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第6話 合わない食事

 アレクサンデル・フォン・ゲルンテンシュテルンは、メレン王国の朝食があまり好きではなかった。


 パンは柔らかすぎる。

 肉は香草を使いすぎる。

 茶は悪くないが、帝国の北部で飲むものに比べると、どこか気取っている。

 食事に罪はない。

 ただ、宮廷という場所では、皿に載ったものまで自分が政治であるかのような顔をする。


 彼は窓際の椅子に座り、報告書に目を通していた。


 帝国使節団に与えられた客館は、王宮の西翼にある。

 見晴らしは良い。

 庭園と王宮の塔が見える。

 遠くにはメレンの市街が広がっていた。

 白い壁と赤い屋根。

 朝靄の中に浮かぶその町は、絵画のように穏やかだった。


 穏やかな国ほど、内側の裂け目を隠すのがうまい。


「殿下」


 副官のハルトマンが書類を持って入ってきた。


「昨夜から今朝にかけての社交界の動きです」


「早いですね。噂が働き者で羨ましい」


「王太子府が動いております」


「でしょうね」


 アレクサンデルは書類を受け取った。


 内容は予想通りだった。


 王太子アルベルトは真実の愛に苦しんでいた。


 クラウゼンベルク令嬢は冷淡で、王太子を精神的に追い詰めていた。


 男爵令嬢ミリアは、身分差に苦しみながらも王太子を支える健気な少女である。


 クラウゼンベルク公爵家は、王家に賠償を求めるらしい。


 アレクサンデルは、書類を卓へ置いた。


「ヨハン・フォン・ライヒェナウですか」


「ほぼ間違いなく」


「仕事が早い」


「評価なさいますか」


「敵としてなら」


 彼は茶を口に運んだ。


 ぬるかった。


 人間の感情も、少し放置するとこうなる。

 香りは残るが、飲むには不快だ。


「王国側との協定交渉は、予定通りでよろしいでしょうか」


「予定通りに始めます。ただし、署名は急がない」


「王太子殿下の件が理由ですか」


「理由の一部です」


 アレクサンデルは窓の外を見た。


「王太子とクラウゼンベルク家の婚約は、こちらにとっても無関係ではありませんでした。クラウゼンベルク家は国境防衛と東部交易路に影響力を持つ。あの家が王太子を支えるなら、メレン王国の次代は一応安定すると見てよかった」


「それが崩れた」


「王太子殿下が、自分の足場を自分で燃やしました。暖房のつもりだったのかもしれませんね」


 ハルトマンは返事に困った顔をした。


 アレクサンデルの皮肉は、長く仕えている者にも時々扱いづらい。


「皇帝陛下への報告は」


「送ります」


「どの程度まで」


「見たままを」


「見たままですと、メレン王国にかなり不利になります」


「見たままが不利なら、行いを改めるべきですね」


 アレクサンデルは報告書の余白に、短く数行を書いた。


 メレン王国王太子、薔薇夜会にてクラウゼンベルク公爵令嬢との婚約破棄を公言。

 王国最有力家臣家との婚姻契約の一方的毀損。

 帝国使節の面前にて行われたため、次期国王の誓約能力に疑義あり。

 クラウゼンベルク令嬢、感情的混乱を示さず、即座に有責確認を求む。


 アレクサンデルは、そこで筆を止めた。


 最後の一文は、外交報告書としては余分かもしれない。


 だが事実である。


「殿下」


「何です」


「クラウゼンベルク令嬢に、強い関心をお持ちですか」


「持っています」


 ハルトマンは少し意外そうな顔をした。


 アレクサンデルは続けた。


「王太子殿下の失態の中心人物ですから」


「それだけですか」


「それだけで十分でしょう。恋愛小説ではないのですから」


「失礼いたしました」


「それに」


 アレクサンデルは、茶をもう一度飲もうとしてやめた。


「彼女は泣かなかった」


 ハルトマンは黙った。


「怒鳴りもしなかった。王太子殿下を罵倒することもできたでしょうに、まず記録を取った。あの場で、それを選べる人間は少ない」


「冷静な方なのでしょう」


「冷静とは少し違う」


 アレクサンデルは、昨夜のオーレリアの顔を思い出した。


 白い顔。

 鋭い目。

 扇を持つ指。

 声は乱れなかった。

 だが、傷ついていない人間の声ではなかった。


「傷口に包帯を巻く代わりに、相手の解剖を始める人ですね」


「それは、褒めておられるのですか」


「さあ。少なくとも退屈ではありません」


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