表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
契約結婚、任期満了につき  作者: 小松しの


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/8

2.迷子で遅刻


 三年前。ヘンドリクス二十四歳、ミュリアが十八歳になったばかりのことだった。

 ヘンドリクスは当時第一騎士団の副隊長になったばかりで、城外にある施設にも足を運び、警備について不備がないか見て回っていた。

 それまでは上の指示に従い城内の警備をしていれば良かったが、第一騎士団は王族警備が主な仕事である。そのため、王族が出向く場所は事前に警備箇所を頭に叩き込むことにしたのだ。

 まもなく第一王子が、城外にある警備塔の視察に赴くことになっている。

 警備塔とはその名の通り警備する者の塔で、城から五百メートルの所に東西南北の四箇所建っている。

 一階の扉付近に警備番が一人立ち、一階から四階までは騎士の寮、屋上からは警備担当が目視による警備にあたる。

 その東塔に第一王子が視察を予定しているため、ヘンドリクスは確認のためやって来た。

 馬を馬房に預け一階部分に向うと、何やら女性の声が聞こえた。

 何事かと急ぎ近づくと、警備番の騎士が助けを求めるようにヘンドリクスを見た。

 

「オベル副団長。こちらの女性が試験を受けたいとおっしゃっているのですが、少々、その」

「副団長様ですか? 申し訳ございません。試験に遅れてしまいました。でも、時間的に今始まったばかりですよね? まだ受験可能ですよね?」

 

 番をしている騎士に向かって話していた女性がこちらを振り向くと、金色の長い髪がフワリと靡く。

 水色の瞳には焦りが見え、この女性はそうとう困っているのだと分かった。

 着ている服は、ヘンドリクスも通った学園の女子用の制服だ。

 卒業を前に試験を受けようとやってきたのだろうが、あいにく警備塔では試験を受け付けていない。


「君は、どこかと間違っていないだろうか。ここでは就職のための試験はやってないが」

「ええ? どうしましょう。日にちを間違えたのかしら。え、今日は八日ですよね?」

「そうだな、八日だ」

「それなら合っていますわ。え? 本当にこちらでは文官試験はやってないのでしょうか」

「文官と言ったか? ここは警備塔だから、会場を間違えているな」

「そ、そんな。先生から、学園を出たら東に向かい、大通りに出たら真っすぐ北に歩く。城が見えたらその壁沿いに西に向うと大きな建物があるからそこで確認しなさい、と言われて来たのに」

「うん? その説明ならきっと城外の西にある執務塔のことだろうから、やはりここではないな」

「そんな……では、ここからはどうやったらそこへ行けますか?」

「まあ待ちなさい。試験は始まっているのだろう? 歩くよりはましだろうから、私が送ってあげよう」

「ありがとうございますっ。なんて親切な騎士様なんでしょう」


 胸の前で手を合わせ、瞳をウルウルさせている女子生徒を馬に乗せ、女子生徒の体調が悪くならない程度に馬を急がせたヘンドリクスだが、馬から降りたその女子生徒はヨロヨロと歩くのが精一杯だった。

 乗りかかった船だ、とヘンドリクスはその女子生徒を抱え、片付け始めた受付に急いだ。

 受験は可能だろうか、と気になったヘンドリクスは少し離れて様子を見ることにしたが、受付の男性はため息まじりに、『受付は既に終了してます』と冷たく言い放った。


「そこをなんとか。遅れたことはお詫びします。でも、今からでも試験を受けられませんか」

「時間厳守だと事前に話があったはずですよ。こればかりはどうにもなりません。一人を許すとそれが前例になってしまいますしね。かわいそうだと思いますが今年は諦めたほうが良いのでないかと思いますよ。ええと、ちなみにお名前を教えていただけますか? 一応、上に伝えておきますので」

「そうですか。無理を申してすみません。あ、名前はミュリア・ホーデンリットです」

「えっ! ミュリア・ホーデンリット?」


 ヘンドリクスは女子生徒の名前を聞いて驚いた。

 ミュリア・ホーデンリットといえば、学園創設以来の秀才と言われ、宰相室も経理室も法務室も欲しがっている逸材だ。

 ここ数日、ヘンドリクスはあちこちでミュリア・ホーデンリットという名前を耳にし、どこで働くことになるのかという噂を聞いていた。

 その女子生徒が迷子で遅刻し、試験を受けられなかったのだ。

 目の前にいる受付担当は冷たくあしらっていて、ミュリアは今にも泣き出しそうな表情でガックリと肩を落としている。どうあっても救済措置は無さそうである。

 頑なな受付担当を見る限り、かわいそうだがここにいても仕方がないだろう。

 ヘンドリクスは力なく項垂れているミュリアを再度馬に乗せ、馬をパッカパッカとゆっくり歩かせ、騎士団執務室のある城内へ向かった。

 

 馬を馬房で預け、未だ項垂れたままのミュリアを連れて執務室に入ると、従者に茶を出すように指示を出す。

 ミュリアは言われるがままソファに座ると、両手で顔を覆って、『はあ〜』と大きくため息を吐いた。

 

