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8話 がらんどうの集落


 金属音や歩く音は聞こえるが、人の声が一切聞こえない。目を開けるとあたりにはオレンジの光が沈んでいる真っ最中で、沈みゆく光源をしばらく見ていると、それは次第に見えなくなっていった。


「ん……?」


 ぼんやりしていると、シャオは自身の体がゆらゆらと揺れていることに気がついた。

 田畑を耕す水牛に似ているが、ちょっと違う。心地よい揺れにしばらくぼんやりとしながらまどろんでいた。


「起きたか。このまま抱えた方が良いか?」

「っ!どわっ!っとと……」


 低い声が至近距離から響いた事で目を見開き、飛び跳ねるように体を起こす。中途半端にのけぞった事で後ろに倒れそうになるも、背中がすぐに支えられる。シャオはヴィハーンに抱えられていた。


「ごめん〜! 抱えて歩くの大変だったよね、ありがとう。でも私っていつの間に寝てたの?」


 シャオの記憶ではおしゃべりしながら歩いていたはずだった。それが気がついたらヴィハーンに抱えられていたことで少々混乱していた。


 

「話しながら眠り出した。別にさほど変なことでもないだろう。」

「あんまりないと思うなあ。アンドロイドにはよくあるの?」



「……人間の子どもは食事中によく寝るだろう。歩きながら寝てもおかしくない」

「それはもっとちっちゃい子だよ! んもー。わたしは村では1番のお姉ちゃんだから、ご飯は寝る前に食べ切るよ」


「おろしてぇ?」とシャオが訴えると、ヴィハーンは背中を支えていた手でそのまま服を掴み、荷物のようにゆっくりと地面に下ろした。


(うーん。猫も持ち上げられた時、こんな感覚だったのかなあ)

 

 シャオはヴィーに抱き上げてもらっていた時と、その後の下ろし方との落差に、微妙な心持ちになる。村で猫の首根っこを掴んだ時の猫の微妙そうな表情の理由がなんとなくわかった気がした。

 ウンウン考えている間にヴィハーンはそのままどんどん先にいってしまうので、置いていかれないように後を追いかけるのであった。


「ねえ、修理屋さんまであとどれぐらいなの? 集落の人ってヴィーはあったことあるんだよね? どんな人たちなの?」

 

 息を落ち着かせながら、シャオは疑問を口にした。

 

「もうすぐだ。集落の奴らは……。まあ、口調は荒いが悪い奴らじゃない。店もいろいろある。落ち着いたころに覗くといい」

「もうすぐ……! はやく会いたいなあ。」

 

 シャオにとってのお店といえば、食料や手作りおもちゃなど、村の人が小遣い稼ぎに使う場所だ。子供たちもお使いとしてよく通っているので、村のみんなのなじみの場所である。店番のチャム爺さんはおおきなシャボン玉をいつもぷわぷわさせて客寄せ(主に子供)をしていた。

 

「それにお店も気になる。今から行くところってどんな物があるの? シャボン玉は?」

「シャボン玉? お前の言う店がどんな物かは知らないが、(外殻の)修理や(手足の)丈直しとかだな。」

「そっか、大工と服のお店なんだね。ヴィーってかっこいい鉄の服着てるし、実はオシャレさんだったり?」

「いや、これは外殻であって服ではない。オシャレか。皮膚コーティングは丈夫さよりも伸縮性の高いものを選んでいる。」

 

 シャオは、ヴィハーンとちゃんと会話ができていると思っていた。少し難しい言葉はあるけれど、意味はだいたい伝わるし、返事も返ってくる。

 一方ヴィハーンは、必要な情報を簡潔に説明しているつもりだった。理解できない部分があれば聞くだろう、と判断している。

 

 微妙に会話がかみ合っていない気がしたが、それでもシャオは気にせずのんびりと話し続けていた。


 そうしてさらに時間が過ぎ、気がつけば空はすっかり暗くなっていた。そのころにようやく二人は廃墟といっても過言ではないほどオンボロな建物が多く並ぶ集落にたどり着いた。

 周りの建物はどれも崩れかけていて、まともに立っている家のほうが少ない。それでも穴の開いた屋根には布が掛けられ、道端の台の上には工具が置きっぱなしになっている。壁にはいたずら書きのような絵まで描かれていた。

