↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/48

契約の代償

第214章:契約の代償


溝口は、凜の静かな表情を見つめたまま問いを投げた。

「……影を裂くってのは、君が坂口にやったみたいなことか? なんて言ったか、あの刀で」


彼女の手元には何もない。

だが、あの夜に聞いた金属の軋む音が、記憶の奥でよみがえる。


凜は軽く目を細め、まるで懐かしい思い出でも語るように笑った。


「そう。あれは、地下で授かった力なんです」


凜は指先で湯呑を回しながら、軽く肩をすくめた。

「誰からどういう経緯でもらったのかは……忘れちゃいましたけどね」

おどけるように言って、唇の端を少しだけ上げた。


「刀と鎖。これは“契約”をして得た力です」

凜の声には、どこか遠くを見るような響きがあった。


「契約?」

「ええ。代償を払って得た力。……その対価は確か〜……」


凜は少し間を置いて、軽く天井を見上げた。

「記憶、だったかな」


彼女の笑みは柔らかかったが、その笑みの奥には、どこか痛みが滲んでいた。


「記憶を……?」

溝口の声には驚きと、理解の及ばない怖気が混じっていた。


凜は頷く。

「記憶ってね、形がないけど、影の世界では“最も価値があるもの”なんです。

過去も、感情も、意思も、全部そこに詰まってる。だから、力を求める者は、まず“自分の記憶”を差し出す」


溝口は沈黙した。

その言葉を聞いた瞬間、彼女の“別人のような”言動や、時折見せる不自然な間——それらが、今ようやく繋がっていく気がした。


凜は笑いながら続けた。

「でもね、不思議と後悔はしてないんですよ。

だって、記憶を失っても、力が残っているなら、“何かを終わらせる”ことはできるでしょう?」


「……君は、そのために力を得たのか?」

「さぁ? 最初はどうだったか……もう覚えてないんです」

凜は、また小さく笑った。

「でも、今ははっきりしてます。あの世界と、この世界の“境界”を壊す。

それが、私に残された最後の記憶です」


笑みを浮かべながらも、その目には冷たい光が宿っていた。

溝口は思わず、背筋を正した。


彼女の中で“記憶”と“力”がどんな形で結びついているのか、それは誰にも分からない。

だが一つ確かなのは——凜がすでに“人の理”の外に立っているということだった。


第215章:再び扉を…


朝食を終えた旅館の部屋には、静かな余韻が漂っていた。

外の光が障子を透かし、畳の上に淡い模様を落としている。

だが、二人の間に漂う空気は穏やかではなかった。

“影の増加”——その言葉が、まだ互いの心に重く沈んでいた。


溝口は膝の上で手を組み、少しの間、思考を整理するように視線を落とす。

「……結局のところ、俺たちがやるべきことは一つだ」


凜は顔を上げる。

「扉、ですね」


「そうだ」

溝口は短く頷き、ゆっくりと立ち上がった。

「とにもかくにも、もう一度“その地下へ繋がる扉”を探すしかない。

今のままじゃ、影が増え続ける理由も、あの世界とこの世界の境が曖昧になってきてる原因も、まるでわからん」


テーブルに散らばる書類の束を整理しながら、溝口は続ける。

「前に調べた記録をもう一度洗い直したんだ。

扉が“現れやすい”とされている条件は、いくつか共通点がある」


凜は興味深そうに身を乗り出す。

「共通点?」


「まず、“場所”だ。人の流れが極端に少なく、夜間になると急に気温が下がるような区域。

たとえば閉鎖された地下道や古いトンネル、忘れられた工場跡地なんかが多い」


「なるほど。人の“記憶”が薄い場所、って感じですね」

凜の言葉に溝口は小さく頷く。


「次に“時間”。だいたい午前二時から四時の間。

俗に言う“丑三つ時”と重なる。

ただ、共通しているのは、空気が歪むような現象が報告されていること。

気温が急に下がったり、風が止んだり、音が吸い込まれるように消えたり……」


凜は頬杖をつきながら聞いている。

その表情は真剣でありながら、どこか懐かしさを帯びていた。


「環境条件も一つある。

——“水”。

必ずどこか近くに水があるんだ。

地下水、排水路、川、あるいはただの水たまりでもいい。

扉は、何かを“映す”ものと関係があるらしい」


「映す、ですか」

「そう。“境界を映す鏡”。俺にはそう思えてならない」


凜は少し黙っていたが、やがて小さく頷いた。

「……それ、正しいと思います。

あの扉も、水面みたいに歪んで見えた。

光を映す鏡というより、記憶を映す膜みたいな」


「記憶を映す、か」

「はい。だから、見る人によって形が違うんです。

誰もが“自分の失ったもの”を、扉の向こうに見てしまう。

それが、この世界に引きずられてる理由のひとつかもしれません」


「つまり、扉は単なる出入口じゃない……“呼応”するもの、か」

「そう」

「呼ばれてるんですよ、刑事さん」

凜は薄く笑う。

「きっとあなたも」


溝口は言葉を返せなかった。

胸の奥に冷たい予感が走る。


「……場所の目星はあるんですか?」

「いくつか候補がある」

溝口はファイルを開き、地図を机に広げた。

赤いマーカーで印がいくつも打たれている。


「まず、この地域の外れにある廃地下道。

数年前に崩落事故があって封鎖されてるが、内部構造はまだ残ってる。

通報記録を見ると、夜中に“低い金属音がする”って報告が数件。

——おそらく、そこが一番怪しい」


凜は地図を覗き込み、指先で印をなぞる。

「ここ……なんだかぼんやりと見覚えがあります。

下へ降りてたとき、似た音がしてた。あれは柱の鳴る音だったのかも」


「なら、決まりだな」

溝口は地図を折り畳み、ジャケットの内ポケットにしまう。

「行くとしたら、今夜だ。

扉が現れる時間帯に合わせて、周囲の状況を確認する」


凜は軽く頷き、立ち上がった。

「わかりました。私も準備しておきます」


「何か必要なものは?」

「そうですねぇ……強いて言うなら、“覚悟”ですかね」

そう言って、凜は笑った。


その笑みには恐怖も迷いもなかった。

ただ、静かに決意の色を宿している。


窓の外では、まだ昼の光が差し込んでいる。

だが、彼らの行く先には、すでに“夜”が口を開けていた。


そして、その夜——

再び“扉”が現れる。


それが、二人にとって戻れない旅の始まりとなることを、この時はまだ誰も知らなかった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

楽しんで頂けたら幸いです。

いいね、ブクマ、コメント等も是非よろしくお願いします!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。