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9話 LUBAN


 

「誰が腕だけのオンボロだって!?」

 

 怒鳴り声と共に荒々しく足音を立てながら、通路の奥から女が現れる。その手にはペンチが握られていた。


「大体てめえ、来るのが遅いんだよ! いつも手遅れ一歩手前で来やがって! 今度は何をやらかした!」


 女はものすごい形相で怒鳴り込む。ヴィハーンは女の言葉に心当たりがあるのか、少しだけ気まずそうに頭部を傾ける。だが弁解する代わりに、シャオを前に出した。

 

 「えっ?」

 

 突然前に出されたシャオは呆然としていた。


「投げるな、危ないだろう。よく見ろ。」

「はあ?アンタ戦闘型なんだから、その程度なんとも無いだろ。親父がアンタを一体どれだけ……」


 女はシャオを見て、目を見開く。

 

「おい、ヴィハーン。その子は……」


 落ち着いて見ると、どこか気怠そうな雰囲気の女性である。

 だが髪はなんとも奇抜なもので、虹のように極彩色に色づいており、片側を刈り上げ、もう片方は長く伸ばすことで片目が隠れがちになっていた。


「わあ、カラフル~」


 シャオは目を見開いてまじまじと見る。

 楽園では、髪は誰も一色だった。白髪になる老人はいても、こんなふうに虹みたいな髪の人など見たことがない。


「呑気だな。……ユゥイン、店主はどこだ。楽園について話が聞きたい」


 シャオに被害がないのを確かめつつ、店の女――ユゥインに用件を告げる。

 ユゥインはしばらく眉をひそめて黙っていたが、店先で話すにはまずい内容と察したらしい。


「今はあたしが店主だよ、ったく……。分かった、目立たない方が良いんだね?奥に来な。」


 くるりと背を向け店の奥へ姿を消すユゥインの後を、シャオたちも続いていく。

 ユゥインは「まさか人間がねぇ……」と呟く。

 見た目はシャオと同じ人間にしか見えない。けれどユゥインもまた、ヴィハーンと同じ側の存在だった。


「カッコイイお姉さん、こんばんは。私はシャオ!君は?」


 すぐ後ろをトテトテついていくシャオに、ユゥインは振り向きもせず返事をする。

 

「礼儀のなっている子は好きだよ。アタシはユゥイン。よろしくはしないさ」

「インだね!」

「……ま、好きにしな」


 ユゥインのつれない様子に、シャオはちょっぴりしょぼんとする。

 それを見て、ヴィハーンがわずかに肩をすくめた。


「ああ言っているが面倒見は良い。困ったら頼れ。」

「分かった!よろしくね、イン!」


 舌打ちとともにヴィハーンの顔面にアヒルのぬいぐるみが投げつけられる。ぽいんとバウンドしたぬいぐるみは、シャオの腕の中にすっぽり入った。


「ふわふわだぁ!」


 突然腕に飛び込んできた可愛いらしいアヒルのぬいぐるみに驚きはするものの、店先での緊張感もどこへやら。シャオはすっかりご機嫌になっていた。

 

 薄暗い廊下には、雑多な物が所狭しと積まれている。店先で嗅いだにおいが奥へ進むほど濃くなっていき、どこかで機械が唸り、独特の雰囲気を醸し出していた。

 シャオはきょろきょろ辺りを見回す。


 初めて見る形、初めて見る色の組み合わせ、初めて聞く音。全くの未知の世界に入り込んだ気分だった。

 

「ね、ね!これ何?光ってるよ?青とか緑とか赤とか!あ、こっちは手を振ると回るよ!凄い!」

 

 無邪気にはしゃぐシャオにユゥインは少しだけ目元を緩める。だがヴィハーンはその様子には気が付かなかった。

 

「一見ただのゴミでも、何が仕込まれてるかわからん。うかつに触るな」

「一言余計だよ!このポンコツが!」

 

 ヴィハーンの言葉にユゥインは顔をゆがめる。だが、危ないものが多いのも事実。

 

「危ないのはこの後すぐにでも遠ざけておくさ。シャオ、今は我慢しな。」

「うん、わかった。また明日お願いね。」

 

 触れてみたい衝動をぐっとこらえる。ユゥインは『今は』と言ったので、シャオは素直に言うことを聞いて、おとなしく付いていった。

 そして廊下の先、温かみのある光が漏れている扉の前で立ち止まる。

 

「ここなら人間も生活しやすいだろう。外は見えないが、……まあその方が良いんだろう?」

「おい、これは……」

 

 案内された先は、思ったより広い部屋だった。

 窓がなく、壁には電球ではなく、また違う光源が付いている。家具はベッドとテーブル、工具棚とイスが数脚。


 だが何より目を引いたのは、部屋の隅の大きな機械と、それにもたれかかった、箱を積み重ねて作ったおもちゃのような姿の、ヴィハーンより小柄なロボット。

 

「ねえ!君もここに住んでるの?私はシャオ。君は?……えっと、あれ?お~い」

 

 声を掛けるも何の反応もない。

 

「店主も止まったのか」

「ああ。よりにもよって、同期中に大災害だ。その挙句、そのままショートまでしやがった。起動を待ってたけど、あれから止まったっきりさ。親父でこれなんだ。ヒューマノイドどころか、サーバー依存の奴らはアンドロイドもみんなそうなんだろうよ。」

「だが店主は公共サーバーではなく、自作したものを使用していた。多少は動くはずだろう?」

「アタシもそう思っていたが。まあ、これが親父の限界だったんだ。それだけさ。」

 

 ユゥインは「火まで噴いて、大変だったよ」と、小さくつぶやく。

 一瞬だけ声が沈んだが、次の瞬間にはすぐに元通りになっていた。

 

「さ、シャオ。あんたは人間なんだ。今日はもう寝る時間だよ。これから忙しくなるんだからね。ほら……また明日」

「明日……!うん、インありがとう、おやすみなさい!また明日!」

 

 今日一日ずっとはしゃいでいたシャオだが、さすがに疲れがたまっていたのだろう。目がとろんとして、今にも眠りそうだ。

 ヴィハーンはふらつくシャオを見守りつつ、入り口近くにイスを動かした。どうやらそこで休憩するらしい。

 

 シャオが布団に入ると、インが壁の出っ張りを押して明かりを消した。

 彼女が部屋を去り静かになった部屋で、いつの間にか降っていた雨の音が響く。

 

(ヴィー、寝てるのかな。確か、スリープモードだっけ。座ったままでも休めるのって、すごいなあ)

 

ヴィハーンは既にイスに座っていた。ピクリとも動かず、微かな駆動音さえも聞こえない。まるで置物のようだった。

 

(不思議だなあ。昨日まで村にいたのに。外で体験したことだって、たった一日の出来事で。なのにもう何日も前の事みたい)

 

 上手く言葉にできないが、シャオの中で何かが変わった。いや、これからも変わり続けるのだろう。

 雨の音が大きくなる。村では経験したことがないほどの豪雨だ。

 瞼が重くなり、開けていられなくなる。明日も知らない何かに出会えることを信じて、シャオはようやく眠りについた。

 

「また明日。……へへっ」

 

 その明日がこんなにも待ち遠しいのは初めてだった。

癖のあるパンクな見た目のお姉さんが好きなんです……

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