↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

第4話 本物が写ってるよ

 校門を越えた翔太は、こちらを待つことなく校舎へ向かっていた。


 スマホを取りつけたジンバルを前へ構え、校舎の窓や渡り廊下へカメラを向けている。さっき聞こえた物音を探しているのだろうが、本人に警戒している様子はまるでない。


「翔太、入口までだからね!」


 梓が後ろから声をかける。


「分かってるって。ちょっと見るだけ」


「その台詞、信用できないんだけど」


 澪が吐き捨てるように言い、翔太の後を追う。


 俺たちも3人と少し距離を空けて歩いた。


 校庭には、伸び放題になった雑草がところどころ固まって生えている。砂の上には靴の跡がいくつも残っており、俺たちより前にも誰かが入り込んでいたことが分かった。


 肝試し目的の人間は珍しくないのだろう。


 そう考えたところで、校庭を横切る足跡の一つが目に留まった。


 裸足に見える。


 細い指先と、丸みのある踵。爪先は体育館の方角を向いている。校門から入ってきたのではなく、正面玄関から出てきたように見えた。


「コージ、何見てるの?」


 陽菜に呼ばれ、俺は足跡から目を離した。


「誰かが先に来てたみたいだ」


「翔太たちじゃなくて?」


「靴を履いてない」


「裸足で廃校を歩く人なんている?」


「さあな。靴底の模様が崩れて、そう見えるだけかもしれない」


 長く雨風にさらされれば、足跡の形が崩れることもある。


 そう考えることにした。


 翔太は正面玄関へ向かわず、校舎の横へ回り込んでいく。さきほどの音は、体育館の辺りから聞こえたらしい。


 渡り廊下の向こう側に、体育館の側面が見える。


 外壁には雨の跡が黒い筋になって残り、その下に鉄製の扉があった。扉は完全には閉まっておらず、人が一人通れるほどの隙間が空いている。


「ほら、やっぱり開いてる」


 翔太が扉へ手をかけた。


「待って」


 澪が腕をつかむ。


「外から中を確認するだけにしなよ」


「これだけ開いてるんだから、ちょっと入っても同じだろ」


「同じじゃない」


「高城と同じこと言うじゃん」


「正しいことは、誰が言っても同じになるの」


 翔太は面倒そうな顔をしたが、扉を大きく開けることはせず、隙間から中を覗いた。


 俺も少し離れた場所から体育館の中を見る。


 窓から入った夕暮れの光が、床の一部だけを照らしていた。ステージの赤い幕は閉じたまま。壁際には跳び箱やマットが重ねられ、天井から下がったバスケットゴールは上へ折り畳まれている。


