33話 重ねた手は一年後へ
深夜の日付が変わる前。まだ幾人かのアンドロイド達が活動をしているが、日中と比べれば集落に音は無かった。
その中で土埃が付いた外套を羽織った一人のアンドロイドがLUBANに入店した。
護衛の仕事を終えたヴィハーンが戻ってきたのだ。
とはいえ店内は既に店じまいをしており、照明も落とされ既に真っ暗になっている。
彼はその中を明かりもつけないまま進みながら着用している外套に手を掛けた。
その時、暗闇の奥から軽い足音が聞こえてくる。シャオだ。
「ヴィー、おかえりなさい!」
「起きていたのか。早く寝ろ。用があるなら明日にするんだな」
外套を脱ぎ装備を片付けるヴィハーンの横に、シャオが椅子を持ってきてちょこんと座った。
邪魔ではないが何か話したいことがあることは分かるので、視線を下ろして少女を促した。
「今日ね、フィッシュさんに言われたの」
シャオはそこで一度言葉を切り大きく息を吸った。
緊張しているのだろうその様子に、ヴィハーンも装備を纏め終えると少女に向き直る。
「一年間、集落のみんなに色々教えてもらうことにしたの。エリーと一緒に。それで、それなりに出来るようになったら、友達と二人だけで遠出してもいいって」
「フィッシュボウル、何を勝手に……。シャオ、お前はまだ十歳だ。今急ぐ必要は——」
「今急がないと、私、みんなに置いていかれちゃう」
どこか悔しそうなシャオの言葉にヴィハーンの声が詰まった。
「エリーはさ、凄いんだ。私と同じぐらい、ううん、もっと初めてが多いのに、どんどんできる事が増えていくの」
「あいつは機体だ。それに加え、並のアンドロイドよりも優れた素材で作られている。肉体のお前ではどうしようもない」
「そういう事じゃ無いよ」
シャオはヴィハーンの顔をじっと見上げた。
相変わらず表情の読めない機体がそこにある。それでもこの数ヶ月で分かるようになったことはいくらでもあるのだ。
「……」
どこか威圧するように黙るヴィハーン。以前までシャオはこの顔を見ては怒られたと思い込み、声を飲み込んでいた。
今は違う。遅れながらも、シャオは漸く気がついた。
彼が黙っているのは相手を拒否しているのではない。何を言えばいいのか分からないのだ。
そんな不器用さを集落の皆は知っていた。
「あのさ」
シャオは膝の上の手をぎゅっと握る。
「私ずっと勘違いしてたんだ。ヴィーは強いから、私はいるだけで良いんだって。傍に居れば、それだけで遠くに行けるんだって」
あの街で彼女は何もできなかった。
指輪を取られただけで暗闇で何も見ることが出来なくなり、メタルへの対処もできない。そこまではまだいい。
機体と肉体。どうしようもできない差と言うものは存在する。
問題はそれじゃない。
アンドロイド達はシャオのために大事なことを話し合っているのに、そのたびに自分では分からない事だからと彼女は蚊帳の外に自ら出ていった。
そしてシャオを追いかけてきたヴィハーンの姿。
何があったのかをアマイズ達から聞いたことで、守られているだけの自分ではヴィハーンを留める杭にしかなれない事を思い知った。
「都市部に行かないとヴィーの部品は手に入らないんでしょ。だったら連れて行ってもらうんじゃなくて、私が行けるようにならなきゃだめなんだよ、だから……」
「分かった」
あまりにあっさりした返事にシャオは目を丸くして見つめる。
彼は今までシャオの事を止める事ばかりだった。もちろん、何も分からない少女の為だという事は分かっている。
それでもこんなことは初めてだった。
「……いいの?」
「おかしなことを。そもそもなんの為に楽園から出た? お前が言った事だろう」
ヴィハーンはシャオと同じ目線になるまでしゃがみこみ、少女が緊張で強張るほど握りこんだ左手に自身の手を重ねる。
「俺はそれに乗っているだけだ」
そこまで言って少しだけ顔をそむけるヴィハーンがあまりに不器用で、けれどそれが彼にできる精一杯なのだと分かってしまって。
シャオは胸に来るものを誤魔化すように重ねられた手を強く握り、勢いよく立ち上がる。
「私ね、もっと色々、たくさん出来るようになるから!」
「ああ」
ヴィハーンは数秒ほど動かなかったがゆっくりと立ち上がると、彼はシャオを見下ろした。
「一年でも、何年でもいい。いくらでもお前を待とう」
「……うん!」
握手と言うにはあまりに乱暴で、かといって指を絡めるには手の大きさが違いすぎる。
結局それはどちらでもない二人だけの形になった。
その手をつないだままシャオはヴィハーンと一緒に自室に戻る。
いつの間にか集落はつかの間の静けさにつつまれていた。




