第二十話 黒髪赤眼の男
(ヘリオスの兄貴が持っていた銃に父さんの指紋が付いていた? じゃあ、父さんが曖昧な返事をしたのって、都合の悪い事が起こったからなのか……?)
俺が考え込んでいるのを見て、司令官は「勘違いしないでもらいたいが……」と言葉を紡いだ。
「自分の身を守る為に銃を使ったことに関しては罪には問わないつもりだ。ただ、アレクシスが所持していた銃にシンラ・ヒビキの指紋が付いていた。この事実はいずれ明らかにするべきだろう。だが、今は……」
司令官がマリウス先生へ厳しい視線を向けた瞬間、背筋が冷たくなった。「あ、あの!」と俺は慌てて声を上げる。
「俺がマリウス先生に我儘を言ったんです! 罰なら俺が受けます!」
「君の処分は追々考えるとしよう。だが、今は君の保護者でもある少佐と今後の話がしたいんだ」
司令官が執務机の上に置いていた呼び鈴を鳴らす。すると、先程のボディガードが入ってきて、無言のまま俺の腕を掴んできた。
「シンラ・イグニス学生。暫くの間、自宅待機を命じる。勿論、学校も私の許可が降りるまで停学だ」
「ま、待って下さい! 俺の話を――っ!」
俺は強制的に執務室の外へ連れ出され、扉を閉ざされてしまった。扉の前にはボディガードが立ちはだかり、耳に着けた無線機に何かを告げると、それ以降は俺に見向きもしなくなった。
「ヤバいぞ。俺のせいでマリウス先生が処分を受ける事になっちまったら、どうすればいいんだ……」
予想はしていたが、いざとなると不安で堪らなくなった。
俺は執務室の前を落ち着きなく歩き回ってみる。防音システムが働いているのか、耳を澄ませても閉ざされた扉の向こうからは何も聞こえてこない。その静けさが余計に不安を煽った。
(父さんと喋りたいけど、今は流石に会えないよな……)
二機のヴァルキリーが格納庫で暴れたのだ。今は現場検証の為に閉鎖されているに違いない。それに加えて、俺は両腕に目立つ痣がある。あまり目立った行動はしない方が良いだろう。
「仕方ない。一先ず、家に帰るか――いてっ!?」
俺は思い悩んだまま出口に向かって歩き出した。暫く歩いてT字路に差し掛かった所で誰かとぶつかってしまい、派手に尻餅を着いてしまう。
「す、すみません! 大丈夫です……か……」
黒い軍服を着た背の高い男性が立っていた。黒い前髪から覗く冷たくて鋭い目付きの赤眼が俺を捉えた瞬間、何故か悪寒を感じて動けなくなってしまう。
(なんだよ、このプレッシャーは? 変な汗が噴き出てくるし、何より視線が逸らせねぇ……)
警戒心丸出しの俺に対し、「君、大丈夫か?」と男性が手を差し出してくれた。ハッと我に返った俺は「は、はい……」と慌てて男性の手を取って立ち上がる。
(あれ? この人、もしかしてパイロットなのか?)
男性の手のひらには、操縦桿を握った者にしかできないタコがあった。しかもかなり硬い。きっと前線に立ち続けている軍人なのだろう。であれば、だ。かなり高い地位にいる軍人なのではないだろうか? そう思った俺は、チラッと腕章を見てみる。
(金の三本線に……星が三つ!? って事は、大佐っ!?)
まさかそんなお方とぶつかってしまったとは思わず、テンパった俺は「し、失礼しました! とんだご無礼をお許し下さい!」と敬礼をしたまま、深々と頭を下げてしまう。
それを見た男性はキョトンとした表情になった後、声を押し殺して笑い始めた。
「シンラ・イグニス学生だね?」
「お、俺の名前を知ってるんですか?」
「勿論。我々の間では、いろんな意味で有名人だから」
「ソ……ソウデスカ……」
それを聞いて俺は顔から火が出るくらい熱くなってしまった。出会い頭にぶつかってしまったのだから、世間話もここで終わるだろうと思っていたのだが、男性は少し悩んだ素ぶりを見せた後、意外な人物の名前を口にした。
「君のお父さんはシンラ・ヒビキだったね?」
「は、はい! 父さ……いえ、父と知り合いなんですか?」
俺にとって一番近しい人の名前が出てきたので、少しテンションが上がってしまったが、男性は俺をジッと見つめたまま意味深な笑みを浮かべる。
「彼とはただの腐れ縁だよ。もっとも、もう二度と軽口が叩き合えない関係だがね」
「あの、それってどういう……」
「君は知らなくていい。少しでも長生きしたければ、父親やヴァルキリーには関わらず生きていくことだ」
結局、男性は名前も名乗らずに行ってしまった。不可解な言動を聞いた俺は一人廊下に残されたまま、暫く立ち尽くす。
「なんなんだよ、あの人。軍人って本当に偏屈な人が多いなぁ……」
俺は率直な感想を口にする。数年後には俺も軍に入隊する予定だが、ここで上手くやっていけるのか、今から不安になってしまった。




