表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァルキリー戦記【戦闘中行方不明になっていた父親が人型戦闘兵器になっていたので、元の姿に戻す為に一緒に戦い抜く】  作者: 尾松成也
episode2 Boy Meets Girl

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/29

【幕間】死者の名前を持つ男

「シンラ・イグニス学生も、もう十五歳か。あの小さかった子供が父親の背中を追うように、ヴァルキリーに乗っているだなんて。お互いに歳を取ったな、少佐」


 アーノルド司令官がホットコーヒーを淹れて応接室へ戻ってきた。

「ありがとうございます」とお礼を言って、コーヒーカップを受け取ると、マリウスはシュガーポットに入った角砂糖数個とミルクを大量に注ぎ始めた。


「任務後は必ず甘い物を口にしているとアレクシスから聞いていたんだが、噂は本当だったんだな」

「お見苦しい姿をお見せして申し訳ないです。〝ヒルディスビー〟に宿っている少年の嗜好が、パイロットである僕にまで及んでまして……。正直、困ってるんですよね。僕自身、甘いのはそんなに好きじゃないんですけど、無性に食べたくなっちゃうんです」


 マリウスは苦笑いしながら、コーヒーカップに口を付けた。

「うん、美味しい」と答えながらも、やはり甘い物は苦手なのだろう。形の良い薄い唇が、ほんの少し不快そうに歪んでいた。


「確か……〝ヒルディスビー〟には、ニコという少年が宿っているという話だったね?」

「えぇ、そうです。信じがたい話かもしれませんが……()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()


 突然のマリウスの告白に司令官は驚きを露わにしたが、すぐにいつもの表情に戻った。しかし、どう言葉を紡いだら良いか悩んでいる様子だった為、「いきなりこんな話をして、すみません」とマリウスが気を遣い始める。


「けど、この話をしないと〝グルヴェイグ〟にシンラ君の意識が宿ってる話を信じて貰えないと思ったんです」

「構わないよ。私を信用してくれているからこそ、話してくれているんだろう?」


 マリウスは静かに頷いた。


「人間だった頃のニコは心臓が弱くて、いつ心臓が止まってもおかしくない状態でした。僕はニコが赤ちゃんの時から付きっきりで世話をしてたんですが、()()()()()の全容を知り、一か八かの賭けに出る事にしたんです。その実験は機械生命体に人間の身体を与えるという非人道的なものでした」


 静かに耳を傾けていた司令官の表情が明らかに曇った。

そんな事が可能なのか? たまに飛来してくる機械生命体に意識なんてあるのか? と言いたげな表情を見て、マリウスは「信じがたい話ですよね」と寂しげに微笑む。


「詳しくは割愛しますが、〝ナンバーズ〟と呼ばれる特別な機体のみに備わっているシステムを使い、僕は瀕死の状態だったニコの意識を〝ヒルディスビー〟に移しました」

「……ニコという少年の身体はどうなったんだ?」


 司令官の問いかけにマリウスが静かに首を左右に振った。


「機械生命体の意識と共に亡くなりました。幸いにも本人は元の身体よりも今の身体の方が良いみたいで、今はとても喜んでくれてます」


 マリウスの言葉に司令官は少し考え込んだ後、「それでは……」と話を続ける。


「シンラ・ヒビキも、その少年のように身体が入れ替わってしまっている状態だと?」

「はい。問題なのは〝グルヴェイグ〟に宿っていた機械生命体の意識が、シンラ・ヒビキの身体に宿っているという事です」


 マリウスが深刻そうな表情で膝の上で両手を組むのを見て、司令官も息を呑んだ。


「君がそんな顔をするとは……。その機械生命体とやらは、そんなに危険な存在なのか?」

「えぇ、とても危険です。特に〝グルヴェイグ〟に宿っていたのは、王とも呼べる存在——バアルと呼称される生命体が宿ってましたから」


 司令官は声にならない声で敵の名を呟いた。マリウスの言葉を信じるのなら、現在のシンラ・ヒビキの身体中には、人類に牙を剥いた存在が宿っていることになる。


「俄かに信じがたい話だな……」


 疲れたように眉間を押さえる司令官を見て、マリウスもつられて眉を下げて微笑む。しかし、ここで黙り込むわけにはいかず、マリウスは膝の上で拳を強く握り締め直した。


「アーノルド司令官。差し出がましいのは重々承知しておりますが、〝グルヴェイグ〟は中央へ引き渡さない方が賢明かと」

「それは無理な話だ。〝グルヴェイグ〟は既に中央へ引き渡す事が決定している。特別な理由がない限り、命令を突っぱねるのは難しい」


 司令官が難しい顔でコーヒーカップを口元に持っていったが、ここで黙るマリウスではなかった。


「アレクシスの銃にシンラ・ヒビキの指紋が付いてたんですよね? どうして、アレクシスが持っているはずの銃から指紋が見つかったのか、本人に聞かなくて良いんですか?」

「それは……」


 言い淀んだ司令官を見て、マリウスは諭しにかかる。


「僕も十年前の真相を知りたい人間の一人なんです。親友を二人も失って絶望していたら、シンラ・ヒビキは十年もの間、〝グルヴェイグ〟の中で眠っていた。では、アレクシスはどこに消えてしまったのか? その答えはシンラ・ヒビキが握っていると僕は考えています」