「やってしまいました。遅刻しないように早めに寮を出たのに、道を間違えていたなんて」


 ヘンドリクスは用意された茶を勧め、自分はミュリアの前のソファに静かに座った。

 ホーデンリット子爵家は、建国以来王家に忠誠を誓っている。

 一部文官の間ではミュリア争奪戦でその名が有名だが、一般的にホーデンリットと言えば『女系の呪い』として有名だ。

 初代ホーデンリット子爵はたいそう美形だったが、女遊びなどすることなく言い寄る女性を片っ端から袖にした堅物だった。

 しかし、断った女性の中に魔女がいて、その魔女から恨まれ『女系の呪い』をかけられたと言われている。

 魔女などいないのでそんな呪いなど存在しないのだが、実際、なぜか娘が三人生まれないと男児が生まれない、ということがもう既に五代ほど続いていた。

 娘が三人もいると、嫁に出す時の持参金等でかなりな出費となるが、もともと富める領地であるせいか、傾くことなく貴族としての品位を保っていた。

 しかし目の前でガックリと項垂れるミュリアを見ると、いよいよ家計は厳しいのかもしれない、とヘンドリクスは同情する。

 

「ホーデンリット子爵令嬢、差し支えなければ事情を教えてもらえるだろうか」

「あ、は、はい。申し訳ごさいません。お仕事の手を止めてしまいました」

「ああ、それは良いから」

「はい。では……ホーデンリットという名前でお分かりでしょうが、我が家は女系の呪いをうけていると言われております。そして私は三番目の娘です。幸い今まで我が家は貧することなくやってこれましたが、この先はどうなるか分かりません。なので、私は結婚せず文官となり、家計の足しになるよう働こうと思っておりました。それなのに、それなのに……」

 

 なるほど、とヘンドリクスは頷く。

 確かにホーデンリット子爵家の三女に婚約者がいるという話は聞いたことがない。一人分でも持参金が浮けば、と婚約者をつくらずに文官になることだけを目指していたのだろう。

 それなのにその計画が白紙となったのだ。

 それは落ち込むだろう。

 ヘンドリクス自身結婚するつもりがなかったため、このまま騎士として生涯を終えるつもりだった。だからミュリアの気持ちは痛いほど分かった。

 

 ヘンドリクスはオベル伯爵家の嫡男である。

 老若男女に噂されるほど麗しい造形は、顔だけではなく騎士として鍛えた体格にも言えた。

 キラキラと輝く金髪は髪紐で纏められ、濃いブルーの瞳は、視線が合うと魂を吸い取られると言われている。

 実際は美しさに見惚れた女性達が気を失うだけなのだが、それが余計に噂に拍車をかける。

 声は爽やかさを含んだテノールで、それがまた見た目に合っていて、学園在学中はその声を聞くために誰もが挨拶してきたという逸話が残っていた。

 両親や親戚からは結婚を催促されていたが、今まで婚約者がいなかったわけではない。

 十四歳になると、一歳下の伯爵令嬢と婚約を結んだ。いわゆる政略的な婚約だ。

 しかし学園在学中に、ヘンドリクスの婚約者というだけで他の女子生徒にマウントをとり、威張り散らすという問題行動が見られたことから婚約を解消した、という経緯がある。

 元婚約者は、ヘンドリクスの前ではおとなしく、笑顔が可愛い令嬢だったため、初めに友人から、『お前の婚約者、問題があるぞ』と言われた時には信じられなかった。

 しかし調べ始めてすぐ、その場に出くわした。

 

「何をしている?」


 怒りにまかせてそう声をかけると、婚約者はあろうことか、『自分が虐められている』とウソ泣きをしたのだ。

 ヘンドリクスはその場で、その時点で調べがついている他の女子生徒に対する嫌がらせの数々を曝露すると、顔色を悪くした婚約者はその場を逃げ出した。

 その後、ヘンドリクスは父とともに婚約者の家に向かい、婚約解消の書類を作ったが、『最後に二人でお茶を飲みたい』という婚約者の願いを聞き入れ、別室で二人で向かい合いお茶を飲むことにした。

 用意されたお茶を口にする前、ヘンドリクスはその香りに違和感を感じる。

 やけに甘ったるい香りがしたのだ。

 その香りは、オベル伯爵家内で要注意と教えられた『媚薬』に似ていた。

 口に含むふりをして、チラリと婚約者を見ると、ジッと飲む様子を凝視している。

 ヘンドリクスはその異様さに確信し、一度も口にすることなくカップをソーサーに戻し、いつもポケットにしのばせていた試薬を取り出す。

 その試薬の小さな瓶を見ても、婚約者は何を取り出したのか分からなかったのだろう。

 ポトリ、と試薬をカップに垂らすと、『まあ、甘味剤か何かですか?』等と聞いてきた。


「これは、試薬です」

「しやく?」

「はい。口にするものには気をつけろ、というのが我が家の家訓でして、いろいろな薬に対する試薬を持ち歩くことになっているのです」

「い、今まではそんな薬、垂らしていませんでしたよね」

「そうですね。今までは薬を盛られていなかったので、調べる必要がなかったのです」

「こ、これも大丈夫です。どうぞお口になさってください」

「いえ、今回はご遠慮いたします。ほら、色が黒に変わったでしょう? これは媚薬入りの証です」

「そんなっ、そんなもの入れてませんっ。お願いですからお飲みくださいっ」


 





次話はすぐに投稿します

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