30話 待ち人来た
現場へ急ぎながらシャオはあることに気がついた。
「あ、ヴィーがいない!」
「君がやつがれ達の下に来た時からいなかったが」
手をつないでいたつもりだったが、二人の下へ向かう途中で離してしまったらしい。
「大丈夫だよ。ヴィハーンはまだ集落内に居るんでしょ? 僕たちが到着するころには解決してるかもね」
身にまとったシートをはためかせながら一緒になって走るゲペレペンゲはどこかにこやかだ。
「ゲペレペンゲ、何やら楽しそうだ。君が楽しそうでやつがれも嬉しいよ」
それを見ているモルグもニコニコしている。
『イヤー! やめてください!』
「叫び声が近いよ、すぐそこにいる! エリー!」
シャオが現場に到着すると、そこには既にヴィハーンもいた。
「よかった、ヴィーもここに——エリー?」
ヴィハーンの向こう側には両腕を拡げて通せんぼをしているエリオ。その更に後ろのトタンの壁には、ポピーがエリオの頭の高さあたりにめり込んでいた。
「おや、愉快な構図だね。一体全体何があったんだい?」
「ヴィーさんが、ポピーを蹴ったんだ!」
エリオはその場にとどまったまま半泣きで訴える。
彼等の下へ行かないのはその場をどいた瞬間にヴィハーンがポピーに追撃するのがわかっているからだ。
「ヴィハーン、エリオ君、蹴る前に何があったんだい? どうしてそんなことを」
「ポピーがヴィーさんの事を馬鹿にしてました」
ゲペレペンゲの問いかけにエリオが簡潔に理由を話した。
彼は友達を庇ってはいるが、聞かれたことは素直に答えている。
「おや、ヴィハーン君がか。珍しい、そういった事には殆ど無反応だったろうに。それともポピー君がそれだけ達者なのかな」
愉快そうにモルグがのそのそと争いの中心へ行くと、めり込んだままのポピーを引き抜く。
しばらく撫でながら何やら考え込むと、モルグは突然笑いだした。
「そうか、そうか! それは仕方がない。愉快この上ないことだね」
「なに? 何があったの?」
おろおろするシャオに、なおも無言を貫くヴィハーン。
その二人を眺めると、モルグはひとつ頷いてポピーを地面におろす。
「なあに。口が達者なポピー君にヴィハーン君がびっくりしただけさ。そうだろう?」
モルグがそう言うと、ヴィハーンは渋々と言った風に機体から力を抜く。ヴィハーンの様子が落ち着いたことでエリオもようやく一息ついて腕を下す。
「ヴィー、どうしたの」
「……何でもない」
シャオがそばへ寄り心配そうに見上げると、ヴィハーンは少々気まずそうに顔をそむける。
「いや、何でもないじゃないんだけど」
突然その場に声が割り込んだ。
その場にいた全員が顔を向けると、そこにはフィッシュボウルが立っている。彼は親指で穴の開いた壁を指し示した。
「人の家に穴開けちゃってさ。中も滅茶苦茶だよ」
ポピーがめり込んだ家はフィッシュボウルの自宅だった。
それと、めり込んだと思ったトタンの板は貫通していて壁の石膏ボードも穴が空いている。
めり込んでいたのは更に向こう側の家具だった。
◆
フィッシュボウルの自宅はシックで落ち着きのある内装だ……った。
今では細かな壁の破片が部屋に飛び散り、棚から落ちたインテリアの瓶が割れて散乱し、アルコールの匂いが充満する。
換気はしているが、しばらく匂いが取れることはないだろう。
「はい、そこ。まだ粉が落ちてる。モップやり直しね」
「……」
「フィッシュさん、この瓶はどうしよう。取っ手が折れてる」
「あとで溶着して直すから。箱にまとめといて」
「はーい」
ヴィハーンが人工大理石の床に散らばった石膏の破片や細かな粉末を掃除している。
シャオも手伝いとして、ポピーが当たった衝撃で吹き飛んだ棚の荷の片づけをしていた。
「フィッシュさん! このカーテン変えますね!」
「フィッシュボウルだよ。さてはエリオ君、そこのお子様と同レベルだね」
「? はい、会ったばかりだけど大事な友達です!」
「あ、うん。ソウネ……」
ポピーはと言うと、ゲペレペンゲと一緒に佇むモルグに抱えられている。
