た。
そこには、石化した切削屑を入れた容器がいくつも並んでいた。最初の実験で集めた小さな皿も、その中にある。
最近は加工量が増えたせいで、切削屑の量もずいぶん多くなっていた。
どれも貴重な魔法金属だったものだ。
ただし、今のところ使い道はなかった。
エダは容器を一つ持ち上げた。
蓋を開けると、灰色の粉がさらさらと動いた。
「……どうしようかな、これ」
職人は箒を持ったまま待っている。
「捨てないんですよね?」
「捨てない」
「じゃあ、また棚に置きます?」
エダはしばらく粉を眺めた。
「……うん。とりあえず」
容器を閉じ、棚へ戻した。
しかし、その日の帰り道にも、灰色の粉のことが頭から離れなかった。
せっかく加工できるようになったミスリルを、削るたびに粉にしてしまう。元へ戻せば金属粉にはなるだろうが、細かな粒を集めたところで部品にはならない。
もっとも、粉末をまとめるだけなら、何か方法があるかもしれない。
エダは、工房の煙突を振り返った。
炉からは、まだ赤い火の明かりが漏れていた。