 人がいるようには見えない。


「誰もいないな」


 翔太が扉を押し広げる。


 金属の擦れる音が、体育館の中へ長く響いた。


「じゃあ、戻ろう」


 俺が言うと、陽菜が扉の隙間から中を見つめたまま動かなかった。


「ねえ。ここで撮らない?」


「何を」


「七替えダンス。外より床が平らだし、背景も廃校っぽいじゃん」


「さっきの約束をもう忘れたのか?」


「忘れてないけど、入口からすぐだよ。撮ったら出るから」


「建物には入らないって言っただろ」


「でも、外だと地面が凸凹してるし、暗くなってきたら顔も映らないよ」


 陽菜は俺を説得しながら、体育館の床とスマホの画面を交互に見せてくる。


 ここへ入ること自体が駄目なのだ。


 撮影しやすいかどうかは関係ない。


「俺は反対だからな」


「じゃあ、外で待ってる?」


 翔太が笑いながら口を挟んだ。


「撮影が終わったら、ちゃんと全員連れて帰るからさ」


「お前に任せるのが一番不安なんだよ」


「ひどくない?」


 その間にも、蓮は体育館の中へ入り、床を靴の裏で確かめていた。


「滑りもしないし、普通に踊れそうだぞ」


「蓮まで入るな」


「外で待つより、全員一緒にいた方が安全だろ。一曲撮ったらすぐ出ればいい」


「建物に入らないのが一番安全なんだよ」


 菜々美も陽菜の背後から中を覗き込んでいる。


 澪だけは扉の外に残っていたが、翔太と梓が体育館へ入ると、小さく舌打ちして後を追った。


「澪も来るの?」


 梓が振り返る。


「あなたたちだけにしたら、何をするか分からないから」


「素直じゃないなあ」


「黙って」


 結局、俺だけが扉の外に残った。


 このまま帰れば、少なくとも俺は約束を守れる。


 背後で、砂利を踏む音がした。


 振り返る。


 校舎の脇には誰もいない。夕暮れの校庭が、開いた校門まで続いているだけだった。


 もう一度、足音がする。


 今度は、さっきより近い。


「コージ、どうしたの?」


 体育館の中から陽菜が呼ぶ。


 外に一人で残るより、全員と一緒にいた方がまだ安全だ。少なくとも、その時の俺はそう判断した。


「本当に一曲だけだからな」


 俺は側面の扉をくぐった。


「終わったら、全員すぐに出る」


「分かってるって!」


 陽菜が嬉しそうに答える。


 体育館へ足を踏み入れると、乾いた埃の匂いが鼻にまとわりついた。床には白っぽい埃が薄く積もり、扉の周辺だけが靴で踏まれて乱れている。


 持ってきたLEDライトを2台取り出し、三脚の左右へ置く。


 翔太も自分の機材を広げた。俺たちのスマホと翔太のスマホをそれぞれ三脚へ固定し、同じダンスを正面と斜めから撮影するらしい。


「用意いいじゃん」


 陽菜が感心すると、翔太は得意そうに胸を張った。


「動画投稿者だからな」


「その準備のよさを、安全対策にも使ってくれない?」


 澪の言葉を無視して、翔太は三脚の高さを調整した。


 俺たちはスマホの画面を確認しながら、立つ位置を決めていく。


 体育館の中央へ小さな印を置き、その周囲を7人で囲む。元のダンスと同じ間隔を取るには、思っていたより広い場所が必要だった。


「コージ、もうちょい右」


「ここ?」


「行きすぎ。半歩戻って」


「注文が細かい」


「撮影と編集担当でしょ」


「今は踊る側だ」


 陽菜が笑いながら、俺の肩を押して位置を直す。


 最初の並びは、カメラから見て左から蓮、菜々美、陽菜、俺。反対側に澪、梓、翔太。


 動画の開始時だけは、全員が横一列に並ぶ構成らしい。


「それ、本家と違わない?」


 澪が指摘する。


「最初は並んでた方が顔見えるから。今はこういうアレンジが多いよ」


 陽菜が動画を見せる。


 澪は数秒間だけ画面を確認し、すぐに視線を逸らした。


「そう」


「詳しいと思った?」


「別に」


「澪、七替えダンスの元動画も保存してたよね」


 梓が口を挟む。


「調べただけ」


「ホラー関係だけ行動力が違うんだよな」


 翔太が笑うと、澪は無言で彼の足を踏んだ。


「痛っ!」


「早く始めて」


 軽口を交わしながら、立ち位置の確認を続ける。


 俺は三脚へ戻り、スマホのカメラを起動した。


 画面には7人全員と、背後のステージが収まっている。


 顔の明るさを調整しようと画面へ触れた時、誰もいないステージの前に、白い枠が一瞬だけ表示された。


 顔を認識した時に出る枠だ。


 俺は画面を見直す。


 ステージの赤い幕と、薄暗い壁があるだけだった。


「何かあった?」


 陽菜がこちらを見る。


「顔認識が誤作動した」


「幕の模様を顔と間違えたんじゃない?」


「多分な」


 暗い場所では、カメラが物の形を顔だと認識することがある。


 そう考えた途端、あの窓の写真が頭に浮かんだ。


 背中を、冷たいものが走る。


「コージ?」


「何でもない。始めるぞ」


 俺は撮影ボタンを押し、急いで自分の位置へ戻った。


 陽菜のスマホから、《七替えダンス》の音源が流れ始める。


 最初の8拍で、全員が横一列から中央の印を囲む位置へ移動する。


 輪ができた次の8拍で、蓮が円の中央へ踏み込んだ。決められた動きをしてから隣の位置へ抜け、菜々美と入れ替わる。


 菜々美、陽菜、俺。


 順番に中央を通り、輪の位置を一つずつずらしていく。


 何度も練習したわけではないため、動きが少し遅れたり、隣と肩がぶつかったりする。そのたびに誰かが笑い、音源へ混じって声が響いた。


 続いて澪、梓、翔太。


 翔太が中央から抜けると、全員が最初とは違う位置に並んだ。


 最後の8拍。


 円の中央には誰も入らない。


 音に合わせ、7人全員が一斉にカメラへ顔を向ける。


 その瞬間、中央の床に積もっていた埃が、ふわりと浮かび上がった。


 誰かが足を置いたように。


 音源が止まる。


「撮れた!」


 陽菜が真っ先に三脚へ駆け寄った。


 全員がスマホの周囲へ集まり、撮影した動画を確認する。


