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10話 LUBANの夜

 


 男の機体は、本来なら全廃棄とされる損傷に至っている。コア移植が必要なほどの損傷だ。

 いっそ修理よりも新しく作り直したほうが安い。それは二〇〇年近く稼働して、初めてのことだった。

 


 

 シャオが寝入ってから数時間後。ヴィハーンのスリープモードが解除され、意識が戻る。シャオが深く寝入っているのを確認し、作業場に出た。


 屋根を打つ雨音が薄暗い作業場で響いている。その片隅で、ユゥインは手元の光を頼りにヴィハーンの頭部を開いていた。

 剥き出しになった内部ではいくつかの基盤や部品が焼け焦げている。不要となった損傷部分を一つ一つ丁寧に内部から掻き出し、ピンセットでつまんだ部位をトレーの上に移していく。

 焦げた臭いの中に酸化した油や、何かが突き刺さって傷ついた金属の断面が放つ錆びた臭いも入り交じり、ユゥインは顔をしかめる。

 それはアンドロイドにとって、死体の臭いに等しかった。

 

「こんな状態でよく生きていたね。内部も露出しちまってるし、一部の部品なんか形さえも保っていない。こんなの雨に降られるどころか、水たまりがはねただけでもお陀仏だったよ。音量調整もいかれてる。周囲の音も変に響いて耳障りだったろう。よく会話ができたね」

 

 掻き出し終えた後の空間に、無駄のない動きで次々と部品を繋げては収めている。

 ユゥインは工具を動かしながら、視線だけを上げた。

 

「で、今度は何にやられたんだい?」

 

 ヴィハーンは椅子ににもたれ、ピクリとも動かずに俯いている。何も知らない物が見ればユゥインの一人遊びに見えただろう。

 

「なんでも聞きたがるな。……一言でいえば、厄介なヤツだった」

「戦闘型のあんたが、ボロボロになるくらいの厄介だって?鋼鉄熊の群れでも出たとか?」

 

 作業の音が響く。ユゥインの声は落ち着いていたが、その奥には心配が滲んでいる。少し間を置いて、ヴィハーンが答えた。

 

「昨日、ヒューマノイドと出会った」

「ヒューマノイド! 今時珍しいじゃないか。まだ動けるなんてね。今のご時世、苦労するだろうに」


 同情するようにユゥインがつぶやくと、ヴィハーンが言いづらそうに出会ったヒューマノイドの名前を伝える。


「……レイシンだ」

 

 その言葉に、ユゥインの手が一瞬止まる。

 

「あんた、レイシンと知り合いだったのかい⁉ あの天才の!」

「知ってるのは名前と功績だけだ。個人的な関わりはない」

 

 明るいユゥインの声とは裏腹に、ヴィハーンの声は低く、どこまでも息苦しそうな声だった。


「よく言うよ、とんでもない有名人じゃないか!あの人なら生きていても納得さ。中央の技術力はとんでもないからね。もしかしたら復活の日は近いってやつかい? あの人は『楽園計画』の提唱者でもあるんだろう? なら他の奴らと違って、シャオちゃんが無事に戻れるよう、助けてくれるんじゃないかい?」


 明るく笑うユゥインにヴィハーンはまるで罪を告白するかのように自分の行いを話した。


「破壊した。シャオと出会う前日の事だった」

「……はあ?」

 

 あまりの発言に思わずユゥインは顔をあげる。問いただすように壁の鏡越しにヴィハーンを見るが、ヴィハーンは鏡からも視線をそらしていた。


「いろいろあってな。戦闘になった」

「いろいろって、あんた、一体何が。いや、親父が聞いたら喜びそうな話だけど、ねえ……」

「店主が今も生きていたら、整備費どころかオーバーホール代もタダにするほど喜んだだろうよ」


 二人の脳裏には、頭に天使の輪を付けた先代店主がレイシンを罵倒しながら喜んでいた。

『よくやったヴィハーン! 俺は昔からあいつらの事が、どーにも気に食わなかったんだよな! ダハハハッ!』

 

 ユゥインは小さく息を吐いた。作業を終えた頭部にヴィハーンの体色とは異なる仮の外殻をはめ込み、続いて腕の内部の修理を開始する。魚の開きのようにがばりと開き、頭部と同じように内部の焦げクズを掻き出す。途中、「こりゃ酷い、無理やり動かしたね」と呟いていた。

 衝撃を吸収できなかったのだろう、形が戻れないほど消耗したクッション材と、金属同士がこすれてできたのであろう、削りカスのような金属粉末も出てくる。


「親父もなんで嫌ってたんだか……。ま、やっちまったもんは仕方がないさ。以前ならやばい事になっただろうけどね。それで、喧嘩の原因は?」

「……たちが悪いことをな。下らんことだった」


 吐き捨てるように言うヴィハーンをユゥインは呆れたように半目で眺める。

 

「なるほど、言いたくないって事かい」


 作業場の明かりが一瞬点滅するように揺れる。外の天気が本格的に荒れだしたようだ。外の雷が一瞬だけ光を投げ込む。

 

「ところで……。町の奴らはどこに行った?ここ以外、行き場のない奴ばかりだ」

 

 ユゥインは返事をしないまま作業を続けるが、かまわずにヴィハーンは続ける。

 

「数人程度なら他の街に移ってもおかしくないが、いくら何でも全員はありえない。特にミウナインは追い出されもしない限り、移住なんて考えもしないだろう」

 

 ユゥインはそれからも黙っていたが、やがてゆっくり口を開いた。

 

「……それがね、あたしにも分からないんだよ。ある日突然、誰も来なくなっちまってね。それきりさ」

 

 腕の作業が終わると、ユゥインは足の関節部を取り外し、こちらも腕と同じように修復を始める。

 外の雨が一層強くなると、窓の隙間から水が漏れて入ってくる。窓際に溜まった水の量が、経過した時間を伝えていた。


「予想はつくか?」

「……ここの集落も、もう部品がない。取りに行ったんだろうね。知っているかい?災害の影響で世界中のデッドラインがあちこちで大幅にずれたんだとさ。……ここの近辺もね。『金持ちエリアに穴が空いてた!』って、嬉しそうに言ってたよ」

 

 ユゥインは寂しげに笑いながら取り外した部品を戻し、片づけを始める。作業はどうやら一区切りついたようだ。

 ヴィハーンは少しだけ顔を伏せた。

 

「異常があるのは衛星を使用したラインだけだ。仮に入れたとして、内部のセキュリティはそのままだろう。あいつら、まさか……」

 

 雨音が答えの代わりに響く。

 しばらくしてユゥインは立ち上がり、奥の部屋に目を向けた。

 

「親父の部屋、片づけなくてよかったよ。あの子、よく寝てるね」

 

 工具箱を持ち上げながら、ユゥインはちらと奥の部屋を見やった。

 小さな寝言が時折、雨の音にまぎれてかすかに聞こえる。

 

「人間を一回も見たことがない連中ばかりなんだ。ちょっと幼いけど、あんなに素直でいい子が来てくれたのに。……きっと喜んだろうにねえ」

「……ああ、そうだな」

 

 雨の音が弱まり、窓からの水漏れも途切れる。静かな音はどこかもの悲しい響きだった。

 ユゥインは戸棚に工具をしまい込み、ヴィハーンに背を向けながらふっと笑う。

 

「とりあえず、応急処置だけは済んだよ。続きは明日にしておくれ」

 

 ユゥインが去り、ヴィハーンは一人、取り残される。その空間には、雨の音だけが響いていた。

 


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