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契約結婚、任期満了につき  作者: 小松しの


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3/8

3.結婚という仕事

ご説明が遅くなりましたが

全部で八話です


 ヘンドリクスはそんな言葉を無視して、大きな声を出して人を呼んだ。

 そしてそのヘンドリクスの声が、たまたま廊下を移動中の父に届いたようで、すぐさま父がやって来た。

 そしてその媚薬入りのお茶が決定打となり、元婚約者有責の婚約破棄となったのだ。

 

 それ以降、ヘンドリクスは結婚するのを嫌がった。

 自分は騎士爵を持っているし、幸い二歳下に弟がいる。

 弟が爵位を継ぐか、もしくは弟の子供を養子にもらえば良いだろう、そう考えて二十四歳になるまで仕事に没頭してきた。


 理由は違えど、結婚する意思が無かった二人が出会った。

 一人は両親から結婚を求められ、一人は卒業後の進路が決まらず途方に暮れている。

 瞬時にヘンドリクスは考えた。

 ミュリアと結婚し、ミュリアには領地経営の仕事を手伝ってもらえば良いのでは……と。

 いつもなら、女性に対してそんな考えなど持ったことはない。

 しかし、目の前で進路に困って項垂れるミュリアは、最初から自分に対して、色恋などの熱を含んだ視線をよこすことは無かった。

 それならば結婚したとして、元婚約者のような愚かなことはしないのではないだろうか。

 先ほどミュリアをバッサリと切り捨てた受付の男は、きっと上司にミュリアの名前を伝えるだろう。

 その時はきっと前例など無視して、我先にとミュリアの就職のために上役達がやって来るのは想像に容易い。

 今は、優秀なミュリアを手に入れる最後のチャンスだ。

 念のために期間限定と最初に伝えれば、元婚約者のような愚かな女性だったとしても離縁は簡単だ。

 ヘンドリクスは意を決して、未だに肩を落とし、温くなりつつあるカップを見つめ続けるミュリアに対し、非情とも聞こえる提案をした。

 

「就職先が白紙となったのはお困りでしょう。どうでしょう。一つだけ、すぐにでも就くことができる就職先があるのですが」

「はっ? えっ? そんなところがあるのですか? どこですか? すぐに試験に向かいます」


 バッと顔を上げヘンドリクスを見るミュリアの目は、やはり恋愛よりも仕事を求めるものだった。

 よし、ここからが肝心だ。

 ヘンドリクスは自分の婚約から婚約破棄までの話を淡々とした。

 そして現状、両親から結婚をせがまれている事まで話したところで、『どうでしょう。私と結婚しませんか? ああ、いえ、これは契約と考えて良いです。私はこのまま騎士として仕事をしますので、領地の書類仕事をする人が欲しかったのです。ホーデンリット嬢が良ければ、我が家で書類仕事をしませんか?』とにこやかに表情を作り、ミュリアに提案した。


「書類仕事をしていただくためには、我が家の人間でないと不都合があるので、そのために結婚という形をとっていただきたい。そうですね、まず三年間ではどうでしょう。先日我が家は弟が結婚しました。三年経てば子供も生まれているでしょうし、その子が男だったら三年で契約終了。女の子の場合は男の子が生まれるまで契約を延長。そんな感じでは?」

「……つまり、契約結婚、ということですか?」

「そうです。貴女にはその間給料をお支払いしましょう。もちろん衣食住は保証します。たまに私と社交の場に出てもらう必要はあるでしょうが、今はまだ父が伯爵であることから、社交などほとんど無いと思って結構です」

