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契約結婚、任期満了につき  作者: 小松しの


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7/8

7.契約更改


「城で騎士団をまとめるのは大変だ。新入りが配属されると特に。学園の騎士科で教えた以上の技術や目配りを、一刻も早く身につけさせないといけないが、極稀に先輩騎士に食ってかかる者もいる。家の爵位など騎士となっては関係ないというのにな。それをナメられないように導かなくてはならない。そんな精神的に疲弊している時、ミュリアの顔を見て声を聞くと本当に癒された」

「そ、それは、良かったです」

「ああ、本当に。この三年間、仕事が終わったら何処にも立ち寄らずまっすぐ帰ってきたし、夜番がある日は、今頃ミュリアは寝ているだろうか、と考えていた」

「あ、すみません。私はぐっすり寝てました」

「いや、良いんだ。ミュリアが不自由なく過ごしていられたならそれで。しかし、私は結婚してすぐに後悔することになった」

「後悔ですか?」

「なぜか分かるかい?」

「えと、他に好きな人ができた、とか?」

「まさか! 私はこの三年間ミュリア一筋だ。そうか、やはり分からないか」


 ヘンドリクスの未だかつてないほどの饒舌ぶりに、ミュリアはかなり押されている。

 ソファの端で逃げ場など無いのにそれでもジリジリと後ろに下がろうとするのは、本能的にその身に振りかかるだろう危険を察知しているのかもしれない。

 しかしそれならそれで良い、とヘンドリクスはさらに言葉をつなぐ。

 

「ミュリアに分からないように気持ちを隠していたのは私だ。しかし上手く隠しすぎて、ミュリアに私の思いが少しも伝わらないことまでは考えていなかった」

「はあ」

「……ミュリアは家を買ってそこにミイと住むと言っていたが、家というものは高額だ。離婚時に渡す財産分与の大半がなくなるだろうから、その後の生活は苦しいことになるかもしれない。ミュリアはどうやって生活するつもりだった?」

「ええと、どこかの貴族のお宅で家庭教師(ガヴァネス)とか」

「残念ながら、私は騎士としてもオベル伯爵としても評判は悪くないと自負している。その私と離縁した女性を家庭教師として雇う貴族は碌な家ではないだろうな」


 ヘンドリクス自身の評判は確かにすこぶる良い。特に結婚してからは、まっすぐ家に帰る愛妻家ということで、結婚前とは違う意味でご夫人方からキラキラとした目で見られていた。

 しかしミュリアも同様だ。

 学園前にヘンドリクスに見初められた秀才は、夫からの愛を一身に受け、社交や領民への心配りに余念がない。若いのに素晴らしい、とこちらはもっぱら男性陣からの受けが良い。

 だから離縁しても、あちこちで理由は聞かれるだろうが、家庭教師として採用されないなんてことは無いだろう。

 結婚したばかりの頃はまだ蕾のような可愛らしさだったが、オベル伯爵家内での健康的な生活からか、最近は蕾が花開く美しさに変貌しつつある。

 それも男性陣の目を奪う理由の一つだが、ヘンドリクスはあえてミュリアの評判には言及しなかった。

 そんなことを言って、再婚先をさがされたらたまったものではない。

 結婚してすぐに爵位を継いだため、ミュリアも社交の場にはそれなりの数出席していた。

 ここのところ、お似合いの夫婦だという称賛の声もヘンドリクスは耳にしている。

 それもわざわざ口にしなくても良いだろう。ミュリアがそれらを知らないというのなら、残念ながら伯爵夫人として情報収集能力が無かったというだけだ。

 多少良心の呵責は感じるが、ヘンドリクスはそんな言い訳をしながらミュリアから視線を外さない。

 

