第五話 「どうやら、父さんは機体の中で生きてるようです」
二人がどうしてそんな反応を見せているのか分からず、俺は戸惑ってしまった。重苦しい空気の中、マリウス先生は操縦席から立ち上がり、コクピットの扉を解除する。
「マリウス先生!?」
「調べてくるよ」
マリウス先生は〝ヒルディスビー〟から〝グルヴェイグ〟に飛び移った。後を追いかけようか迷っていると、マリウス先生が振り返り、こちらに手招きをする。
ニコが何か言う前に俺は急いで〝グルヴェイグ〟に飛び移った。
マリウス先生が手を広げて受け止め、俺は小さくお礼を言う。コクピットの中に入って、父さんが座っていた操縦席を見つめると、幼い頃の記憶が蘇ってきた。
三歳くらいの時に初めて〝グルヴェイグ〟に乗せてもらった事があった。初めての宇宙はめちゃくちゃ楽しかった。無重力でフワフワ浮かぶし、思ったように動けない。あちこちに行っちゃうものだから、ずっと父さんに抱っこされてた。
モニターまでは触らせてくれた記憶はあるけど、操縦桿には絶対に触らせてくれなかった。理由は『危ないから』だった。当時の俺はめちゃくちゃ残念がっていた記憶がある。
「父さん、どこかで生きてるかなぁ……」
昔の思い出が蘇って、また鼻の奥がツーンと痛んだ。独り言のつもりだったが、マリウス先生の口から「大丈夫。ちゃんと生きてるよ」と返事が返ってきて、俺は予想外の返答に度肝を抜かれてしまう。
「シンラ君は生きてる。この機体の中でね」
マリウス先生が〝グルヴェイグ〟の操縦席に備え付けられているコントロールパネルを叩きながら言う。
一方の俺は意味が分からず、数秒遅れてから「……え?」と聞き返す事しかできなかった。
「ごめん、マリウス先生。今のって、どういう意味?」
「言葉通りに解釈してくれたら良いよ。シンラ君の意識は、この〝グルヴェイグ〟の中で眠ってる」
うん、成程。サッパリ分からん。だけど、マリウス先生がこんな時に嘘を吐くとは思えない。人がヴァルキリーに意識を移す技術なんて聞いた事もないし、そんな事が科学的にできるとしたら、確実にオーバーテクノロジーの類じゃないか。
「本当に人間の意識をヴァルキリーに移せるの?」
「このシステムを使えば簡単にできるよ」
半信半疑で聞いたつもりだったのに、あっさりと答えを提示されてしまった。
サブモニターの画面には、EINHERJAR SYSTEMと表示されている。
見た事のないシステム名を見て、変な汗が額から流れ落ちるのを感じた。
「それを使えば、人間の意識がヴァルキリーに移るのか?」
「そうだね。もっと厳密に言えば、ヴァルキリーに宿っている意識と人間の意識を入れ替えることができる互換性システムなんだ」
更に訳が分からなくなって、俺は目が点になってしまった。
「ちょっと待ってよ、マリウス先生! ヴァルキリーは人型戦闘兵器だろ? オカルトじゃあるまいし、人の手で作った機体に別の意識が宿ってるわけないじゃん! もしかして、映画とかでよく出てくる設定のアンドロイドに自我が芽生えたってやつじゃ……」
そこまで言って俺は黙り込んだ。
マリウス先生の目が笑ってなかったからだ。「んー、そういう単純な話だったら良かったんだけどねー」と視線を落としながら笑う。
「残念だけど、イグニス君の推理は不正解。僕が乗ってる〝ヒルディスビー〟も〝グルヴェイグ〟も、元々は人間とは全く異なる生命体が宿ってたんだよ」
「つまり、宇宙人が宿ってたって事?」
俺は必死に考え抜いて答えたつもりだったけど、マリウス先生は「惜しい」と笑った。
「見たまんまだけど、機械生命体が宿ってたんだ。その中でも〝ヒルディスビー〟と〝グルヴェイグ〟は特別な存在でね。仲間同士、数字で呼び合ってる事から、僕達は〝ナンバーズ〟って呼んでるんだ」
一気に情報が入ってきた事で俺の頭はパンクしてしまった。「あーーっ、訳わかんねぇっ!!」と頭を抱え、天井に向かって大声を出す。
「つまり、こういう事!? 今、父さんの意識は〝グルヴェイグ〟にあって、父さんの身体はその機械生命体とやらに乗っ取られてるって解釈で良い!?」
俺の必死な顔を見たマリウス先生は声を出して笑った。
「まぁ、今はそんな感じでいいかな。話せば長くなるし。とりあえず、僕はシステムを起動させてシンラ君を起こしてみるよ」
「わ、わかった! 俺はその間にコクピット内を調べてみるよ!」
そうは言ったものの、狭いコクピットの中を探す箇所なんて限られている。
俺はしゃがんで操縦席の背後を見てみた。
予想してたけど何もなかった。けど、犯人が何か証拠を残してる可能性もある。軍に介入される前に納得がいくまで調べ尽くさねば!
今度は持っていたデバイスのライトを使い、マリウス先生の足元を照らした。すると、普段の生活では見る機会のない物が落ちている事に気付く。
「なんでこんな物がコクピットに……」
銃だった。しかも、軍が支給していない形の物。
あんまり銃に詳しくないから断言できないけど、恐らくデザート・イーグルっていうハンドガンのような気がする。
俺はマリウス先生の作業の邪魔にならないように手を伸ばした。ずっしりとした重みと冷たさを感じ、なんとも言えない気持ちになる。
でも、なんでハンドガンがコクピットの中にあるんだろう? 謎が深まるばかりである。
呑気に自己推理を続けていると、外で待機しているニコが焦ったように話しかけてきた。
『マリウス、敵がこっちに向かってきてる!』
「数は?」
『小型の群れがたくさんっ! その先頭に〝ナンバーズ〟がいる!』
それを聞いたマリウス先生の表情が一変した。
「イグニス君はここで待機! 〝グルヴェイグ〟は特殊な機体だから、間違っても操縦桿には触れないように!」
「えっ!? 俺一人でここに残るのか!?」
「緊急事態なんだ! ハッチは内側から手動で閉められるから、ちゃんと閉めるんだよ! いいね!?」
「ちょ、ちょっと待っ――」
それだけ言い残し、マリウス先生は〝ヒルディスビー〟に戻ってしまった。
俺は足元に落ちていたハンドガンの事も言えないまま、〝グルヴェイグ〟のコクピットに一人残されてしまった。