二人はそもそもこの惨状には無関係なのと、ポピーに出来る事は何もないからこその配置だった。
「やっぱり僕も手伝うよ。その方が早く終わるでしょ」
「それはいけない。やつがれ達は無関係だからね」
「そうだよ。それにゲペちゃんは今大変なんだから」
手持無沙汰で気まずそうにしているゲペレペンゲが手伝いを申し出たが、モルグとシャオの二人からNGが出される。
「ゲペレペンゲ、お前はそのシートいつまで羽織ってるのさ。バッテリーも切れてるし、ガサガサ鬱陶しいだけでしょ。脱げないなら早くユゥインの所に行きな」
「あー、それもそうかあ。……じゃあ僕は行くよ。みんな頑張ってね」
「やつがれも行こう。ポピー君もだ。帰ってすぐの喧嘩は良くない。ついでに集落の皆に話は通しておこう」
シートで包まれて目視は出来ずとも、ゲペレペンゲの現状に察するものがあったのだろう。フィッシュボウルは早く修理に行くよう伝えると、モルグもポピーを持ったまま、共に去っていった。
「ああ、ポピー! 僕も一緒に行きます!」
「エリオ君は片付けね。壁越しに聞いてたけど、事の発端はえっと、ポピー君だっけ? なんだから。お友達の君が責任取って掃除してね」
「はい……」
エリオはしょんぼりと肩を落としながら新しいカーテンを取り付ける。
その背中を眺めていたフィッシュボウルが、ふと目を細めた。
「にしても、変わった子を拾ってきたもんだね。……君、ナンバーの反応が無いよ。ドールだろ」
「はい、そうです!」
「そっかー。即答かー」
隠す素振りすらないエリオに、フィッシュボウルは呆れたように息をつく。
そのしぐさにエリオは少しだけ考え込んだ。
「この街は滞在に制限はありますか? 住人以外の長居はよした方がいいでしょうか」
「街って程発展してないけどね。……別に。ここは吹き溜まりみたいな所だし、誰も気にしやしないさ。ほら、手が止まってるよ」
「はい!」
その横で、シャオは拾い上げた瓶の欠片を光に透かしながら、ふと思い出したように口を開く。
「そういえばフィッシュさん、最近は会えなかったね。行けなくてごめんね」
「あー、僕も会いに行ったけど込み合ってたしね。互いにタイミングが悪かっただけさ。あと来なくていいよ」
フィッシュボウルは足元に落ちているガラスの欠片を摘まみ上げ、じっと眺める。
そして、独り言のように小さな声で付け足した。
「……ま、おかえり。元気そうで良かったよ」
「うん、ただいま!」
やがて床の粉が拭き取られ、瓶が箱に納まり、部屋には元の落ち着きが半分ほど戻ってきた。
家具を拭き終えたヴィハーンに、フィッシュボウルが壁の穴を親指で示す。
「板と石膏は明日入れてもらうから。その図体だ、大工仕事は経験あるよね」
「ああ」
「よし。じゃあ今日はここまで。掃除道具片付けたら帰ってね」
その言葉と同時に、窓辺から歌声が響いた。一仕事終えたエリオが解放感から歌っている。
手を止めて聴き入っていたシャオが拍手をするとエリオは得意げに一礼してみせた。
「へえ、エリオ君上手いね。録音とも違うし、それで食ってけるよ」
「美しき旅人、吟遊詩人のエリオですから!」
フィッシュボウルに褒められたことで少し得意げなエリオは恰好を付けるように、優雅にくるりと回り髪をたなびかせる。
二人のやり取りを見てシャオは驚きの声を上げた。
「凄い、フィッシュさんが褒めてる。私だってまだ褒めてもらってないのに」
「お前は声ぶれ過ぎなのよ。しかも時々途中で歌詞変えるし。論外だよ」
「フィッシュさんって厳しい。これでも村では上手な方だったんだけどな。かえるの歌とか」
それを聞いてエリオの表情がパッと輝く。
「僕も好きだよ! よくポピーと輪唱するんだ」
そういって歌い出すとシャオも一緒に歌い出し、アルコールの匂いの残る部屋に楽し気な歌声が響きわたる。
フィッシュボウルは数分ほどは黙っていたが、ヴィハーンが道具を片付け終えたのを見ると手を叩いて場を中断させた。
「はいはい。煩いから出て行って」
「えー」
今日の仕事を終えた彼らはそのまま家主によって全員追い出された。