「家庭教師がだめなら……メイドとか」

「ミュリアは家事ができるのかい?」

「教えてもらえれば」

「メイドになるのはたいてい平民だ。年上の元伯爵夫人に教えるのは、なかなか可哀想なことだと思うが」

「そうかもしれませんね」

「そこで、だ。新たな契約をしないか?」

「新たな契約ですか?」

「そう。離縁届は提出していないから、我々はまだ夫婦だ。だからこのまま夫婦を続行していく契約をしよう」

「契約内容をお聞かせいただけますか」

「ああ。まず結婚生活は無期限」

「むっ、無期限?」

「そう。だけど婚姻届を提出した者は皆、無期限で婚姻生活を送っているからおかしな話ではない」

「……なるほど?」

「次、ヘンドリクス・オベルとミュリア・オベルは伯爵夫妻として、オベル伯爵家の繁栄を考える」

「はい」

「次、配偶者に対して不満があるときは、まず話し合い。それでも解消されず我慢ならない時は、それを理由に離縁を申し出ることができる」

「……」

「次、配偶者以外に愛する相手ができた時は正直に報告する。また、配偶者が認めた場合のみ離縁できる」

「……」

「次、」

「待ってください。なんだか、それって普通の夫婦のような気がするのですが」

「さきほど、ミュリアとは本当の夫婦になりたいと言ったことを聞いていなかったのかな?」


 ヘンドリクスがニコリと微笑んでそう言うと、思い出したのかミュリアが目を見開く。


「そう、聞いたような」

「そして、まだミュリアからは返事をもらっていないね」

「そう……でしたかね」


 ミュリアは落ち着きなく視線を彷徨わせ、ヘンドリクスには目を合わせない。

 しかし、そんなことなどヘンドリクスは全く気にしない。一見すると言葉は冷静に感じるが、気持ちはどんどん昂ぶっていた。

 思いの全てをぶちまけて、ミュリアの意思に従おう。もし拒絶されたら、ミュリアの希望通り家を買って生活に困らないほどの慰謝料を渡そう。

 もし仕事がしたいと言うのなら、今までどおりオベル伯爵家の領地経営の書類仕事をしてもらいたい。もちろん報酬は支払う。

 跡継ぎは甥っ子が二人いるからどちらかに任せれば良い。

 離縁後に元夫の下で働くのは外聞が良くないだろうが、伯爵夫人でなくなったミュリアは、社交の場には出ないから陰口なども耳にしないはずだ。

 ああ、でもできれば自分の隣で笑顔を見せてほしい、とヘンドリクスは今まで出席してきた舞踏会でのミュリアを思い出し、つい片手をミュリアの背中にまわしてしまった。


「ええっ!? どっ、どうしたんですっ?」

「どうした、と言われると、本当にどうしてしまったのだろう。ミュリアが離縁してこの家を出ていくと考えると、胸が引き裂かれるように痛む。今もずっと痛いし苦しい。ミュリア、これはきっとあなたを愛しているからなんだろう。愛する人が自分から離れてしまう。それがつらい。このままでは、自分がどうにかなってしまいそうだ。いや今現在、ミュリアから見ればおかしいのだろう」


 つらつらと、しかし熱のこもった口調のヘンドリクスに、ミュリアはあっけにとられた。

 それはそうだろう、とヘンドリクスはミュリアの気持ちもわかる。

 今までこんなにも熱心に気持ちを伝えたことなどなかったし、なんなら四ヶ月前は離縁届にサインしていた。

 それなのに今回、別居を口にした途端にこの変わりようだ。

 ヘンドリクス自身、こんなにも必死に思い直すよう説得するとは、今の今まで想像していなかった。

 しかし、もう後がない。

 追い詰められたせいか、頭の中で『気持ちを伝えろ』とゴーサインを出しただけなのに言葉がすらすらと口から出てくる。

 それなのに、まだまだ伝えたい気持ちはある。

 もっとミュリアに伝えなければ、と思った時、ミュリアの膝の上にいたミイが、トンっと床に降り扉に向かって歩いて行く。

 扉はミイの出入りのためか、少しだけ開かれていた。ミイは一度振り返ると、無言で部屋を出ていってしまった。

 直後外から誰かが扉に手を触れたのか、パタンと静かに扉は閉まり、閉ざされた執務室にはヘンドリクスとミュリアだけが残される。


「え? そんな」

「ミュリア、まだ私の気持ちは伝えきれていないから、こちらに集中してほしい」

「ええぇぇ」


 今、ヘンドリクスの気持ちは最高潮だ。

 恥ずかしさもなくスラスラとミュリアへの思いを口にできそうだ。

 だから今しかない。

 明日になったら羞恥心やら気負いやらで、ミュリアに面と向かって気持ちを伝えることなどできないかもしれない。

 

「ミュリア」

「はっい」

「愛している。どうか私と結婚してほしい」

「けっ、結婚……はしていますが」

「ああ。しかし打算だらけの結婚だった。今度は私の気持ちを受け止めて結婚してほしい」

「きもち」

「そうだ。ミュリアを愛しているこの気持ちだ。ミュリア、大切にする。ミュリアの希望は、離縁と別居以外なら叶えてあげたいと思っている。甥っ子二人の家庭教師をしたいなら、話をつけてあげよう。ただ、その場合は彼らをこの家に呼び寄せることになるが」

「そのへんはかまいませんけど」

「そうか、分かった。他に要望はあるか? 思いついた時に話してくれても良い」

「今のところお願いしたいことはないですから……そうですね、思いついたらその都度お伝えします」

「そ、そうか。では、大切なことなのでもう一度言おう。私はミュリアを愛している。誰にも渡したくない。それはミイが相手であってもだ。ミイがミュリアに撫でられているのを見ると、なぜ私のことは撫でてくれないのにと悔しく思う。あの挑発的な鳴き声を聞いても、ミイを可愛がるミュリアが可愛いから、その姿が見たいからミイがミュリアにくっついていてもギリギリ許している。ああ、今はミイのことではなかったな。ミュリア、愛している。どうか私と結婚してほしい」

「……はい。ヘンドリクス様からのプロポーズ、お受けいたします」

「本当に? ありがとうっ! ああ、夢のようだ。ミュリア大切にするよ! 愛してる!」


 この短時間で何回愛してると言っただろうか。

 ミュリアは赤面している上、瞳にはうっすら涙も浮かんでいたが、すぐにヘンドリクスに抱きしめられたため、その表情をヘンドリクスが見ることはなかった。



 それからしばらく、ミュリアはヘンドリクスの腕から逃れることはできなかったが、やっと少しだけ冷静さを取り戻したヘンドリクスが、自主的にミュリアを解放した。

 そしてミュリアを見つめ、甘く囁く。


「今日、この時から我々は正式に夫婦だ。結婚式からは随分経ってしまったが、今夜は初夜となる。それは覚えておいてほしい」

「しょ……はい」


 ミュリアは俯いたまま何とか了承の返事をしたが、体中がかあっと熱くなり、このまま心臓が茹だってしまうのではないかと見当違いな心配をしたのだった。

 






 お読みいただきありがとうございます。

 次話は明日十二時に投稿します。


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