「……少佐、君の言い分も分かる。しかし、私も一介の軍人にすぎないんだ。司令官という偉そうな役職に就いているが、中央からの命令に背く事はできないんだよ」


 司令官が諦めたように視線を落としたのを見て、マリウスは「では、父親としては?」と問いかけた。


「貴方は本当にアレクシスが死んだと思っているのですか? 彼の息子であるイグニス君は、周囲の人間に諭されても諦めませんでしたよ? 彼の諦めない心が、大人である僕を突き動かしたんです。その証拠に〝グルヴェイグ〟を見つける事ができた……違いますか?」

「…………私は——」


 長い沈黙の末にアーノルド司令官が口を開こうとした瞬間、執務室から足音が聞こえてきた。それからすぐにノックが三回鳴る。司令官が返事をする前に、黒髪赤眼の男が応接室へ足を踏み入れてきた。


「おや、先客がいたんですね。これは失礼しました」


 謝罪の言葉を口にしたものの、悪びれもなく歩み寄ってきた黒髪の男を見て、マリウスは嫌悪感を抱くように眉根を寄せた。しかし、黒髪の男はマリウスの事は眼中にないようで、司令官を見下ろす位置に立つ。


「アーノルド司令官。〝グルヴェイグ〟を移送する日取りについて話をしたいんですが、今すぐお時間を取っていただけますか?」


 こちらの都合はお構いなしに話を進める男に対し、いつも温和なマリウスも「いくらなんでも失礼じゃないですか?」と苦言を露わにした。


「今、アーノルド司令官と話をしているのは僕です。中央司令部に所属している人間だからって、どこでも自由にできると思わない方がいいですよ」

「それくらいのマナーは弁えておりますよ、イクシード少佐。しかし、これは中央司令部の決定事項です。私はとしては、さっさと稟議書を上げて帰りたいんですよ」

 

 きっと本音なのだろう。今しがた欠伸を噛み殺し、目尻に涙を滲ませた男を、マリウスは不愉快そうに睨み続けていた。


 二人の間に漂う険悪な空気を感じ取った司令官は小さく溜息を吐いた後、「……分かった。今ここで返事を言わせてもらおう」と黒髪赤眼の男を真っ直ぐに見据える。


「返事はNOだ。〝グルヴェイグ〟はブラズニル支部で管理する事とする」


 黒髪の男は驚いた素振りは見せなかったが、少しの間を置いた後、「何故、と聞いても?」と言葉を紡いだ。


「理由は至ってシンプルだ。先程、格納庫内で発生したトラブルのせいで、有事の際に出撃できるヴァルキリーが激減した。幸いにも〝グルヴェイグ〟を操縦できる者も現れた事だし、現状においてデメリットはないというのが、私の見解だ」


 それを聞いた黒髪の男は暫く考え込んだ後、「……成程。廊下でぶつかった彼が操縦者か」と意味深な笑みを浮かべた。


「せっかく父親やヴァルキリーに関わらない人生を送るように忠告してあげたのに。シンラ・ヒビキの息子として生まれただけでも運が悪いのに、自ら破滅の道に足を踏み入れる事になるとは」


 温和なマリウスがついに苛立ちを露わにした。カタカタカタ……と執務室に置いてあった家具が揺れ始めたのを見て、司令官がパンッ! と大きく手を鳴らす。


「とにかくだ! 〝グルヴェイグ〟はブラズニル支部で管理すると中央司令部には伝達しておく! 話は以上だ!」


 黒髪の男が、わざとらしく肩をすくめた。そのまま執務室を後にしようとドアノブに手をかけた後、「あぁ、そうそう」とこちらを振り返ってきた。


「中央から移送した試作機も傷物になったようですし、被害損額も含めた請求書をお送りしますので、必ず確認をお願いします」


 淡々と必用事項だけを述べた後、黒髪赤眼の男はようやく部屋を出た。暫くの間、マリウスが無言で扉を睨め付けていると、「すまない、少佐」と司令官が声をかけてきた。


「あの男は一体、何者ですか?」

「中央司令部に所属する軍人でね。名前は確か……シャルム・ゴールディといったはずだ」


 男の名前を聞いた瞬間、マリウスは絶句した。シャルム・ゴールディという名前は、シンラ・ヒビキが十年以上も昔に葬ったはずの人間だったからだ。


 どこにでもいるような名前でもない。そんな偶然があるのか? というようにマリウスが思考を巡らせていると、司令官が「大丈夫か?」と心配そうに声をかけてきた。


「少佐も今日はいろいろあって疲れただろう。君の進退も含め、改めて通知させてもらう。地球を脱出したという〝白いヴァルキリー〟と女の子の件も含めてな」


 そう言って、司令官がマリウスの肩を叩いた。


 しかし、マリウスの胸に残ったのは中央司令部への不信感だけではなかった。


 死んだはずの人間と同じ名を持つ男。そして、シンラ・ヒビキの身体に宿った機械生命体。十年前に失われたものが、再び動き始めている——。


 そんな予感だけが、嫌というほど胸の奥に残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