 雑多な生活が残されているのに、人の気配だけがどこにもなかった。


「あれ、ここってたくさんアンドロイドがいるはず、なんだよね?」

「……様子がおかしい。その笠は絶対に外すな。ほかの奴らがいるかどうかはわからんが、とりあえず顔が周りに見えないよう気を付けろ。」


 誰かがいた痕跡ばかり残っているにも関わらず、不思議なほど人の気配がなくて、ひっそりと静まり返っている不思議な集落。聞いていた話とは真逆の有様だった。シャオはぎゅっとヴィハーンの腕にしがみつく。冷たく硬い外殻は、生き物というより道具に近い。


「おい、やめろ。歩きづらい。外殻に指を挟んだら千切れるぞ」

「ううぅ、だって、だってぇ」


 文句は言うが、ヴィハーンは振りほどこうとはしない。シャオ程度の重さでは、歩行に何ら支障はないからだ。目的地にも近く、そう時間もたたないうちに到着するだろう。

 

 ヴィハーンは周囲の警戒を絶やすことなく歩みを進めている。


「いない……か。不気味だな。誰もいないとは」


 さらに進み、雨が降る前特有のにおいが漂いはじめた頃。建物は途切れ、見える物の殆どが瓦礫の山になったあたりで一軒の建物が見えてきた。


 中の様子は分からず、木材で無理やり支えているだけのように見える。けれどよく観察すればしっかりと補強されており、この建物だけが残った理由がなんとなくわかった。

 しかしシャオにとってはそれよりももっと注目すべきところがある。時折点滅し、翡翠色とピンク色に怪しく光るネオンの看板を掲げた建物。

 月明りどころか星明りさえも見えない暗闇の中で、それは弾けるように激しい主張をしていた。



      ───『LUBAN』───



 村の灯りは蝋燭だ。揺らめく炎は暖かく、穏やかな橙色で周囲を照らす。だがこの光は違う。まるで意思を持っているかのように動き、瞬きをしているように色が不安定で、目を離せない。

 

「看板が光ってる。それに火じゃない。……この光って生きてるの?」

「装飾用の光だ。生き物じゃない」

 

 次の瞬間、光はシャオの影を地面に落とし、すぐに別の色に塗り替えていった。それを目の当たりにした衝撃でついに頭が処理落ちし、シャオがぺしょりとヴィハーンの腕からずり落ちる。



「…………歩けるか?」


 変な生き物を観察するようにシャオを見下ろす。

 

「うん。あるく。だいちを、ふみしめる」


 へにょへにょ歩くシャオをそのままに、「そうか」と言って建物に入るヴィハーン。その後に続き、シャオは夢見心地まま店の中に入っていった。


 店に入ると空気が変わった。室内は油と金属のにおいが充満していて、それだけでここがどんな店なのかがわかった。所狭しと服やぬいぐるみ、金属の手足など、雑多なものが並んでいる。

 見た感じでは新品は一つもない。すべてに使用感があり、手直しされたあとがある。一見すると埃っぽい室内に見えるが、不思議と汚れている感じはしなかった。


「ヴィー、ここは?」


 いったん落ち着いたシャオはまたも珍しいものに興味をひかれたのか、あちらこちらを動き回りながら観察している。

 

「ここは修理屋だ。見た目はオンボロだが、腕だけは確かだ」


 天井から下がっているのは電球だった。カウンターの向こう側、奥へ続く通路にも間隔はまちまちに連なっている。昔は村でも使われていたらしいが、シャオはすでに故障した物しか見たことがない。実際に灯っている電球を見るのは初めてだった。明かりは不規則に明滅し、そのたびに室内の影が揺れる。

 

 その影の揺れが、ふいに一つだけ乱れた。


 ヴィハーンの頭部がわずかに動く。

 

 「シャオ!」

 

 次の瞬間、ヴィハーンがシャオを引き寄せた。ぐっと体を持っていかれ、少女の息が詰まる。ヴィハーンはそのまま一歩前へ出て、迷いなくシャオの前に回り込んだ。

 

 と、同時に店の奥からまっすぐ飛んできた何かが、ガン!とヴィハーンの肩に直撃し、金属同士のぶつかる音が店内に響き渡る。

 弾かれたものはシャオの笠にぶつかると鈍い音を立てて床に落ちる。

 

 ヴィハーンは店の奥へ背を向け、肩越しにその気配を見据えた。


 


 

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