第八話 「敵との戦闘。父さんも覚醒する」
レーダーを頼りに〝ヒルディスビー〟の元へ向かうと、敵の中型機―百足のような機械―と交戦中だった。
〝ヒルディスビー〟の背後には、ビットで作られたバリアの中に白騎士のヴァルキリーが力無く浮かんでいる。関節部分にエネルギーラインが通っていない事から、パイロットが何らかの理由で操縦桿から手を離しているらしい。
「マリウス先生!!」
俺が呼びかけると、マリウス先生ではなくニコから応答があった。
『イグニス君!? 〝グルヴェイグ〟を動かしちゃったの!?』
「ごめん! 敵に襲われて操縦桿を握るしかなかったんだ!」
マリウス先生に何か言われる前に事情を説明すると、〝ヒルディスビー〟が腕にブレードを装備した。ビットで敵の動きを牽制しつつ、懐に飛び込んでブレードを振り下ろす。
一瞬で敵が細切れの状態になった。断面から赤い液体が勢い良く溢れ、『キシャァァァァッ!!』と耳を劈くような金属音が頭に響く。
「イグニス君、大丈夫!?」
慌てた様子でマリウス先生が声をかけてきた。「俺は平気だよ!」と答えると、あからさまに安堵したような溜息が聞こえてきた。
「無事で良かった。でも、まさか君が〝グルヴェイグ〟の〝適合者〟になるだなんて思わなかったよ」
マリウス先生の声が少しだけ震えているような気がした。
悲しんでいるかのような声音に俺の心臓はバクバクと脈打ってしまう。しかし、今の会話の中で気になるワードが出てきた。
「〝適合者〟って?」
『〝ナンバーズ〟を操縦できるパイロットの事だよ。マリウスはね、イグニス君を〝適合者〟にだけはしないって、シンラ君と約束してたんだ』
ニコの説明にマリウス先生は「そう」と肯定する。
「僕達みたいな過酷な運命は歩ませないって、シンラ君と話してたんだ。でも、イグニス君も僕達と同じ〝適合者〟になってしまった。後ろにいるヴァルキリーのパイロットも同様、これから過酷な運命に巻き込まれる事になる」
マリウス先生が厳しい表情で視線を落とした。
どうやら、俺が認識している以上に物事は深刻らしい。
「あ……そうだ。白騎士のヴァルキリーのパイロットは無事なの?」
「うん。彼女、地球からここまで一睡もせずに逃げて来たみたい。敵に追われながら、よくここまで辿り着けたと思うよ」
まさか、白騎士のヴァルキリーのパイロットが女性とは思わず、俺は「地球から!? しかも女!?」と驚きを露わにした。
「そう、しかもイグニス君と同い年だよ」
「同い年!? 地球からここまで飛んでくるだなんて、めちゃくちゃ根性あるじゃん!」
俺が通うグラズヘイム高等専門学校のパイロット科には女子生徒はいない。その上の学年には何人か在籍してるらしいが、女性でパイロットを目指す人間はごく僅かなのだ。
「さぁ、目的は果たせたから帰ろうか。宇宙船に戻ったら、シンラ君の意識を完全に目覚めさせないといけないしね」
「うん! 俺、父さんと早く喋りたい! それから、行方不明者リストに載ってる人達を死亡リストに載せないようにしてもらわなきゃ!」
俺の発言にマリウス先生は苦笑いする。「信じてもらうのに、どれくらい時間がかかるかな……」と本音が漏れていた。
ビットで作ったバリアを解除した後、俺が白騎士のヴァルキリーを介抱する為に手を伸ばした――その時だった。
俺の頭の中で『警戒しろ!!』と大きな声がしたのだ。
突然の声に俺は驚き、「えっ?」と挙動不審になってしまう。
「イグニス君、どうかした?」
「あ、いや! 今、誰かに警戒しろって言われて……」
その言葉にマリウス先生が眉根を寄せる。
『後ろだ!!』
「う、後ろ?」