 多少動きがずれている部分はあるが、最後まで誰も大きく間違えてはいなかった。体育館の古びた床と閉じたステージ幕も、狙っていた雰囲気には合っている。


「これ、結構よくない?」


 菜々美が言う。


「最初にちょっとぶつかったけど、それも楽しそうに見えるし」


「編集で上手く切れば使えるな」


 翔太もうなずく。


「もう一本、俺のカメラでも撮ろうぜ」


「一曲だけって約束だ」


「固いなあ」


「撮れたなら出るぞ」


 俺は三脚からスマホを外した。


 陽菜は不満そうだったが、さすがに撮り直したいとは言わなかった。


「じゃあ、この後どうする?」


 翔太が尋ねる。


「俺たちは部室棟を見てくるけど、そっちは校舎?」


「俺たちは帰る」


「え、もう?」


「撮影が目的だったからな」


「肝試しは?」


「最初からやる気はない」


 翔太は残念そうに肩を落とす。


 一方で、澪は何も言わず、体育館の中央を見つめていた。


「澪?」


 梓に呼ばれ、澪がゆっくり顔を向ける。


「今、中央に誰かいなかった?」


「誰かって?」


「分からない。動いたように見えただけ」


 全員が体育館の中央を見る。


 床に積もった埃が、薄く舞っているだけだった。


「さっき踊った時の埃じゃない?」


 菜々美が言う。


「そうかも」


 澪は納得していない様子だったが、それ以上は何も言わなかった。


 俺は撮影した動画をもう一度開く。


 最後の場面で、全員がカメラへ顔を向ける瞬間を停止した。


 集合写真はおすすめしないよ。


 八重ちゃんの言葉が頭をよぎる。


 ただ、これは最初から7人で撮影した動画だ。写真を撮るために並び直したわけでもない。誰が映っているかも、自分の目で確認している。


 俺はそう言い聞かせ、静止画として保存した。


「八重ちゃんに送るの?」


 陽菜が俺の手元を覗き込む。


「一応な」


「何を聞くの?」


 正面から「何か変なものが写っていないか」と尋ねるのは、少し嫌だった。


 俺は不安を隠すように、わざと軽い口調で言った。


「これがバズりそうか聞いてみる」


「そんなことまで分かるの?」


「何でも屋らしいから」


「また始まった」


 陽菜が呆れたように笑う。


 俺は《八重ちゃんの何でも屋》を開いた。


 朱色の引き戸が左右に開き、文机の奥から八重ちゃんが現れる。


『いらっしゃいませ!』


 いつもと同じ明るい声だった。


『今日は、お友達がたくさんいるね』


 俺は画面上の画像添付アイコンを押し、先ほど保存した静止画を選んだ。スマホの電波は1本しか立っていなかったが、画像はすぐに送信された。


「さっき撮った動画なんだけど、これ、バズると思う?」


 八重ちゃんが画像へ顔を近づける。


 黒い瞳が左右へ動き、写っている全員を順番に確認しているようだった。


 やがて、八重ちゃんは満面の笑みを浮かべた。


『これはバズるかも! 本物が写ってるからね!』


「本物?」


 陽菜たちも俺のスマホを覗き込む。


 八重ちゃんは机から身を乗り出し、画像の中央を指差した。


『浩司くん。輪の中央を、もう一度撮ってみて』


「中央?」


『さっき、誰も入らなかった場所』


「何がいるんだよ」


『撮ってくれたら教えるよ』


 八重ちゃんは笑っていた。


 だが、画像を指す手だけが、わずかに震えている。


 俺はスマホのカメラを起動し、体育館の中央へ向けた。


 画面の中には、床に残った印と、薄く積もった埃が映っている。


 誰もいない。


 シャッターを押す。


 撮影した写真を確認した瞬間、指が止まった。


 円の中央。


 さっきまで誰もいなかった場所に、黒い髪が写っている。


 長い髪の隙間から、白い額と片方の目だけが覗いていた。足元は、床へ落ちた俺たちの影に隠れて見えない。


「誰だ、これ」


 俺の声を聞き、全員がスマホへ集まる。


「え?」


 陽菜が写真と体育館の中央を交互に見る。


「ずっとそこにいたの?」


「誰もいなかっただろ」


「澪の友達じゃないの?」


 菜々美が尋ねる。


「違う」


 澪は即座に否定した。


 翔太が写真を拡大する。


「梓の知り合いとか?」


「こんなところに知り合いがいたら嫌なんだけど」


 梓は笑おうとしたが、声が乾いていた。


「撮影の時からいたんじゃない?」


 蓮が言う。


「誰かの連れだと思って、気にしてなかったとか」


 一瞬だけ、それが正しいように思えた。


 翔太たちと一緒に来た女子。


 あるいは、陽菜たちが連れてきた友人。


 誰かの知り合いだったはずだ。


 そう考えた直後、頭の中で数が合わなくなる。


 俺、陽菜、菜々美、蓮。翔太、梓、澪。


 7人だ。


 ほかには誰もいない。


 俺は震えそうになる指で、今撮った写真を八重ちゃんへ送信した。


 送信完了の表示が出た直後、八重ちゃんの声がする。


『浩司くん』


 俺はアプリの画面へ戻る。


 八重ちゃんは笑顔のまま、最初に送った静止画を指差していた。


『このままだと、みんなで帰れないかも』


「何を言ってるんだよ」


『この写真、8人いるよ』


 静止画を拡大する。


 最後の決めポーズを取る俺たち7人。


 本来なら空いているはずの輪の中央に、黒髪の少女が立っていた。


 長い髪に覆われた顔の一部と、床へ垂れた白い指先だけが見えている。


 俺はゆっくり顔を上げる。


 輪の中央に、誰かが立っている。


 長い黒髪が、俯いた顔を隠していた。


 その少女を見た瞬間、なぜか胸の奥に懐かしさが広がる。


 知っている。


 名前は思い出せないが、誰かの友人だった。


 そう思った。


「……誰だっけ」


 菜々美が小さく呟く。


 少女の顔が、わずかに上がった。


 LEDライトが、同時に消える。


 薄暗い体育館の中央から、女の子の笑い声が聞こえた。


 直後、俺たちが入ってきた鉄製の扉が、激しい音を立てて閉まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。