第九話 「父さんと共闘する」
「とりあえず、僕はこのまま見学でいい? 起きたばかりだろうし、準備運動も必要でしょ?」
「ハッ、準備運動にすらならねぇだろ。中型相手だったら三分かからずにぶっ潰せる」
マリウス先生が機嫌良さそうに「だろうね」と笑っている。
しかし、だ。自分の意思とは関係なく口や身体が動くのはとても気持ちが悪い。というか、どうして父さんが俺の身体で喋ったりできるのだろう。
口調が違うから判別できるとはいえ、これが通用するのはマリウス先生だけだろうなぁ……。
そんな事を考えていると、『悪いな、イグニス』と頭に声が響いた。
『説明は後だ。今は目の前だけ集中しろ』
「わ、わかった!」
とりあえず、父さんの指示通りに敵を目視する。
モニター越しではなく、自分の肉眼で見ているような感覚が慣れなかったが、操縦桿だけは離さないように強く握り締めた。
『ウツワッ、サンビキッ!』
敵が涎を撒き散らしながら、こちらに突っ込んできた。
鋭い爪をこちらに向けて突っ込んできたので、俺は躱そうとした。だが、何故か機体のコントロールが効かず、爪が当たる寸前で避ける。
「うぉっ……」
鎖骨あたりにピリッとした痛みが走った。〝グルヴェイグ〟は俺の意思とは関係なく敵の腕を掴み、そのまま蹴飛ばして腕を肘辺りから引きちぎった。
『キィィィィィィッ!!』
敵が金属音に似た不愉快な叫び声を上げ、肘から赤い液体がシャボン玉のようにフワッと漂う。〝グルヴェイグ〟は引きちぎった敵の腕をグシャリと潰した。そして、そのままゴミを捨てるかの如く、腕を放り投げる。
「なんだよ、これ……」
先程までは操縦できていたのに、こうも上手くいかなくなるとは。父さんの意識が戻った事と関係があると思い、「父さん!」と声を張り上げる。
「さっきから機体の制御が効かないんだけど!?」
『あー、悪い。俺が主導権握っちまってるわ」
「はぁ!? どういう事だよ!?」
『シンプルな話さ。お前に比べて、俺の方が〝グルヴェイグ〟動かそうとする意思が強いんだ』
意味が分からず、俺は少しイラッとしたまま黙り込んでいると、『まぁ、少し落ちついて考えてみろよ』と諭すように声をかけてきた。
『俺はさ、コイツらのせいで、ずーっと〝グルヴェイグ〟の中で寝たきりだったんだ。ストレス溜まりまくってるんだよね。グチャグチャにしてやらねぇと気が済まないんだよ』
頭の中で静かな怒りを含んだ声音が響き、背筋に悪寒を感じる。心臓が早鐘を打ったが、俺は負けじと「つまり、ストレス解消したいって事?」と聞き返した。
『端的に言えばそうなるな』
「じゃあ、俺はどうすれば良いんだよ」
『ほんの少しだけ良いから機体のコントロールを全部俺に預けてくれ。イグニスも俺の本気の操縦、見てみたいだろ?』
一緒に敵を倒す話はどこにいったんだよ!? とツッコミそうになったが、ヴァルキリーを操縦する者として、父さんの本気の操縦に興味が湧いた。
きっと父さんは「どうぞ、操縦して下さい!」と言い出すと思っただろう。けれど、予想に反して俺の答えは驚くほど簡単に出た。
今、〝グルヴェイグ〟の操縦桿を握ってるのは俺だ。
父さんじゃない。どうして、パイロットとして操縦桿を握ってない人に〝グルヴェイグ〟のコントロールを譲らなきゃいけないんだ? そんなのおかしいだろ!
「父さんの操縦は見たい。けど……」
『けど?』
「今、〝グルヴェイグ〟の操縦席に座ってるのは俺だ! 俺の手でアイツをぶっ倒したい! だから、譲りたくない!」
はっきりと答えると、父さんは暫く黙り込んだ。そして、クツクツと声を押し殺しながら笑い、最後は一際大きな声で笑った。
『ハッハッハッ! そうかそうか、イグニスもパイロットとしてのプライドがあるもんな! いやー、こんなに頼もしく育ってくれて嬉しい限りだ!』
「お、怒ってないの?」
『全く! むしろ、息子の成長が垣間見れて嬉しいくらいさ!』
てっきり無理やりコントロールを奪われると思っていた。
俺は目を丸くして黙り込んでいると、『あ……。でも、息子の成長を十年分見られなかった恨みは晴らしたいけどな』と笑ったので、俺は嬉しくなって口元が勝手に緩むのを感じた。
「ねぇ、父さん。一緒にアイツをボコボコにしよう」
『望むところだ。そういえば、イグニスは喧嘩慣れしてるのか?』
「ほぼ毎日、上級生に絡まれてるよ」
『お、いいねぇ! 俺も昔はよく年上に喧嘩を売られてたんだ! ちなみに喧嘩で負けた事は?』
「一度もない! 無敗完勝だ!」
俺はスラスターを吹かし、痛みに悶えていた敵の懐に入り込んだ。敵が防御する前に拳を顎に叩き込んでやる。『アギッ……』と耳障りな短い悲鳴が漏れる。
白い仮面のような顔が砕け入り、長い舌が露わになった。
舌先がビュンッ! と〝グルヴェイグ〟の顔に向かって飛んでくる。
『遅いな』
「うん、遅すぎ」
物凄い速度だったと思うが、俺達の目にはスローに感じられた。真っ直ぐに飛んできた舌を掴み、根本から引っこ抜いてやる。すると、敵は喋る機能をなくしたらしく、喉だけが痙攣し、悲鳴にならない音が漏れていた。
「これで終わりだ!」
〝グルヴェイグ〟の爪を敵に向かって振り下ろした。小規模の爆発が起こり、赤い液体が歪な滴となって、宇宙空間を漂い始める。
『やるじゃねぇか、イグニス! 〝グルヴェイグ〟をここまで使いこなすなんて、さすが俺の息子だな!』
「ハァッ……ハァッ……! 死ぬほど疲れたけどな……!」
肩で息をしながら笑みを浮かべると、父さんが俺の頭を撫でているようなイメージが頭に浮かんだ。
『ゆっくり休んで欲しいところだが、軍の艦隊が近付いてきてる。もう暫く気を引き締めた方が良さそうだ』
遠くから大型の艦隊がこちらに向かってくるのが見えた。
「こちら第一艦隊・ミラージュ。武器は捨て、直ちに停戦せよ。繰り返す、直ちに停戦せよ――」とこちらに呼びかけている。
俺は一気に血の気が引き、現実に引き戻された。
〝グルヴェイグ〟を探し、父さんを探し出すという目的は果たされた。
覚悟はしてたものの、ここからどうなるのか自分でも全く予想がつかず、身体中から冷や汗が噴き出てきた。
「ハハ……。怒られるだけで済んだら良いな……」
俺は大型の戦艦を見つめながら、引き攣った笑みを浮かべる事しかできなかった。