頭に響いた声に従い、素直に振り返ってみると、〝ヒルディスビー〟が倒した中型機の残骸が浮かんでいた。しかし、よく見てみると肉塊の断面から三本の長い爪が生えてきているのが分かる。
「マリウス先生、あれって――」
俺が指摘する前にビットの先端から光線が飛んで行った。
しかし、肉片の中に潜んでいた敵の方が動くのが早かった。
光線が肉塊を真っ二つにする直前、黒い塊が飛び出してきた。それは宇宙船で使われている量産型ヴァルキリーに似ていた。
唯一の相違点は真っ白な仮面を着けている事だろうか。
仮面に亀裂が走り、その奥から耳障りな金属音が漏れ出した。
『ウツワ、ミツケタッ!!』
ノイズがかって聞こえたが、ヴァルキリーが人の言葉を喋っていた。
その事実を脳で理解した直後、敵の機体が目の前に現れた。まるで、瞬間移動したかのような速度だった。あっという間に間合いに入り込まれ、鋭くて長い爪を振り下ろされる。
「くっ……!」
防御する事もできずに攻撃を左肩に受けてしまった。
装甲越しなのに肩を抉られたような激痛が襲い、思わず顔を顰めてしまう。
このままじゃマズイと思った俺は敵の腹に蹴りを入れて間合いを取り、体勢を立て直した。
「イグニス君、怪我は!?」
「大丈夫。それより、あの敵は一体……」
「どうやら、あれが隊長機みたいだね。アイツが中型機の体内で様子を見つつ、仲間に指令を出してたんだと思う」
「隊長って事は人が乗ってるのか?」
俺の問いかけにマリウス先生は「いや、乗ってないよ」と即答した。
「あれも意思を持った無人機さ」
「無人機!? じゃあ、あれも機械生命体の一種なのか!?」
「そう。最初の狙いは脱走者である白いヴァルキリーだけだったんだろうね。けど、〝適合者〟が更に二人も見つかったんだ。喉から手が出るくらい僕達の事が欲しいはずだよ」
心臓が早鐘を打ち始めた。「俺達の何を欲してるんだよ?」と震えた声で聞く。すると、マリウス先生は薄らと笑みを浮かべた。
「人の身体だよ。機械達は人間の体を欲してるのさ」
俺は絶句した。予想外の言葉に「は……はは……」と乾いた笑いしか出てこない。
「マジで意味分かんねぇ。なんで機械が人の身体を欲しがるんだよ……」
気持ち悪さが最高潮に達し、吐き気がした。
とりあえず、地球に異変が起こっているという事だけは理解した。
敵の事とか地球の事は今は置いといて、今は目の前の敵を倒さないと! 父さんにも再会できないまま、撃墜されるのだけは御免だ!
俺は気を取り直して操縦桿を強く握る。すると、俺の両腕がどんどん熱くなるのを感じた。同時に視界がクリアになる。モニター越しに見ている感覚が薄れ、機体の目を通して見ているような視点に切り替わっていった。
「……マリウス。とりあえず、目の前の敵をぶっ潰したらいいんだよな?」
自分でも驚くくらい、低くて乱暴な言葉が出た。
まるで、誰かが乗り移っているかのような妙な感覚。その証拠にというべきか、マリウス先生もこちらの様子を伺うような目付きにかわっている。
なんだよ、これ!? 自分の口で喋っているはずなのに、言葉が勝手に溢れてきちまう!
俺は焦った。けれど、何故か自分の意思で止める事はできず、今度は勝手に口角が上がるのを感じる。
「なんとか言えよ、悪友。俺の事、忘れちまったわけじゃないだろ?」
「そんなわけないでしょ、シンラ君! やっぱり、君がいないと毎日がつまらないね!」
「ハハッ、だろうな! さぁて、十年ぶりに暴れてやるぜ!」
確信を得たかのように笑うマリウス先生。
何がなんだか分からず一人で戸惑っていると、突然、頭の中で『イグニス』と声が響いた。
『一緒に敵を倒すぞ、いいな?』
俺は胸の奥がブワッと熱くなるのを感じ、「あぁ、父さん!」と返事をしたと同時に、アクセルペダルを思いっきり踏み込んだ。




