第十一話 両腕に刻まれた痣
「くそっ! 誰なんだよ、そのお偉いさんとやらは!? なんで誰かの都合で〝グルヴェイグ〟を凍結されなきゃならないんだよ!」
俺は暗くなったモニターを睨み付け、舌打ちをした。
父さんは考え事をしているのか、ずっと無言のまま黙り続けている。
『なぁ、イグニス』
「なんだよ、父さん。俺、考え事してるんだけど?」
『俺、本当にこの船の中で暴れ倒すかもしれねぇ』
「そんな事したら〝グルヴェイグ〟が廃棄されちゃうよ!」
俺は怒りを通り越して呆れてしまい、頭を抱えてしまった。
こんな時に本気のトーンで言わないでくれよ……と思いつつも、父さんだったら本当にやりかねない。互いに熱くなったら駄目だ。ここは一旦、冷静になろう。
『ハハハ、そうなった時はそうなった時で考えればいいさ。今は〝グルヴェイグ〟がどうなるかを考える前に、そのお偉いさんとやらに警戒しておくべきだ』
父さんからの意外な忠告に俺は首を傾げる。
「なんで会った事のない人を警戒する必要があるんだ?」
『俺がまだ〝グルヴェイグ〟の中で眠っている最中、ある時期になると頭の中で声が響く事があったんだ。しかも俺とそっくりの声音でな』
俺は前のめり気味に「もしかして……」と聞き返す。
「中央司令部に父さんの身体を乗っ取った奴がいるかもしれないって事!?」
『そう。だから、〝グルヴェイグ〟を自分の目の届くところに置いておきたいって事なのかもな。何が目的なのか知らねぇけど、本当に悪趣味だぜ』
それを聞いた俺は胸が熱くなるのを感じた。
この広い世界で〝父さんの身体を乗っ取った奴を探し出す〟というヒントが、こんなにも早く見つかるとは思わなかったからだ。
「父さん! 俺、その人に会って〝グルヴェイグ〟を凍結させないでくれって直談判してみるよ! ついでに名前も聞き出してみる!」
『あー、それは無理な相談だと思うぞ』
「なんでだよ!? やってみなきゃ分からないだろ!?」
俺はムキになってしまったが、今度は父さんの方が冷静だったらしく、『今、イグニス達が置かれている立場は?』と投げかけてきた。
「えーっと、無断で立ち入っちゃいけない場所に入った学生……?」
『正解。つまり、お前は犯罪を犯したかもしれない学生っていう危うい立ち位置にいるってわけだ』
父さんが何を言いたいのか理解した俺は口を結んだ。
『俺が何を言いたいか理解したか?』と聞かれ、俺は「うん……」と意気消沈した様子で頷いた。
『さっき、タナカが身柄を軍に引き渡す予定だって言ってたろ? 軍から見りゃ、お前は考えなしに立入禁止宙域に突っ込んだ学生だ。そんな奴に上層部が会いたいと思うか?』
「…………思わないです」
ぐうの音も出ない指摘に俺はガックリと項垂れてしまう。
『まだまだ詰めが甘いな』と笑われてしまい、勝手に溜息がでてしまった。
「くっそー、何か別のキッカケがあればいいんだけど……あっ!」
ここで俺はある事を思い出した。コックピットに落ちていた銃の存在を。コイツがどうして〝グルヴェイグ〟にあったのか、父さんに確認しなくては――。
『どうした、イグニス?』
「俺、父さんに聞かなきゃいけない事があったんだ! 〝グルヴェイグ〟のコクピットの中に銃が落ちてたんだけど、この銃って父さんの?」
それを言った瞬間、父さんは口を噤んでしまった。
身に覚えのありすぎる反応に俺は少し眉根が寄ってしまう。これは、思い出したくない事や言っちゃいけない時に黙り込む大人達の反応だ。
「もしかして、父さんの銃じゃない?」
『違う、と思う』
歯切れの悪い返答に俺は訝しんでしまう。まだ父さんと喋って数時間しか経っていないが、父さんは言葉を濁さずにハッキリというタイプだと感じたからだ。
「じゃあ、誰の銃なんだ? 俺、敵が〝グルヴェイグ〟に侵入してきそうになったから、無我夢中で全弾使っちまったんだよね」
『全部撃ったのか!? しかもコクピットの中で!?』
「う、うん。だって、そうしなきゃ襲われてたと思うし……」
父さんの動揺が伝わってきて、俺はタジタジになってしまう。『ハァァ……。危ない事をするなぁ……』という言葉と共に安堵の溜息が漏れるのが聞こえてきた。
『いいか? 銃をコクピットでぶっ放すなんて真似、二度とするんじゃねぇぞ』
「分かってるよ。それで、この銃って父さんの物なの?」
『現時点ではサッパリわかんねぇな』
「じゃあ、さっきの曖昧な返事はなんだったんだよ?」
『記憶が曖昧なんだ。詳しい事は思い出せない』
本当だぜ? と言ったきり、父さんは黙り込んでしまった。
本人がそう言っている以上、しつこく聞くわけにはいかず、離れた場所に落ちている銃を眺めながら操縦席にもたれ掛かる。
本当に“思い出せない”のか、それとも“思い出したくない”のか――。
この時の俺には判断がつかなかった。
◇◇◇
「シンラ・イグニス学生、今すぐハッチを開けるように」
宇宙船・ブラズニルに到着した後、指示通りにコクピットのハッチを開けると、タナカさんの両隣に立っていた軍人に銃を突き付けられた。
「両手はそのまま頭の後ろに組んでくれるか?」
「わかりました」
俺は素直にタナカさんの指示に従った。ボディチェックをされている間、コクピットを捜索していた軍人が、「大尉殿!」と声を上げる。
タナカさんの眉がピクッと動くのが分かり、俺は内心ヒヤヒヤした。視線を合わせないようにしていると、「すまないが……」と前置きされ、この場でパイロットスーツを脱ぐように促される。
「ここで脱ぐんですか?」
「銃がコクピットから発見された以上、他にも武器を隠し持っている可能性があるからな。悪いが従ってもらうぞ」
俺は渋々という感じで背後を向き、首元のスイッチを押した。隙間から空気が入っていき、背筋に沿ってスーツに亀裂が入った後、肌に張り付いていた物が徐々に離れていく感じがした。
あーあ、なんで人前で全裸にならなきゃいけないんだろう。こんなの公開処刑じゃん……。
心の中で文句を垂れつつ、蛹が羽化するようにスーツを脱ぐと、背後に控えていた軍人達が一気にどよめき始めた。
どうして、驚いてるんだろう? と思って後ろを振り向くと、さっきまでポーカーフェイスだったタナカさんが、俺の腕を凝視していたのだった。
「おい、お前! まさか、父親やマリウスと同じように機械と適合した身体になっちまったのか!?」
「え……?」
タナカさんから両肩を強く掴まれた俺は、恐る恐る自分の腕に視線を移してみる。
すると、自分の腕には電子回路が焼き付いたようなタトゥーが刻まれており、「なんなんだよ、この痣は……」と全身から冷や汗が吹き出てきたのだった。