「なるほど……」


 突然目の前にぶら下がった就職先に、ミュリアはジックリと考え始めた。

 その間、離れた位置に待機していた従者から呆れのこもった視線がヘンドリクスに注がれたが、ヘンドリクスは強心臓のため全く気にしない。

 ヘンドリクスはただミュリアの返事を待った。

 ミュリアが考えていたのは一分ほどだったが、ヘンドリクスにとっては、一時間にも感じられるほど長かった。

 突然、『あっ』と声を出したミュリアは、『持参金の用意ができないので、無理でした』と残念そうにため息を吐く。

 その姿がなんとも可愛らしく、ヘンドリクスは、『もちろん持参金などいりません』と即座に答えた。

 今思えば、その時にはミュリアに対して気持ちが傾いていたのだろう。

 しかしその時は全く気づいていなかったヘンドリクスは、その場で契約書を作成しミュリアに見せた。



  契約書


一、ミュリア・ホーデンリットは

  ヘンドリクス・オベルと契約結婚をする

  その期間は三年間とし

  その間にヘンドリクス・オベルの弟

  ケリオン・オベルに男児が生まれなければ

  男児が生まれるまで契約を延長する


二、婚姻期間中は

  ミュリア・ホーデンリットは

  オベル伯爵家の領地経営に関わる仕事を手伝う


三、ヘンドリクス・オベルは

  ミュリア・ホーデンリットに

  書類仕事に伴う報酬を支払う


四、ミュリア・ホーデンリットの

  衣食住に関わる経費はオベル家が持つ


五、必要な場合のみ

  夫婦で社交場への参加もある

  なお、その際の必要経費は

  全てヘンドリクス・オベルが支払う


六、契約期間中は白い結婚とする




 ミュリアはその紙を手渡されると、誰にも聞こえないような小さな声で何度も復唱し、瞳をとじて再度考え始めた。

 ヘンドリクスはその慎重な姿勢に好感を持ったが、今にも宰相が乗り込んでくるのではないかと気が気でなかった。

 できることなら、ミュリアが帰る前に婚姻届までサインを済ませたい。

 ジリジリとした気持ちでミュリアの返事を待つヘンドリクスだったが、突然視線を合わせたミュリアの返事に内心ガッツポーズをした。


「オベル副団長、三年間お世話になります。よろしくお願いします」


 そう言って微笑むミュリアを見る従者は、明らかに同情していたが、ヘンドリクスはそれも無視してペンとインク壺をミュリアの前に置いた。

 ミュリアはサラサラとサインし、その紙をヘンドリクスに渡す。

 ヘンドリクスもすぐさまサインし、『では、契約が整いました』と笑ってみせた。

 誰もが見惚れると言われるその笑みでも、ミュリアは全く表情を変えずにいたことで、ヘンドリクスはこの契約の成功を確信した。


 その直後婚姻届を作成し、二人で戸籍管理室に提出した。

 戸籍管理室の受付は驚愕の表情で、その書類と二人の顔を何度も見比べた。

 婚約期間もなくいきなり婚姻届が出されることなど、かなりのワケあり貴族しか考えられない。

 それなのに、多くの令嬢が憧れるヘンドリクスと、優秀さ故に各部署で争奪戦が繰り広げられているミュリアがいきなり結婚したのだ。

 今まで噂もなかった二人だが、もしかすると……と戸籍管理室の受付はミュリアの腹に視線を移したが、ヘンドリクスの咳で我に返り、平常心を装って受理した。

 

 この国は十六歳で成人とみなされるが、学園に通っている間は保護者が責任を持って養育することになっている。

 学園を卒業する前に結婚したミュリアは、保護者が両親からヘンドリクスに変わったので、就職などの話はヘンドリクスが決定権を持つことになった。

 そのため、この日から二日後に宰相がヘンドリクスの執務室に乗り込んで、ミュリアの就職について話をしてきたが、事前にこうなった場合は断って欲しいとミュリアから言われていたため、スパッと断って話は終わった。


 学園に通うミュリアは、寮に住んでいた。

 結婚してから、学園にかかる経費は全てヘンドリクスが払っている。

 そのためか、ミュリアは休みの度にヘンドリクスの住む邸にやって来て、書類仕事を手伝ってくれた。

 結婚した、と領地に住む両親に手紙で知らせたヘンドリクスは、すぐに王都にやって来た両親にミュリアを紹介した。

 悪い女に引っかかったか、と心配してやって来た両親は、ミュリアと会った途端に気に入り、さらにミュリアが才女だと知ってからは、『よくやった』とヘンドリクスを褒め称えた。

 が、ここで予想外のことが起きた。

 結婚に乗り気でなかったヘンドリクスが結婚したこと、ミュリアが才女で性格も良いことから、父がヘンドリクスに爵位を譲ってしまったのだ。

 それも秘密裏に。

 ヘンドリクスはそれに対して抗議をしたが、お前も秘密のうちに結婚した、と反論されてはぐうの音も出ない。

 ミュリアに頭を下げたが、『まあ、社交が増えた程度だと考えれば』と許してくれたので、それ以降もほぼ変わらぬ生活を続けてきた。


 それからしばらく後、ミュリアは学園を首席で卒業した。

 卒業後のパーティーには保護者の入場が許されている。

 本来ならホーデンリット子爵夫妻がミュリアの保護者枠として入場するのだが、結婚したためそれはヘンドリクスになる。

 しかし、だまし討ちのように結婚したヘンドリクスは、保護者枠はホーデンリット子爵夫妻に譲ることにした。

 しかし、どうにか自分もミュリアをエスコートし、ダンスを踊りたいと思っていたため、卒業パーティーの入場資格者についての覚書を調べ、保護者枠はホーデンリット子爵夫妻、ヘンドリクスは婚約者と同等扱いとして入場することになった。

 ミュリアは、『ヘンドリクス様にエスコートされた時、きっと周りが驚くから……』と及び腰だったが、そもそも首席での卒業生は卒業式で挨拶をすることになっていた。

 その時に『ミュリア・オベル』と呼ばれるのだ。ホーデンリット姓ではないことを、ミュリアはすっかり頭から抜け落ちていたらしい。

 そのため、『卒業生代表、ミュリア・オベル』と呼ばれた時に会場内は大きくざわめき、その時になってやっと自分がオベルだったと思い出し、ミュリアは赤面したまま壇上に上がることになった。その時のことを、ヘンドリクスは今でも楽しく思い出す。 


 卒業直後に、二人は盛大な結婚式を挙げた。

 今にして思えば、絶対にミュリアを手離したくないという気持ちが既に芽生えていたのだろう。

 ヘンドリクスは結婚してから、何度もホーデンリット子爵夫妻に会っている。

 当初、ミュリアで良いのか、と何度も尋ね恐縮していた子爵夫妻だったが、結婚して三年経つ今では義理の親子として良好な関係だ。

 ヘンドリクスの本音としては、このまま契約など破棄してしまいたい。

 しかしそれは、真面目なミュリア対して嘘をついたことになる。

 





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